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ヴィア・ノヴァ-Semina Vitae-  作者: トニトルス(tonitrus)


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第3話-最愛の妹(Soror Amata)

果ての都。


母が何度も語ってくれた、世界の都。


ウィアは村から出たことがない。


人口百人ほどの小さな村。


荒涼とした山にシールドに守られた畑と遺跡しかない。


だからこそ、まだ見ぬ大都会への憧れは人一倍強かった。


「果ての都かぁ……。」


思わず顔が綻ぶ。


フィールドキットを広げながら、旅に必要な道具を一つずつ確認していく。


保存食。


工具。


応急処置用品。


忘れ物はないだろうか。


確認しているだけなのに、心は妙に浮き立っていた。


ふっふ~ん、ふふっ~ん♪


気付けば鼻歌まで出ている。


「ウィア、何だかご機嫌ですね。」


傍らに浮かぶエラが光輪を明滅させた。


「そりゃそうだよ。」


ウィアは即答した。


「果ての都だよ? 一体どんなところなんだろう。」


目を輝かせる。


「もう、ほんっと凄いんだ」


「何もかも凄くて」


「めちゃくちゃ凄いんだよ」


そう言ってから、ウィアは少し照れ臭そうに笑った。


「って母さんが言ってた。」


父と母は果ての都で出会った。


若い探索職だった二人は、そこで仲間となり、やがて恋に落ちたのだという。


父のことはよく知らない。


顔も知らない。


声も知らない。


それでも母は時々、懐かしそうに果ての都の話を聞かせてくれた。


大きな街。


大勢の人々。


空を飛ぶ船。


見たこともない遺跡。


そして、そこで出会った優しい父のこと。


だからウィアにとって果ての都は、ただの大都市ではなかった。


母の思い出が詰まった場所でもあった。


「なるほど。」


エラは数秒ほど沈黙した。


「情報を整理すると、果ての都は『凄い場所』ということですね。」


「そう!」


「具体的な情報量は極めて少ないですが。」


「そう!」


「凄い以外の説明がありません。」


「そうなんだよ!」


ウィアは満面の笑みで頷いた。


エラは再び沈黙した。


論理的に考えれば何一つ説明になっていない。


本来なら指摘すべきなのだろう。


だが、やめた。


ウィアがあまりにも楽しそうだったからだ。


旅立ちを前にした少年の笑顔は、エラの演算装置でも上手く説明できないほど眩しく見えた。


「ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


突如、村中に男の絶叫が轟いた。


それは他の誰でもない。


カーデンス自身の叫びだった。


体が重い。


いや、重いなどという言葉では足りない。


全身を見えない何かに引き摺られるように、どこまでも沈んでいく。


落ちる。


落ちる。


落ちる。


さらに深く。


終わりの見えない闇の底へ堕ちていく。


どれほど落ち続けただろうか。


やがて。


暗闇の中に一つの人影が見えた。


小さな背中。


幼い身体。


その姿を見た瞬間、理解してしまう。


忘れるはずがなかった。


忘れられるはずがなかった。


「――お前は」


震える声が漏れる。


妹だった。


あの日以来、一度も会えなかった妹。


俺が守れなかった妹。


何度も会いたいと願った。


それなのに、どれだけ願っても姿を見せてはくれなかった妹。


その妹が、今だけは確かにそこにいた。


妹はゆっくりと振り返る。


そして。


幼い笑顔を浮かべながら駆け出した。


嬉しそうに。


まるで昔と何も変わっていないかのように。


「……!」


気付けばカーデンスも手を伸ばしていた。


妹はそのまま胸へ飛び込んでくる。


温かい。


確かに温かかった。


失われたはずの温もりだった。


「に……。」


妹が何かを言う。


「みん……って……。」


小さな唇が動く。


「……い……だ……。」


聞こえない。


何を言っているのか分からない。


声だけが遠い。


まるで厚い壁を隔てているかのように。


「何だ……?」


カーデンスは必死に耳を澄ませた。


「何を言ってる。」


聞かせてくれ。


もう一度。


もう一度だけでいい。


だが。


声は届かない。


理由は分かっていた。


嫌になるほど分かっていた。


俺は約束を守っていない。


あの日交わした約束を。


妹と誓った言葉を。


何一つ守れていない。


だから。


きっと聞く資格すらないのだ。


妹は悲しそうに笑った。


そして。


その身体が少しずつ光へ変わり始める。


「待て。」


光の粒が舞う。


「待ってくれ。」


指先が崩れる。


腕が消える。


顔が光に溶けていく。


「消えるな。」


声が震える。


「頼む。」


光は止まらない。


「俺はまだ――」


何も。


何一つ。


伝えていない。


謝ってすらいない。


それなのに。


妹は最後まで優しく微笑みながら。


無数の光となって消えていった。


「――っ!」


はぁっ。


はぁっ。


はぁっ。


荒い呼吸が漏れる。


涙が頬を伝っていた。


心臓が壊れそうなほど暴れている。


胸が苦しい。


息が詰まる。


まるで何かに締め付けられているようだった。


「俺は……」


震える声が漏れる。


「後悔してるのか……?」


そんなはずがない。


俺は強者だ。


弱者に縋る人間じゃない。


奪われる側ではなく、奪う側だ。


今までそうやって生きてきた。


そう信じてきた。


だから。


そんなはずはない。


そんなはず――


「……馬鹿な。」


震える拳を握り締める。


「そんなはず、あるか。」


「カーデンス、どうしたの。」


重い鉄扉が軋む音を立てながら開く。


牢の中へ入ってきたのはウィアとエラだった。


薄暗い牢獄の中で、カーデンスはゆっくりと顔を上げる。


その目には憎悪が宿っていた。


燃え続ける炎のような、消えることのない怨嗟だった。


「殺せ。」


低い声が響く。


「俺をさっさと殺せ。」


次の瞬間。


ガシャンッ!


