第6話-新たな門(Porta Nova)
「ウィア、起きてください。」
「朝です。」
聞き慣れた声が耳元で響く。
だが、柔らかな寝具の心地よさに抗う気力はなかなか湧いてこない。
果ての都で迎える初めての朝。
昨日は果ての門を越え、探索者協会へ行き、皇帝のパレードまで見た。
疲れていたのだろう。
身体がまだ少し重い。
「ウィア」
「起きてください。」
声が近い。
どうやらエラが顔のすぐ傍まで飛んできているらしい。
「んー……あと少し……。」
「駄目です。」
即答だった。
「朝食の時間です。」
その言葉に反応するように、別の声が聞こえた。
「起きたか。」
隣のベッドからカーデンスがこちらを見る。
「こいつが朝からずっとうるさいんだ。何とかしろ。」
「お腹が空きました。」
エラは悪びれもせず宣言した。
「早くエネルギーパックを食べましょう。」
「昨日、たくさん食べたじゃん……。」
ようやく身体を起こしながらウィアが言う。
昨日だけでも何個消費したか分からない。
探索者協会で購入した分もかなり減っていた。
「昨日の分は、昨日の分です。」
エラは真顔で答えた。
「今日は、今日の分が必要です。」
「理屈としては正しいんだけどさ……・」
ウィアは苦笑する。
正論なのが余計に困る。
「本当によく食べるね。」
「効率的なエネルギー補給です。」
エラはどこか誇らしげだった。
まるで褒められたと思っているらしい。
ウィアは小さくため息を吐きながら財布を取り出した。
中身を確認する。
そして固まった。
「……」
「どうしました?」
「いや」
「ちょっと現実を見てただけ。」
決して空ではない。
だが安心できる額でもない。
昨日は宿代こそ探索者協会が手配してくれたが、この先もずっとそうとは限らない。
食事代。
生活費。
装備の整備費。
そして何より――エラのエネルギーパック代。
「うん」
「これはまずい。」
ウィアは真顔になった。
「本格的に稼がないと。」
昨日までは旅そのものに必死だった。
だが果ての都へ到着した今、現実的な問題が目の前に現れている。
探索者として生活していくなら、依頼を受けて報酬を得なければならない。
「その通りです。」
エラが満足そうに頷く。
「たくさん稼ぎましょう。」
「そしてたくさんエネルギーパックを買いましょう。」
「結局そこなんだ……。」
ウィアは額を押さえた。
そんな二人を見ていたカーデンスが呆れたように肩をすくめる。
「とりあえず朝飯だ。」
「腹が減ってると頭も回らねぇ。」
それについてはウィアも同意だった。
まずは朝食。
そして探索者協会へ向かう。
果ての都での本格的な探索者生活が、いよいよ始まろうとしていた。
探索者協会へ赴くと、昨日対応してくれた受付の女性がこちらへ気付いて手を振った。
「おはようございます、ウィア君。」
「おはようございます。」
軽く会釈を返す。
すると受付の女性は思い出したように言った。
「そうだわ。副会長から伝言を預かっているの。」
「伝言ですか?」
「ええ。ウィア君たちが来たら中庭へ案内して欲しい、と。」
「分かりました。」
ウィアは頷いた。
「ありがとうございます。」
そのままカーデンスと共に協会の奥へ進む。
案内板に従って建物を抜けると、開けた場所へ出た。
そこは四方を協会の建物に囲まれた広い中庭だった。
石畳が敷かれた地面。
壁際には武器棚や訓練用の人形が並んでいる。
探索者たちが訓練を行う場所なのだろう。
「結構広いな。」
カーデンスが周囲を見回す。
「訓練場にも見える。」
「そうかも。」
ウィアも頷いた。
しばらく待っていると、建物の入口からフェリアが姿を現した。
相変わらず隙のない佇まいだ。
