第四話 屋内プールで水泳授業 ナンパ野郎って本当に実在するんだな
翌朝、七時。
「これがあると目覚しいらないよな」
昨日と同じく廉太郎と、
「うるさいけど、良い音色だね」
志穂美も牧場の朝のメロディー音で起こされた。
三姉妹もすでに起床してここにはいなかった。
「今日は何も出なくてよかったよ」
「俺もホッとした」
着替えは昨日とは逆に廉太郎が三姉妹のお部屋カーテン裏、志穂美が寝室にて行い二人とも何事もなく制服へ着替え終えた。
そしてまたいっしょに茶の間へ。
今朝は鮭の塩焼き、出し巻き卵、漬物、麦とろご飯、びわ、味噌汁が並べられていた。
廉太郎は朝食を取り終えた後、洗面所へ向かう途中、
「廉太郎お兄さん、今は便所、誰も入ってへんよ。今のうちに行っとき」
朱乃から爽やかな笑顔でこう伝えられ、
「そうか。ありがとう」
廉太郎はトイレへ。
扉を開けると、
「うわっ、ごめんっ!」
ぷるんっとしたお尻とご対面。廉太郎は慌てて扉を閉める。
「あの、鍵かけなくてごめんなさい」
今回は雲雀が制服姿で用を足していたのだ。出た後に照れくさそうに謝罪してくる。
「いやぁ、俺の方が悪かったって」
次からは絶対ノックするの忘れないようにしなきゃ。
廉太郎は昨日以上の罪悪感に駆られながら、用を足していく。
栗音ちゃんも、朱乃ちゃんも雲雀ちゃんも、すごくきれいなおしりだったな。いかん、いかん。俺、何てこと想像してるんだ。
否応なく脳裏に浮かんで来てしまい、罪悪感に駆られた廉太郎。
やはり年頃の男の子なのだ。
「ありゃりゃ、さっきの短い間に雲雀お姉さんが行っちゃったか。こりゃ想定外や」
朱乃はトイレに通じる廊下でくすくす笑っていた。
※
学校で二時間目まで授業を受けてから三姉妹、志穂美、廉太郎、稲子は稲継先生運転の八人乗りワンボックスカーに乗せてもらい、近隣の超大型商業施設、三田フォーレストタウン併設の屋内プールを訪れた。屋外プールもあるが例年通り六月三〇日まで休業中だ。
ちなみに今日の分の給食は昨日のうちにキャンセル済み。お昼ごはんもここで済ますことにしたのだ。
みんなはガラス張り吹き抜け開放感たっぷりのドーム内へ。
プールゾーンへ向かう前に、廉太郎以外はスイムショップへ立ち寄った。
「みんなはビキニとか紐パンとかTバックタイプの水着は着ないの?」
「稲子ちゃん、高校生の私には過激過ぎるよ」
「わたしはこれは絶対無理。こんなの着たら廉太郎君も目のやり場に困っちゃうよ」
「Tバックのは、お相撲さん以上におしり丸見えだね。あたしはワンピースタイプの方が好き」
「うちもそれが一番落ち着くなぁ」
「みんなまだまだ子どもね。このタイプの方がトイレに行きたくなった時便利なのに。あっ、あの海パン、廉太郎ちゃんにぴったりかも」
「みんな、授業で来てるってこと忘れないようにね。稲子も」
女の子みんなで楽しそうに商品を眺めている中、
なんとも手持ち無沙汰だ。
廉太郎は店外の休憩所ベンチで携帯電話をいじりながら待機。
「廉太郎お兄ちゃーん、かっこいい海パン買って来たよ。ほら見て。アオダイショウさん柄。これ穿いてーっ!」
「廉太郎お兄さん絶対似合うよ」
「廉太郎ちゃん、ぜひ着てみて。男らしさが足りてないのをこれでカバーよ」
「俺、そんな派手なのは絶対着ないから。無駄遣いはダメだよ」
五分ちょっとでみんな戻って来てくれた。
いよいよプールゾーンへ。
やっぱ女の子達はまだ着替え終えてなかったか。
廉太郎が一番早く着替えを済ませ、プールサイドへ。膝上丈の駿高指定紺色競泳型水着を着用した。
南国風だな。確かにかなり広いけど、東京サマーランドの屋内プールには、少し及ばないかな。設備も、若干劣るな。予想は出来てたけど、カップルばっかりだな。平日だけど人多ぉ。明らかに小中学生だろって子達もいるし。創立記念日で学校休みなのかな?
こう思いながら前方に広がる光景を眺めていると、
「廉太郎ちゃん、どう、似合う?」
稲子が露出たっぷりのレモン色ビキニ姿で目の前に現れ、ウィンクを交えて問いかけて来た。
「似合わない」
廉太郎はろくに見ずに即答する。
「ひどいな廉太郎ちゃん。廉太郎ちゃんは水泳得意?」
「いや、全然」
「廉太郎ちゃんの高校も水泳の授業もうすぐ始まるでしょ? 特訓してあげよっか? ウチも水泳そんなに得意じゃないけど、クロールなら二百メートルくらいはノンストップで泳げるよ」
「べつにいいって」
「あぁん、もう。それじゃ、ウチといっしょにゴムボートに乗って遊ばない?」
「断る」
「廉太郎ちゃん、照れなくっても。ねえ廉太郎ちゃん、志穂美ちゃんって子、本当に廉太郎ちゃんの彼女じゃないの?」
稲子はくすっと笑って、にやけ顔で質問してくる。
「ああ。ただの幼馴染のお友達なんだ」
廉太郎はこの質問に慣れているかのように即答した。
「そっか。の○太くんとし○かちゃんみたいな関係ってわけか。ひょっとして、毎朝起こしに来てくれるとか?」
「それはないな。アニメやゲームの世界じゃあるまいし」
「ありゃりゃ。そりゃ期待外れだ。キスはもうしたん?」
「するわけないって」
「俯きながら答えてるとこが怪しい。絶対してるでしょ。正直に答えて」
「してない、してない」
「これはしてるなぁ。お顔に書いてあるよ」
稲子はにやっと笑う。
「稲子、宿谷君からかっちゃダメよ」
「あいてっ」
続いてやって来た鼠色ジャージ姿のまま、靴下を脱いだだけの稲継先生に後頭部をペチッと叩かれてしまった。
「先生はあそこのベンチで休んでおくから。帰る時、呼びに来てね。まあ一時頃になったら先生の方から呼びにいくけど」
稲継先生はそう伝えて、プール隅の方のベンチのある場所へ向かっていく。
「稲継先生、指導放棄じゃないですか?」
廉太郎は少し呆れる。
「ウチが姉ちゃんの代わりに先生するわ。さっきそう打ち合わせたんよ」
稲子は自信ありげな表情で伝えた。
「廉太郎お兄ちゃん、やっぱりキングコブラさん柄の穿いてくれてなーい」
「廉太郎くんにはそんな怖い柄のは似合わないと思うよ」
「廉太郎君、お待たせしました」
「廉太郎お兄さん、うちの学校の旧型スク水、似合っとるかな?」
三姉妹と志穂美は、露出の少ない学校指定のスクール水着で廉太郎と稲子の目の前に現れた。
