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第三話 田植えでみんな泥んこに サルも入る露天風呂付き銭湯へ行こう!

「もう朝かぁ。うるさぁっ」

朝、七時。廉太郎は普段より三〇分くらい早く、外から聞こえてくる童謡『牧場の朝』のメロディー音で起こされた。

コケコッコォォォーッ!

鶏の鳴き声も聞こえてくる。

「……まむしに締め付けられる嫌ぁな夢見たけど、志穂美ちゃんにしがみ付かれてたのが原因か。あの、志穂美ちゃん、起きてくれない?」

 廉太郎は、わき腹付近に抱きついてぐっすり眠っていた志穂美のほっぺたを軽くぺちぺち叩く。

「……んにゃっ、おはよう、廉太郎くん」

 すると、志穂美はすぐに目を覚ましてくれた。寝起き、とても機嫌良さそうだった。

「早く俺の体から離れてね」

「ごめんね廉太郎くん、枕代わりにしちゃって」

 志穂美はすぐに両手を離して廉太郎の体から離れてあげた。

「今朝はちょっと寒いな。やっぱ内陸は冷えるよな」

廉太郎はそう呟いて立ち上がる。

「みんなもう起きてるみたいだね。ここにいないよ」

「もう起きてたのか。志穂美ちゃん、俺、廊下で着替えるね」

「私はカーテン裏で着替えるから、ここで着替えてもいいよ」

 志穂美はそう伝えながら、お隣三姉妹の部屋に置いた旅行用鞄から体操着を取り出す。

「いや、でも」

 結局、廉太郎は寝室で着替えることに。

 パジャマズボンを脱ぎ、トランクス丸見え状態になったのとほぼ同じタイミングで、

「きゃっ、きゃあああっ! 廉太郎くぅん、私の髪の上に何かがぽとって落ちたの。とってぇー」

 志穂美が薄ピンクブラと水玉ショーツの下着姿でカーテン裏から飛び出て来て、ぎゅーっと抱きついて来た。

「しっ、志穂美ちゃん、落ち着いて」

 廉太郎が思わず目を瞑ってこう言った直後、

「おっはよう! 廉太郎お兄ちゃん、あたしが寝た後に二度も災難に遭った志穂美お姉ちゃん」

「おはよう東京者のお二人さん、朝ご飯出来てるよ。うちらで作ったんよ」

 栗音と朱乃が廊下から通じる襖を開けてこのお部屋へ入って来た。

「しっ、志穂美お姉さん! 廉太郎お兄さん、なっ、なんてはしたない格好を――」

 ほぼ同じタイミングで入って来た雲雀は目を大きく開く。頬もちょっぴり赤らんだ。

「東京者は進んではるねぇ」

 朱乃はにやりと笑う。

「二人でお相撲さんごっこしてたんでしょう?」

 栗音は興味深そうに質問する。

「いや、これは、志穂美ちゃんが……」

 廉太郎はかなり焦りの表情。

「あの、その、私のせいなの。私が着替え中に虫に襲われて、それで」

 志穂美は廉太郎の体から慌てて離れ、カァーッと頬を火照らせて説明した。

「そうでしたか。事情はよく分かりました」

 雲雀はホッとした表情を浮かべる。

「そんなことやろうと思ったわ。それじゃお二人さん、着替え済んだら茶の間に来てね」

 朱乃は楽しそうに微笑み、この部屋から出て行く。

「朝食は和風ですよ」

「廉太郎お兄ちゃん、志穂美お姉ちゃん、早くしないと集合時間に遅刻するよ」

 雲雀と栗音もすぐに出て行った。

「ごめんね、廉太郎くん」

「あっ、いや。気にしてないから」

 お互い姿が見えないよう背中向かい合わせでそんな会話を交わした後、廉太郎と志穂美はさっきの位置に戻って着替え再開。

「きゃぁっ! 頭の上から小さなクモさんが落っこちて来たぁっ!」

 またすぐに志穂美に下着姿でカーテン裏から出て来られたが、

「志穂美ちゃん、それくらいで騒がないで」

 廉太郎は壁の方を向いてやり過ごした。

「ごめんね、でもゾクッとしたもん」

 志穂美はこう言い訳して、またカーテン裏へ。

「こっちへ逃げても壁に今、マダラガが一匹止まってるよ」

「廉太郎くぅん、余計なこと教えないでー。気になっちゃうよぅ」

 その後は何事もなく二人とも無事着替え終え、いっしょに茶の間へ。

 卵かけご飯、イナゴの佃煮、和風サラダ、味噌汁が並べられていた。

みんなでの朝食タイムが始まる。

「卵かけご飯、私久し振りだよ」

「俺も。ネギやシラスも入ってて美味そうだ」

「お隣さんから、今朝生まれたばかりの卵いただいたんよ」

 里恵さんは嬉しそうに伝えた。

「ちなみにサラダに入っとるダイコン、トマト、たまねぎ、にんじん、キャベツ、きゅうり、どれも地元で採れたやつやで」

 朱乃は自慢げに説明する。


「めっちゃ美味かったです。ごちそうさまでした」

 廉太郎は満足げに朝食を済ませると、洗面所へ向かい歯磨き&洗顔を済ませようとしたが、

雲雀ちゃんが使用中か。

そんな理由で先にトイレを済ませようと考え、トイレへ。

扉を開けると、

「あっ、ごっ、ごめん」

 ぷりんっとしたお尻とご対面!