拘束具が激しく鳴り響いた。


カーデンスは鎖を引き千切らんばかりの勢いで暴れ、ウィアを睨み付ける。


「殺さなければ後悔するぞ。」


「必ずだ。」


「俺は必ずお前達を殺す。」


「ひとり残らずな。」


獣のような唸り声だった。


憎悪だけで立っている男。


そんな印象すら受ける。


その直後。


再び鉄扉が開いた。


レクリアとクレスが牢へ足を踏み入れる。


カーデンスは二人を見るなり口元を歪めた。


「これはこれは。」


乾いた笑い声が漏れる。


「ぞろぞろと揃いも揃って。」


「アホ面並べて俺を馬鹿にしに来たのか?」


挑発するような口調。


だが、その目だけは笑っていなかった。


鎖を引く手には未だ力が込められている。


まるで今にも飛び掛かろうとしている猛獣のようだった。


レクリアは一切表情を変えない。


冷え切った瞳のまま口を開く。


「あんた以外の連中は処遇が決まったよ。」


静かな声だった。


だが、その静けさが逆に重い。


「労役刑だ。」


「監視は付ける。」


「だが共同体の一員として働かせる。」


「生きて償わせるのさ。」


カーデンスは鼻で笑った。


「甘いな。」


「そうかもしれないね。」


レクリアは否定しなかった。


そして一歩前へ出る。


「だが、あんたは別だ。」


その瞬間。


空気が張り詰めた。


レクリアの瞳には隠し切れない感情が宿っている。


怒り。


憎しみ。


悲しみ。


ルクティアを失った日の記憶。


村人達を殺された記憶。


長年積み重なった感情が、その瞳の奥で静かに燃えていた。


「あんたはどうする。」


低い声だった。


長老としてではない。


一人の人間としての問いだった。


カーデンスは一瞬だけ黙り込む。


だが、すぐに唾を吐き捨てた。


「ふっ。」


床へ落ちた唾が乾いた音を立てる。


「まどろっこしい事はやめろ。」


「殺せよ。」


その目に恐怖はない。


あるのは憎悪だけ。


「どうせお前らも俺を許す気なんて無い。」


「だったらさっさと終わらせろ。」


真っ向からレクリアを睨み返す。


一歩も引かない。


それは死を恐れない者の目ではなかった。


生きる理由を失った者の目だった。


そのやり取りを見ながら、ウィアは言葉を失っていた。


何かがおかしい。


怒りに呑まれていた時には気付かなかった。


だが今は見える。


見えてしまう。


カーデンスは自分と似ている。


なぜだ。


何が似ている。


ウィアは無意識に拳を握り締めた。


母を失った。


大切な人を失った。


その悲しみを知っている。


だからこそ分かる。


目の前の男もまた、何かを失っている。


取り返しのつかない何かを。


そして。


その喪失に呑み込まれた。


怒りに縋り。


憎しみにしがみ付き。


復讐だけを支えに生き続けた。


もし母の言葉が無ければ。


もしエラと出会わなければ。


もしあの日、槍を振り抜いていたなら。


自分も同じ場所へ辿り着いていたのではないか。


そんな考えが脳裏を過る。


その瞬間だった。


エラの紅い宝石が強く輝く。


まるで何かを発見したかのように。


まるで見逃していた答えへ辿り着いたかのように。


静かな牢獄の中で。


紅い光だけが鮮やかに明滅した。


「あっ――。」


世界が揺らいだ。


視界が歪む。


黒髪が銀色へ染まっていく。


無数の未来が流れ込んできた。


カーデンスが牢獄の中で老いていく未来。


誰にも許されず朽ちていく未来。


怒り続けたまま死ぬ未来。


村人たちに処刑される未来。


奴隷として使い潰される未来。


憎しみだけを抱え続ける未来。


そして――


一つの未来。


誰かの名を呼びながら泣いている未来。


失われた何かを追い続ける未来。


その姿は。


今まで見たどの未来よりも人間らしく見えた。


「ウィア」


エラの声が聞こえる。


「困ります。」


光輪は弱々しく点滅していた。


「いきなりヴィア・ノヴァを発動されると。」


「もうエネルギー残量が……。」


最後の言葉は少し弱々しい。


ウィアは返事をしなかった。


ただカーデンスを見つめる。


未来を見た。


いくつもの可能性を見た。


その上で。


静かに能力を解除する。


銀髪が黒へ戻った。


「カーデンス。」


ウィアが口を開く。


牢の中が静まり返った。


「僕はお前に罰を与える。」


カーデンスが鼻で笑う。


「ほう。」


「ようやく殺す気になったか。」


だが。


ウィアは首を横に振った。


「違う。」


真っ直ぐな瞳が向けられる。