「お待たせいたしました。」
フェリアは二人の前で足を止める。
「ウィアトル様、カーデンス様。」
「当協会では探索者登録後、依頼を受注する前にランク査定を行います。」
「ランク査定?」
ウィアが聞き返す。
「はい。」
フェリアは静かに頷いた。
「探索者には実力に応じたランクが存在します。」
「危険度の高い依頼を受けるには相応の実力が必要です。」
「そのため、まず皆様には査定試験を受けていただきます。」
なるほど、とウィアは思った。
実力が分からないまま危険な依頼を任せれば命に関わる。
探索者協会としては当然の仕組みなのだろう。
「ではこちらへ。」
フェリアの案内で試験会場へ向かう。
試験は大きく三つに分かれていた。
一つ目は生存術。
危険生物の知識。
遭遇時の対処法。
野営や食料確保。
旅程管理など、探索者として生き残るための知識を問う試験だ。
二つ目は古代知識。
遺跡調査や発掘品の取り扱いに関する知識。
失われた文明を扱う探索者には欠かせない分野だった。
そして三つ目。
戦闘術。
機械兵。
危険生物。
犯罪者。
探索者は様々な脅威と戦う。
そのため実戦能力も重要な評価対象となる。
評価は五段階。
試験は順調に進んだ。
生存術に関してはウィアが圧倒的だった。
母ルクティアから幼い頃より叩き込まれてきた知識である。
結果は最高評価。
試験官たちも何度か驚いた表情を見せていた。
対照的にカーデンスは下から二番目の評価だった。
「生き残れれば問題ねぇだろ。」
とは本人の談である。
続く古代知識。
こちらは逆だった。
勉強があまり得意ではないウィアは苦戦する。
結果は下から二番目。
そしてカーデンスは――
最低評価だった。
「読める訳ねぇだろ、あんなもん。」
試験終了後に放った一言である。
そして最後に残ったのは戦闘術。
試験会場は、最初に訪れたあの中庭だった。
白い石畳が敷き詰められた広場。
周囲を囲む建物の壁には、傷などが多数あった。
ここで幾人もの探索者が腕を競い合ってきたのだろう。
その中央で待っていたのはフェリアだった。
先ほどまでの穏やかな副会長としての姿ではない。
黒を基調とした戦闘装束。
腰には二振りの短刀。
銀縁の眼鏡の奥では、氷青色の瞳が静かにこちらを見据えていた。
その立ち姿には隙が無い。
まるで抜き身の刃のような緊張感が漂っている。
「さて、最後の試験は私が担当いたします。」
フェリアが片手を上げた。
その瞬間だった。
ブゥン――
低い駆動音が中庭へ響く。
周囲の建物に埋め込まれていた装置が淡く発光し、透明な光の膜が展開された。
光は瞬く間に中庭全体を覆い、地面を除いた場所に結界を形成する。
「保護シールドです」
フェリアは淡々と説明した。
「この中で発生する衝撃や負傷は全て軽減されます。」
「命に関わる怪我をすることはありません。」
そして二振りの短刀を静かに引き抜く。
白銀の刃が陽光を反射した。
「ですので――」
フェリアは微かに口元を緩める。
「安心して全力を出してください。」
その言葉が終わった瞬間だった。
「ふっざけるんじゃねぇ!!」
爆音。
地面が砕ける。
カーデンスが一直線に突撃した。
ブーストナックルから噴き出した推進炎が尾を引き、その身体を弾丸のように加速させる。
空気が裂ける音すら聞こえた。
拳がフェリアの顔面へ迫る。
だが――
当たらない。
フェリアの姿がふっと消えたように見えた。
次の瞬間。
彼女は既にカーデンスの背後へ回り込んでいた。
「遅いですね。」
短刀が閃く。
鋭い一撃がカーデンスの背中を捉えた。
本来なら深い切り傷になっていてもおかしくない。