「ぁーん、もう、廉太郎お兄さんのエッチ♪ わざとやったやろ?」

「わざとじゃないって。本当にごめん」

 廉太郎は慌てて扉を閉めた。

 朱乃がブルマと純白の花柄ショーツを膝の辺りまで脱ぎ下ろして便座に跨り、用を足している最中に出くわしたのだ。

 朱乃はほどなくトイレから出て来ると、

「うちの方こそ、鍵かけなくてごめんね、廉太郎お兄さん。うちが悪いねん」

 茶の間へ戻ろうとしていた廉太郎にてへっと笑いかけて謝ってくれた。

「いや、俺も、ノックもせずに入ろうとして悪かった」

 廉太郎は罪悪感に駆られながらそのあと用を済ませたのであった。

       □

 八時半頃。

廉太郎と志穂美と三姉妹、揃って玄関から出た瞬間、

「きゃぁぁぁぁぁ~!」

 目に飛び込んで来た光景に志穂美は甲高い悲鳴を上げた。

「だだだっ、大蛇が、門に巻き付いてるぅ」

 そして顔を青ざめさせて呟く。

「確かにヘビはいるけど、大蛇じゃないよな」

 廉太郎は落ち着いた様子だった。

「こいつはアオダイショウやね。これもよくあることなんよ」

 朱乃は冷静に、全長二メートル近くはあるだろう暗緑色なそいつの頭近くを躊躇いもなくガシッと掴んで門から剥がし、地面にそっと置いてあげた。

「朱乃ちゃん、勇気あり過ぎ」

 志穂美はまだカタカタ震えていた。

「おれは大蛇♪ アオダイショウ♪ 天下無敵のヘ~ビだぜ。シマヘビ、まむしは目じゃないよ♪ イヌワシ、イノシシどんと来い♪ 天敵だけどな、まかしとけ♪」

 栗音は庭の茂みへ向かって這って行くそいつを中腰で楽しそうに見つめながら、朗らかな気分で替え歌を口ずさむ。

「あっ、さっきこのおウチの前、バキュームカーが通り過ぎて行ったよ。私、本物のは初めて目にしたよ」

「俺も初だ。この辺りの下水普及率ってどのくらいなんだろ?」

「今も0パーセントに近いみたいよ」

 雲雀が答えた。

「ということは、学校とこのおウチ以外もぼっとんだらけなんだね」

 志穂美はかなりがっかりする。

「まるで昭和半ばだな」

 廉太郎もあまりいい気分にはなれなかったようだ。

 みんな波々伯部宅から十五分ほど歩いて稲継先生宅すぐ側の、本日田植えをする田んぼの前へ。

「おはようみんな」

 昨日と同じくジャージ姿の稲継先生だけでなく、

「ウチも田植え手伝うよ。大学の講義より大事やから」

 稲子もいた。カラフルな半袖ニットにフリルのピンク色ミニスカート姿だった。

「稲子ちゃん、そんなおしゃれな格好で田植えするつもりなの? 服汚れちゃうよ」

 志穂美は驚き顔で尋ねる。

「ブーツとソックスは当然脱ぐって」

 稲子はそれを脱ぐと、苗のたくさん入った籠を手に取って、マニキュアの塗られた両足を田んぼに躊躇なく突っ込む。

「稲子、マニキュア落としてから入りや。桜野さん、膝はもう大丈夫かな?」

 稲継先生は稲子には険しい表情で注意し、志穂美には笑顔で優しく問いかけてくれた。

「はい、痛みはもうすっかり消えました。私、田植えやるの小学校六年生の時以来だよ」

「俺も」

「二人とも一応は経験あるみたいね。この苗をこういう風に後ろに下がりながらなるべく等間隔で植えていってね」

 稲子は慣れた手つきでどんどん植えていく。

「久し振りだし、上手く植えれるかな?」

「この泥に足を入れた時の感触、すごく嫌だよ」

 廉太郎と志穂美は苗の入った籠を肩にかけると、靴と靴下を脱いでおっかなびっくり田んぼへ足を突っ込んだ。

「何とか出来そうだ」

「ちゃんと立ったし、これでいいのかな?」

隣り合って同じようなペースで苗を一本ずつ植えていく。

「宿谷君も桜野さんも、わりといい出来よ」

 稲継先生は褒めてくれた。

「ありがとうございます」

 志穂美は照れくさそうに礼を言って、もう一歩進もうとしたら、

「わっ、きゃっ!」

 ある生き物を発見し、お約束の悲鳴を上げた。

「何かいたのか?」

 廉太郎が尋ねる。

「さっきトノサマガエルさんがすいーって私の目の前泳いでいったの」

 志穂美は青ざめた表情で伝えた。

「やっぱカエルか」

 廉太郎はにっこり微笑む。

「踏んじゃったらと思うとぞっとするよ。きゃっ、なんかぬめっとしたの踏んじゃったぁっ! きゃぁっ、きゃぁっ!」