「……似合ってる、似合ってる」
廉太郎はあまり見ずに、社交辞令のように言ってあげた。
「今日は泳ぎまくるぞぉっ!」
「待って栗音ちゃん。その前に準備運動よ。これは授業だからね。入念にストレッチをするわよ。みんなウチの後に続いてね。まずは膝屈伸から。いーち、にっ、さんっ!」
稲子はノリノリだ。
「いっち、に、さん」
掛け声を出して楽しそうにこなしていく栗音。
「……」
雲雀は無言だが、やる気満々で稲子の動きに合わせる。
「周りの人は全然やってないのに、なんか恥ずかしいな」
「うちも。めちゃくちゃ見られとるよね?」
「俺もだ。授業ってことだけど、こういう場所だしべつにやる必要なんてないよな?」
「こらこら志穂美ちゃんに朱乃ちゃんに廉太郎ちゃん、真面目にやって」
他の三人は照れくさそうに準備運動をこなしていった。
首の運動で閉め、
「みんな泳いでいいわよ」
稲子から許可が取れると、
「やったぁ!」
栗音はプールへ駆け寄りドボォォォンと飛び込んだ。
そしてすぐに平泳ぎを始める。
「見事な泳ぎ。栗音ちゃんは水泳も得意なんだね。私、平泳ぎなんて出来ないよ」
「うちも水泳はそれほど得意やないよ。平泳ぎはノンストップじゃ五百メートルくらいしか泳げんし」
「いや、朱乃ちゃんじゅうぶんすご過ぎるよ」
「泳げないの基準が高過ぎるだろ」
志穂美と廉太郎は驚き顔だ。
「わたし、これだけ人多いと恥ずかしくて泳ぐ気になれないよ。ビーチボールで遊ぶ方がいいよ。あの、廉太郎君、これ、ふくらませて」
「足踏みポンプ使ったら簡単だろ」
「それだと廉太郎君に見せ場を作れないと思って」
「作る必要ないと思うんだけど……分かった、分かった。ふくらませてあげる」
廉太郎は雲雀から受け取った地球儀型ビーチボールの空気穴の部分をくわえ、息を吹き込んでいく。
「疲れたぁー」
満タンにした時にはかなり息が切れていた。
「廉太郎君、ありがとうございます」
「廉太郎くん、ギブアップせずにふくらませてさすが男の子だね」
雲雀と志穂美から感謝されるも、
「廉太郎ちゃん、肺活量少なそうね。時間かかり過ぎ」
「廉太郎お兄さん、予想通り苦戦したね」
稲子と朱乃にくすっと笑われてしまった。
「廉太郎君、こっち投げてー」
「分かった。それじゃ俺はあの辺にいるから」
「廉太郎くんもいっしょにビーチボールしよっ♪」
「俺はいい」
廉太郎は雲雀に向かって投げると、四人がいる場所から遠ざかっていく。
「廉太郎ちゃんったら、せっかくのハーレムなのに。雲雀ちゃん、こっち投げて」
「稲子姉さん、いきますよーっ。それーっ。あっ、ヤシの木の方へ飛んでっちゃった。ごめんね」
「ドンマイ、ドンマイ」
「稲子お姉さん、うちにパス」
「それっ」
「朱乃ちゃん、私のとこへよろしく」
「それっ!」
「きゃっ! 朱乃ちゃん、そんな強烈なスパイク打たないでー。怖いよ」
「ごめんね志穂美お姉さん」
そんなやり取りから五分ほど経った頃、
「ウチ、廉太郎ちゃんのとこ行って来るね」
稲子は雲雀に向けてトスを上げるとそう伝え、ここから立ち去る。
ガジュマルって独特な形だよな。
同じ頃、廉太郎はベンチに腰掛け、プールサイドに生えている熱帯植物を観察していた。
「ねえ廉太郎ちゃん、志穂美ちゃんといっしょにこれに乗ってあげて」
そこへやって来た稲子は、途中レンタルコーナーに寄って借りて来たビニールボートをかざす。
「嫌だって」
「あそこのカップルだってやってるでしょ?」
「俺と志穂美ちゃんはカップルじゃないし」
廉太郎はベンチから立ち上がり、スタスタ早歩きで逃げていく。
「待って廉太郎ちゃん」
「しつこい」
廉太郎が不愉快な気分でこう呟いた矢先、
「廉太郎くん、危なぁい!」
志穂美の叫び声。
ビーチボールが飛んで来たのだ。
「ぐわっ!」
それは廉太郎の側頭部に直撃した。
「ごめんね廉太郎くん、わざとじゃないの。怪我はない?」
志穂美はぺこぺこ何度も頭を下げて謝ってくる。
「志穂美ちゃん、俺は平気だから、気にしないで」
廉太郎は優しく伝えた。
「ねえ志穂美ちゃん、このボートに廉太郎ちゃんといっしょに乗ってあげて」
稲子にお願いされ、
「えっ、それは、ちょっと、恥ずかしいな」
志穂美は照れくさそうに笑って躊躇う。
「ほら、志穂美ちゃんも嫌がってるだろ」
廉太郎は俯き加減で言った。
「あーん、そう言わずにぃ」
「廉太郎君、志穂美ちゃん、三〇秒だけでもいいから乗って下さい」
「志穂美お姉ちゃん、廉太郎お兄さん、頼むわ~」
雲雀と朱乃からもお願いされ、
「それじゃ、乗ろっか、廉太郎くん」
「あっ、ああ」
断り切れなかった志穂美と、結局そうなったかと思いつつちょっと嬉しくも思った廉太郎はプールに浮かべたビニールボートに恐る恐る乗っかって、向かい合った。
「なんかバランス悪いね。ちょっと動いたら落ちそう」
「そうだな」
けれどもお互い視線は合わせられずにいた。
「二人とも、はいチーズ」
稲子に防水デジカメでちゃっかり撮影されてしまい、
「こらこら」
「稲子ちゃん、恥ずかしいよ」
廉太郎は苦笑い、志穂美は照れ笑いする。
「廉太郎お兄さんと志穂美お姉さん、本当のカップルみたいや」
朱乃が愉快な気分でにこにこ微笑みながらそう言った直後、
「うぉわぁっ!」
「きゃっ!」
廉太郎と志穂美の乗ったボートが転覆してしまった。二人とも水中へ放り出される。
「やっほー廉太郎お兄ちゃん、志穂美お姉ちゃん」
栗音が水中から底の部分を手で勢いよく押し、バランスを崩させたのだ。
「栗音ちゃん、危ないよ」
苦笑いの廉太郎と、
「栗音ちゃん、びっくりしたよ」
にっこり笑顔の志穂美の反応を見て、
「えへへっ」
栗音は得意げに笑う。
「栗音、ダメでしょ、そんなことしたら」
雲雀は叱らず優しく注意。
「はーい」
栗音はてへっと笑う。
「今度、廉太郎君と志穂美ちゃんにイタズラしたらおしりぺっちんするよ」
雲雀に微笑み顔で告知されると、
「ごめんなさーい、雲雀お姉ちゃん」
栗音はちょっぴり反省したようだ。
「おしりぺっちんはウチもちっちゃい頃、姉ちゃんやママからよくされてたな」
稲子は苦笑いする。
「稲子お姉ちゃんもイタズラよくしてたんだね。あたし、ウォータースライダーで遊んでくるねーっ」