迷いのない視線だった。


「お前には僕の旅に付き合ってもらう。」


沈黙。


誰も理解できなかった。


レクリアも。


クレスも。


エラでさえも。


カーデンス自身も。


ただ呆然とウィアを見つめていた。


「……は?」


カーデンスが間の抜けた声を漏らす。


それほど予想外の言葉だった。


しかし。


ウィアの表情は真剣そのものだった。


冗談ではない。


本気だった。


「ウィア、あんた分かってるのかい。」


レクリアの声は低かった。


長老としてではない。


ウィアを幼い頃から見守ってきた家族としての声だった。


一歩前へ出る。


その瞳には怒りと悲しみが混じっていた。


「こいつは、あんたの母親を殺した男だ。」


「ルクティアを奪った男なんだよ。」


牢の中が静まり返る。


誰も口を挟まない。


レクリアの言葉は重かった。


1年間抱え続けてきた想いが滲んでいた。


ウィアは俯かなかった。


逃げなかった。


真っ直ぐレクリアを見る。


「分かってるよ。」


静かに答える。


「リア婆ちゃん。」


その声に迷いはなかった。


「全部分かってる。」


母を失った日のことも。


泣き続けた夜のことも。


二度と帰ってこない温もりも。


忘れたことなど一度もない。


今でも思い出せば苦しい。


怒りだって消えていない。


それでも。


ウィアはゆっくりと息を吸った。


「でも。」


言葉を続ける。


「僕は――」


一度だけカーデンスを見る。


憎しみに満ちた男。


多くの命を奪った男。


それでも。


「新しい道を選ぶんだ。」


その言葉は牢の中へ静かに響いた。


誰もすぐには答えなかった。


沈黙が訪れる。


重く。


長い沈黙だった。


そして。


「ぶっ――」


突然だった。


「ぶわっはっはっはっはっはっ!」


豪快な笑い声が牢獄へ響き渡る。


クレスだった。


腹を抱えながら笑っている。


「く、クレス!」


レクリアが睨み付ける。


だがクレスは止まらない。


目尻に涙を浮かべながら笑い続けていた。


「いや、すまん。」


「じゃが無理じゃ。」


笑いを堪えながら肩を震わせる。


「ウィア、お前さんは本当にルクティアの子じゃな。」


懐かしむような声だった。


「昔を思い出したわい。」


クレスは遠くを見るように目を細める。


「ルクティアも似たような顔をしとった。」


「皆が反対したというのに、一人で勝手に決めおってな。」


「絶対に危険じゃ。」


「行くべきではない。」


「まだ早い。」


誰もがそう言った。


それでも。


ルクティアは笑っていた。


『だから行くんだよ。』


そう言って。


果ての都へ旅立った。


誰にも止められなかった。


「止めたところで聞きやせん。」


クレスは笑う。


「その時と同じ目をしとる。」


レクリアは深いため息を吐いた。


「笑い事じゃないよ。」


額を押さえる。


「あの時だって、私とあんたがどれだけ振り回されたと思ってるんだい。」


「夜中に勝手に出て行こうとする。」


「危険な遺跡に潜り込む。」


思い出すだけで頭が痛い。


「挙げ句の果てに果ての都まで行くなんて言い出したんだ。」


「どれだけ心配したことか。」


レクリアは壁へ手をついた。


力が抜ける。


ゆっくりとその場へ座り込んだ。


怒っているのか。


呆れているのか。


それとも別の感情なのか。


自分でも分からなかった。


「まったく……。」


震える声が漏れる。


「なんであんた達親子は。」


小さく笑う。


泣きそうな笑顔だった。


「こうも私を困らせるんだい。」


ルクティアもそうだった。


ウィアもそうだった。


危険だと分かっていても進む。


誰かに決められた道ではなく。


自分で選んだ道を歩こうとする。


その姿が重なる。


あまりにも。


そっくりだった。


ウィアは何も言えなかった。


言葉が見つからなかった。


ただレクリアを見つめる。


その小さな体が。


いつもより少しだけ弱々しく見えた。


そして同時に。


誰よりも優しく見えた。


しばらくの沈黙の後。


レクリアは大きく息を吐く。


まるで観念したように。


「好きにしな。」


顔を上げる。


そこには長老の顔があった。


「どうせ止めたって行くんだろう?」


ウィアは少しだけ笑った。


「うん。」


即答だった。


そしてレクリアに手を差し出す。


レクリアは再び頭を抱える。


「ほら見な。」


クレスが愉快そうに笑う。


「だから言ったじゃろう。」


「ルクティアの子じゃと。」


