第二十四話 見張り
「あったな、橋」
クロウがつぶやき、一歩前に出ようとするが、シキが腕をつかんで引き戻した。
「待て」
シキの視線の先――吊り橋のたもとには、木板を雑に組み上げた高床の見張り台が、黒い影となってそびえ立っていた。
その周囲には篝火がゆらめき、赤黒い炎が霧をおどろおどろしく照らし出している。
火の粉のはぜる光のなかで、各々の武器を手にした三体のオニが、周囲の闇へ紅く光る眼を向けていた。
橋へと至るには、あの炎の真ん前を横切るほかない。
気づかれれば、戦いは避けられない。
相手が三体だけならまだ勝算はあるが、他にもオニがいたとすると、土地勘のないこの暗がりでは致命傷となるだろう。
吊り橋を渡ろうにも、大勢で踏みこめば揺れで振り落とされそうな上、万一落下すれば、この高さと水の流れだ。
助かるとは思えなかった。
三人は冷たい岩の陰に身を潜めた。
と、岩陰のさらに背後、生い茂る木々の奥から、湿った草を踏みしめる音が近づいてきた。
クロウの身体がかすかに動き、大剣の柄へと手が伸びる。
霧の切れ間を凝視すると、そこへ二つの輪郭が、音もなく這い出てくるのが見えた。
分厚い胸板、丸太のような上腕。
背丈こそ人並みだが、その異様さに肌があわ立つ。
それが二体、緩慢な足取りで近づきつつあった。
まだこちらには、気づいていない。
不意を突き、音を立てずに仕留めるなら、今この瞬間しかなかった。
「……シキ」
声を極限まで押し殺し、クロウがシキの目をのぞきこむ。
橋のオニに勘づかれる前に、この二体を音もなく片付けるか、という獰猛な問いだった。
しかし、シキは即座にクロウの腕をつかみ、首を振った。
ここで刃を交えれば、その音が確実に橋の見張りに届く。
そうなれば、逃げ場のないこのせまい崖路で挟み撃ちだ。
シキはモモの小さな身体を岩の隙間へと押しこみ、自らも身を隠して息を止めた。
草木をなぎ倒す音が、すぐ耳元まで迫る。
生々しい獣臭をただよわせながら、オニが岩のすぐ外側の泥を踏みしめていく。
生きた心地のしない、数瞬。
二つの影が、ようやく岩陰を通り過ぎ、吊り橋のほうへと遠ざかりかけた。
ガサリ、とすぐ後ろの茂みが揺れた。
二体だけではなかった。
少し遅れて、さらに三体目のオニが足音もなく歩いてきていた。
紅い眼が、三人が隠れる岩の裂け目のすぐ前を通過する。
あと一寸でも身体を前に出していれば、確実にその網膜に捉えられていた。
オニは不審そうに鼻を鳴らし、立ち止まる。
違和感の正体を確かめようと、紅い眼をこらす。
クロウの指先が、大剣の柄を強く締め上げる。
息の音さえ命取りになるなかで、モモは声を出すまいと、自らの唇を強くかみしめていた。
後ろを歩く仲間との間が開いたことを、たしなめたのだろうか。
前を行くオニが低いうなり声をあげると、三体目のオニはようやく首を振り、歩み去っていった。
遠ざかる足音を聞きながら、クロウは肺の空気を音もなく吐き出した。
シキも全身に汗が吹き出し、心臓の音が耳の奥でうるさいほどに脈打っていた。
だが、通過したばかりのオニが吊り橋のたもとへ合流し、見張りは六体にふくれ上がった。
霧は薄れはじめ、モモは右腕を抱えて震えている。
夜を明かす猶予はない。
シキが霧の流れを読んで機をうかがううち、上空の風向きが変わった。
谷底から這い上がってきた濃い川霧が、オニたちの視界をさえぎるように、吊り橋のたもとへ深く立ちこめる。
この霧の濃さなら、奴らの死角を突いて、一気に距離をつめられる。
ようやくめぐってきた好機に、張りつめていた空気がゆるむ。
その時、激しい破裂音が夜を鋭く引き裂いた。
見張り台のかたわらで燃えさかっていた篝火の、巨大な薪がはぜた音だった。
吹き上げた烈風が火の粉を巻き上げ、これまでにないほど明るく周囲を照らし出す。
その光は岩陰にまで届き、夜の闇に潜んでいた三人の姿を、くっきりと浮かび上がらせた。