栗音はそう伝えてその設備がある場所へ駆けて行った。
「わたしもウォータースライダーで遊ぼうっと。あれ大好き」
雲雀も後に続く。
「廉太郎ちゃんは、志穂美ちゃんといっしょに乗ってあげなよ」
稲子はウィンク交じりにこう勧めてくる。
「それはちょっと……」
「あの、廉太郎くん、いっしょに乗って。一人じゃちょっと怖いから」
志穂美に手首を掴まれお願いされ、
「わっ、分かった」
廉太郎は緊張気味に承諾した。
「廉太郎ちゃんと志穂美ちゃんは、二人乗り専用のあれに乗るべきね」
稲子は三種類あるウォータースライダーのうち、最も傾斜が急なのを指した。
「いやいや、俺は緩やかな青色の方に」
「私もそっちがいい。もっと緩やかな子ども用の方ならもっといい。あれは見るからにものすごーく怖そう。ドラゴンさんの口からして」
「東京者の臆病なお二人さん、カップルに大人気だからあちらに乗ってみて」
「あっちの方が絶対楽しいですよ。わたしもあれに乗るので」
「雲雀ちゃんも乗るなら、乗ってあげてもいいかな」
「しょうがない、一回だけだからな」
志穂美と廉太郎は雰囲気に押され決意を固める。
「稲子お姉ちゃん、あたしも身長制限ついにクリアー出来たからあの急なやつに乗るぅ。稲子お姉ちゃんいっしょに乗ろう!」
「いいわよ。よかったね栗音ちゃん」
「うん、四月の身体測定の時は129.6しかなかったから嬉しい」
一三〇センチのラインを超えれて大満足な様子の栗音。
「うち、小五から中学入るまでに一五センチ伸びたから、栗音もきっとそれくらい伸びるよ」
「すごく楽しそうにはしゃいでるね」
「よく楽しめてるな。俺には感覚が理解出来ん」
乗ろうとしているウォータースライダーから急降下したカップルを見て、志穂美と廉太郎は苦笑い。
栗音と稲子の後ろに廉太郎と志穂美、その後ろに朱乃と雲雀が並んだ。
「もう順番回って来たわ。それじゃみんな、お先に」
「楽しみ、楽しみ♪」
稲子と栗音。わくわく気分でゴムボートに乗り込み、
「それじゃ、行ってらっしゃい」
お姉さん係員からの指示で出発。ちなみに栗音が前だ。
「廉太郎くん、前に乗ってね」
「分かった」
ついに順番が回って来た廉太郎と志穂美は恐々とゴムボートに乗り込む。二人とも手すりをしっかりと握っていた。
「彼氏さん、怖がらずに頑張って♪ それじゃ、行ってらっしゃい」
お姉さん係員からの気遣いの声もかけてもらっていよいよ出発。
二人の乗ったゴムボートが、高さ十メートルの場所から急斜面を猛スピードで急降下していく。
「うをわぁぁぁっ!」
「きゃぁぁぁっ!」
落下地点でザブゥゥゥーンと高く水飛沫を上げ、二人ともずぶ濡れに。
「廉太郎くん、大丈夫?」
「当然」
ボートの動きが落ち着いたのちそんな会話を交わした直後、
「稲子お姉ちゃん、あれもう一回乗ろう!」
「うん! 今度はウチを前に乗らせてね」
プールサイドを走ってまた同じウォータースライダーの方へ向かっていく栗音と稲子の姿を目にした。
「栗音ちゃん、こういうの好きなんだね。私はもうこりごり」
「俺ももういい」
廉太郎と志穂美はくたびれた様子でプールサイドに上がり、ゴムボートを仲良く持ち合って返却しに行く。
「廉太郎君も志穂美ちゃんも、もう二度と乗りたくないって表情ね」
「東京者はほんま臆病やねー。きっと木登りや橋の上から川に飛び込むことも出来へんのやろうね」
続いて楽しそうに落下した雲雀と朱乃も返却場所へ向かい廉太郎と志穂美と合流した。
それから五分近く、この四人で栗音と稲子が戻ってくるのを待った。
「イルカボートで遊んでくるねーっ」
「廉太郎ちゃんも志穂美ちゃんとイルカボートで遊んであげなよ」
その二人は戻ってくるなりそう伝えて、人工ビーチのあるプールの方へ。
「うちもイルカボートで遊びたーい。東京者のお二人さんに、雲雀お姉さん、三〇分後くらいにあそこのガジュマルの木の前で落ち合おう」
朱乃もいっしょについていく。
「ここのプール、ビーチでは貝殻拾いも出来るみたいだね」
「今年のゴールデンウィークから出来るようになったの。廉太郎君、わたし達といっしょに貝殻拾いしましょう」
「子どもっぽいから俺はいいや。俺、あの辺にいるから」
廉太郎は逃げるようにここから立ち去っていく。
「廉太郎くん、大学生っぽい人もやってるのに」
「廉太郎君不参加かぁ。スコップ二つ借りて来ますね」
志穂美と雲雀が貝殻拾いをし始めてから五分ほどのち、
「ん? あれは」
そこから三〇メートルほど先の休憩ベンチに腰掛け、熱帯植物を眺めながら過ごしていた廉太郎が、志穂美達のいる方へふと視線を向けると、異変が。
「きみ達、かっわいいね。スク水もめっちゃ似合ってるよ」
「おれらと遊ばない?」
大学生と思わしき男二人組が志穂美と雲雀のもとへ近寄って来ていたのだ。一人は茶髪に染め、もう一人は黒髪だがけっこう日焼けした褐色肌だった。
背丈は二人とも一八〇センチくらいはあり、そこそこがっちりしていた。
「すみません、他に連れがいるので。プールの授業でここに来ているので」
「あの、申し訳ないですが他を当たって下さい。わたし達よりももっと魅力的な若い女性他にもたくさんいらっしゃるでしょう? あそことか」
予想外の事態に二人とも戸惑い怖がってしまう。
「おれらきみらくらいの歳の子が好みやねん。遊ぼうぜ。なっ!」
「パフェ奢るからさぁ」
「いえ、けっこうですから」
雲雀が震えた声で断ると、
「まあまあそう言わずに。五分だけでいいから」
茶髪の方が雲雀の腕をグイッと引っ張った。
まさか、本当にナンパするやつが現れるとは。漫画やアニメみたいな展開って、本当にあるんだな。どうしよう? 勝てそうな気がしないし、でも、行かなきゃダメだろう。
この事態にすぐに気付いた廉太郎は数秒悩んだのち、勇気を振り絞って彼らのいる方へ急いで駆け寄って行った。
「あっ、あのう」
到着すると、
「あっ、廉太郎くん」
志穂美の表情が綻ぶ。
「ん? 彼氏?」
茶髪の方に問われ、
「いや、まあ、正式には違いますが、そのようなものでして」
廉太郎はびくびくしながら答える。
「どっちなんだよ? おいっ!」
もう一方の男に睨まれると、
「ハハハッ」
廉太郎は苦笑いして、
稲子ちゃんか朱乃ちゃんか稲継先生、助けに来てくれないかな?
