第十三話 紅蓮の関所
虫の声ひとつしない一本道を抜け、切り立った黒岩の峡谷の先に、それはそびえ立っていた。
外界からの侵入者を隔てる、巨大な防壁と真紅の巨門――紅蓮の関所。
いま、この門にはオニの姿が見当たらない。
物見の影すらも。
篝火のはぜる音すらも。
目配せのみで会話し、慎重に歩を進めていた三人がその門に近づくと、地鳴りのような音を立て、巨大な赤塗りの門が内側から開き始めた。
その隙間からあふれ出てきたのは、肌を焦がすような熱気と、鉄のさびたような濃厚な気配だった。
シキがモモを背後にかばい、身体を低くして白刃に手をかける。
クロウもまた肩越しに手を伸ばし、大剣の柄を握りしめた。
だが、開かれた門の奥から現れた影を目にして、二人の身体に、尋常ではない緊張が走る。
そこにたたずんでいたのは、ひときわ巨大な体躯を持つ、真紅の肌のオニだった。
腕を組み、金砕棒をかたわらに立てた、見る者を圧倒する強者のたたずまい。
モモたちを射抜く炎の双眸――この島の首領、グレンだった。
クロウとシキが反射的に武器を抜こうとするが、モモが手を伸ばしてそれを制した。
今にも崩れ落ちそうなほど、膝が震えている。
それでも、モモは逃げ出したい恐怖を必死に抑えこみ、二人の前へ踏み出した。
自分の右手を高くかかげ、指先から甲まで結晶に蝕まれたそれを、グレンの眼前に突きつける。
「これが何かわかる?」
かすれた、しかし切実な声だった。
モモはグレンの瞳を見つめ、魂の奥底から湧き上がる問いをぶつけた。
「器って、なに」
組んでいた腕がほどけ、金砕棒の柄に太い指がかかる。
モモは結晶の痛みに耐えながら、言葉を紡ぐ。
「わたしは、この手が何なのか知りたいの。その秘密が、この島にあるとしか思えなくて。だから、ここを通らせてほしい」
グレンは長く沈黙した。
炎の双眸が、かかげられた右手の結晶で止まり、それからモモの瞳をのぞきこんだ。
やがて、短く告げた。
「よかろう。通るがいい」
真紅の巨門をくぐると、そこは関所の内部に広がる、切り立った岩壁に囲まれたすり鉢状の広場だった。
頭上を岩にさえぎられた逃げ場のないその空間の奥には、さらに二つの重厚な門が威圧的にそびえ立っている。
そのひとつが音を立てて開き、先へと続く薄暗い道が姿を現した。
モモは胸をなでおろし、小さく息を吐き出した。
言葉が届く。
わかってくれた。
淡い希望が瞳にともる。
◇
三人が関所の門をくぐり抜け、その姿が島の内奥の闇へと消えていくのを見届けたころには、グレンの眼は、もう娘の右手を追ってはいなかった。
残っていたのは、長く待ちすぎた者の、疲れに近い表情だけだった。
いつからそこに存在していたのか、数体のオニがグレンのかたわらに控えていた。
彼らは声を持たない影となって、ただ主の足元に平伏している。
島を包む白濁の霧は、外敵の侵入を狂いなく主へと告げていた。
裏手の海路を侵した不穏な気配も、険しい山肌へと向かった人間の狂熱も、この地に深く根を張る主の耳目をすり抜けることなどできはしない。
ただひとつ、白鬼の一族――その首領の血だけを除いて。