「うるさいよ。」


レクリアは杖でクレスの足を軽く叩いた。


その様子を見て。


ウィアは思わず笑みを浮かべる。


緊張に張り詰めていた牢の空気が。


ほんの少しだけ和らいでいた。


座り込んでいたレクリアは深く息を吐いた。


長く。


ゆっくりと。


まるで胸の内に溜まっていた感情を全て吐き出すように。


そして差し出されたウィアの手を借りて立ち上がる。


年老いた身体を支えながらも、その瞳には再び長老としての光が戻っていた。


杖を床へ打ち付ける。


乾いた音が牢の中へ響いた。


先ほどまでの迷いを断ち切るように。


レクリアは真っ直ぐウィアを見据える。


「認めよう。」


その言葉にウィアが目を見開く。


だが。


レクリアはすぐに続けた。


「ただし条件がある。」


厳しい声だった。


長老としての決定を告げる声。


「カーデンスには支配の腕輪を付けてもらう。」


牢の空気が僅かに張り詰める。


「リア婆ちゃん、それは――」


ウィアが何かを言おうとする。


しかし。


「黙りな。」


鋭い一言がそれを遮った。


「これは長老としての判断だ。」


有無を言わせぬ口調だった。


レクリアは杖を握り締める。


「私は今、あんたの祖母代わりじゃなく、この村の長老として話している。」


その視線は揺るがない。


「支配の腕輪は主人への反抗を封じる。」


「逃亡もできない。」


「危害を加えることもできない。」


一つ一つ確認するように言葉を並べる。


「村人たちの多くは極刑を望んでいる。」


その声は重かった。


当然だった。


家族を失った者もいる。


友人を失った者もいる。


傷を負った者もいる。


カーデンスはそれだけの罪を犯した。


「それでも生かす。」


「旅へ同行させる。」


「だったら最低限の保証は必要だ。」


レクリアの瞳が鋭くなる。


「分かるね、ウィア。」


ウィアはしばらく黙っていた。


言いたいことはあった。


自由を奪うことへの抵抗もあった。


だが。


それ以上に理解していた。


レクリアがどれほど苦しい決断をしているのかを。


やがて小さく頷く。


「……分かった。」


レクリアは何も言わなかった。


ただ僅かに表情を緩めた。


その瞬間だった。


「ふざけんじゃねぇぇぇぇぇ!!」


カーデンスの怒号が牢を揺らす。


鎖が激しく鳴った。


拘束具が軋む。


今にも引き千切れそうなほど暴れながら、カーデンスはレクリアを睨みつけた。


「誰が旅なんぞに同行するか!」


「誰がお前らの命令なんか聞く!」


血走った目。


剥き出しの牙。


まるで追い詰められた獣だった。


「俺は誰の下にもつかねぇ!」


「誰にも従わねぇ!」


叫び続ける。


だが。


レクリアは眉一つ動かさなかった。


「お前の意見なんざ聞いてないよ。」


冷たい声だった。


「これは我々が下す罰だ。」


杖の先が床を叩く。


「お前が嫌がるなら。」


「それは罰として十分に機能しているってことさ。」


カーデンスの顔が怒りで歪む。


何かを叫ぼうとする。


しかし言葉にならない。


その様子を見ていたクレスが静かに立ち上がった。


「さて。」


懐から一つの金属製の腕輪を取り出す。


古びてはいるが頑丈そうな作りだった。


支配の腕輪。


犯罪者や危険人物を管理するための遺跡発掘品。


クレスはそれを手に牢へ近付いていく。


一歩。


また一歩。


その度にカーデンスの顔色が変わっていった。


怒りではない。


別の感情だった。


「やめろ……。」


掠れた声が漏れる。


誰も動きを止めない。


クレスは歩みを進める。


「やめろ。」


声が震える。


そして。


「やめろぉぉぉ!!」


初めてだった。


カーデンスの声に恐怖が混じった。


怒りではない。


憎しみでもない。


純粋な恐怖だった。


鎖が激しく鳴る。


必死に後退ろうとする。


まるで死刑台へ連れて行かれる罪人のように。


「お前らなんかに!」


「お前らなんかに使われるくらいなら――!」


叫ぶ。


喉が裂けるほどに。


そして。


「俺を殺せぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」


絶叫が牢獄全体を震わせた。


怒号が石壁へ反響する。


それでも。


誰一人として止まらなかった。


レクリアは黙って見つめている。


ウィアも目を逸らさない。


エラの光輪も静かに明滅していた。


クレスだけがゆっくりと前へ進む。


そして。


震えるカーデンスの前で立ち止まった。


牢の中には重い沈黙が落ちる。


