第十五話 伝承
「『光を受くる器、咎を廻り、時を渡り来たる』……ビャクヤ様が封じられた夜に遺された言葉じゃ。よもや、お主のような小娘が……」
長老はそこで口をつぐむと、しばし黙したのち、重い口を開いた。
「我らは試されているのじゃ。祠の御子を盾にしてな」
老人の声は、震えていた。
「お主らが何を持ちこもうと、我らにはどうせ何もできん。関所を見ただろう。あそこには紅鬼どもの物見が張りつき、昼夜を問わず我らの首筋をにらみつけておる。少しでも不穏な動きを見せれば、奴らが雪崩れこみ、こんな里など跡形もなく滅ぼされるのじゃ。頼む。その呪いを、あの御方の影をこれ以上ここに引き寄せないでくれ。島から去ってくれ」
話を聞くうち、モモの右手の結晶が、何かに共鳴するようにドクンと大きく脈打った。
骨の髄をえぐるような激痛が走り、モモは思わず自分の右腕を強く抱えこむ。
そして視線が、自然と長老の指し示した裏山の暗がりへと吸い寄せられていく。
何者かに魂を強く引かれるような、切実な感覚が、頭の芯を支配し始めていた。
その様子に、長老がつぶやいた。
「祠を埋めつくす、あの結晶と同じじゃ」
「あっち……あそこに行かなきゃ」
モモがふらふらと、長老のかたわらをすり抜けて、山道へと歩み出そうとした。
「ま、待て! どこへ行く気じゃ」
老人は杖を振り回して、モモの行く手をさえぎろうとした。
「ならん、行ってはならん! そこは禁忌の洞窟、ビャクヤ様の祠じゃ。立ち入るなど、紅鬼どもへの明白な反意。お前たち、あの娘を止めるのじゃ!」
長老の悲鳴じみた叫びに、背後に控えていたやせた男たちが、おびえながらも農具を構えて前に出ようとする。
だが、それはかなわなかった。
大剣に手をかけたクロウが、幾多の死線をくぐり抜けてきた獣が牙をむくように、その前に立ちはだかった。
同時に、シキがモモの側面へ回りこむ。
いつでも白刃を抜ける、無駄のない身のこなし。
すべてを見透かす双眸が、男たちから選択肢を奪う。
戦い慣れた者特有の気配が白鬼たちの足をすくませ、農具を握る手を金縛りにかけた。
里の男たちは青ざめたまま立ちつくし、長老もまた、目の前の二人の気迫に言葉を失っていた。
それでもなお、一族の破滅という恐怖が、老人の声をかすれさせる。
「頼む。行ってはならん。お主らが祠をけがせば、紅鬼どもに口実を与えてしまう。我が一族は皆殺しにされるのじゃ。憐れな白鬼の命を、これ以上もてあそばんでくれ」
杖にすがって懇願する老人の姿に、モモは胸をしめつけられた。
しかし、それ以上に、心に強く訴えてくる声ならぬ声を無視することはできなかった。
と、裏山の暗がりから、すべてを凍てつかせる冷たい波動が、里の全域へと吹き抜けた。
モモの右手の結晶と同じ質の冷気。
網膜の裏側に白光の残像を結ばせる、魂の衝撃だった。
ドクン、とモモの心臓が跳ね上がり、頭蓋の奥へ、少年の声が流れこんでくる。
――さむい……たすけて、にいさま――
異変を感じ取ったのは、モモだけではなかった。
「う、あ……っ」
長老の背後にいた白鬼の男たちが、一斉に胸をかきむしり、その場に膝をついた。
彼らの頭上の小さな角が、祠から漏れ出る白光と同調するように、かすかな光を放ち始める。
「ビャクヤ様が……苦しんでおられる……?」
長老が杖を落とし、自分の胸元を手で押さえながら、信じられないといった様子で裏山を見上げた。
モモたちをはばもうとしていた里の住人たちは、身内から湧き上がった痛みと、祠から放たれる崩壊の予兆に、おのれの意思で立つことすらできなくなる。
モモの右手の結晶は、彼女の意思を無視して、まばゆいほどの白光を放ちはじめた。
そして裏山の洞窟の奥へと、強く、強く、その身体を引っ張っていた。
呼ばれている。
ビャクヤのところへ行かなければ。
モモは白鬼たちのおびえる視線と嗚咽を背に受けながら、光の導きのまま、裏山へ向けて歩き出した。
クロウとシキが、その左右を無言で固める。