「朱乃お姉さん、楽しんでるようやね」

 朱乃は慣れた手つきで田植えを進めていた。

「楽しんでないよぅ。早く作業終えたいよぅ」

「朱乃お姉ちゃん、廉太郎お兄ちゃん、これ見て、カブトエビがたくさん取れたよ」

 栗音は二人の側へ駆け寄って来てバケツをかざしてくる。

「栗音ちゃんやるなあ」

「これ、小学校の理科の教科書に載ってたよね。間近で見ると怖いよ」

「栗音、田んぼの生き物さん掬いは田植え終わってからね」

 雲雀は慣れた手つきで楽しそうに田植えをしながら優しく注意。

「はーい」

 栗音は素直に従い、バケツは畦道に置いて来て、田植えを始める。

「あと七本か。もう少し、もう少し」

 志穂美は恐る恐る一歩を踏み出していく。

「あっ、志穂美ちゃん、危ないっ!」

 稲子は泥のぬかるみも何のその、植えられた苗を上手く避けつつ軽快な走りで志穂美のもとへ近寄っていく。

 そして、田んぼに腕を突っ込み、サッと何かの生き物を掴んで取り出した。

「ヤマカガシさんが志穂美ちゃんのすぐ後ろ泳いでたよ。志穂美ちゃんかかと咬まれるかもだったよ」

 赤、黒、黄の斑紋が付いたひょろ長いそいつを志穂美の眼前にかざす。

「きゃっ、ぎゃあああっ! 稲子ちゃん、私に見せなくていいからぁぁぁ~」

 ばっちり目が合った志穂美は大きな悲鳴。

「ごめん、ごめん」

 稲子は掴みとった全長一メートルちょっとのヤマカガシを隣のため池へ放してあげた。

「平然と毒ヘビ掴めるなんて、やっぱ田舎育ちの子だな」

 廉太郎は深く感心する。

「稲子お姉さん、柏氷っ子魂はまだ消えてへんね」

 朱乃は嬉しがる。

 それから五分ほどして、

「疲れた。明日は筋肉痛になりそうだ」

「私は今日もちょっと筋肉痛だよ」

 廉太郎と志穂美も何とか無事、作業完了。

 みんなは稲継先生が事前に用意してくれていた木桶の中の水を使い、手足の汚れを落とした。

「まだ汚れが落ちた気がしないよ。ぬめぬめした感覚がまだする」

 志穂美が不満を漏らすと、

「それじゃ、このあとの授業終わったら銭湯連れてってあげるわ」

 稲継先生が計らってくれた。

「ありがとうございます。近くにあるんですね」

「うん、ここから三キロちょっと先よ。都会っ子基準じゃ遠いかな? 車に乗せてあげるわ。柏氷唯一の銭湯、鶯の湯さんは露天風呂付きよ」 

「それは楽しみだなぁ」

「稲継先生、わたし、途中でコンビニ寄りたいです。電球買っておきたいので」

「オーケイよ雲雀ちゃん」

「コンビニあったんだね」

「雰囲気的になさそうだけど、あったんだな」

 志穂美と廉太郎はちょっぴり驚いた。

「みんなお疲れ様。お弁当も作って来たよ」

 稲継先生は大きな籠の中から竹の皮で出来たお弁当箱を五つ取り出す。

 中は昆布、梅、おかかが塗された三種類のおむすびだった。ちなみに沢庵付き。

「日本風ですね。あの、私、おトイレ行きたくなっちゃった」

「先生のおウチの貸してあげるよ」

「ありがとうございます。あのう、やはり、和式ぼっとんなのでしょうか?」

「うん!」

 稲継先生は爽やかな笑顔で答えた。

「あらら」

「玄関入ったら廊下を左へ進んで一番奥にあるわ。もし嫌だったら、庭の茂みでやってもいいんよ」

「それはさすがに無理です」

 志穂美はがっかりした気分で稲継先生宅へ向かっていった。

「このお茶っ葉は地元で採れたんよ。みんな遠慮せずにおかわりしてね」

 稲継先生は玉露も淹れてくれた。

「お茶も栽培されてるんですね。美味そうだ」

 廉太郎は三姉妹に囲まれるように畦道に敷いたゴザに腰掛け、軽食を楽しむ。

「この田んぼの稲刈りは十月半ば頃よ。その時に廉太郎君と志穂美ちゃんに手伝いに来て欲しいな」

「廉太郎お兄ちゃん、志穂美お姉ちゃんと絶対来てね」

「機会があればそうしたいと思う」

「東京者のお二人さんの植えた分、けっこうゆがんではるねー」

「慣れてないからしょうがないだろ。この梅おむすび、めっちゃ美味いな」

「姉ちゃんは手作りおむすび名人なんよ。ウチもおむすび作るの手伝おうと思ってんけど、姉ちゃんから化粧品臭い手で握るな言われてんよ。ウチの庭からびわもとって来たよ。廉太郎ちゃん、はいあーんして」