聞こえるのは荒い呼吸だけ。


かつて多くの人々へ恐怖を与えてきた男が。


今は自ら恐怖に震えていた。


――数刻後。


旅立ちの準備を終えたウィアたちは、村の門前へ集まっていた。


見送りのため、多くの村人たちが集まっている。


本来なら祝福されるはずの旅立ちだった。


だが、今日だけは違う。


村人たちの視線は、ウィアの後ろに立つ男へ向けられていた。


支配の腕輪を付けられたカーデンス。


村を襲い、多くの命を奪った男。


「なんで、あんな奴を。」


「殺してしまえば良いのに。」


「何人死んだと思ってるんだ。」


「そんな奴に未来なんかあるか。」


抑えきれない憎しみが飛び交う。


当然だった。


失われた命は戻らない。


残された者たちの傷も消えない。


その怒りを責めることなど、ウィアにはできなかった。


カーデンスは黙っていた。


何も言わない。


ただ村人たちの罵声を受け続けている。


反論もしない。


睨み返しもしない。


その姿は、以前の彼とはどこか違って見えた。


「ウィア」


クレスが静かに声を掛ける。


「分かるな。」


大きな手が頭へ置かれた。


幼い頃から何度も撫でられた手。


温かく。


少しだけ懐かしい。


「これがお前の選択じゃ。」


クレスは優しく微笑む。


「皆、お前みたいに前を向ける訳じゃない。」


ウィアは唇を噛んだ。


そして深く頭を下げる。


「ごめん。」


静かな声だった。


「クレス爺ちゃんも。」


「みんなも。」


さらに頭を下げる。


「僕の我儘で、嫌な思いをさせてごめん。」


村人たちは黙っていた。


許された訳ではない。


納得した訳でもない。


それでもウィアは続ける。


「でも。」


顔を上げる。


真っ直ぐに前を見据えながら。


「母さんなら。」


「絶対に、殺して終わりにはしなかったと思うから。」


その瞳に迷いはなかった。


不安もある。


怖さもある。


それでも。


自分で選んだ道だった。


だから進む。


誰に否定されても。


誰に理解されなくても。


ウィアはその道を歩くと決めたのだ。


レクリアがゆっくりと前へ出る。


「ウィア」


その手には一つの鍵が握られていた。


古びた金属製の鍵。


長い年月を経たことが一目で分かる。


「最後にこいつを預けるよ。」


レクリアは鍵を差し出した。


「これは支配の腕輪を操作するための制御鍵だ。」


ウィアは黙って受け取る。


掌へ伝わる冷たい感触。


だが、その重みは金属以上だった。


「意味は分かるね?」


レクリアが問う。


ウィアは静かに頷いた。


自由を奪う力。


命を奪う力。


誰かの未来を決める力。


その全てが、この小さな鍵に込められている。


「分かってる。」


ウィアは答える。


「その意味も。」


握る手に力が入る。


「その重さも。」


レクリアはしばらく何も言わなかった。


そして小さく息を吐く。


「気を付けて行くんだよ。」


そう言いながら、そっと頬へ触れた。


年老いた手だった。


けれど、とても温かい。


引き留めたい。


それでも送り出したい。


そんな複雑な感情が、その瞳の奥で揺れていた。


「リア婆ちゃん。」


ウィアは微笑む。


「本当にありがとう。」


次の瞬間だった。


ウィアはレクリアを抱き締めていた。


「ばっ――!」


レクリアの顔が真っ赤になる。


「何をするんだい!」


慌てて突き放す。


だが、その目元は少し潤んでいた。


「ははは!」


ウィアは笑った。


今日一番の笑顔だった。


「行ってくるね!」


「リア婆ちゃん!」


その笑顔を見て。


レクリアは何も言えなくなった。


ただ小さく背を向ける。


「さっさと行きな。」


震えそうになる声を隠すように。


ウィアは頷いた。


踵を返す。


エラが後ろをふわふわと追い掛ける。


カーデンスも不機嫌そうな顔で続いた。


数歩進んだところで。


ウィアは立ち止まる。


そして振り返った。


パルウス村。


百人ほどしか住んでいない小さな村。


母と暮らした家。


クレス爺ちゃん。


リア婆ちゃん。


泣いている子供たち。


複雑な顔をしている大人たち。


笑顔で手を振る人たち。


生まれてから十六年間。


ウィアの世界の全てが、そこにあった。


胸の奥が少しだけ痛む。


寂しい。


離れたくない。


そんな気持ちは確かにあった。


けれど。


それ以上に。


見たい景色があった。


知りたい世界があった。


母が見たものを。


エラが探しているものを。