だがシールドの効果によって衝撃だけが伝わる。
「ぐっ!?」
カーデンスが前方へよろめく。
「その程度の速度では、私を捉えられませんよ。」
フェリアは静かに言った。
次の瞬間。
姿がぶれる。
いや、違う。
速すぎて見えないのだ。
彼女は中庭を縦横無尽に駆け始めた。
残像だけが幾重にも残る。
「速い……!」
ウィアは思わず息を呑んだ。
戦い方が自分と似ている。
高速移動で相手を翻弄し、死角から攻撃を叩き込む。
だが。
フェリアの技術は遥かに洗練されていた。
無駄が一切無い。
まるで何百回、何千回と同じ戦いを繰り返してきたかのようだった。
「ならっ!」
ウィアはワイヤーを射出する。
金属線が音を立てて空を裂く。
同時に短槍へ変形させた武器を構えた。
ワイヤーを支点に身体を引き寄せる。
一気に距離を詰めた。
フェリアが振り向く。
短刀と短槍が激突した。
火花が散る。
しかしその直後には、もうそこにフェリアはいない。
横。
後方。
上空。
視界の隅で白銀の軌跡が走る。
ウィアとカーデンスは何度も連携を試みた。
左右から挟撃し。
逃げ道を塞ぎ。
同時攻撃を仕掛ける。
だが、その全てをフェリアは紙一重で回避していく。
まるで二人の動きが最初から分かっているかのようだった。
そして――
「隙があります。」
フェリアが一歩踏み込む。
カーデンスの拳を短刀で逸らした。
体勢が崩れる。
その瞬間。
回し蹴りが放たれた。
轟音。
「がっ!?」
カーデンスの身体が吹き飛ぶ。
まるで投石機で放たれた岩のように宙を舞い、そのまま壁へ激突した。
衝撃で石畳が崩れ。
砂煙が舞い上がった。
「カーデンス!」
ウィアが叫ぶ。
だが当の本人は瓦礫の中からすぐに立ち上がった。
シールドのおかげで大きな怪我はない。
それでも悔しさは隠せなかった。
フェリアは短刀を構えたまま静かに二人を見る。
呼吸一つ乱れていない。
「どうしました?」
その声音には余裕すらあった。
「まさか、これで全力ではありませんよね?」
挑発にも聞こえる言葉だった。
そして――
壁際で立ち上がったカーデンスが、獣のように唸り声を上げた。
「……上等だ。」
拳を握り締める。
ブーストナックルの駆動音がさらに高まっていく。
「今のは効いたぞ。」
紫の瞳が獰猛に細められた。
「だったら今度は――本気でぶっ飛ばしてやる。」
「ウィア、お前もそんなもんじゃねぇだろ。」
「俺と戦った時はもっと強かった。」
(現時点での勝率予測は二十一%です)
エラが冷静に告げる。
(敗北確率七十九%)
(わざわざ言わなくていいよ……)
ウィアは額に汗を浮かべながら苦笑した。
その時だった。
周囲から歓声が聞こえてくる。
気付けば中庭を囲むように大勢の観衆が集まっていた。
探索者。
協会職員。
依頼人らしき一般市民。
皆が試験の様子を見守っている。
「なんだあの強さ……。」
「人間の動きじゃねぇぞ。」
「流石は白氷のフェリアだ。」
「五羅針は伊達じゃねぇ。」
男たちは驚愕を隠せない。
一方で。
「フェリア様ー!」
「こっち向いてくださーい!」
「きゃーっ!」
「今日も素敵ですー!」
女性達からは黄色い歓声が飛んでいた。
どうやら人気も相当らしい。
(副会長って有名なんだね)
(協会最高戦力、五羅針の一人ですから)
エラが当然のように答える。
その間にも戦闘は続いていた。
短刀が閃く。
ワイヤーが走る。
拳が唸る。
3人の影が中庭を縦横無尽に駆け巡る。
だが。
主導権は完全にフェリアが握っていた。
「全力ではない、と。」
フェリアが短刀を受け流しながら言う。
「それならば見せてください。」
次の瞬間。
姿が消える。
ウィアの横を通過した白銀の残像。
