第十四話 白鬼の里
重い門が背後で閉ざされると、肌を焦がすような熱気は引き、風の音が三人を出迎えた。
峡谷の起伏に沿って道なりに進むと、外界から切り離された盆地が現れた。
そこに、ひっそりとたたずむ集落がある。
敷きつめられた白砂の先には、原木を組み上げ、わらを敷きつめただけの家々が立ち並ぶ。
軒先には干からびた菜っ葉が吊るされ、細々と煙を上げるかまどからは、貧しい煮炊きのにおいがかすかに漂っている。
人の気配は薄く、ただ風が建物の隙間を寂しげに通り抜けていくだけの、ささやかな里だった。
物陰から姿をのぞかせた数少ない住人たちは、一様にやせ細り、その頭上には小さく白い角が生えている。
これまでに遭遇した紅い肌のオニ――紅鬼とは、明らかに異なっていた。
戦うすべなど、持たないのだろう。
目の粗い衣服をまとった彼らは、見たことのない人間の姿を発見すると、物陰に半身を引っこめたまま動かなくなった。
「似ているね、なんだか……」
「ここまでしけちゃいねえだろ」
そう答えはしたが、クロウも同じことを思ったに違いなかった。
幼いモモがはじめて目にした、誰からも見て見ぬふりをされていた貧困街。
旅に発つ前まで暮らしていた場所。
この里の光景は、その記憶と重なる。
物珍しい旅人を、何事かとのぞき見る幼子がいた。
きょとんとする、その年端もいかない子オニと目が合うと、モモは微笑んだ。
幼子はその優しい表情に笑い返そうとするが、かたわらに立つ大男の姿を見るなり、顔をぐしゃぐしゃにして泣き出してしまった。
母親が駆け寄ると、幼子の目を覆って抱きかかえ、家々の影へと逃げこんでいく。
残されたオニたちも、足早に散っていった。
ガタガタと頼りない板戸が閉まり、内側からかんぬきをかける音が、あちこちの家から響いた。
「俺……のせいか?」
「僕たち全員のせい、だよ」
シキが、戦いの汚れが残る衣服をひらりと振ってみせた。
意気消沈したモモとクロウ、平然としているシキが、人気のなくなった里を進む。
やがて、板戸がひとつだけ開き、数人の男たちに背をうながされ、一人の老人が姿を現した。
長く白いひげをたくわえ、杖を突いたその老白鬼は、三人の前へと進み出た。
その薄紫色の瞳には、深い警戒心が宿っている。
「何者じゃ、お主らは」
かすれた、だが威厳の感じられる、意思を振りしぼるような声だった。
長老は三人のたたずまいを、特にシキの抜かりない構えとクロウの大剣を凝視し、杖を握る手を震わせた。
「あの関所を越えて、この里へ足を踏み入れた人間など、これまでに一人としておらん。よもや、グレンの差し金か。我らのなかに不穏な分子がおらぬか探りに来た、紅鬼どもの刺客か」
老人を支配する困惑と恐怖。
その警戒心を少しでもやわらげるため、シキは構えを解き、一歩前へ出た。
「落ち着いてほしい。僕たちは誰の刺客でもない。ある目的があってこの島へ渡り、ここへたどり着いた。あなた方に、どうしてもお訊きしたいことがある。少し、話をさせてもらうことはできないだろうか」
礼を尽くしたシキの言葉に、長老はわずかに眉をひそめた。
それでも、握りしめた杖の先は揺れたままだ。
「話を、じゃと? 何をたくらんでいるかは知らんが、これ以上勝手をされては困る。お主らの不始末のせいで、あの紅鬼どもの怒りがどちらに向くか、考えたこともないのじゃろう」
長老の背後では、隙間だらけの板戸の奥から、幾重ものおびえた視線が三人へと注がれていた。
老人が何を恐れているのかは、モモにもわかった。
ここで暴挙を起こされれば、一族が破滅する。
「民を代表して訊く。お主らの目的は何じゃ。何をすれば、この里から立ち去る」
その詰問を受け、モモはシキの背から進み出た。
そっと服の袖をまくり上げ、右手を長老の前に差し出す。
「わたしは、この手の秘密を知りたいの」
差し出された右手は、指の先から甲にかけて、青白い結晶に蝕まれていた。
背後に控えていた男の手の中で、農具の柄がガタガタと音を立てた。
「長老、依り代さ――」
その言葉が言い切られるより早く、長老は振り返りざま、男の胸元を杖で打ちすえていた。
男はうめいて口をつぐみ、長老は厳しくにらみつける。
モモは身を乗り出し、長老の顔をのぞきこんだ。
「何か、知ってるのね?」
長老はしばらくの間、何も言わずにモモを見つめていた。
やがて深く息を吐き出すと、里の裏手の山かげをあおぎ見た。




