第三十五話 生きて、会いに行こう
モモはトウヤの目を捉えたまま、ゆっくりと口を開いた。
「わたしは、時をさかのぼってきたの。前のあなたは、人間たちを島へ引き入れて――祠の前で、片方の翼を折られた骸になって死んでいた。誰にも看取られないまま」
短刀を握るトウヤの指が、かすかに揺れた。
「それにね、あなたが身代わりになろうとしたとき、ビャクヤは確かにこう言ったんだよ。――だめだよ、兄様、って」
切っ先が下がった。
「でもね。ビャクヤが苦しんでいて、あなたに助けを求めているのは本当よ。あの子を助けたいと思うあなたの心は、何も間違っていない。ただ、方法を間違えたら、あの子を本当に失ってしまうの」
「では、どうすればいいというのです」
トウヤは身を乗り出した。
「あやかしの力も白鬼の術も、僕の復讐の計画も、すべてが間違っているというのなら、一体どうすればあの子を救えるのですか。君に、その答えがわかるというのですか!」
「それは、わたしにもまだわからないの」
モモは首を振った。
その声に揺らぎはなかった。
トウヤの手が、短刀を持ち上げた。
刃が卓の上で月明かりを跳ね、それからまた、下ろされる。
「だけど、グレンや長老なら、何か知っているかもしれない。それに、わたしも、あの子を救うための鍵のはずだよ。わたしは海の向こうから、ずっとビャクヤに呼ばれ続けてきたのだから。この右手の結晶は、今もビャクヤの心と深くつながっている気がするの。ここには、あの子を救うための大切な何かがある。わたしはそう信じているよ」
モモは硝子の右腕を、愛おしそうに見つめた。
「トウヤ。あなたが命を落とさず、生きてビャクヤと再会すること。それこそが、あの子を本当に救うことになるんだよ。だから、お願い。生きて、あの子に会いに行こう」
トウヤは答えなかった。
短刀を握ったまま、その刃を見ていた。
「あの子は……だめだよ、と言ったのですね。僕に」
「うん」
「そうですか」
指が柄を離れ、短刀は乾いた音を立てて床に転がった。
トウヤはその手を、自分の顔へ持っていった。
「ビャクヤ、僕は、僕はただ……」
瞳から大粒の涙があふれ、トウヤはその場に力なく崩れ落ちた。
すがるものを求めて伸ばされた手が、モモの硝子の腕の前で、指を震わせて止まる。
弟を苦しめ続けてきた自分に、この腕へ触れる資格があるのか。
モモのほうから寄り添い、震える彼の肩を包みこんだ。
トウヤは拒む力もなく、モモの肩口に顔をうずめ、子供のように声を上げてむせび泣いた。
やがて、トウヤはモモの身体から離れ、あふれる涙を衣服の袖で拭った。
その横顔には、いまだ消えない悔恨の陰があったが、それ以上に、目の前の少女への、言葉にできない複雑なまなざしがまじり始めていた。
「君の言うことを、何もかも信じたわけじゃないですよ」
トウヤは乱れた襟元を整え、ていねいな、照れ隠しの口調で語った。
「もし君の言葉に嘘があったり、これ以上は無理だと思ったら、その時は僕のやり方でやらせてもらいます。ですが、あの島へ渡るのは、僕の案内なしでは難しいでしょう。君を無事にビャクヤの元へ送り届けるために協力することを約束します」
モモは小さく微笑んだ。
「うん、よろしくね、トウヤ」
トウヤは少し決まり悪そうに視線を外すと、乱れた白髪をかき上げた。
薄暗がりのなかに隠れた瞳が、モモという少女を、これまでとは異なる重みをもって見つめる。
「君からは、やはりあの子と同じにおいがします。放っておくと、また無茶をしてしまいそうな」
トウヤの手がモモの髪に触れた。
指先でそっとすくい上げられた鳶色の髪が、サラサラと彼の指の間をこぼれていく。
そして、トウヤは儚げに微笑んだ。
「どうして見間違えたりなんてしたのでしょうね。髪の色だって違うというのに」
突然のことに頬を染め、言葉を失ったモモに構わず、トウヤは部屋の片隅へと視線を向けると、思案げに目を細めた。
椅子の背で、青白い光を放つ外套。
その下に、畳まれたもう一枚の白い衣。




