第2話-赤き黎明(Ortus Ruber)
数日前から神々の嵐は激しさを増していた。
パルウス村の監視塔に立ち、防護シールドへ叩き付けられる青白い稲妻を見上げながら、クレスは眉をひそめる。
「今年は随分と荒れておるな……」
轟音が響くたび、塔の床が微かに震えた。
年老いた身体に冷たい風が吹き付ける。
探索職たちは既に帰還している。
だが、一人だけ戻っていない者がいた。
ウィアトル。
ルクティアの忘れ形見だ。
「まったく……あの子は昔から無茶ばかりじゃ」
呆れたように呟いた、その時だった。
空が赤く染まった。
遥か遠方。
山脈の向こう側から、一本の巨大な光が天を貫いていた。
神々の嵐の青白い閃光とは明らかに違う。
赤い。
あまりにも赤い。
まるで世界そのものへ裂け目が走り、その傷口から光が溢れ出しているかのようだった。
黒雲を貫いた赤い光は、荒れ狂う神々の嵐すら押し退けるように空へ伸びていく。
その赤い光から放たれた衝撃波は惑星全域に広がっていく。
「なんじゃ……あれは」
クレスは目を見開いた。
村人たちも異変に気付いたのだろう。
あちこちでざわめきが広がり始める。
誰も見たことのない光だった。
「クレス! 待ちな!」
背後から声が飛んだ。
振り返るまでもない。
「リアか」
「まさか一人で行く気じゃないだろうね」
レクリアは呆れたように眉を吊り上げる。
「止めても行くぞ」
クレスは即答した。
「知ってるよ」
レクリアは深いため息を吐く。
そして長年連れ添った杖を握り締めた。
「だから私も行くんじゃないか」
クレスは目を見開く。
だが、すぐに苦笑した。
「相変わらずじゃな」
「誰に言ってるんだい」
数名の探索職たちが集まる。
村に一機しかない飛行艇へ乗り込んだ。
目指す先は、山脈の向こう。
天を貫く赤き光。
轟音と共に機体が浮かび上がる。
誰も言葉を発しなかった。
ただ一つの願いだけを胸に抱いて。
飛行艇は夜空へと飛び立った。
心地よい揺れに身を任せながら、ウィアの意識はゆっくりと沈んでいった。
夢を見ていた。
一面の花畑。
その中央で、母と並んで歩いている。
夢の中の母は、どこか誇らしげな眼差しでウィアを見つめていた。
その笑顔を見ていると嬉しくなる。
けれど同時に、胸の奥にはまだ消えない悲しみも残っていた。
やがて花畑は眩い光に包まれ、景色は少しずつ融けるように消えていく。
「ウィア」
声が聞こえた。
振り向くと、あの少女が立っていた。
優しく微笑みながら、こちらを見つめている。
いつもより鮮明な夢だった。
金色の髪。
頭上に浮かぶ光の輪。
背中から伸びる四枚の羽。
まるで古代の神話に語られる天使のような姿。
その少女を囲むように、九柱の巨大な存在が佇んでいた。
全身を光に包まれた巨人たち。
圧倒的な存在感を放ちながら、何かを語り掛けてくる。
だが、その言葉の意味は理解できない。
不思議と恐怖はなかった。
ただ懐かしさにも似た感覚だけが胸に残る。
やがて九柱の声が止む。
静寂が訪れた。
その直後だった。
光の届かない場所から、人影が現れる。
黒い影に覆われた無数の人々。
顔も見えない。
表情も分からない。
彼らは一斉にウィアと少女を指差した。
何かを叫んでいる。
責めるように。
糾弾するように。
あるいは警告するように。
しかし、その言葉もまた理解することはできなかった。
「ウィア。」
「探索職のウィア。」
「起きてください。もう二日も眠っています。」
どこか聞き慣れた声が聞こえた。
エラだ。
その声に導かれるように、ウィアはゆっくりと意識を浮上させる。
重い。
全身が鉛のようだった。
傷と疲労が一気に押し寄せてくる。
薄く目を開いたその瞬間――
ウィアは硬直した。
「…………。」
目の前に何かがいた。
丸い。
いや、卵だ。
巨大な卵のような胴体。
左右には四枚の羽。
ふわふわと宙に浮いている。
どう見ても見覚えがない。
どう見ても怪しい。
どう見ても変だった。
「ウィア。起きたのですね。」
機械が喋った。
ウィアはさらに固まる。
「心配しました。」
「もうエラと呼んでもらえないのかと。」
