第二十話 単独行
息を荒くしたまま甲板へと戻ったクロウの頭は、混乱のなかにあった。
あいつら、俺の知らねえところで、何を話してやがったんだ。
胸を焦がす疎外感と悔しさを抱えて甲板へ上がると、いつの間にか陽は水平線へ傾き、赤みを帯びた潮風が火照った頬をなでた。
見れば右舷の船べりには人だかりができ、異様な熱気に包まれている。
舟に乗って来たという漂流者であろう若い男が、中央にへたりこんでいるのが見えた。
船員の一人がいら立ちをあらわに胸ぐらをつかんでも、若者はただ首を振り、頭が、身体が、と弱々しく懇願するばかりだ。
人だかりの隙間からその様子を凝視していたクロウの全身に、頭のてっぺんから冷水を浴びせられたかのような戦慄が駆け抜けた。
額にべったりと張りついた、ぬれた髪。
おびえ縮こまる、白髪の男。
嘘だろ。
モモの言った通りじゃねえか。
耳の奥で、先ほどモモが言い放った予言が鮮明によみがえる。
確かめなければならない。
目の前の男が何をたくらんでいるのかを。
そして、モモが本当に、これからのことを知っているのかどうかを。
じらされた船乗りが、握りかけた拳を振り上げようと息を吸った。
「どけ! そこをどきやがれ!」
クロウは居ても立ってもいられなくなり、周囲の男たちを力任せに押し分けた。
船乗りの前に立ち塞がり、平伏する白髪の男の前へと身体を入れる。
その肩を手荒くつかみ上げると、獲物を追いつめるような目で、その顔をのぞきこんだ。
「おい、てめえ! 何しにここへ来た。名前は何て言うんだ。トウヤって言うんだろ。本当は奴隷なんかじゃ」
「ひっ……ご、ご勘弁を!」
クロウの強い口調に、男はさらに身をすくめ、涙と潮水にぬれた顔を伏せて、激しく震えだした。
周りの男たちが、口々にいら立ちと戸惑いの声をあげる。
と、そこへ、野太い声が響いた。
荒くれ者たちが引きつった顔で飛びのくと、船長が姿を現す。
「ガキ一人に何を手こずってるのよ。この船の命綱を握ってるのは、アタシなんだからね」
若者は船長が顔をのぞきこむよりわずかに早く顔をあげ、涙目まじりに訴えた。
「な、何でも話します。ぼ、僕はトウヤ。船長殿……」
船長が手下に顎をしゃくり、若造を荷物部屋へ運んで暖を取らせろ、話はアタシが直々に訊く、と告げた。
その目が、一度だけクロウの上を通った。
手下たちが白髪の男を担ぎ上げ、船内へと運んでいく。
船長はその場に残り、いまだに荒い息を吐きながら、連れていかれる男を険しい目でにらみつけているクロウを、見逃さなかった。
手下どもがわめき散らすなか、ただ一人あの男を疑っていた若造を、測るようにじっと見る。
それから船長は、クロウの太い二の腕をぽんとたたいた。
「ねえ、色男。アタシについてきなさいな。アンタもあの男のことが、えらく気になるようじゃない?」
クロウが顔を上げた。
「お、おう。俺も、そいつの正体をこの目で確かめてえ」
クロウは船底の暗がりを見すえ、自ら進んで、その尋問の場へと足を運ぶ。