 稲子もびわがたくさん詰められた竹籠を手に持って近寄って来て、廉太郎の目の前に座り込んでくる。

「するかっ」

 廉太郎は呆れ顔でそう言って口を閉じた。

「もう、廉太郎ちゃんったら」

 稲子はくすっと笑う。

「それより稲子ちゃん、さっきからパンツがまる見えになってる」

 廉太郎は俯き加減のまま気まずそうに伝える。

「えっ! きゃっ! もう、廉太郎ちゃんどこ見てるんよ。エッチ♪」

 胡坐をかくような姿勢で地面に座っていた稲子は慌てて体育座りへ変えて照れ笑いする。

「廉太郎お兄さんのエッチ♪」

 朱乃もからかってくる。

「俺は見る気はなかったって」

薄紫の花柄ショーツをついつい五秒以上は凝視してしまった廉太郎がこう言い訳したその矢先、

「ぎゃああああああああっ!」

 志穂美の悲鳴が廉太郎達のいる場所まで響き渡る。

「今度は何の虫が出たんだろう?」

 これに慣れてしまった廉太郎は楽しみな気持ちになった。

 それから二分ほどして、

「トイレの中に、ものすごぉく大きなカミキリムシさんが出たのぉ」

 志穂美は涙目で戻ってくる。

「桜野さん、そんなに怖がらなくても」

 稲継先生は優しく頭をなでてあげた。

 ともあれ志穂美もゴザに腰掛け、廉太郎達といっしょに軽食を取り始める。

「日本の原風景を眺めながらおむすびを食べると、のんびりした気分になれるね」

 幸せそうな表情で、もぐもぐ美味しそうに味わっていると、

「志穂美お姉さん、のんびりしてたらあかんって昨日言ったやろ? 空見てみぃ」

「えっ?」

 朱乃に爽やか笑顔で警告され、志穂美はきょとんとしながら空を見上げた。

「うわぁっ、鳶さんだっ!」

 一匹の鳶がピィーヒョロロロォと特有の鳴き声を上げながら急降下して、志穂美のもとへ近寄って来たのだ。

「やめて、やめて。これは油揚げじゃないよぅ」

 志穂美は途端に表情を青ざめさせ、慌てて立ち上がって逃げ出す。

「志穂美お姉さん、手懐ければこんなことも出来るよ」

 朱乃はおむすびの一片を手のひらに乗せ、別の鳶に食べさせていた。

 その傍らで栗音はソプラノリコーダーで楽しそうに童謡『とんび』を吹いていた。

「鳶さん、もう追ってこないでぇ。きゃっ、きゃぁっ!」

志穂美は畦道でつるっと滑って田んぼに両足をドボーンッと突っ込んでしまう。

ピィーヒョロロロォ。

 鳶はそんな無様な志穂美を嘲笑うかのように鳴き声を出しながら空高く舞い上がっていった。

「あーん、また足汚れちゃったぁ。弾みでおむすびも田んぼに落ちちゃったぁ」

 涙目を浮かべる志穂美。

「桜野さん、足だけで済んでよかったね」

稲継先生はにっこり微笑む。

「よくないよぅ」

志穂美はもう一度足を洗い、

「志穂美ちゃん、これ使ってね」

体格同じくらいの稲子に靴下と靴を貸してもらったのだった。

「稲継先生、明日の初水泳授業、あそこ使おう。東京者が来てることだし」

 朱乃の提案に、

「そうね、川は桜野さんが嫌いそうな水棲昆虫や両生類もいっぱいいるし、都会の子にはきついと思うから、特別にそこを使いましょう」

 稲継先生は快く賛成した。

「どこかの施設を使うの?」

 志穂美は問いかけた。

「近所に、東京者に自慢したい屋内プール付き超大型ショッピングモールがあるんよ」

 朱乃はやや興奮気味に伝えた。

「どんな感じなのか私、すごく楽しみだな」

「俺もどんなとこかちょっと気になる」

「すごく広いよ」

 栗音は両手を広げて大きさを表現する。

「廉太郎君がいてくれればナンパ対策にもなるわね」

 雲雀に期待され、

「そんな心配しなくても、実際ナンパしてくるやつなんて漫画やアニメやゲームの世界にしかいないだろ」

 廉太郎はにこやかな表情で意見した。

「ウチもいっしょに行こうっと」

「稲子、明日も講義サボるつもりか?」

「いいじゃん姉ちゃん、ウチが引率するから」

 このあと稲子以外のみんな学校へ向かい、三時間目から六時間目まで授業を行った。

ちなみに今日は五時間目までしかない栗音は六時間目、算数と漢字の宿題を片付け、余った時間でお絵描きをして遊んだのであった。

         ※

放課後。

「二人乗りだから、みんな荷台に乗ってね」

 廉太郎と志穂美、三姉妹は稲継先生運転の軽トラ荷台、稲子は助手席に乗せてもらい、細い道を進んでいく。時速は三〇キロくらいのゆっくりさだ。

「東京者のお二人さん、軽トラの荷台、乗り心地ええやろ?」

「ああ、交通量多い都会の道じゃこういうことは出来ないよ」

「少し怖いけど、乗り心地はいいよ。きゃあっ、急ブレーキ」

「イノシシが茂みから急に飛び出して来て横切ったんよ。ほら、あそこ」

 急停止させた稲継先生が窓を開けて手で指し示す。荷台からも、親子と思われる三頭のイノシシがとことこ畑の上を駆けていくのが窺えた。

「さすがド田舎だな」

「イノシシさんの横断なんて、東京じゃ絶対見れないよ」

 目を丸める廉太郎と志穂美を見て、

「これもここじゃ日常茶飯事なんよ」

 朱乃は愉快な気分で笑う。

「神戸でもちょっと街外れに行くと、たまに見られるみたいよ」

 稲子はこう付け加えた。

「バイバイ、イノシシさん。罠に気を付けてねー」

 栗音は楽しそうに手を振る。

「ウリ坊ちゃんかわいいな」

 雲雀は微笑ましく後ろ姿を見送った。

「動かすよ。栗音ちゃん、危ないから座ってね」

 稲継先生は軽トラを再び発進。

 それから三分ほどで途中の目的地に辿り着くと、

「これ、コンビニじゃないよね?」

「ごく普通の小さなスーパーだよな」

 志穂美と廉太郎はけっこうびっくり。

 柏氷マートという鄙びた雰囲気のお店だったのだ。

「この辺りじゃこの店をコンビニって呼んでるんよ。何でも揃うし。東京者のお二人さんは、ロー○ンとかファ○マとか想像してたやろ?」

「ああ」

「コンビニって普通そうだもんね」

「ちなみに夕方五時には閉まるよ」

 こう伝えた稲継先生と、稲子は車に残り、他のみんなは店内へ。

「いらっしゃい! 今日は東京の人もお越し下さったんだね」

 店員さんはこの時間、お婆さん一人だけだった。髪の毛こそ綿菓子のように真っ白であったが、顔にはあまり皺は無く背筋もぴんと伸びていた。身のこなしも機敏で声も元気溌剌としておられた。

「こちらのお祖母ちゃん、三方ハナさんって言って今、百三歳だよ」

 栗音が伝える。

「長生きだな」

「お元気ですね。八十歳くらいに見えます」

「そんなに若く見えるかい? 照れるよ。ここ柏氷はおらが若い頃と比べて本当に寂れちまったね。合併する前の村だった頃の方がずっと栄えてたよ。昔はこの隣に映画館や喫茶店もあったんだよ。東京の人が来てくれて本当嬉しいわ~」

 廉太郎と志穂美は三方のお婆ちゃんに快く歓迎されたようだ。

「この辺りは長寿の人多いよ。三方のお婆ちゃんより年上の人も何人かいるし。この辺りじゃ生活習慣病に罹る人はほとんどいなくて、虫刺され、まむし咬まれ、クマ・イノシシ・サルに襲われて怪我した人くらいしか医者に来ないって言われてるんよ」