こう思いながら数十メートル先で、イルカボートで楽しそうに遊んでいる稲子達三人の方とベンチに腰掛けうたた寝してるっぽい稲継先生をちらっと見た。
折悪しく四人ともまだ気付いていないようだ。
「こんなひょろい男よりオレ達と遊んだ方が絶対楽しいぜ」
褐色肌の方が志穂美に近寄る。
「あの、やめてあげて下さい」
監視員の人でもいいから早く助けに来てくれよっと願いながら、廉太郎が俯き加減でぼそぼそっとした声でお願いすると、
「あぁ?」
茶髪の方に顔を近づけられる。
「とにかく、ここは、お引き取りを……この子達、迷惑してるんで!」
廉太郎はやや険しい表情を浮かべ、勇気を出して彼なりにきつい口調で伝えた。
「分かった、分かった」
「しょうがねえ」
すると大学生風の男二人組は不満そうに廉太郎を睨んだのち舌打ちし、素直にここから立ち去ってくれた。
「殴られるかと思ったぁ」
廉太郎はホッと一安心する。けれども心拍数はなかなか治まらない。
「廉太郎くん、ありがとう。すごく恰好よかったよ」
「廉太郎君、男らしさを見せたね。ありがとう」
二人から感謝されるも、
「いや、まあ、二人とも無事でよかったよ」
廉太郎はまだ恐怖心でいっぱいで、照れくささは感じられなかったようだ。
「廉太郎くん、あの怖いお兄さん達がまた私達の所に寄ってくるかもしれないから、いっしょにいて」
「廉太郎君、お願いします」
「……分かった」
それからしばらく廉太郎も交じって貝殻拾いを楽しんでいると、
「ただいまーっ!」
「うちお腹すいて来た」
「そろそろお昼ごはん食べましょう」
栗音と朱乃と稲子が戻ってくる。
「私達、さっき怖い大学生風のお兄さん二人組にナンパされちゃったんだけど、廉太郎くんがすぐに助けに来てくれて追っ払ってくれたよ」
志穂美は嬉しそうにさっきの出来事を伝えた。
「廉太郎ちゃん、さすが男の子ね」
「廉太郎お兄ちゃん格好いい! 正義のヒーローだね」
「廉太郎お兄さん、やるじゃん」
「いや、俺は特に何も出来なかったけど、みんな、お昼ご飯、何食べる?」
廉太郎は照れくささを隠すようにプールに隣接するファーストフード店の方へ目を遣る。
「ドリアンジュースも売ってるじゃん。今夏の新メニューみたいね。ウチちょっと飲んでみたい」
「うちはにおいだけ一度嗅いでみたい」
稲子と朱乃は興味津々。
「ドリアンって、あのう○こみたいにものすごーく臭い果物だよね?」
「私何年か前、夢の島の熱帯植物館でにおい嗅いだことあるけど、悪臭だったよ」
「俺もそう思った」
「わたしもドリアンは食べたいとは思わないわ。強烈な悪臭って噂だし」
他のみんなは苦い表情を浮かべる。
「せっかくだし、試しに買ってみるわ」
稲子は衝動に駆られ購入することに。三百五十円を支払うと、
「お待たせしました。ドリアンジュースでーす」
店員さんからドロッとした黄土色の半液体が並々と注がれた、トロピカルなデザインの紙コップがストロー付きで手渡された。
「すごい色ね」
ドリアンの強烈な香りが周囲に漂う。
「私このにおい、久々に嗅いだよ」
「くさい、くさぁい。腐った生ゴミのにおいだね」
「牛糞の方がマシなレベルやね」
「水着がドリアン臭くなってしまいそうだな」
「やはりきついです」
みんな顔をしかめた。
「うーん、これはちょっと……」
稲子は少し啜ってみて、後悔の念に駆られたようだった。
「稲子ちゃんだけに嫌な思いはさせたくない。私も、ちょっとだけ飲んでみるよ。どんな味なのかな?」
「協力してくれて助かるわ。はいどうぞ」
「どうも」
志穂美は少し口に含んでみて、
「……においはすごーくきついけど、甘みが強くて美味しい♪」
そんな感想を抱く。
「意外や意外。甘くてすごく美味いやん」
続いて朱乃も恐る恐る試飲してみて、とっても幸せそうに飲み込んだ。
「あたしは美味しくは感じなかったけど、トマトジュースよりはマシだね」
「……微妙だなぁ。これは加工されてるからまだ飲めたけど、そのままのドリアンは食べれそうにないなぁ」
栗音と雲雀も結局試飲してみてこんな感想。
「廉太郎ちゃん、まだ半分くらい残ってるけど飲んでみる?」
稲子に目の前にかざされ、
「いや、いい」
廉太郎は当然のように拒否。不味そうだったことはもちろんだが、間接キスになってしまうことも拒んだ理由のようだ。
「私が残りを飲むよ」
「志穂美お姉さん、うちも飲みたいから少し残しといてね」
「うん、癖になるよねこの味」
志穂美と朱乃は協力して、残った分を快く飲んでくれた。
「志穂美ちゃん、朱乃ちゃん、これ、口臭消し効果があるみたいよ」
ちょっぴり罪悪感に駆られた稲子は、同じ店で売られていたジャスミンキャンディーを購入し、この二人に渡してあげたのであった。
「わたし、ロコモコにしようっと」
雲雀は他のお客さんが手に持っていたそのメニューをちらっと眺めて決断する。
「ウチはたこ焼きとアイスコーヒーにするわ」
「俺は富士宮焼きそばとフランクフルトにするか」
「あたしはチョコバナナクレープとストロベリージュースとフランクフルトにするぅ」
「私はトロピカルフルーツカレーにしよう。あとパイン味のソフトクリームも」
「うちは、お好み焼きと抹茶ソフトにする」
みんなお目当てのメニューを受け取ったあと、
「ここ、六人掛けのはないみたいだな」
「廉太郎ちゃんと志穂美ちゃんは、あっちの席に座ってね。さあどうぞ」
「みんないっしょがよかったけど、仕方ないね。廉太郎くん、いっしょに座ろう」
「……うん」
栗音→雲雀→朱乃→稲子の並びで四人掛け円形テーブル席に、廉太郎と志穂美はそのすぐ隣の二人掛け円形テーブル席に座った。
