第三十七話 夜回り
残された二人は、いつものように夜回りの支度を始めたが、落ち着かないまま家を発つことになった。
路地裏を進み、貧困街の入り口で、男衆たちと合流する。
かつてともに泥をすすった仲間たちは、今や二人を頭と仰ぎ、自警や火消しの集まりとしてまとまっていた。
「二人とも、遅かったじゃねえか。何かあったのか?」
仲間の一人が声をかけてくる。
シキはモモの異変については触れず、ただ、港を見すえて告げた。
「近いうちに、僕とクロウは港に停泊している隠ヶ島行きの船に乗る。しばらくここを空けることになるよ」
その言葉に、男衆の間に動揺が走った。
「オニの島へ? おいおい、あそこは呪われた島だって噂だぜ」
クロウは背負っていた、ずっしりと重い大剣を肩から下ろした。
少し考えてから、仲間の一人へと差し出す。
「俺がいない間、ここを頼むぜ」
突然のことに驚きつつも、仲間は「あ、あとのことは任せてくれ」と、その重みを受け止めた。
大剣を手放したクロウは、隣のシキに向けて、すごみのきいた笑みを投げかける。
「明日にでも、別の得物を探さないとな。ぜんぶ斬り殺すってわけには、いかねえだろうからよ」
シキは応えず、ただ無言で歩みを進めた。
仲間たちは顔を見合わせ、二人の背中に向けて声を張った。
「へっ、お前らが決めたことなら、俺たちがとやかく言う筋合いはねえよ。しっかりな」
仲間と別れ、二人きりになった帰り道。
夜風が路地裏を吹き抜け、赤髪を乱暴に揺らす。
「やっぱり、ひとりで行かせるんじゃなかった」
クロウが、こらえきれないといった風に吐き捨てた。
いつも背中にあった大剣の重みが消え、手持ち無沙汰そうに、その大きな両の手のひらをこすり合わせている。
「いくらモモが大丈夫だって言ってもよ、夜遅くにどこの馬の骨ともわからねえ男のところへ乗りこませるなんて、俺の気が済まねえ」
「気が済むかどうかで決めたら、彼女は一生、僕らの背中の後ろから出られない。今朝、そう思い知らされたばかりだろう」
「わかってるよ。わかってるから、腹が立つんだ」
クロウは鼻を鳴らし、それから、横目でシキをうかがった。
「なあ。今朝、お前が言いかけたやつ。モモを失うくらいなら、の続きだよ」
「忘れてくれ」
「忘れねえよ。俺だって、似たようなもんだ」
シキは答えなかった。
代わりに、周囲の闇に目を配りながら、別のことを口にした。
「裏市で、ここらでは見慣れない上等な宝飾品を売り歩いていた男の噂は、僕も耳にしていた。おそらく、それがトウヤという男だろうね。じつのところ、ねぐらも割れている。宿の主人とは話がついているから、いつでも踏みこめる」
「お前……そういうこと、先に言えよな」
クロウは顔をしかめ、シキを小突いた。
「でもよ、あいつは優しすぎる。妙な悪党に言いくるめられて、ひどい目に遭ってねえかって、そればかり考えちまう」
「それは僕も同じだよ。僕らの目の届かない場所で、何かあったらと考えるだに恐ろしくはある」
クロウはこすり合わせていた手を止め、モモが消えていった路地の先の闇をにらみつけた。
シキもまた歩調は変えないまま、いつの間にか同じ闇へと視線を注いでいる。
どちらからともなく歩みが速まり、二人はそれきり口をつぐんだ。