遅れて風圧だけが頬を打った。
「私は少々失望しています。」
淡々とした声。
だがその言葉は鋭かった。
「敬愛すべき未踏のルクティア様のご子息が、この程度だとは。」
ウィアの表情が僅かに変わる。
フェリアは続ける。
「ルクティア様は伝説です。」
「新規遺跡発見数。」
「発掘品回収数。」
「古代技術発見数。」
「危険生物討伐数。」
「その多くで歴代最高記録を保持しています。」
短刀が閃く。
火花が散る。
ウィアは辛うじて槍で受け止めた。
「そして果ての都へ来たのも16歳。」
氷青色の瞳が真っ直ぐウィアを射抜く。
「貴方と同じ年齢です。」
再び衝突。
衝撃。
距離が開く。
フェリアは静かに問いかけた。
「ウィアトル様。」
「貴方は本当に未踏のルクティアの後継者なのですか?」
その言葉と同時に。
フェリアの速度がさらに上がった。
視界から消える。
気付いた時には背後。
横。
上空。
あらゆる方向から攻撃が飛んでくる。
「ぐっ!」
ウィアが押し返される。
カーデンスも徐々に防戦へ回り始めていた。
観衆の歓声がさらに大きくなる。
(ウィア、このままでは――)
(分かってるよ、エラ。)
ウィアは静かに答えた。
そして。
槍を握る手に力を込める。
「僕は。」
低く呟く。
「母の跡を継ぐために来たんじゃない。」
その瞬間。
瞳が紅く染まった。
黒髪が銀色へ変わっていく。
空気が震える。
周囲の観衆が息を呑んだ。
「母の夢も。」
「母の功績も。」
「全部背負って――」
ワイヤーが射出される。
爆発的な加速。
一瞬でフェリアの眼前へ迫る。
「さらにその先へ行くために!」
槍が突き出される。
同時に。
「やっとか!」
カーデンスが吠えた。
ブーストナックルが唸りを上げる。
推進炎が噴き出す。
先程までとは比較にならない速度。
左右からの同時攻撃。
観客席から歓声が上がった。
しかし。
フェリアは微笑んでいた。
「ええ。」
短刀を構える。
「確かに先程より良いですね。」
その言葉と共に。
3人の姿が再び消えた。
轟音だけが中庭へ響く。
戦いは膠着していた。
――いや。
正確には違う。
フェリアが意図的に膠着させているのだ。
まるで2人の成長を測る教師のように。
まだ。
彼女には余裕があった。
「ウィア!」
カーデンスが叫ぶ。
同時に拳を石畳へ叩きつけた。
轟音。
地面が砕ける。
無数の石片が浮き上がり、一斉にフェリアへ襲い掛かった。
「――っ!」
石弾の雨。
一発一発の威力は決して高くない。
だが数が多い。
フェリアは短刀を振るいながら次々と迎撃し、残りを回避していく。
石片が弾ける。
砂煙が舞う。
視界が乱れる。
その瞬間だった。
フェリアは気付く。
ウィアの姿が消えていた。
(どこへ――)
視線を巡らせる。
地上にはいない。
左右にもいない。
その時。
観客席からどよめきが上がった。
フェリアが反射的に空を見上げる。
そこにいた。
遥か上空。
白銀の髪をなびかせながら、ウィアが空中に立つように浮かんでいた。
いや。
違う。
幾重にも張り巡らされたワイヤーが彼の身体を支えている。
そして。
その全てが地面へ向かって収束していた。
エラが静かに呟く。
(推定到達速度――過去最高値)
(成功確率38%)
(でも――)
光輪が明滅する。
(ウィアなら届きます。)
次の瞬間。
ウィアが落ちた。
否。
落下ではない。
発射だった。
張り巡らされたワイヤーが一斉に収縮する。
重力。
加速。
遠心力。
その全てを利用した一撃。
空気が悲鳴を上げる。
衝撃波が発生する。
白銀の流星となったウィアがフェリアへ迫った。
「……!」
フェリアの瞳が見開かれる。
速い。