 朱乃は得意げに伝える。

 食品のほか文房具や玩具、スポーツ用品、アウトドアグッズ、その他日用品もそこそこ揃っていた。

「確かに品揃えはコンビニみたいだね。雉や熊や鹿さんのお肉が、普通に売られてる。アナグマさんのまであるよ。これも食べれるの?」

「イナゴや蜂の子の佃煮も普通に売ってるぞ。この鳥獣肉と佃煮、治哉と重文に土産に買って帰るか。スッポンとヤギ乳まで売ってる。これも土産にしようかな」

 見慣れない商品のラインナップに興味津々な志穂美と廉太郎に、

「鳥獣肉は旬の秋になるともっとたくさん入ってくるんよ」

 朱乃は楽しげな気分で教える。

「お金はいらんよ。好きなだけ持って行き」

「いいんですか!?」

「おう! 東京の子がこの地へ来てくれるなんて前代未聞のめでたいことだからね」

 三方のお婆ちゃんにサービスしてもらって、廉太郎はちょっぴり罪悪感に駆られつつもこの店の商品をけっこうたくさんいただくことにした。

「普通に買うと一万円近くするのに、なんか悪いなあ」

志穂美も同じく。

「廉太郎兄ちゃん、志穂美お姉ちゃん、蜂の子ソフトも美味しいよ。ここの名物なの。どうぞ」

 栗音は蜂の子の佃煮が何本か刺さったソフトクリームをちゃっかり二本いただいていた。

「微妙な味だな。蜂の子の佃煮はそのままで食った方がいいと思う」

「そうだね。不味くはないけど、また食べたいとは、思わないよ」

 廉太郎と志穂美、苦い表情。

「お醤油と自然薯も買っておかなきゃ」

「雲雀ちゃんも、今日はお金いらないよ」

「それは悪いです」

 雲雀は電球と、母からついでに頼まれていた食品も忘れず購入した。

「廉太郎お兄ちゃん、志穂美お姉ちゃん、これでご当地プリクラが取れるよ」

 栗音は店の奥にある筐体へ誘導する。

「かなり昔のタイプだね」

「ごちんまりしてるな」

 志穂美と廉太郎は興味深そうに眺めた。

「うちが生まれる前にもう置いてあったみたい。都会のゲーセンにあるような補正機能とかおしゃれな落書き機能とか送信機能とかはついてへんよ」

「廉太郎君、志穂美ちゃん、記念にいっしょにどうぞ」

「私、プリクラ撮るの久し振りだな。廉太郎くんも横並んで」

「志穂美ちゃん、俺はいいよ」

「そう言わずに」

「分かった、分かった」

 志穂美に腕をグイッと引っ張られ、廉太郎は無理やり取らされることに。

「一回二百円か。けっこう安いね」

「そうだな。最近のは五百円くらいだし。あっ、お婆ちゃん、代金は俺が出しますから」

「まあまあ遠慮せんと」

三方のお婆ちゃんはコイン投入口に百円玉二枚を入れてくれた。

【撮るよ。ポーズとってね。3,2,1】

 子どもっぽいかわいらしい声でアナウンスされ、撮影完了。

「廉太郎くん今回も素の表情過ぎるね。もっと笑顔で写らなきゃ」

「べつにいいだろ」

 取出口から出て来た十六分割のプリクラを眺め、志穂美は嬉しそうに微笑み、廉太郎はちょっぴり照れくさがる。

 この辺りの田園風景が背景になっていて、デフォルメされたタヌキとクマとイノシシとサルのイラストが四隅に一頭ずつ描かれていた。

      ※

夕方四時ちょっと過ぎ。廉太郎達七人は背後に山が聳える昔ながらの銭湯、『鴬の湯』に到着。受付にて稲継先生が代表してみんなの分の入浴料を支払おうとしたら、

「稲実ちゃん、東京の子が来てることだし、今回はお金はいらないよ」

 知り合いらしい受付のお婆ちゃんからこう申された。

「あらどうも」

 稲継先生は申し訳なさそうに礼を言い、千円札を財布にしまう。

「今は他の客いねえから、貸し切り状態よ。確か廉太郎ちゃんと志穂美ちゃんって子だったね。いっしょに写真写ってくれ」

 受付のお婆ちゃんからデジカメをかざされ頼まれると、

「もちろんいいですよ」

「俺達の名前もう知ってたのか」

 志穂美と廉太郎は快く記念撮影に応じてあげた。

「金曜のうちには村中に知れ渡ってたわ。宿谷君、桜野さん、もう少し笑って」

 撮影したのは稲継先生だ。

靴を下駄箱に預け、銭湯ロビーへ上がったみんな。当然のように廉太郎は男湯、他のみんなは女湯の暖簾を潜る。

 女の子はみんなすっぽんぽんで浴室に入り、洗い場で体を洗い流したのち露天風呂へ。

 岩風呂の乳白色に染まった湯船に浸かってゆったりくつろぐ。

「んー、ちょっと熱いけど最高だよ♪」

 志穂美はほっこりとした表情で呟く。

「これで酒があったらさらにいいね」

「朱乃、おじさんみたい。志穂美ちゃん、この露天風呂、桜の時期、紅葉の時期、大雪の時が特にお勧めよ」

「その時にまたここ訪れたいなぁ」

「栗音、ここで泳ぐのはダメよ。明日プール行くんだから、そこで思う存分泳ぎなさーい」

「はーい」

 ゆっくり背泳ぎをしていた栗音に、雲雀はおっとりとした口調で優しく注意。

「雲雀ちゃんはやっぱお姉ちゃんだね。あの、稲子ちゃん、大学生活は楽しいですか?」

「うん、とっても楽しいわ。大学の講義の良い点は、講義中に携帯ゲームしたりネットしたり居眠りしたりしてても、特に注意されることがないことよ。まあ注意してくる教授もいるけど」

「こら稲子」

 稲継先生は少し顔をしかめた。

「稲子姉さん、けじめはきちんとつけましょう」

「はいはーい」

「私も授業中、たまにノートにお絵描きして遊ぶことあるし、居眠りしちゃうことはよくあるよ」

「志穂美お姉さんも案外不真面目なんやね。親近感が持てるわ~。廉太郎お兄さん、そこいるぅーっ?」

朱乃は二メートルちょっとある竹柵越しに尋ねる。

「ああ、いるけど」

 すぐに返答が来ると、

「じゃあちょっと待ってて」

 朱乃はすっぽんぽんのまんま竹柵を軽快によじ登って、男湯を顔だけ出して覗き見た。

「やっほー廉太郎お兄さん」

「おいおい」

 廉太郎は朱乃と目が合った瞬間に女湯と隔てる竹柵に対し背中を向ける。

「今朝おしり見られた仕返しや」

「廉太郎お兄ちゃん、こっち見て」

「廉太郎ちゃん、うちらみんな今すっぽんぽんよ。見たいでしょ?」

 栗音と稲子もよじ登って顔だけ出した。

「見たくない」

 廉太郎は手ぬぐいを巻いたまま湯船から出て、室内へ逃げていく。

「朱乃、栗音。稲子姉さんも、廉太郎君嫌がってるでしょ」

 雲雀は朱乃と栗音と稲子のおしりをペチーン、ペチーン、ペチーンと叩いておいた。

「稲子、おまえはやんちゃな男子中高生かっ!」

「いったぁぁぁっ! ひどいよ姉ちゃん」

 稲子はさらに姉の稲継先生に背中をパシーンと叩かれてしまう。

「稲子ちゃん痛そう。あっ! おサルさんだ。あそこにいっぱいいる」

 志穂美は背後に聳える雑木林の斜面で姿を発見した。

「ここの露天風呂、おサルさんが入ってくることでも地元の人の間では有名なんよ」

 稲継先生がのほほんとした表情で伝える。

「あっ、本当にやって来たよ」

 志穂美が呟いた通り、何匹かが女湯露天風呂の岩場に移動して来た。

「こいつら、いつも入浴料払わずに入っとるけどね」

 朱乃はにこにこ笑顔で言う。

「きゃっ、きゃあっ! この子、カエルくわえてる。ぎゃぁっ、今ぐちゃって噛み潰した」

 志穂美は悲鳴を上げ、慌てて露天風呂から上がった。

「これが野生のサルの食生活なんよ」

「志穂美お姉ちゃん、動物園では見られないよ」

 朱乃と栗音はにこやかな表情で伝える。

「野生のニホンザルさんは残酷だよ。中へ戻ろう」

 嫌な一面を目撃してしまった志穂美は苦々しい気分で浴室へ戻っていった。

 すると目の前に、

「お嬢ちゃん、いいお肌してるわね」

「えっ!」

 バスタオルをしっかり巻いた、四〇代くらいのお方が。

「あの、その」

「高校生?」

「あっ、はい」

「そっかぁ。さすが若いだけはあるわ。この銭湯にはよく来るの?」

「いえ、初めてです。私、東京から来たので」

「そっか。珍しいわね。この町に東京の子が来るなんて。おばちゃんはね、週に一回くらいは来るわよ。百円で入れるし、この銭湯は最高ね」

「……」

 志穂美はきょとんして、外と通じる横開き扉を半開きにしたまま露天風呂へ戻ると、

「あの、浴室に、男みたいな人がいたんだけど、本当に女の人だとしたらすごく失礼だなって思って、みんなにも確かめてもらいたいの。あの人は、女性じゃないよね? 声も妙に男っぽかったし」