「廉太郎お兄ちゃんのフランクフルトの方があたしのより大きくない?」
栗音は二本のフランクフルトをじーっと見比べてみる。
「同じだと思うけど」
「廉太郎お兄ちゃんの方が三ミリくらい大きいよ。交換して」
「いいけど。マスタード塗ってるよ」
廉太郎は快く承諾。
「大丈夫。あたしもう五年生だもん。あ~、美味しい♪」
栗音はカプリッといい音を立てて味わう。
「廉太郎ちゃんのフランクフルトは、もう少し大人になるまで志穂美ちゃんに食べさせちゃダメよ」
「稲子ちゃん、何下品なこと言ってんだよ」
「あいてぇっ」
廉太郎は耳元で囁いて来た稲子のおでこをぺちっと叩いておく。
「廉太郎くん、私のカレー少し分けてあげるよ。はい、あーん」
志穂美はカレーの中にあったパパイヤの一片をさじで掬い、廉太郎の口元へ近づける。
「いや、いいって」
廉太郎は困惑顔を浮かべ、左手を振りかざして拒否する。右手で箸を持ち、麺を啜ったまま。
「あーん、やっぱりダメかぁ」
志穂美は嘆く。でも微笑み顔で嬉しそうだった。
「廉太郎ちゃん、お顔は赤くなってないけど、きっと照れてるわね」
「廉太郎お兄さん、一回くらいやってあげなよ」
稲子と朱乃はにこにこ笑いながらそんな彼を見つめた。
「出来るわけないだろ」
廉太郎は苦笑いしながら伝え、引き続き麺をすする。
「赤ちゃんみたいで、恥ずかしいもんね」
栗音はチョコバナナクレープを美味しそうに頬張りながら言う。廉太郎の気持ちがよく分かったようだ。
「たこ焼きとアイスコーヒーだけじゃ少し物足りないな。かき氷買ってくるね」
そう伝えて稲子は席を離れた。
「あたしは波の出るプールで泳いでくるね」
栗音はストロベリージュースを飲み干すと、すぐに席を立ってその場所へ駆け寄っていく。
「栗音ちゃん元気いっぱいだね。パインソフトすごく美味しいよ。廉太郎くん、少しあげるよ」
「いらねー。そんな酸っぱいの」
「酸っぱくないよ」
「それでもいらねー」
「もう、全部食べちゃうよ」
志穂美はにっこり笑顔でそう伝え、最後の一口を味わう。
「廉太郎君は、フルーツあまり好きじゃないみたいね」
「ああ。いちご、柑橘系は特に苦手だ。辛い物や味の濃いのが好きだな」
「うちといっしょやね。廉太郎お兄さん、味の好みは男らしい」
そんな会話を交わしてから約五分後、志穂美がカレーも残り僅かまで食べ終えた頃に、
「廉太郎ちゃん、志穂美ちゃん、ヤシの実ジュースも買って来たよ。はいどうぞ。二人で仲良く飲んでね」
稲子が戻って来て、廉太郎と志穂美の目の前に置いていった。
まさにカップルでどうぞと言わんばかりに、ヤシの実にストローが向かい合わせに二本刺さっていた。
「俺、これは飲みたくないな。不味そう」
「私一人じゃ飲み切れないよ。廉太郎くんも協力してね」
「飲み切れなかったら協力してあげる」
「たぶん飲み切れないよ」
志穂美はカレーも平らげると、
「いただきます」
ストローに口をつけ、美味しそうに飲んでいく。
「じゃあこれ、捨ててくるね」
廉太郎は席を立って、近くのごみ箱に紙皿を捨てに。
「予想通りの行動ね」
「うちもこうなると思ってた」
「廉太郎ちゃんもいっしょに飲まなきゃ」
雲雀と朱乃と稲子は、ブルーハワイかき氷を頬張りながら二人の様子を微笑ましく観察する。
「もうお腹いっぱい。あとは廉太郎くんが飲んで」
「やっぱり残したのか。まだ半分以上はあるな……やっぱあまり美味くはない」
廉太郎はこう思いながらも、もう一方のストローで快く飲んであげる。
「そういえば、稲継先生のことすっかり忘れてたわ」
雲雀はふと思い出す。
「姉ちゃんは大人だから放って置かれても全然気にしてないでしょ」
稲子は笑顔で主張した。
その直後、
「みんなもうプール入らないのぉ?」
栗音が戻って来た。
「俺はもういい。っていうかそろそろ学校戻った方がいいんじゃないか。もう五時間目も始まる頃だろうし」
「授業で来てるってこと、私もすっかり忘れてたよ」
「あたしこれから映画を見に行きたいな。ちょうど見たいのがあるの」
「それじゃ、姉ちゃんに許可取らないとね」
こんな会話を弾ませていると、
「宿谷君、男らしさを見せてたわね」
稲継先生がみんなのもとへやって来た。
その背後には、
「なかなか良かったよ、きみ」
「東京の子、さっきはすまんかった」
なんと、ナンパして来たあの男二人組が。
「えっ!」
廉太郎も、
「どうして?」
志穂美も、
「なんで?」
雲雀もあっと驚く。
「このチャラそうな男、じつは先生が事前に用意してたの。宿谷君が男らしさを発揮してくれるかどうかを試そうと思って。先生が二年前に町の高校へ研修行った時に知り合った子なんよ。今、大学一年生よ。透けブラが見たかったのかプールのところで水かけようとして来たから、きちんとしつけといたの」
稲継先生はにっこり笑いながら伝える。
「そうなのか」
「あの怖いお兄さん達、演技だったの!?」
呆気にとられる廉太郎と志穂美。
「稲継先生、わたし、すごく怖い思いしましたよ」
雲雀は少し不機嫌そうになった。
「稲継先生もなかなかのエンターテイナーやね」
「姉ちゃん、そんなこと企んでたのね」
朱乃と稲子は少し感心していた。
「オレ、稲継先生から隙を見てナンパしてみてって頼まれて、断れなくて」
「本当はおれ、年上好みやし」
男二人組は決まり悪そうに打ち明ける。
「このお兄ちゃん達、稲継先生の彼氏?」
栗音から興味深そうに質問され、
「違うわ。先生こういうチャラい系の男の子嫌いだから」
