第三十六話 家族会議
時は、その日の朝にさかのぼる。
あさげの席で投じられたモモの告白と、一夜にして右腕を覆いつくした結晶化の呪い。
それはクロウとシキの常識を打ち砕いた。
二人の頭が働きはじめるまでには、長い時間がかかった。
それでも二人は、情報の糸を一本ずつ解きほぐすように、粘り強くモモの話に耳をかたむけた。
碁石を並べ、木札に書き留め、モモの記憶を整理し終えるころには、すべてを事実として受け止めるに至った。
そして、すべてを受け止めた上で最初に口を開いたのは、シキだった。
「結論から言うよ。モモは、島へ行くべきじゃない」
並べ終えた木札から顔を上げないまま、シキは淡々と続けた。
「整理して、はっきりした。その結晶化は、ビャクヤの光を浴びるたびに進行する。島が身体を蝕むのなら、近づかずに済む道を探すべきだ。モモは海を渡らず、呪いを解く手立てだけを探す。時間はかかっても、そのほうが」
「おい、待てよ」
クロウが太い声でさえぎった。
「それじゃあ何も変わらねえだろうが。モモが何度も死んで、それでもあきらめねえでつかんできた道だぞ。それをお前の尻ごみで捨てるってのか」
「尻ごみ?」
シキの声が、常になく低くなった。
「僕は勝算の話をしているんだ。君こそ、威勢だけで彼女を死地へかつぎこむ気かい」
「決めるのはモモだ。俺たちじゃねえ」
シキは腰を浮かせ、木机越しにクロウの胸ぐらをつかんだ。
声が、震えていた。
「その放り投げ方が、無責任だと言っているんだ。君の無計画な熱意がモモを傷つけると、なぜわからない!」
クロウはシキの腕を乱暴に振り払い、真っ向からにらみ返した。
「お前のその理屈じゃ、あいつの心は救えねえ! 俺は、モモが笑ってくれるなら、自分がどうなったっていいんだよ!」
荒い呼吸だけが、木机をはさんで交錯する。
理で組み上げられたはずのシキの言葉の底から、それとは不釣り合いな、脆い必死さがのぞいていた。
「モモを失うくらいなら、僕は」
そこで、シキは言葉をのみこんだ。
続きは音にならず、喉の奥で握り潰された。
自分が今、何を言いかけたのか。
それを確かめることをシキ自身が恐れているかのようだった。
わたしを失うくらいなら――その先を、モモは知っている。
四度目の廻りの夜、森の巨木の根元で、シキは「僕を頼れ」と言った。
今、目の前で「行くな」と言っている人は、その言葉を知らない。
でも、知らなくていい。
どちらも同じ人なのだから。
「二人とも、座って」
モモの声は静かで、けれど、よく通った。
にらみ合う二人の身体から、ふっと力が抜ける。
「ありがとう。そこまで考えてくれたこと、すごく嬉しいよ。でもね、行かないっていう道は、もうないの。この腕の侵食は、海のこちら側にいたって、もう止まらないよ。それにわたしね、ひとりで終わらせる気はないんだよ。クロウと、シキと、いっしょに終わらせて、いっしょにこの家へ帰ってくるの。それが、わたしの選ぶ道。……だめかな?」
沈黙は、長くは続かなかった。
クロウが先に拳を解き、どかりと腰を下ろす。
「んなわけ、あるかよ」
シキは目を伏せると、散らばった木札をそろえ直し、いつもの平坦な声に戻って言った。
「なら、条件がある。絶対に無理をしないこと。言いたいことがあるなら、その場で言うこと。その代わり、策に関しては僕の言うことに従ってもらう。それでも、誰も欠けさせないなんて保証はない。クロウも、それでいいな」
「へいへい。軍師さまの仰せのままに」
クロウが軽口で返し、張りつめていた居間の空気が、ようやくゆるんだ。
そして日が暮れ、窓の外が深い夜のとばりに包まれるころ。
モモが、んーっと伸びをして立ち上がった。
「しばらくは給仕の仕事をお休みすることになるから、親方のところへ挨拶に行ってくるね」
その言葉に、クロウが「俺もついていく」と腰を浮かせかけたが、モモは首を振った。
「ううん、トウヤにも会ってくるから」
「どういうことだ? 翼のあやかし……だったよな」
クロウの声が、一段低くなる。
「港でオニの噂をばらまいているのは、きっとその人よ。以前は気にかけなかったけど、今ならそうだってわかる。目立つ風貌だからね。給仕仲間の間で、話題になっていたの。それと、わたしひとりで行かせて。クロウと一緒じゃあ、どんな相手だって身構えちゃうよ」
「わかった。そのかわり、どこか行く場合は使いをよこせよ。俺たちは夜回りに行くから、そこへな」
モモはうなずくと、慣れた足取りで、ひとり出かけて行った。




