第二十六話 慟哭
クロウが命を賭してつなぎとめた、二人の命。
ここで足を止めては、それがすべて無駄になる。
シキはモモの腕を引いて、道なき道をがむしゃらに突き進んでいた。
追っ手の気配は感じられない。
ぬれた腐葉土を踏みしめる二人の足音と、荒い息づかいだけが、木々の間に響いている。
モモの身体からは、とうに抗う気力が失われていた。
引かれるままに歩き、糸の切れた人形さながらに足をもつれさせている。
「う、あ、ああ……」
「ごめんね、シキ。ごめんなさい。わたしが、わたしがもっと上手くやっていれば、クロウは……」
握りしめられたモモの右手。
結晶化したその手は、青白く光り、脈打っている。
「わたしね、ずっと怖かったの」
歩く足をゆるめると、シキは巨木の根元にモモをそっと座らせ、何も言わず、ただ彼女の言葉を待った。
モモは自分の右手に痛ましげな目を落としながら、かすれた声で告白を始める。
「この島に来るのも、みんなに冷たくしたのも、全部、全部……こうなるってわかっていたからなの。わたし、この惨劇を何度も、何度も見てるの。何をしても、どう足掻いても、みんな、わたしの目の前でオニに殺されて……。最後に残ったシキも、わたしをかばって……っ」
言葉が、涙の波にさえぎられる。
「だから、今回は誰も巻きこみたくなかった。ひとりで全部終わらせるつもりだったの。それなのに、また、クロウが、わたしのせいで!」
膝を抱え、小さな身体をこれ以上ないほどに縮めて、泣きじゃくる幼馴染。
その告白を、シキは一言たりとも聞き漏らさないよう、胸に刻みつけていた。
これまでのモモの不自然な言動、時折見せる心を殺したような顔、あまりにも正確な島での先導、そして先ほどの「いつも先に死んじゃう」という言葉――すべての事実が、一本の糸で結ばれていく。
予知なんかじゃない。
モモは、時を廻っているんだ。
何度も死を見届け、そのたびにひとりで、この地獄の舞台へと戻ってきていたんだ。
そして僕は、無意識にそれを否定していた。
恐れていたのは、僕だ。
わからないことを認められない、僕の弱さが、モモを追いつめてしまっていたんだ。
シキの胸を満たしていたわだかまりは、いまや跡形もなく消え去っていた。
残されたのは、モモをそこまで追いつめていた、おのれの無力さへの怒りと悔恨だけだった。
「……モモ」
シキはゆっくりと、モモの前に膝をついた。
視線の高さを合わせ、震える彼女の両肩に両手を置いて、熱をこめる。
「わたし、もうどうしたらいいか」
「モモ、顔をあげて」
シキの声は、いつもの、理知的で冷静なものに戻っていた。
いや、その奥底には、かつてないほどの熱がみなぎっている。
「君が何を背負おうと、何度地獄を越えようと、それが問題なのではなかった。君をそんな孤独のなかにひとりで置き去りにしていたことが、問題だったんだ。それに気づけなかったのは、僕の生涯における最大の失態だ」
シキはそっと、モモの目元にたまった涙を指先で拭った。
「いいか、よく聞くんだ。クロウが簡単にあきらめるはずがないだろう。あの男の頑丈さと往生際の悪さは、僕たちがいちばんよく知っている。あいつは後で、必ず生きて僕たちに追いつく」
根拠など、どこにもなかった。
それでもシキは、モモの目から視線を外さなかった。
「だから、里へ行こう、モモ。君の知っている通りに事態が動くとしても、必ずそれを変えてみせる。僕を頼れ。君を、もう二度とひとりにはさせない」
「シキっ」
モモの瞳に、ほんの少しだけ、救われたような光がともる。
モモはシキの胸へと顔をうずめ、声を上げて泣いた。
しばらくして、涙を拭ったモモが、まだ赤く腫れた目でシキを見つめた。
「うん。シキの言う通りだね。周りを顧みずに、ひとりで突っ走って、それじゃ、うまくいくわけないよね」
「そうだよ。ひとりで抱えこむことなんて、ないんだ。僕たちは家族なのだから」
二人はしっかりと手を取り合い、立ち上がった。
白鬼の里へ向かって、力強く駆け上がっていく。