自分自身の道を。


この目で確かめたかった。


「行こう、エラ。」


「はい、ウィア。」


エラが嬉しそうに羽をはためかせる。


「果ての都までどれくらい掛かると思う?」


「徒歩換算で三十三日と八時間です。」


「ながっ!?」


即座に叫ぶ。


「現在のエネルギー残量では途中で十八回ほど停止します。」


「もっと駄目じゃん!」


エラの光輪が得意げに明滅する。


ウィアは頭を抱えた。


その様子を見て。


村人たちの間から笑い声が漏れた。


張り詰めていた空気が少しだけ和らぐ。


ウィアはもう一度だけ故郷を見つめた。


そして前を向く。


もう振り返らない。


その一歩は小さかった。


けれど。


それは後に世界を変える旅の始まりだった。


旅人《道を往く者》ウィアトル。


そして開路支援AIエラ。


二人の物語は、ここから始まる。


――とある衛星軌道上。


漆黒の宇宙に、一隻の巨大な船が静かに浮かんでいた。


船体は惑星都市にも匹敵するほど巨大でありながら、その存在を隠すように闇へ溶け込んでいる。


艦橋には影を纏う者たちが並んでいた。


誰一人として私語を交わさない。


ただ長い。


あまりにも長い時間を待ち続けている者たちだった。


不意に観測席の女性が顔を上げる。


「テネブロース様。」


静寂を破る報告だった。


「エラスムスの起動を感知しました。」


艦橋の空気が僅かに変わる。


沈黙。


そして。


「……そうか。」


玉座にも似た席へ腰掛けていた男が目を開いた。


テネブロース。


マネンテスの司令官。


その瞳は人のものとは思えないほど深く暗かった。


「我らの予知より千年ほどずれているな。」


静かな声が響く。


責める色はない。


ただ事実を確認するような口調だった。


「はい。」


傍らの副官が答える。


「あちらの宇宙は既に我らの観測した未来から外れています。」


「本来であれば、エラスムスは千年前に目覚めているはずでした。」


再び沈黙。


だがテネブロースは動じない。


むしろ僅かに口元を緩めた。


「未来が変わったか。」


その言葉は怒りではなく。


どこか愉悦にも似ていた。


「興味深い。」


ゆっくりと立ち上がる。


漆黒の恒星が放つ不気味な光が外套を照らした。


艦橋の者たちは一斉に頭を垂れる。


誰も顔を上げない。


誰もその姿を直視しない。


「二十八億年。」


テネブロースは呟く。


その声には僅かな感慨が滲んでいた。


「長かったな。」


誰に向けた言葉なのか。


それは誰にも分からない。


「ようやく目覚めたか。」


観測窓へ歩み寄る。


巨大な窓の向こうには星々が広がっていた。


その遥か彼方。


テネブロースの視線は真っ直ぐそこへ向けられていた。


「エラスムス。」


その名を口にした瞬間だった。


艦橋にいた者たちが一斉に膝をつく。


まるで神聖な何かへ触れたかのように。


「手に入れろ。」


静かな命令だった。


だが、その場の誰もが理解していた。


それが絶対命令であることを。


「我らは二十八億年待った。」


テネブロースの声が響く。


「我らマネンテスの悲願。」


「必ずや果たす。」


誰も異論を唱えない。


唱えられない。


そのためだけに存在している者たちだったからだ。


遥か彼方。


旅へ出たばかりの少年はまだ知らない。


自らへ向けられた視線を。


二十八億年という時を越えてなお続く執念を。


そして。


エラスムスを巡る戦いが、既に始まっていることを。


――15日後。


山を越え。


川を渡り。


幾度も野営を重ねた。


今は海沿いの街道を歩いている。


潮風が吹くたび、遠くで波の砕ける音が聞こえた。


ウィアの靴は何度も泥にまみれ。


何度も乾き。


また泥に沈んだ。


エラは何度もエネルギー不足を訴え。


その度に備蓄を食べ尽くした。


そしてカーデンスは――


静かだった。


必要以上に喋らない。


逃げようともしない。


だが時折。


こちらへ向けられる視線には殺意が混じっていた。


消えた訳ではない。


ただ押し殺しているだけだ。


ウィアは懐の支配の鍵を握る。


自分が連れてきた。


ならば責任も自分が負わなければならない。


「今日はここで休憩しようか。」


海の見える岩場へ腰を下ろす。


フィールドキットから簡易テントを展開した。


「ウィア」


エラが嬉しそうに羽を動かす。


「お腹が空きました。」


「はいはい。」


「早く食事にしましょう。」


「それしか言わないよね。」


ウィアは苦笑した。


エラは人間の食事を食べられない。