 すぐさま小さな声で問いかけた。

「そうね、ウチは明らかに男性だと思う」

「肩幅と筋肉のつきからして、百パーセント男性ね」

「どう見ても男や。いくら小柄で細身で髭剃ってても、タヌキとアライグマとアナグマ、トカゲとカナヘビ、パッと見で簡単に見分けられるうちの目は誤魔化せられへんで」

 稲子と稲継先生と朱乃は、露天風呂湯船から十五メートルほど先にいたそのお方の姿を見て即、こう判断した。

「絶対、男の人だよ、あれは」

 雲雀は恐怖心が芽生え、カタカタ震え出す。

 キキッ! キッ、キッキ。

 岩場にいたサル達は特に関心を持つことなく毛づくろいをしたり湯船に浸かって来たりして自由気ままに過ごしていた。

「みんな外見だけで男って判断するのは失礼だよ。吉田沙○里はもーっとすごい筋肉してるでしょ」

 栗音は女性だと信じているようだ。

 その男と疑わしきお方は体を洗い流し終えたのか、露天風呂へやって来て、みんなのいる方へ近寄って来た。

「あらっ、かわいいお嬢さん達ねー。おサルさんもいるわ」

 さらにそう褒めて湯船に浸かって来た。

「ねえ、おばちゃんは女の人だよね?」

 栗音にお顔をじーっと見つめられ質問されると、

「そうよ。よく男と間違えられるの。子どもの頃からね」

 男と疑わしきお方はホホホッと笑った。一瞬ぎくりと反応したような気もしたが。

ますます怪しいよ。

 雲雀は心の中でこう思った。

「おばちゃん、のぼせちゃいそうだからもう上がるわ。あっ、あら」

 男と疑わしきお方が立ち上がって湯船から上がった途端、巻いていたバスタオルがハラリと落ちた。

「きゃっ!」

 そのお方は軽く悲鳴を上げとっさに股間を手で隠す。

「きゃぁぁぁっ!」

「わっ、やっぱり男の人だ」

 アレがばっちり見えてしまい、雲雀は大きな悲鳴を上げ反射的に目を覆い隠し、志穂美は驚いて思わず声を漏らした。

「ウチの予感的中!」

「予想通りね」

 稲子と稲継先生はにっこり微笑む。

「思った通りや」

 朱乃はちょっぴり頬が赤らんだ。

「お○んちんだぁ! 男の人だったんだね。オカマだぁ!」

 栗音は楽しそうに大笑いする。

「失礼ね、お嬢ちゃん。アタシ女よ。ほら、髪の毛長いでしょ」

 男とばれてしまった女装おじさんはとっさに否定する。

「あなた、見慣れない顔ね。地元の人じゃないよね?」

 稲継先生はにこっと微笑みかけた。

「ええ。アタシ、歌劇の街、宝塚から来たの。若い頃、宝塚音楽学校を受験したこともあるのよ。落ちちゃったけどね」

 女装おじさんはホホホッと笑い、

「じつはここの銭湯、初めて来たの。では皆さん、またどこかで」

 足早にここから逃げていこうとする。

「逃がさないわよ。そりゃっ!」

 稲子は側にあった洗面器を手に取り、そのおじさんの足元目掛けてスライドさせた。

「んぎゃっ!」

 見事命中。

 女装おじさん、つるっと滑ってしりもちをついた。

「しまった!」

 その拍子にかつらも落ちて、禿げかけのすだれ頭が露に。

 そんな正体もばれてしまった女装おじさん、にこっと笑ってかつらを拾ってすぐに立ち上がってまた走り出す。

「姉ちゃん、ウチが退治したるわ。こらっ、待ちなさいっ!」

 稲子、湯船から上がってあとを追う。

女装おじさんはすでに脱衣室の方へ逃げてしまっていた。

なんか女湯が騒がしいな。

 すでに上がってロビー横の休憩所で待っていた廉太郎は不思議がる。

 ほどなくその女装おじさんが廉太郎の目の前に。

 バスローブを一枚、帯で巻かずに羽織っただけの姿だった。

「うわっ、あいつ明らかに男だろ。これで女湯入るなんて無謀過ぎる」

 廉太郎は表情が引き攣る。女装おじさんはかつらをまた付けたのだ。

「ちょっと、退きなさいよ」

 女装おじさんは廉太郎に勢いよく衝突。

「うわっ!」

廉太郎は弾き飛ばされたが、柔道の授業で今習っている受け身を取って怪我回避。

「邪魔、邪魔」

女装おじさんもバランスを崩してしりもちをつくも、すぐに立ち上がった。早く館内から出ようと必死だ。けれども腰を痛めて速く走れない様子。

「廉太郎ちゃん、ナイス足止めっ。ウチがとどめを刺すよ。そりゃぁっ!」

 大急ぎでパジャマを着て脱衣室から出て来た稲子は、そのおじさんの腕を掴むや、一本背負いを食らわした。

 女装おじさんは、床にビターンと叩き付けられる。

 これにて御用。稲子はこいつが逃げられないよう袈裟固のような形でしっかり押さえつけ身動きを封じた。

「どっ、どうも。ありがとうございました」

 女装おじさんはマゾなのか? 腰を強打したもののどこか嬉しそうな表情で礼を言った。

「おううう!」「稲子ちゃんやるねぇ」「お見事っ!」

 新たにやって来た他のお客さんや、従業員さんから拍手喝采。

「人間が起こした事件で動くのって、五年くらい前に畦道でお爺さんが酔っ払って寝てたのを介抱した時以来だな。皆さん、ご無事ですか?」

「あっ、もう捕まえられてる」

 それから三〇秒もしないうちに、銭湯から五〇メートルくらい先の交番から駆け付けたそこそこ若い二人のお巡りさんに引き渡され手錠を掛けられ逮捕された。

「あの、その、わたくしはですね、秘湯マニアでして、アンチエイジングの観点から、女性の体の細胞のですね、研究を」

「いいから来いっ!」

「話は署でじっくり聞いてあげるから」

 二人のお巡りさんが呆れた様子で女装おじさんを連行して銭湯から出て行った後、

「ウチ、下着着けずに出て来たの」

「べつにそれは言わなくても」

 稲子は廉太郎に耳打ちし、再び脱衣室へ戻っていく。

「お兄ちゃん、東京の子やね?」

「あっ、はい」

「握手してや」

「わしと写真写ってくれ」

「はい、いいですよ」

「彼女さんは、まだ入浴中?」

「あの、彼女では、ないです。幼馴染でして。なんか、急にいっぱい集って来たな」

 廉太郎は大勢集まって来た他のお客さん(みんなお年寄り)から握手や記念撮影を求められたりした。

「さっき近所の人に東京の子がうちんとこに来てるって伝えに行ったんよ」

