↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
25/56

第二十五話 吊り橋

 目が合った。

 見張りたちが、はじかれたように動いた。

 オニの顔が凶暴にゆがみ、喉の奥から咆哮が上がる。

 こうなってしまえば、もう隠れてはいられない。

 囲まれる前に動くしかなかった。


「俺が引きつける! シキ、モモを連れて橋へ走れ!」


 誰よりも早く動いたのは、クロウだった。

 オニたちが武器をかかげて殺到するなか、クロウは二人を背に隠して立ちはだかり、その広い背中から大剣を、鋭い金属音とともに引き抜いた。

 襲いかかってきた最初の一体の鉞を大剣の腹で受け止めるなり、力任せの押しこみではじき返す。


 剛と柔を切り替え、立ち位置を変え、猛攻をしのぐクロウ。

 その足が、半歩、後ろへ滑った。

 二体目が回りこめば、それで終わる。


 その打ち合う音が、呼び水となった。

 霧の向こう、森の奥や水路の先といった別の場所からも、無数の足音が近づいてくる。

 この数は、さばききれない。

 このままここで足を止めれば命運が尽きる。


 迫りくる死の気配を前にして、クロウは大剣を握り直した。


「シキ、モモを頼んだぞ!」


 言うなりクロウは、守りから攻めへ転じた。

 大剣を振り回してけん制しながら、自らに隙を作り、敵の攻撃を誘い出す。

 身の安全の一切を投げ打ち、体当たりを敢行する。

 鉄と鉄、肉と肉が激突する凄まじい音が響き、橋への道筋が開かれた。


「だめ!」


 これまで必死に感情を殺していたはずのモモが、初めて、金切り声を上げた。

 その顔にあるのは、おのれに迫る死への恐怖などではなかった。

 顔をクシャクシャにゆがませ、大粒の涙がぼろぼろとこぼれ落ちていく。

 モモはクロウの衣服をつかもうと、必死にその小さな手を伸ばした。


「クロウ! そうやっていつも、わたしをかばって、先に死んじゃうんだから! こうならないために、わたしは……わたしは……!」


 首を振り、叫び続けるモモ。


 その言葉を耳にして、シキの全身を、落雷が貫いた。


 いつも、先に死ぬ――。


 シキはモモの腰に腕を回し、その軽い身体を半ば引きずって、吊り橋へと駆けた。


「クロウを救いたければ、まず君がこの場を逃れるんだ。でないと、いつまでたってもあいつは無茶をやめない!」


 走って渡れば、この心もとない吊り橋は、ひとたびの揺れで制御を失う。

 シキの声に導かれ、モモは恐怖をこらえながら、一歩一歩、古びた木板を一枚ずつ確かめて進み出した。


 吊り橋の半ばで、背後から凄まじい衝撃が橋を襲った。

 数体のオニが、吊り橋へと踏みこんできていた。

 異形の巨体がもたらす重みによって、吊り橋は生き物さながらに上下にのたうった。

 木板がきしみ、暴れ狂う。


 モモの身体が、大きくよろめいた。

 シキはとっさにモモの腕をつかみ、綱を握らせる。

 細い背を前へと押し出すと、自らは進行方向とは逆に、迫りくるオニの側へと向き直った。

 吊り橋の途中で足を止め、その身を盾にして立ちはだかる。


「そのまま前だけを見て進むんだ!」


 背後でモモが必死に足を進め、かろうじて対岸の岩場へとたどり着き、湿った土へと這い上がっていく気配がした。


 だが、しんがりを務めるシキのすぐ目の前には、すでにオニの影が肉薄していた。

 篝火の赤黒い光を背後から浴びた異形が迫る。

 太くただれた腕が伸ばされ、シキの衣服へつかみかかろうとして、虚空を裂いた。


 この不安定な足場で、刀を抜く猶予などない。

 シキは瞬時に左右の親綱をつかみ、全体重をかけて、足元の木板を蹴りつけた。

 波打つような衝撃が、ふたたび吊り橋を狂わせる。

 綱が引き絞られ、木板が左右に大きくかたむいた。

 シキに迫ろうと体勢を崩しかけていたオニは、その予期せぬ揺れに足元をすくわれ、たまらず綱にしがみつく。


 その一瞬の隙を、シキは見逃さなかった。

 かたむく板を強引に踏みしめ、一気に残りの距離を駆け抜ける。

 対岸へと転がり、モモのかたわらへと滑りこんだ。


 安堵の息を漏らすいとまは、与えられない。

 オニは即座に体勢を立て直し、猛り狂った眼でシキをにらみつけ、大きく足を踏み出した。

 さらにその背後、吊り橋のたもとには、次なる異形の群れが、今まさに殺到しようとしている。


 対岸へ伸びようとする、悪夢の連なり。

 それを、クロウは見ていた。


 殺到する刃を大剣ではじき、土を巻き上げる大振りでオニを飛びのかせる。

 同時に、クロウは地を蹴ってきびすを返した。

 一足で、吊り橋へ。

 迷いも、よどみもない。

 身体をひねる力のすべてを刃に乗せ、吊り橋の太い麻縄の結び目へとたたきつけた。


 親綱が、はじけ飛ぶ。


 支えを失った吊り橋が、オニを乗せたまま虚空でのたうち、はるか下方の激流へと崩れ落ちていく。

 谷底へのまれていく、異形どもの咆哮。


 モモとシキの目の前で、里へと続く道と、クロウのいる対岸とが分断された。


「いやだ! そんなの!」


 奈落のふちで、モモの絶叫が夜空へとこだまする。


 対岸に残されたクロウの背後には、退路のない断崖。

 前方からは無数のオニ。

 それなのにクロウの口元はゆるみ、満足げに息を吐いた。

 誰に聞かせるでもなく何事かを小さくつぶやくと、猛然と駆けだし、その勢いのまま、足元の土を蹴り上げる。

 オニが顔をそむけ、腕で土を防ごうとした一瞬の隙を、大剣が裂いた。


 さらに切りこんでいくその苛烈な姿は、次々と群がるオニの波に隠れ、暗闇と霧の向こう――モモたちの視界から、消えていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。