代わりにエネルギーを摂取する。


しかも異常なほど燃費が悪い。


「エラって本当によく食べるよね。」


パンを齧りながら尋ねる。


「そうでしょうか。」


エラは首を傾げる。


「むしろこのエネルギーパックの容量が少ないのでは?」


細いケーブルが伸びる。


まるで飲み物を飲むようにエネルギーを吸い上げ始めた。


「それ普通の感想じゃないからね?」


「おいっ。」


カーデンスが不機嫌そうに口を開いた。


「分かってるよ。」


「カーデンス、村から持ってきたブーストガントレット使えるね?」


ウィアが確認する。


「俺を誰だと思ってる。」


カーデンスは鼻を鳴らし、テントへ戻って装備を整え始めた。


その時だった。


街道の先から五人ほどの男達が歩いてくる。


手には武器。


その目は獲物を見つけた獣のようだった。


「おい、その喋るヘンテコな機械を置いてけよ。」


どうやら強奪者らしい。


テントから出てきたカーデンスの左腕には、すでにブーストガントレットが装着されていた。


カーデンスが地面を蹴った。肘部のブースターが爆ぜる。


轟音。


強奪者の視界からカーデンスの姿が消えた。


次の瞬間。


鈍い衝撃音と共に男の体が宙を舞う。


岩へ叩き付けられた男の身体が鈍い音を立てる。


男は呻き声一つ上げず、そのまま動かなくなった。


カーデンスは次の相手を見据え咆哮をあげる。


「死ねぇ!」


勢いそのままに拳を振り抜く。


だが加速に身体が追いつかない。


拳は相手の鼻先を掠めるだけで空を切った。


「くそっ!」


加速の勢いに振り回され、カーデンスは数歩たたらを踏んだ。


「振り回されていますね。」


「薬物を使えない分、反応が追いついていないのでしょう。」


エラが冷静に分析する。


カーデンスはまだ加速を使いこなせていない。


なら、その隙は僕が埋めるしかない。


ウィアはワイヤーを射出した。先端のアンカーが岩壁へ突き刺さる。


次の瞬間。


身体が引き寄せられる。地面を蹴るより速い。


強奪者の頭上を飛び越えながら、二本目のワイヤーを放つ。


男の足首へ絡みついた。


「うわっ!?」


ウィアがワイヤーを引き絞る。


男は派手に転倒した。そこにウィアが槍の石突きを叩き込んだ。


残る3人の顔色が変わる。


戦意を失った3人は武器を捨てて逃げ出した。


「待て!」


カーデンスが追おうとする。


だがウィアが先にワイヤーを放った。


男達の足へ絡みつく。


3人まとめて地面へ引き倒し、そのままワイヤーで縛り上げた。


「終わりだね。」


ウィアはようやく安堵の息を吐いた。


その瞬間だった。


背筋が粟立つ。


殺気。


ウィアが振り返る。


カーデンスの拳が目前まで迫っていた。


速い。


避けられない。


轟音と共に拳が振り下ろされる。


だが。


カーデンスの身体が不自然に硬直した。


「なっ――」


命令に逆らったように身体が動かない。


足がもつれ、前のめりに倒れる。


そのまま地面を滑った。


「支配の鍵は、私にも使えます。」


エラの光輪が紅く明滅した。


いつも柔らかな声が冷たく響く。


「ウィアを傷つけるなら、私は許しません。」


何が起きたのか理解できない。


だが一つだけ分かる。


自分の体が、自分のものではなくなっていた。


「エラ、どうやって…。」


ウィアは思わず懐の鍵を握りしめた。


「この旅の間に、腕輪と鍵を解析していました。」


「構造を理解し、同じ信号の複製に成功しています。」


「それ、村の遺物だよ!?」


ウィアは驚きのあまり声を裏返した。


「はい。なので解析に三日ほど要しました。」


ウィアはぽかんと口を開けたまま固まる。


そのまま数秒後、自分の顔が間抜けになっていることに気付き、慌てて口を押さえ

た。


「反対されると思ったので、黙っていました。」


エラの光輪が申し訳なさそうに明滅する。


四枚の羽も力なく垂れていた。


「エラ、ありがとう。経緯はどうあれ助かったよ。」


エラの光輪が嬉しそうに明滅する。


力なく垂れていた羽も、再び元気よくはためいた。


「カーデンス、僕だけじゃなくエラも君を見てるよ。」


それだけ言うと、ウィアは気絶した略奪者たちの拘束へ戻った。


――翌日。


テントをフィールドキットに片付け、出発の準備をしていた。


「う~ん、エラってやっぱり目立つよね。」


「目立つのでしょうか?私には分かりません。」


エラが首を傾げる。


するとカーデンスが呆れたように鼻を鳴らした。


「目立たない訳ないだろ。自律稼働して喋る機械なんざ見たこと無い。国が動くレベルのお宝だ」


