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第十六話 届かない声

 裏山から地下へと伸びる洞窟は、外界よりもなお深い霧に満ちている。

 岩肌を伝ってしたたる水音が、暗闇の奥で反響していた。


 進むにつれて、モモの右手に走る激痛は、肉を裂き骨を砕くような脈動へと変わっていく。

 指の結晶が心臓と同じ律動で青白い光を明滅させて、周囲の壁を照らし出す。


「モモ、無理をするな」


 シキが腕を差し伸べてモモを支えると、クロウは視線を油断なく闇の奥へと走らせ、先行した。


 やがて道が開け、三人は洞窟の最奥へとたどり着いた。

 そこは、無数の結晶の群生が石筍のようにそびえ立つ、命の気配が感じられない美しい祠だった。

 空間の中央には、ひときわ巨大な結晶の繭が、生き物のように脈打っている。


 そして、その繭にへばりついて、爪が割れるのも構わず結晶をはぎ取ろうとしている影があった。

 白髪の若者、トウヤだ。


「トウヤ! ここで何を!」


 モモの声に、トウヤは動きを止め、振り返った。

 その瞳は、ぎらついていた。


「君の言っていた『すべきこと』とは、これのことか。ここが、その場所なのか」


 シキが問いを重ねる。

 トウヤは薄い唇をゆがめ、鼻の奥でふっと笑った。

 前髪の隙間からのぞく瞳に、じっとりとした炎がともっている。


「何って、見ればわかるでしょう。ビャクヤを、僕の可愛い弟を、このおぞましい結界から引きはがそうとしているんですよ。あの里の連中は、かつてあやかしどもの襲撃から自分たちだけが生き延びるために、ビャクヤを、グレンに差し出したのです」


 結晶をむしる手を止めずに、トウヤは吐き捨てた。


「あいつらは、その犠牲の上にのうのうと平穏をむさぼっている裏切り者どもです。ビャクヤは今も、そんな連中の薄汚い命を維持するために、この中で永遠の苦痛を味わい続けているというのに」


 その間にも、繭は苦しげに脈打ち続けていた。

 トウヤが結晶をむしるたび、少年の声が、右手を通してモモの頭蓋を打つ。

 さむい。

 たすけて。

 にいさま。


 モモは、シキの腕を振りほどいた。


「モモ?」


 ふらつく足で繭へと歩み寄り、結晶の表面へ、凍えた右手を押し当てる。

 冷たさが、冷たさに触れた。


 聞こえてる。

 わたしはここにいるよ。

 だから――。


 声にならない呼びかけを、モモは繭の奥へと送りこんだ。

 ほんの一瞬、脈動がやわらぐ。

 少年の思念が、こちらへ向いた気がした。


 だが、それだけだった。


 トウヤの爪が、結晶をまた、はぎ取る。

 乾いた音とともに繭の内側で苦痛がはね上がり、モモの右手を焼いた。

 同時に、遠く里のほうから、ドォン、と足元の岩盤を震わせる音が届く。

 届きかけていた糸は、その二つの衝撃に引き裂かれ、ぷつりと切れた。


「あっ」


 モモは繭から手を離し、後ずさった。

 何が起きたのか、自分でもわからない。

 ただ、届かなかった、ということだけがわかった。


「でも、どうして? 何の理由があってそんなことを……」


 絞り出したモモの問いに、トウヤは、ゆがんだ笑みを浮かべた。


「君は本当に優しいですね、お嬢さん。でも、ここで悠長に僕の話を聞いていていいのですか?」


 トウヤは愉しげに喉を鳴らすと、声を潜めた。


「僕が船長たちに教えたのは、東の砦などではありません。里の在処なのですよ。関所を通らずとも、山を越える道はあります。彼らには、それも教えてあげました」


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