卵の中央にある赤い光が弧を描く。
笑顔らしい。
らしいのだが。
どう見ても卵だった。
「……エラ?」
「はい。」
「エラです。」
卵はどこか誇らしげに答えた。
「え……エラなの?」
声で分かってはいた。
だが、今一度確認せずにはいられなかった。
目の前に浮かんでいるのは、どう見ても卵だったのだから。
「そうです、ウィア。」
「改めまして、初めまして。」
卵――もといエラは、どこか得意げに羽をぱたぱたと動かした。
「貴方が2日も寝坊していたので、その間に村にあった機械を利用して身体を作りました。」
「その結果、貴方が集めていたエネルギーは全て消費されました。」
「え?」
ウィアは目を瞬かせる。
エネルギー。
それはつまり、エネルギーパックのことだろうか。
神々の嵐へ備えるため、必死に集めていた貴重な資源。
あの量があれば、村でも数か月は保つはずだった。
「全部?」
「全部です。」
エラは即答した。
一切の迷いも罪悪感もない。
「早く次のエネルギーを集めましょう。」
「現在のエネルギー残量は二パーセント以下です。」
そう言うと、エラは赤い光で凛々しい表情を作った。
やる気に満ち溢れている。
とても満足そうだった。
「キリッじゃないんだよ……」
ウィアは思わず額を押さえる。
村の数か月分の備蓄を使い切った張本人が、こんなにも堂々としているとは思わなかった。
だが、不思議と怒る気にはなれなかった。
目の前にいるのは、28億年もの時を越えて出会った相棒だ。
こうして話しているだけで、胸の奥が少し温かくなる。
呆れながらも。
困りながらも。
ウィアは小さく笑った。
気付けば、心は穏やかな幸福感に包まれていた。
「ウィア、目が覚めたかい。」
扉が開き、長老レクリアが部屋へ入ってきた。
「この手当たり次第に村の機械を分解して回った珍妙な存在について、説明してもらおうかね。」
そう言ってエラを指差す。
「2日ぶりの飯でも食べながらさ。」
「えっ? リア婆ちゃんのご飯食べられるの?」
ウィアはぱっと顔を輝かせた。
リア婆ちゃんの作るスープと焼きたてのパンは絶品だ。
村一番と言っても過言ではない。
勢いよくベッドから飛び起き――
「いったぁ!?」
肩の痛みに顔をしかめる。
「ったく。」
レクリアは呆れたようにため息を吐いた。
「怪我人だってことを忘れたのかい。」
そう言いながらも、その表情はどこか柔らかい。
ウィアは気付いていた。
リア婆ちゃんが、少しだけ嬉しそうな顔をしていることに。
無事に目を覚ましたことを。
心から喜んでくれていることに。
――数刻後。
長老レクリアの家には、ウィア、エラ、そしてクレスが集まっていた。
「なんであんたまで来るんだい。」
レクリアが呆れたようにクレスを見る。
「まぁまぁ。」
クレスは気にした様子もなく椅子へ腰を下ろした。
「一人増えたところで減るもんじゃないだろう。」
「減るよ!」
レクリアは即座に言い返す。
「食料も減るし、私の胃も痛くなる。」
そして鋭く指を突き付けた。
「あんたの頭の中には虫でも詰まってるのかい。」
「酷い言い草じゃのう。」
クレスは肩を竦める。
その様子を見ながら、ウィアは思わず口元を緩めた。
この二人は昔から顔を合わせれば言い合いばかりしている。
だが、本気で仲が悪いわけではない。
むしろ逆だ。
誰よりも長い時間を共に過ごしてきた、気の置けない仲なのだ。
「さて。」
レクリアが表情を引き締めた。
先ほどまでの軽い空気が消える。
「ウィア。」
真っ直ぐに視線が向けられる。
「あの遺跡で、一体何があったんだい。」
厳かな声だった。
部屋の空気が静かに張り詰める。
ウィアは遺跡で起きた出来事を、夢で見た光景も含めて二人へ説明した。
話し終える頃には、部屋の中は静まり返っていた。
「なるほどな。」
クレスが腕を組む。
「つまり、その古代文明の遺産ってのが、このエラスムスというわけか。」
「エラです。」
即座に訂正が飛んだ。
赤い光輪がぴかりと明滅する。
「私はエラスムスですが、エラスムスではありません。」
「ややこしいのう。」
クレスが眉をひそめる。
「分かったよ、エラ。」
