第十二話 忠告
モモ、シキ、クロウの三人は、その喧騒から離れた物陰に身を潜めていた。
船の火は消し止められ、霧の切れ間から差す星明かりと月光が、黒くぬれた岩肌を照らしている。
そこへ、気配もなく近づいてくる影があった。
白髪の若者、トウヤだ。
落ち着きもなく、必死に船長に取り入ろうとしていた、あの弱々しい奴隷の面影は、完全に消え失せている。
トウヤの視線は、モモへと向けられていた。
その薄紫色の瞳の奥には、隠しきれない疑惑の念が揺らめいている。
「あなた方は、一体何者です」
奴隷の仮面をかなぐり捨てたその声音には、知性と品性がのぞいていた。
「なぜ、この島の首領であるグレンの名を知っているのですか。いや、それだけではありません。あの言葉の意味を、どこまで知っているのでしょう」
トウヤの指先が、衣服の隙間でかすかに震える。
モモは自分の結晶化した右手を胸に当て、トウヤの視線を正面から受け止めた。
「わたしは、ただ真実を知りたいだけ。この右手が、どうなってしまうのか。ううん、それだけじゃない。自分が、何者なのか。その秘密を、グレンなら知ってる。だから、わたしたちだけで関所へ行かせてほしかったの」
「騒々しい連中を引き連れてちゃあ、それどころじゃなくなるからな」
背後に立つクロウが、大剣の柄に軽く手を置いたまま、言葉を重ねた。
モモが付け足す。
「それと、グレンの名前を知っているのは、彼がそう名乗ったから。器のことも、その時に。ただ、それ以上のことは訊けていないのだけど」
二人の言葉を聞き、トウヤは細い唇をゆがめて、冷ややかに笑った。
「船長たちは僕の言葉を信じ、誰もいない山へと向かいました。その先にあるのは、浜から山裾をまわりこんだ先、東の砦と呼ばれる廃坑くらいのものです。欲に目がくらんでいましたからね。すぐに引き返してくることはないでしょう」
「東の、砦……」
その言葉に、モモの表情がかげった。
脳裏によみがえるのは、崩落した土砂に埋もれ、海水に満たされて息の根を止められた、あの地獄の底の記憶だった。
自分たちだけが関所へ向かおうとした結果、何も知らない男たちは、あの地獄へと自ら足を踏み入れることになる。
その事実が罪悪感となり、モモの声が震えた。
「あそこは……あそこはだめ。あんな場所……」
言葉につまるモモの前に、シキがすっと割りこんだ。
トウヤに背を向け、モモをそっと胸に抱き寄せる。
「あの男たちには、簡単にくたばってもらっては困る。帰りの船に乗せてもらわないといけないからね。それに、君が悔やむ必要はない。彼らだって命は惜しいさ。オニの強さは身に染みたはず。いつまでも島にとどまるとは考えにくい」
わざと明るく言っているのが、モモにはわかった。
クロウもまたうなずき、それに同意する。
トウヤは、三人の間に流れる信頼関係をしばらく見つめていたが、やがて視線を闇の奥へと向け、指差した。
「この先に、関所へ続く、オニの目の届かない小道があります。僕にはすべきことがあるので、案内はできませんが」
トウヤはモモを一瞥し、ささやいた。
「あの一団は目立ちます。それにあなた方が関所で起こすであろう騒動……すべて、僕の目的のために利用させてもらいますよ。君が本当に、あの呪いを解く存在だというのなら、それを証明してもらいましょう」
呪いを解く存在――その言葉の意味を問い返すいとまはなかった。
言い残すと、トウヤは身をひるがえし、夜闇の向こうへ消え去った。
あとに残されたのは、波の音だけ。
そして、モモの胸の奥にわだかまる、拭いきれない胸騒ぎだけだった。




