第二十一話 尋問
船底の荷物部屋は、木壁の隙間から這い入る潮と古い埃のにおいがまじり合う、薄暗い密室だった。
天井の梁から吊り下げられた行灯の炎が、船体の揺れに合わせて頼りなくゆらめき、そこにいる者たちの影を壁に長く引き延ばしている。
椅子に腰かけた白髪の男、トウヤは、差し出された白湯をむさぼり飲み、何度も頭を下げた。
据わった目で向き合った船長の尋問に、身の上を語る。
炭鉱の奴隷が、オニの目を盗み、舟を奪って逃げてきた。
涙ながらの哀れな話だった。
その一部始終をすぐ横で凝視していたクロウの鼻の奥には、嫌なにおいがこびりついて離れなかった。
震え方が、おかしい。
おびえる者は指の先から震えるものだが、この男の震えは肩と声ばかりで、白湯を受け取ったとき、器のなかの湯は波ひとつ立っていなかった。
そして問答の合間、自分を見上げた薄紫色の瞳の奥に、冷静な意志の光がよぎったのがわかった。
疑っていなければ見過ごしていただろう。
こいつ、おびえてるくせに、謀ってやがる。
やがてトウヤは、椅子から床へ崩れるように降りて平伏すると、船長の揺さぶりに屈したふうを装い、少しずつ餌をまき始めた。
島に眠るオニどもの宝。
外からは決して見えない霧のなかの舟の道。
そして船長がその道筋を吐けと迫ると、男は、島へは二度と戻りたくないと床へ崩れ落ちんばかりに懇願してみせた。
その姿を間近で見ていたクロウの首筋の毛が、ぞわりと逆立つ。
理屈で語れるものではない。
だが、クロウはこのにおいを知っていた。
狩り場で幾度もかいだ――茂みに身を伏せ、獲物が罠へ踏みこむのをじっと待つ、獣のにおいだ。
震えているのは皮ばかりで、その下の肉は微塵も揺れていない。
この野郎、俺たちを狩る気だ。
クロウはたまらず、二人の間に割って入った。
「騙されるな! そいつはわざと欲をあおって、あんたを島へ誘いこもうとしてるんだ。俺たちとオニを潰し合わせるためにな!」
迷いのない告発に、船長は動きを止めた。
その瞳が、床にうずくまる白髪の男へと向けられる。
いかつい顔から笑みが消え、海千山千のならず者を束ねる者のすごみが浮かんだ。
「なるほどねぇ」
言うなり船長は、平伏するトウヤの首根っこをつかみ上げ、力任せに船壁へとたたきつけた。
洗いざらい吐くか、海の底へ沈むか。
強く迫りながら、じりじりと締め上げていく。
ここで止めなければ、取り返しがつかなくなる。
死の予感に、クロウの視線がトウヤから船長へと向けられた。
刹那、トウヤから一切のおびえが消え、背を覆っていた粗末な麻布が内側からはじけ飛んだ。
風切り音とともに、純白の翼が現れる。
「なっ!」
突風とともに、鋭い無数の羽根が船長を襲った。
船長はたまらずトウヤから手を離すと、傷ついた片目を押さえながら、よろめき後退する。
同時に、クロウの身体が動いていた。
目の前の男が、この船を――モモを破滅へと導く化け物だと確信して、抑えこんでいた衝動が解き放たれる。
「てめッ!」
抜刀の金属音が鋭く響く。
引き抜かれた大剣が、トウヤの首筋を狙って突き出された。
トウヤはわずかな動きで身をかわすと、退くのではなく、進むことで体勢を入れ替える。
大剣が空を裂き、船室の木壁を切り裂いている間に、唯一の出口である扉へと向かって駆け出した。
「ちっ!」
クロウはためらいなく大剣を手放すと、しなやかな体躯をひるがえし、トウヤを追った。
トウヤは純白の翼をはばたかせて加速すると、追撃を逃れ、その威力のままに扉を蹴破り通路へとおどり出る。
立ちすくむ船員たちを翻弄しながら階段を駆け上がり、瞬く間に甲板へと飛び出すと、月光の下、追うクロウをあざけるように、一気に海面へ向かって跳躍した。
「せいぜい、紅鬼どもと潰し合うがいい!」
大きな羽音が夜の海に響く。
純白の翼を限界まで広げ、瞬く間にトウヤは、海原の上空へと飛び去った。
クロウが船べりに駆け寄って見上げると、あやかしの正体を現した白髪の男は、深い霧の向こう、隠ヶ島の方角へと消えていった。
甲板には、舞い落ちた白い羽根と、呆然とする船員たちのざわめきだけが残された。
「ああ、忌々しい! あの若造!」
クロウの背後から、船長の怒号が響き渡った。
傷ついた顔と乱れた髪をそのままに、船長は夜空へ向かってわめき散らす。
「アタシをこけにしたツケは、高くつくよ。罠だろうが何だろうが、知ったことかい。邪魔をするっていうなら、島にいるオニどもごと蹴散らしてやるわ。野郎ども! 何をボサッと突っ立ってるの。あの化け物が逃げた先、霧の海域へ舵を切りなさい。隠ヶ島へ向かうわよ!」
「へ、へいっ!」
我に返った手下たちが、慌てふためきながら一斉に動き出す。
太綱を引く音、帆が夜風をはらむ音が甲板に慌ただしく響き渡り、巨大な船体がきしみを上げながら、死地である濃霧の海へと、そのへさきをめぐらせた。
クロウは拳を握りしめ、霧の先にあるであろう島をにらんだ。
だが、はっきりしたことがある。
まるでらしくないシキとモモ。
大剣を取りに戻って、それから――あの二人とも、向き合わないとな。
クロウは、しびれの残る拳を開いて閉じ、甲板を後にした。