「そうだよね。エラ、フィールドキットの中に入る?」


エラの四枚の羽が、しゅんと垂れ下がった。


「そうしたら、ウィアと一緒に歩めません。」


「……。」


「あっ、ではこれはどうでしょうか?」


ワイヤーアームに装着されたエラの宝石が光を放つ。


次の瞬間。


光が集まり、一つの人影を形作った。


金色の髪。


紅い瞳。


頭上の輪。


四枚の羽。


ウィアの心臓が大きく跳ねた。


夢の中で何度も出会った少女が、そこにいた。


「どうですか?」


卵のエラと少女のエラが声を揃えた。


ウィアは右を見る。


エラがいる。


左を見る。


やっぱりエラがいる。


「えっと?」


「どちらもエラです。」


「そこは分かるんだけど!」


「私の本体はウィアのワイヤーアームにあります。こちらは立体映像です。」


「えっと、つまり?」


「こういうことです。」


少女が勢いよく飛び込んでくる。


そして、その身体はウィアをすり抜けた。


「これなら、隣で歩いていてもおかしくないでしょう。」


少女のエラが無邪気に笑う。


ウィアの心臓がまた一つ大きく跳ねた。


思わず視線を逸らす。


「まぁ、人型なら言い訳も付くだろ。」


「羽や輪っかは発掘装備とでも言いはりゃ良いからな」


「ただ、すり抜けるのは駄目だ。幽霊ですって言って回る気か?」


カーデンスの言う通りだった。


人をすり抜ける少女なんて見られたら、騒ぎにならないはずがない。


「では、これでどうでしょうか?」


そう言うと、少女のエラの姿がみるみる縮んでいく。


「映像なので大きさは自由自在です。」


手のひらに乗りそうなサイズになったエラが胸を張った。


「うーん……。」


ウィアは頭を押さえた。


小さくなったとはいえ、それでも十分珍しい。


やっぱり目立つ気がする。


「仕方ないか。元からワイヤーアームの機能ってことにしよう。」


映像を映し出す能力なら、発掘品の特殊機能として誤魔化せるはずだ。


「エラ、僕とカーデンスだけに声が聞こえるように出来るかい?」


「可能です。」


これなら他人にはただの映像にしか見えない。


少なくとも、喋る機械だと気付かれる心配は減るだろう。


ウィアは昨日捕らえた強奪者たちを、改めてワイヤーで固定した。


逃げられないことを確認するとフィールドキットから円柱状の端末を取り出す。


地面へ突き立てる。


青い光が空へ伸びた。


ウィアは端末の起動を確認した。


「これで帝国巡察隊の回収班が来るはず。」


「さぁ出発だ。」


三人は再び街道を歩き始めた。


「果ての都まであとどれくらい?」


ウィアが尋ねる。


「現在地から約18日です。」


エラが即答した。


「まだそんなにあるの!?」


「最短経路です。」


「長ぇな。」


カーデンスが吐き捨てるように言った。


回収ビーコンの光を背に、三人は街道を進む。


海岸線を離れ、平野を抜け、やがて山脈地帯へと入っていった。


――14日後。


ウィアは前を見据えた。


果ての都。母が憧れた場所。


そして父と出会った場所。


世界中の探索職が集まる場所。


まだ見ぬ世界が待つ場所。


胸の奥が自然と熱を帯びる。


その時だった。


エラの光輪が僅かに明滅する。


「ウィア。」


「どうしたの?」


「前方に、巨大な地下空洞を確認しました。」


「地下空洞?」


「はい。」


エラは首を傾げながら情報を確認するように続けた。


「地図上では"果ての門"と記録されています。」


夕暮れの彼方。


山脈の根元にぽっかりと開いた巨大な闇が見えていた。


「警告。」


「内部に高エネルギー反応を確認。」


「脅威判定――極めて高。」


ウィアは息を呑んだ。


果ての門は、全てを呑み込む闇を晒していた。


「エラ」


「はい。」


「果ての都って、本当にこの先にあるんだよね?」


「あります。」


エラは即答した。


「ただし。」


光輪が紅く点滅する。


「現在、果ての門内部に大型生命体を確認。」


「大型?」


「はい。」


「推定全長――30メートル以上。」


沈黙。


「えっ?」


「はい。」


「えっ?」


「はい。」


ウィアの思考が数秒ほど停止した。


カーデンスは顔をしかめ、乱暴に髪をかき上げた。


「おい……なんでそれを今言う。」


巨大な咆哮が山脈を揺らした。


夕陽の中。


果ての門の闇の奥で、巨大な二つの眼が開く。


ウィアはまだ知らない。


果ての都への道が、


ここで試されることを。

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