今までで最速。
回避行動へ移ろうとする。
だが間に合わない。
避け切れない。
だから彼女は回避を捨てた。
短刀を構える。
迎撃。
そして――
交差。
一瞬だった。
ウィアの槍先はフェリアの胸を貫いていた。
同時に。
フェリアの短刀はウィアの首へ届いていた。
静寂。
勝負は決していた。
もしこれが実戦なら。
二人とも致命傷。
相打ちだった。
だが。
シールドが淡く光る。
致命傷となるはずだった攻撃は無効化される。
フェリアとウィアはお互い同時に着地した。
その瞬間。
「両者、そこまで。」
広場全体へ響く声。
戦場の空気が一変する。
誰もが振り返った。
そこに立っていたのは。
探索者協会会長。
オリヴィエ・セレストだった。
先ほどまでの穏やかな雰囲気はない。
静かな声だった。
だが、それだけで場が支配される。
フェリアが短刀を収める。
「会長。」
「これはどういうことかね?」
オリヴィエがモノクルを押し上げる。
「君にはランク査定を頼んだはずだ。」
「はい。」
フェリアは珍しく視線を逸らした。
「戦闘試験を行っていました。」
「探索者協会最高戦力の一人である君が直々に?」
「…………。」
沈黙。
「申し訳ありません。」
フェリアが頭を下げる。
観衆がざわついた。
あのフェリアが謝っている。
そんな空気だった。
オリヴィエはため息を吐く。
「まったく。」
そしてウィアたちへ向き直った。
「すまなかったね。」
「フェリアはルクティアの大ファンなんだ。」
「探索者を志した理由も、彼女に憧れたからでね。」
フェリアの肩が僅かに震える。
「その息子である君を見て、少々理性が飛んでしまったらしい。」
「少々じゃないと思いますけど……。」
ウィアは思わず呟いた。
フェリアは黙っていた。
耳だけが少し赤い。
「ともかく。」
オリヴィエは苦笑する。
「試験は終了だ。」
「少し休んだ後、協会証を受け取ってくれたまえ。」
「私は仕事が山積みなのでね。」
その顔は少し疲れていた。
「では失礼するよ。」
オリヴィエは踵を返す。
フェリアも一礼し、その後に続いた。
2人の姿が建物の奥へ消えていく。
ようやく静寂が戻った。
ウィアはその場へ腰を下ろす。
全身が重い。
能力を使い過ぎた反動だった。
隣ではカーデンスも大の字になって倒れている。
「はぁぁぁ……。」
深いため息。
「こりゃ勝てねぇな。」
「うん……。」
ウィアも苦笑する。
「2人がかりでこれだもん。」
エラが肩をすくめた。
「少々どころか、かなり強すぎます。」
「だよな。」
「だね。」
3人は顔を見合わせる。
そして。
思わず同時に笑ってしまった。
フェリアとの差はまだ大きい。
だが――。
いつか追いついてみせる。
そんな思いが、ウィアの胸の奥で静かに燃えていた。
しばらく休憩を取った後。
ウィアたちは受付へ戻っていた。
先ほどまで戦闘試験が行われていた中庭の喧騒は既に遠く、協会のホールには普段通り探索者たちが行き交っている。
受付の女性は三人の姿を見ると、にこやかに微笑んだ。
「お疲れ様でした。」
「こちらが、お二人の協会証になります。」
そう言って差し出されたのは、掌ほどの大きさの金属板だった。
表面には探索者協会の紋章。
そして名前とランクが刻まれている。
ウィアは受け取った協会証を興味深そうに眺めた。
「これが探索者の証……。」
受付の女性は説明を続けた。
「探索者協会のランクは全部で七段階あります。」
「まず最初が【アクス】です。」
女性が指先で空中投影された一覧を示す。
「アクス――《軸》。」
「自らの軸を持ち、これから進むべき道を探す見習い探索者の段階ですね。」
続いて次の文字が光る。