稲継先生は爽やかな笑顔できっぱりと否定する。
「なぁんだ」
「オレ彼女おるし。稲継先生未だ彼氏いないんだぜ」
「別に作ろうとも思ったことないし」
稲継先生はのほほんとした表情で主張する。
「それじゃ、またどこかで」
「まったねー」
男二人組は陽気に笑い、ここから立ち去っていった。
「うちも、ああいうヒップホップ系やジャニーズ系のイケメン男は苦手や。素朴な感じの方がええ」
「わたしもー」
「私もだよ。あのお兄さん達は背も高過ぎるし威圧感があって怖いよ」
「あたしも、ちょっと苦手だな」
「ウチの通ってる大学、ああいう系の男の子けっこう多いけど、ウチも苦手や。廉太郎ちゃんはあまりイケメンじゃなく背もそんなに高くなく飾り気もないからすごく親しみやすいわ」
「それって褒められてるかな?」
廉太郎は少し照れくさがる。
「さあみんな、もう学校へ戻るよ。今から戻れば六時間目の授業開始に間に合うからね」
「稲継先生、あたし映画見に行きたい」
「ダメよ栗音ちゃん、今日は授業でここに来てるんよ。学校戻るよ」
「えー、映画鑑賞も授業の一環でしょ? 視聴覚室で時々見るし」
「確かにね。でもそれは教育的な内容のものでしょ」
「あたしが見たい映画も教育的な内容のものだよ。あたし、帰りの車で六時間目にやるはずだった算数の自習するからぁ」
「しょうがないなぁ」
稲継先生は栗音のおねだりに負け、しぶしぶ承諾。
みんなはこのあとは泳がずに屋内プールをあとにし、隣接する大型ショッピングモールに立ち寄った。
ここも平日にもかかわらず大学生っぽいカップルや幼い子連れを中心に大勢の人で賑わっていた。
「栗音ちゃん、迷子にならないようにおてて繋いであげよっか?」
「稲子お姉ちゃん、あたしもうそんな歳じゃないよ。みんな、早く映画見に行こう!」
栗音はそう叫んでせかし、一人で先へ進もうとする。
「栗音、そんなに急がなくても次の回余裕で間に合うでしょ」
雲雀は微笑ましくそんな子どもっぽい栗音を眺める。
☆
シネコンへ辿り着くと、
「これ、みんな見るよね?」
栗音は壁にいくつか提示されてあるポスターのうち、お目当てのものに近寄った。
それは、先週土曜日に公開されたばかりの『ぴょんぴょこ三組』というタイトルのアニメ映画だった。小学校が舞台らしい。
「町の学校のお友達が、すごく面白かったって言ってたよ」
「聞いたことないタイトルだけど、私もこの映画見たいよ。次の回は十三時四〇分から始まるみたいだね。もうすぐだね」
「これ、CMで予告流してたね。うちもほんのちょっと気になってたんよ」
「わたしの好きな声優さんも何人か出てるし、けっこう面白そう。大友ウケは悪いかな?」
「今受講してる発達心理学入門の勉強になりそうだし、ウチも見ておきたいわ」
「案外面白そうね。先生も付き合うわ」
「俺はこの辺で待っとくよ。チケット代の節約にもなるし、そもそも高校生の見るものじゃないし」
廉太郎は当然、見る気にはなれず。
「廉太郎お兄ちゃんもいっしょにこの映画見ようよぅ。さっき廉太郎お兄ちゃんの三倍くらいは年上に見えるおじちゃんが一人で入って行ったよ」
「仕方ない」
栗音に背中をぐいぐい押されチケット売り場の方へ連れて行かれる。
「栗音ちゃん、これはどう? ゾンビがいっぱいよ」
稲子は他に上映されているホラー映画のポスターを指した。
「それは絶対嫌ぁー」
栗音は顔をしかめ、すぐにポスターから顔を背けた。
「わたしもそれは見たくないです」
「俺も、進んで見ようとは思わんな」
「私もこういう実写のホラー映画はものすごく苦手だよ」
「うちも、じつは苦手なんよ」
「ウチは誘われたら見るけどね」
「稲子も中学生の頃までは怪談話怖がってたくせに。先生が全額負担するわ。ぴょんぴょこ三組、大人一枚、小中学生二枚、高校生三枚、大学生一枚」
稲継先生が代表して、お目当ての映画七人分のチケットを購入。受付の人がその入場券と共に入場者先着順についてくる安っぽいボールペンをプレゼントしてくれた。
「中入る前に、携帯の電源切っとかなきゃ。あっ、友達からメールが入ってる」
稲子はさっそく本文を確認してみて、
「えっ、マジ!?」
予想外の内容に驚いた。
「昨日銭湯に出た女装のおっさん、ウチの大学の教授やってんって。理工学部の教授やからウチは全く知らん人やけど」
すぐにみんなに伝える。
「あのおかまのおじちゃん、偉い人だったんだね」
「意外や意外。お偉いさんやったか」
「偉くてもわたしは全然尊敬出来ないよ」
「私も。偉い人なのに、あんなことするのは勿体ないよね」
「俺のクラスにも女装が趣味って奴いるけど将来が心配だな」
「宿谷君のクラス、変わり者も多そうね」
チケット売り場向かいの売店でドリンクやポップコーンなどが売られていたが、みんなお腹いっぱいなため何も買わず、お目当ての映画が上映される5番スクリーンへ。
薄暗い中を前へ前へと進んでいく。
「楽しみだなぁ♪」
先頭を歩く栗音。
「志穂美ちゃん、周り子どもばっかりだから、やっぱり、俺達は入らない方が……」
「まあまあ廉太郎くん。気にしなくてもいいじゃない。たまには童心に帰ろう」
廉太郎は否応無く、志穂美に背中をぐいぐい押されていく。
「廉太郎君、気にせずに」
「廉太郎お兄さん、堂々としなよ」
「廉太郎ちゃん、幼い子を連れたパパの気分になればいいじゃん」
雲雀、朱乃、稲子はその様子をすぐ後ろから微笑ましく眺める。
真ん中より少し前の列の席で奥から順に栗音、稲子、廉太郎、志穂美、朱乃、雲雀、稲継先生の並びで座った。
マイナーなアニメ映画だろうからどうせつまらないだろう。