 受付のお婆ちゃんがにこやかな表情で伝える。

「そうでしたか。さすが田舎、情報伝わるの早いな。なんか俺、芸能人みたいに扱われてるな」

 廉太郎は戸惑いつつも、嬉しくも思ったようだ。

ほどなく、稲子他のみんなも風呂から上がって来て休憩所へ。

「お嬢さん、握手お願い」

「はい」

「あの男の子、恋人じゃないんか?」

「いえ、お友達です」

 志穂美も集って来たお客さん達から握手や記念撮影を求められた。

「廉太郎お兄ちゃん、面白いオカマのおじちゃんだったでしょ?」

 栗音は楽しげな気分であるようだ。

「廉太郎お兄さん、めちゃくちゃ怖かったよぅ」

 雲雀はショックだったようで俯き加減。今にも泣き出しそうな表情だった。

「気持ちはよく分かる。俺も真夜中にあんな風貌のやつ見たら卒倒しそうだ」

 廉太郎はそんな雲雀の頭を優しくなでてあげる。

「この辺りじゃ前代未聞の大事件だけど、全国的なテレビや新聞じゃ報道されへんやろうね。無事捕まえられてよかったね」

「うん、廉太郎くんも活躍したみたいだね」

 稲継先生と志穂美もホッと一安心だ。

「いやぁ、相手が勝手にぶつかって来ただけだから活躍とは言えないと思う」

「廉太郎ちゃん、謙遜しなくても。ウチが捕まえることが出来たのは廉太郎ちゃんのおかげよ。さてと、やっぱ銭湯上がりといえばカフェオレね」

 清々しい気分になっている稲子は冷蔵ショーケースを開け、ガラス瓶のカフェオレを取り出す。

「私は、あっ、ヤギミルクもある。せっかくだからこれにしよう」

「うちはほうじ茶にするわ」

「あたしはいちごオーレにするぅ」

「わたしは、レモンティーにしておこう」

「俺は烏龍茶で」

「先生もそれで」

 他のみんなもお目当ての飲料水をショーケースから取り出した。

「ウチがみんなの分まとめて払ってくるね」

このあとみんなは長椅子に腰掛け、風呂上りの一杯を楽しんで銭湯をあとにした。

     ※

 波々伯部宅へ帰った後、

「鴬の湯さんに女装おじさんが現れて、廉太郎ちゃんと稲子ちゃんの連係プレイで捕まえたんだってね。三方のお婆ちゃんからさっき電話があって知ったの」

 いきなり里恵さんからこんなことを話題に出された。

「母ちゃん、やっぱすでに知ってたか」

 朱乃は楽しそうに微笑む。

「おば様、情報早いですね」

「さすが田舎の情報網だな」

 志穂美と廉太郎はほとほと感心していた。

「この辺で噂が伝わるのは光ネットより速いんだよ」

 栗音は自慢げに言う。

「お母さん、電球も買って来たよ」

「ありがとう雲雀。あの、廉太郎ちゃん、届かないから代わりにやってくれないかしら?」

「もちろんいいですよ」

 里恵さんに頼まれ、廉太郎は快くトイレの電球を取り換えてあげた。

 今夜の夕食はカレーとサラダとメロンだった。

「この肉も、獣肉ですか?」

 廉太郎が尋ねると、

「うん、鹿肉と猪肉に、アナグマのお肉も入れてるわよ」

 里恵さんは爽やかな笑顔で伝えた。

「アナグマさんは、かわいいからなんかかわいそう」

 志穂美はそう言いつつも、美味しくいただいたのであった。


夕食後。

「明かりがあってもやっぱ怖いなぁ」

 トイレへ行った志穂美は、おっかなびっくりしゃがんで用を足していく。

 その最中、

「いやぁっん、また電球が切れたぁ。換えたばっかりなのになんでぇー?」

 また急に真っ暗に。

「志穂美お姉さん、今度は停電みたいや。電気全部消えた。冷蔵庫も止まったし。いやぁ、災難やったね」

 ほどなく朱乃から戸越しに伝えられた。

「そんなぁーっ! 朱乃ちゃぁん、またお願ぁい」

「オーケイ♪」

 志穂美は昨夜と同じように朱乃に懐中電灯で照らしてもらって外へ出る。

 この二人はそのあと茶の間へ戻って、懐中電灯の明かりで他のみんなといっしょに過ごす。

「わたし、高校生になった今でも停電になるとちょっぴりわくわくしちゃうな」

「テレビ見れないし、ゲー○ボーイするしかないね」

「栗音、こんな時はゲー○ボーイより怖い話しよう」

「朱乃ちゃぁん、それはやめてぇー。ただでさえ怖いのに」

「朱乃お姉ちゃん、あたしも怖い話は嫌ぁ」

「俺はべつに構わないけど」

 それから三〇分ほどしてようやく電気が復旧した。

 そのあとすぐに台所にある町内放送用のスピーカーから、ヘビが送電線に絡まって停電したとの放送が伝えられた。

「ヘビで停電って、さすがド田舎だな」

「ヘビさんがやったの!? ヘビさん酷いよう」

 やや驚く廉太郎と志穂美に、

「この辺りじゃ年に二、三回は動物が原因の停電があるわよ」

 里恵さんは自慢げに伝えたのであった。

     ※

午後九時頃、波々伯部宅。

三姉妹のお部屋で栗音と朱乃はテレビゲーム、雲雀は机に向かって英語の復習、廉太郎と志穂美は折り畳みテーブルを借りて英語の予習復習にいそしんでいた。

そんな時、

「こんばんはー、志穂美ちゃんいるね」

 稲子が訪れて来た。

「私に用があるの?」

「うん。志穂美ちゃん、明日は水着着ることだし、稲刈りしてあげるよ」

「稲刈り?」

 志穂美はきょとんとなる。

「ムダ毛を剃っちゃうってこと。ウチはそう呼んでるの」

 稲子はウィンク交じりに伝えた。

「私、剃らなきゃいけないほどムダ毛生えてるかな?」

 志穂美は自分の腕や脛を確かめてみる。

「よく見ないと気にならないくらいだけど、都会の女の子はみんなこれくらいでも剃ってるよ。志穂美ちゃんも都会の子でしょ。稲刈りさせて欲しいな」

「それじゃ、稲子ちゃん、お願いします」

「ありがとう。じゃ~ん、女子力を高める稲刈りセットよ」

 稲子はピンク系花柄の可愛らしいマイポーチから除毛クリーム、刷毛、はさみ、シェーバー、毛抜き、ローションを取り出した。

「稲子お姉さん、また強引に剃ろうとしてはる。うち、三日前に稲子お姉さんにうちのそんなに生えてない腕毛と脛毛とわき毛無理やり剃られたよ。ここじゃ毛深い方が虫刺されからの防御になるのに」