「【オリエンス】。」
「進むべき方位を理解し、自らの道筋を定めた探索者です。」
カーデンスが腕を組みながら鼻を鳴らした。
「俺はそこか。」
「はい。」
受付の女性は頷く。
「そして三段階目が【コンパス】。」
「羅針盤として機能する探索者。」
「一人前として認められた一般探索者のランクです。」
ウィアは自分の協会証へ視線を落とした。
そこには確かに【コンパス】の文字が刻まれている。
少しだけ胸が高鳴った。
「ここまでが一般探索者です。」
「そして、ここから先は熟練探索者の領域になります。」
投影された文字が次々と切り替わる。
「【シグヌム】。」
「導標として他の探索者たちの手本となる存在です。」
「【メタ】。」
「道標として地域社会へ大きく貢献した熟練探索者達を指します。」
「【ホリゾン】。」
「地平を駆け抜け、新たな時代を切り開く英雄達です。」
ウィアは思わず顔を上げた。
「リア婆ちゃんとクレス爺ちゃんは?」
「お二人とも【ホリゾン】です。」
その言葉に改めて驚く。
村では頼れる長老と法執行官だった。
だが果ての都では英雄級の探索者だったのだ。
そして最後。
七つ目の文字が浮かび上がる。
「【ステラ・ドゥクス】。」
受付の女性の声が僅かに敬意を帯びる。
「星導。」
「歴史に名を刻む、伝説の大探索者へ贈られる最高位の称号です。」
「史上、この称号を持つ方は3名しかいません。」
ウィアは静かに息を呑んだ。
母――ルクティア。
その名が自然と頭に浮かぶ。
「未踏のルクティア様も【ステラ・ドゥクス】でした。」
受付の女性がそう告げる。
ウィアは協会証を握り締めた。
今の自分はコンパス。
母が立っていた場所とは、まだ遥か遠い。
それでも。
その背中を追いかけるために、自分はここへ来たのだ。
「以上になります。」
受付の女性が微笑む。
「今後の活躍を期待しております。」
受付を後にした3人は協会の外へ出る。
果ての都は今日も活気に満ちていた。
飛行艇が空を行き交い、人々の声が広場に響く。
「で、どうする?」
カーデンスが尋ねる。
ウィアは財布を開いた。
中身を見て、思わず顔が引きつる。
「……稼がないと」
「ですね」
「だな」
エラとカーデンスが即座に頷く。
その視線は既に機械部品店へ向いていた。
「私のエネルギーパック。」
「やっぱりそれか……。」
昨日だけでもかなりの量を消費している。
このままでは本当に財布が空になる。
「まずは簡単な依頼から受けよう。」
「経験も必要だし、お金も必要だ。」
「賛成だ。」
カーデンスも頷いた。
こうして三人は、一日休息を取った後、いくつかの初級探索任務へ挑戦することになった。
薬草採取。
近郊の巡回。
遺跡周辺の安全確認。
どれも大発見とは程遠い地味な依頼ばかりだ。
だが探索者たちは皆、そうした一歩から始まる。
未踏の遺跡を発見する英雄も。
歴史に名を刻む大探索者も。
最初は誰もが初心者だった。
危険な旅路の途中で出会った仲間たち。
まだ付き合いは短い。
それでも三人でなら、どんな冒険だって乗り越えられる気がした。
果ての都には無数の探索依頼がある。
未発見の遺跡。
未知の発掘品。
危険生物の討伐。
そして、まだ誰も知らない新たな道。
ウィアは空を見上げた。
白銀の塔がそびえ立ち、飛行艇が空を横切っていく。
この巨大な都市には、きっと数え切れないほどの出会いと冒険が待っている。
胸の奥が少しだけ高鳴った。
探索者としての第一歩は、ようやく始まったばかりだ。
こうしてウィア、エラ、カーデンスの三人は、新たな依頼へ向けて歩き出す。
果ての都での探索者生活が、いよいよ本格的に幕を開けようとしていた。