廉太郎はそんな心構えだった。
※
上映時間七〇分ほどの映画を見終えて、
「志穂美お姉ちゃん、とっても面白かったね」
「うん、最後感動したよ。また見に行きたいな」
栗音と志穂美は大満足な様子で5番スクリーンから出ていた。
「わたしもなかなか楽しめたわ」
「うちも思ったよりは楽しめた。懐かしい気分にもなれた」
「ウチも。最後まで飽きずに見れたわ」
「道徳的な内容も含んでたわね。E○レで放送出来そう」
雲雀、朱乃、稲子、稲継先生もそこそこ気に入ったようだ。
「廉太郎ちゃん、上映中一度も志穂美ちゃんと手を繋がなかったね。しかも途中から寝てたし」
「退屈な映画だったからな」
「廉太郎お兄ちゃんは面白く感じなかったの?」
「ああ。もろに児童向けだし」
「あたしはすごく面白いと思ったけどなぁ」
栗音はぷっくりふくれる。
「廉太郎ちゃん、子ども向けのアニメや絵本とかを楽しんで見てあげることも、将来志穂美ちゃんと結婚してパパになった時に役立つのよ」
稲子から耳打ちで囁くような声で注意された。
「はい、はい」
廉太郎は余計なお世話だといった感じの生返事だ。
「あの、私、トイレ行ってくるね」
志穂美が苦い表情で伝えると、
「うちも行きたいと思ってたとこなんよ」
「わたしもー。漏れそう」
「あたしも行くーっ」
「じゃあウチも行っとこ」
稲継先生を除く他の女の子達も同調し、五人いっしょに最寄りの女子トイレへ。
「音消し&ウォシュレット付きの洋式、やっぱ落ち着くよ」
「ウチも大学入ってからはこっちの方が好きになったわ。大学のトイレは全部このタイプだし」
「ここオール洋式やん。うちは和式ぼっとんの方が好きやねんけどな」
「あたしもーっ」
「わたしも和式ぼっとんの方が好きだな。あの底の見えない穴、魔界と繋がってそうでロマンを感じるもん。朱乃も栗音も、最後水流すの忘れないようにね」
みんな同じようなタイミングで個室へ。
同じ頃。
「あのう、稲継先生は、いつもジャージなんですか?」
「そうよ。この方が落ち着くし、そのまま農作業出来て便利だし。服選ぶのも化粧するのも面倒くさいし。おしゃれには興味ないんよ。稲子も高校卒業するまではそうだったんよ」
「そうでしたか。大学デビューってやつですね」
「宿谷君、桜野さんも身だしなみにあまり気遣わないだらしのないところがある子みたいだけど、宿谷君はどう思う?」
「俺は、女の子はファッションに興味なく少しだらしない方がいいと思ってます。衣装や化粧品や装飾品に無駄遣いしないだろうから」
「そっか。えらいっ! それでいいんよ」
「……そっ、そうですか」
廉太郎と稲継先生はこんな会話を弾ませて待機していた。
それから少しして、志穂美以外のみんなが戻って来た。
「お待たせーっ! やっぱ洋式ではやりにくかったわ~」
「お待たせ廉太郎ちゃん、姉ちゃん」
「廉太郎お兄ちゃん、志穂美お姉ちゃんはここでう……」
「志穂美ちゃんは、お化粧直ししてるからもうしばらくかかるそうよ」
雲雀はとっさに栗音のお口を押えて伝える。
俺もこっちへ来てからは一度もしてないな。
廉太郎は容易に推測出来た。
それから五分ほどみんなで長椅子に腰かけて待ち、
「みんな、お待たせー」
ようやく志穂美が戻ってくる。すっきりとした表情を浮かべていた。
「宿谷君、桜野さん、今日の夕方、地元の人が公民館で歓迎会をしてくれるわよ」
稲継先生から突然告げられ、
「……そうですか」
「私達のためにわざわざしてくれるなんて、すごくありがたいな」
「二人が来るって連絡があった金曜日から計画してたの。そこで二人に何かフリートークして欲しいって」
「フリートークですか? 何を話せばいいんだろ? 俺コミュ力低いからな」
「私もトーク苦手だよ」
二人とも少し動揺する。
みんなはこのあとすぐにショッピングモールから外へ出た。
「ありゃりゃ、雷雨になってはるやん」
朱乃は微笑み顔で突っ込む。
予想外の土砂降りの大雨で、ゴロゴロ雷も断続的に鳴っていた。
「みんな、もう少ししてから帰ろう」
栗音は苦い表情で言い、一人で店内へ戻ろうとする。
「栗音はまだ雷が怖いんやね」
朱乃はにっこり微笑んだ。
「怖くないよ。危険だから建物の中に避難した方がいいと思うの」
栗音はぷくっとふくれてこう主張する。
「廉太郎くんも幼稚園の頃、雷鳴った時私にしがみ付いて来たことあったね」
「志穂美お姉さん、その時の状況もっと詳しく聞かせて」
「志穂美ちゃん、俺は全く覚えてないから」
「廉太郎ちゃん、そんなことがあったんだぁ」
「稲子ちゃん笑うなよ」
廉太郎はやや不機嫌になる。
「ごめん、ごめん。栗音ちゃん、どこで時間を潰したい?」
「あたし三階のペットショップ寄りたーい」
「栗音ちゃん、歓迎会に間に合わなくなるといけないから、最大三〇分までよ」
稲継先生は条件を付ける。
「はーい。それまでにお天気良くなってて欲しいな」
みんなは栗音の希望したお店へ。
ショッピングモール内のペットショップ、昔はよく来たな。小学一年生の時、父さんにカブトムシの幼虫飼ってもらったな。志穂美ちゃんは気味悪がってたけど。
廉太郎が懐かしさに浸りながら店内を見て回り、
「エリマキトカゲちゃんだ。わたしの町の学校のお友達に飼ってる子いるよ」
「このアフリカツメガエルさん、すごく格好いいっ!」
「これはとても気味悪いよ。私は虫、爬虫類・両生類はどれもダメ。かわいい熱帯魚さんが好きだな。ネオンテトラは特にかわいいよ」
「ウチもネオンテトラ好きや。ディスカスもいいよね」