「わたしもつるつるにされちゃった。でも稲子お姉さんに稲刈りされるの、けっこう気持ちいいよ」

「ちょっと今から志穂美ちゃんの恥ずかしいところの稲刈りするから、廉太郎ちゃんは見ないようにしてあげてね」

「わざわざ俺のいるとこでやろうとしなくても」

 廉太郎は勉強道具を持って隣の寝室へ逃げた。

「廉太郎ちゃん紳士ね。それじゃ志穂美ちゃん、下着姿になって腰掛けてね」

 稲子から頼まれると、

「はい」

 志穂美は躊躇なくパジャマの上下を脱いで純白ブラと花柄ショーツの下着姿になったのち、畳の上で体育座りの姿勢になった。

「あたしも剃り剃りしたいな。楽しそう」

「栗音はまだムダ毛生えてないから必要ないよ」

 朱乃はにっこり笑顔で言う。

「あたしにも早くムダ毛生えて欲しいなぁ」

「栗音ちゃんもあと二年くらいしたら嫌でもムダ毛に悩むようになると思うわ。志穂美ちゃん、うなじと背中から刈ってくね。ブラも取って」

「分かりました」

 志穂美は躊躇いなくブラを外しておっぱい丸見せに。

「じゃあ剃るよ」

 稲子は最初に志穂美のうなじから背中にかけて除毛クリームを塗り、専用の刷毛で浮かび上がった産毛を取り除いてあげる。

「あっんっ、くすぐったい」

「それは我慢してね」

「はい、すみません」

 除毛後は、アフターケアのローションを塗ってもらい、志穂美はブラを装着する。

「次はおへそ周り剃るね。仰向けに寝転がって」

「はい」

 志穂美は体育座りからぺたんと仰向けになった。

「じゃあ剃るよ」

「んっ、気持ちいいです」

「志穂美ちゃん、普段ムダ毛の手入れ全然やってないでしょ?」

「はい、もう一年くらいほったらかしです。去年の初プールの授業の前にお友達からわきの下と腕と脛、剃った方がいいよって言われて剃刀で剃って、それ以来剃ってないな。面倒くさくって。特に気にもならなかったし」

「志穂美ちゃん、都会の女子高生なんだから身だしなみに気遣わなきゃ。夏は特に」

「はい、そうですね。これからは気をつけます」

「志穂美ちゃんお肌白くてきれいなんだから、そうしなきゃ勿体無いよ。今度は脛毛刈るね」

 稲子は志穂美の両足に除毛クリームを塗って、うっすら生えていた脛毛を刷毛で取り除いていく。

「稲子ちゃん、剃るの上手ですね」

「ありがとう。内側も刈るからうつ伏せになってね」

「はい」

 志穂美は言われた通りの姿勢へ。

足の内側のムダ毛もきれいに剃ってもらい、

「ふくらはぎ、揉んであげるね」

「ありがとう稲子ちゃん、んっ、気持ちいい」

 ローションを塗ってもらうさいにマッサージもしてもらい、志穂美は恍惚の表情だ。

「次はわき毛刈るよ。腕上げてね」

「はい」

 再び体育座りの姿勢になったのち両手を天井に向けて伸ばした志穂美、ここも同じように剃ってもらう。

「んっ、ちょっとくすぐったい」

「はい、きれいに剃れたよ。ローション塗るね」

「ありがとうございます」

「志穂美ちゃん、アンダーヘアーけっこう広い範囲に生えてたから、ちょっとだけ刈っておこう。そのままだと水着からはみ出ちゃうかもだし。ちょっとパンツずらすね」

「えっ! そこも剃るの?」

 志穂美はピクッと反応する。

「うん、その方が絶対いいよ」

 稲子はにっこり微笑みかける。

「なんかそこ剃られるのは恥ずかしいな。私今までそこは剃ったことないよ」

 志穂美は照れくさそうに伝える。

「すぐに済ますよ」

「稲子お姉さん、うちは剃る必要ないと思うよ」

「町の学校のあたしのお友達でそこ生えて来た子は剃ったって言ってたよ。志穂美お姉ちゃん、稲子お姉ちゃんに剃らさせてあげて」

「わたしも水着シーズンくらいは剃って、狭い範囲にうっすら生えてる程度に整えた方がいいと思う」

 朱乃と栗音はスー○ァミ格闘ゲームを楽しみ、雲雀はラノベを読みながら意見する。

「でっ、では、お願いしますね」

志穂美は仰向けに寝ると、緊張気味にショーツを自分で膝の辺りまでずらした。

「それじゃ、クリーム塗るね」

 稲子は除毛クリームを塗った刷毛を、志穂美の露になった恥部に近づける。

「あっ、ちょっと待って。やっぱり剃るのはやめて。あとで痒くなっちゃいそう」

 志穂美は頬をポッと赤らめた。

「それじゃ、短く刈り取っておくよ」

「それでお願いします」

「了解。では、刈り取るね」

「はい」

そんな声とチョキチョキチョキッとはさみの音が廉太郎の所までしっかり聞こえて来て、

俺はべつに志穂美ちゃんのムダ毛は全然気にならないけどな。

廉太郎はちょっと覗いてみたいと思ってしまったが、英語の演習問題に集中。

「はい、稲刈り完了したよ」

「稲子ちゃん、ありがとうございました」

 志穂美はお礼を言ってショーツを元の位置に戻す。パジャマも着込むと襖を開け寝室へ移動して、

「どういたしまして。廉太郎くん、見て。腕と脛、きれいになったでしょ?」

 引き続き英語の演習課題を解いている廉太郎に剃った部分を見せてあげた。

「いや、分からないな。志穂美ちゃんの肌なんか普段よく見てないし」

 廉太郎は困惑気味に伝える。

「あらら」

 志穂美はちょっぴり拍子抜けしたようだ。

「廉太郎ちゃん、これからは志穂美ちゃんのお肌、もっとよく観察してあげて。志穂美ちゃんが稲刈り怠らないように」

「べつにそんなことしなくても……」

「廉太郎くんにじっくり見られちゃうのはなんか恥ずかしいな」

「廉太郎ちゃんもお○んちんの周りに生えてる毛、ウチが刈り取ってあげるよ。トランクス脱いで」

 稲子は眼前に刷毛をかざしてくる。

「いいって」

「そう言わずにぃ。わき毛と腕毛と脛毛だけでもいいから刈り取らせてー。ウチ、体毛刈るん大好きなんよ」

「嫌だって言ってるだろ」

「稲子お姉さんやめてあげて。廉太郎お兄ちゃんめっちゃ嫌がってはるよ」

 朱乃はスー○ァミゲームで遊びながらも注意してくれる。

「男の子もムダ毛処理ちゃんとした方がいいと思うんだけどなぁ。ねえ廉太郎ちゃん、明日ウチが着る水着、どれがいいと思う?」

 ネイビー系水玉模様のおしゃれなボストンバッグから取り出した、ビキニタイプのを何種類かかざされ、

「どれでもいいって」

 廉太郎は迷惑そうに対応しつつ、英語の演習問題に取り組む。

「もっと興味示して欲しいな。それじゃ、みんなまた明日ね」

 これにて稲子は波々伯部宅をあとにした。

     ☆

 廉太郎と志穂美が家庭学習を一段落つけたあとは昨夜と同じように、みんなでテレビゲームなどをして楽しみ、栗音は十一時頃に寝て、他のみんなは0時を過ぎた頃に就寝準備を整えた。

今夜はムカデとかが出ませんように。

 志穂美は眠りにつく前そう強く願っておいた。


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