「稲子姉さん、おしゃれな熱帯魚に虜になってしもうて。うちは熱帯魚はネオンテトラやディスカスなんかよりピラニアの方が好きや」
三姉妹と志穂美と稲子が水槽で売られているペットに夢中になっている間、
寄ったついでにエサ買っとくか。まだ一袋予備はあるけど。
稲継先生はペットフードコーナーにて、自宅庭の池で飼っている鯉のエサをちゃっかり購入した。
店内で三〇分ほど余分に過ごして再び外へ出た頃には、すっかり晴れ上がっていた。
廉太郎達が波々伯部宅へ帰り着いた頃には午後四時半を回っていた。荷物を置いて来てすぐにみんなまた稲継先生運転のワンボックスカーに乗せてもらう。
里恵さんは夕食準備のため歓迎会は不参加だ。
※
午後五時頃。柏氷地区の中心地にある瓦葺き和風建築な公民館。
「東京の子、連れて来たよー」
稲継先生は館内集会室の障子を開けると、中にいた人々に伝える。
「おう、やっと来たか」「まさに東京育ちって感じの子やねぇ」「ようこそ柏氷へ」
五〇畳ほどの広さの和室に、百名を優に越える人々が集まっていた。
「ぃよう! 東京者。この歓迎会はわしが主体となって企画したぞぃ」
「来てくれてありがとね」
三姉妹の祖父母と、
「おら、また東京の子に会えて嬉しいわ~」
三方のお婆ちゃんもいた。
この三名は壇上から見て後ろの方にいた。
「けっこう多いね、お客さん」
「そうだな。多く見積もって三十人ちょっとかと思ったけど」
「宿谷君、桜野さん、フリートーク頑張ってね。終わったら先生達のとこへ来て。前の方に座っておくから」
「はい」
「私、めちゃくちゃ緊張して来たよ」
廉太郎と志穂美は大きな拍手で迎えられ、早足で一番前の壇上へ向かっていく。
お客さんの大半は七〇歳を超えているだろうお年寄りだが、赤ちゃんから五歳くらいの乳幼児を連れた若い夫婦もいた。
子ども達は数年後、柏氷小学校に入学して来るのだろうか?
壇上には、『歓迎! 東京っ子』と横字で書かれた横断幕も掲げられていた。
稲継先生、稲子、三姉妹は客席一番前隅の方に固まって座って見守る。
「えっと、あの、このたびは、ごく普通の一般人な、俺達のために、わざわざ、歓迎会を取り繕って下さり、どうも」
「こういうことしてもらえて、私、とても嬉しいです」
廉太郎も志穂美も初めてな経験のためか、かなり緊張気味にトークをし始めた。
「お二人はいつ頃結婚しはんの?」
一人のつるっぱげお爺さんから質問が飛び、
「あの、その質問は、ノーコメントで」
廉太郎はちょっぴり慌て気味に答え、
「まだ何も考えてません」
志穂美は頬を火照らせてこう答え、俯いてしまった。
「初々しい!」「若いねっ!」
お客さん達から拍手喝采と笑い声が飛ぶ。
「きゃっ、きゃっ! 天井から、ヤモリがぽとって降って来たぁ!」
「志穂美ちゃん、落ち着いて」
このやり取りで、場内はさらに大笑い。
「ディ○ニーランド行ったことあるやろ?」
「はい。俺の記憶にある中では、三回くらい」
「私は七回あります。幼稚園の頃に廉太郎くんの家族と行った時が一番思い出深いです。廉太郎くん迷子になっちゃったんですよ」
「あの、志穂美ちゃん、それは伝えなくてもいいから」
廉太郎と志穂美はその後もお客さん達からの質問にいくつか答えていき、なんとかトークを終えることが出来た。
「かなり緊張しましたけど、いい経験でした」
「柏氷の皆さん、みんな開放的で良い人だね」
そそくさ壇上から降り、稲継先生達のもとへ。
「宿谷廉太郎君、桜野志穂美さん、ありがとうございました。続いて地元の方々による一芸披露です。ぜひご覧下さい」
四〇歳くらいのこの辺りでは若者扱いなおばさんからアナウンス。
このあとは地元の人達が手品や南京玉簾、けん玉、日本舞踊、三味線、尺八、合唱などの一芸を披露してくれた。
赤とんぼの合唱を廉太郎達が一番前の席で眺めていた最中、
ガシャンッ!
と窓ガラスの割れる音が館内に響き渡った。
「ぅおーい、クマが入って来たぞぉーっ!」
後ろの方にいたお爺さんが大声で叫ぶ。
「クマァ! うわっ、あそこ、本当にいるよ」
姿を目撃するや、顔が青ざめカタカタ震える志穂美。
「志穂美お姉さん、安心してや。これもそんなに珍しいことやないから対策も万全なんよ」
朱乃は落ち着かせようとする。
「でも、でもぉ」
「本当に大丈夫なのか? 早くここから逃げた方がいいだろ」
廉太郎も不安がる。
「熊か」「久し振りや」
地元のお客さん達は冷静な様子だった。
熊は集会室入口付近をきょろきょろ動き回っていた。
「皆さーん、こっちの非常口から逃げて下さい」
五〇歳くらいのおじさんがわりと落ち着いた声で伝えると、地元のお客さん達は慌てず焦らず普通に歩いてぞろぞろ非常口の方へ向かっていく。
「早く、逃げなきゃ。熊に追いつかれちゃうよぅ」
志穂美は急ぎ足になっていた。
そんな時、
「ほいっ!」
仙人っぽく白長髭を蓄えたお爺さんが熊に向かって大きな網を投げた。
熊、これにて身動き封じられ御用。
そのあと数人のお爺さん達によって、その熊は外に止められてある軽トラへ誘導されていく。
「よかったぁ。みんな無事で。あのお爺ちゃん達すごいよ」
ホッと一息つく志穂美。
「なんかすごくあっさりだったな。都会だったら大パニックになるぞ。山へ放すのか?」
「そうよ。まだ小熊だからね」
稲継先生が答える。
そのあとすぐに何事もなかったかのように一芸披露が再開し、廉太郎達は最後まで見届けた。
午後七時ちょっと過ぎ。廉太郎達は地元の方々に見送られ公民館をあとにする。
帰りも稲継先生に送ってもらって七分ほどで波々伯部宅へ到着した。