レクリアは軽く手を振った。
「それで、エラ。」
真剣な表情になる。
「あんたは一体何者なんだい?」
エラは数秒ほど沈黙した。
質問の意図を解析しているようだった。
やがて赤い宝石が淡く光る。
「質問内容を確認しました。」
「私はペレグリニによって製造された開路支援AIです。」
「開路支援AI?」
レクリアが眉をひそめる。
「そのペレグリニってのは何なんだい。」
「それに開路支援とは?」
「何のために作られた?」
矢継ぎ早に質問が飛ぶ。
エラの光輪が忙しなく明滅した。
まるで処理能力の限界へ挑んでいるかのように。
「質問が三件あります」
「質問の優先順位を提示してください。」
レクリアは即座に言った。
「まずはペレグリニだ」
「ペレグリニ。」
エラは復唱する。
「ペレグリニとは――」
そこで一瞬だけ言葉が途切れた。
「ペレグリニについての情報は、私の創造主であるということ以外残されていません。」
エラは淡々と答えた。
「開路支援とは、未知へ進む者を支援し、導くことです。」
「目的については?」
レクリアが問いかける。
「該当する情報は存在しません。」
部屋に沈黙が落ちた。
「駄目だね」
レクリアは深く息を吐く。
「故障しているのか、それとも意図的に情報を制限されているのか」
「だが、あれだけの遺跡に隠されていたんだ」
クレスが腕を組む。
「何かしらの目的はあったはずじゃ」
二人は顔を見合わせた。
エラ自身も、自分が何者なのかを完全には理解していない。
そんな印象だった。
「しかし……。」
クレスが難しい顔で呟く。
「28億年前の文明じゃと?」
その声には隠しきれない興奮が混じっていた。
「ペレグリニという呼称も聞いたことがない。」
「もし本当なら、とんでもない大発見だぞ。」
レクリアも静かに頷く。
「人類が確認している文明の中で最古とされるものですら比較にならない」
クレスは指を折りながら数えた。
「人類文明最盛期のパクトゥム・ステラルム――《星々の盟約》。」
「そして、それ以前に存在したノヴァ・テラ・ユニオン――《新世界連合》。」
「両方合わせても、せいぜい1万数千年前の文明じゃ。」
クレスはエラへ視線を向ける。
「それが28億年前となれば話は別じゃ。」
「もはや神話ですら届かん時代の話になる。」
レクリアの目が細くなった。
「随分と途方もない数字を出してくれるじゃないか。」
「事実です。」
エラはあっさりと答えた。
「私の眠っていた施設には、定期的に惑星規模のエネルギー供給が行われていました。」
「供給周期は1年に1回。」
「施設の維持、修復、および自己診断のためです。」
クレスが眉間を揉みながら思案する。
「その回数が28億回というわけか。」
「はい。」
エラは頷くように光輪を明滅させた。
「確認できる記録では28億回を超えています。」
部屋の空気が重くなる。
誰も言葉を発しなかった。
あまりにも現実離れした数字だったからだ。
だが。
レクリアだけは別の部分に引っ掛かっていた。
「ちょいと、待ちな。」
声が低くなる。
「今の話だと……。」
何かを確信したように顔を強張らせた。
「そのエネルギー供給ってのは――」
エラを見る。
「まさか。」
「はい。」
エラは即座に肯定した。
「貴方たちが『神々の嵐』と呼んでいる現象です。」
沈黙。
数秒間、誰も言葉を発することができなかった。
「なんじゃと……。」
クレスが呆然と呟く。
人類がこの惑星へ降り立つ前から続いていた災害。
誰もが自然現象だと信じていたもの。
それが。
たった一つの施設を維持するためのシステムだったというのか。
「神々の嵐は、私の施設へエネルギーを供給するために実行されていました。」
エラは悪びれる様子もなく説明を続ける。
「ですが、ご安心ください。」
赤い宝石が柔らかく輝いた。
「私の起動により施設は役割を終了しました。」
「今後、神々の嵐が発生することはありません。」
そう言って。
エラは皆へ向けて笑顔を表示した。
まるで良い知らせを伝える子供のように。
村の外では、話を盗み聞きしていた村人たちが騒然としていた。
「もう嵐が来ない? いや……そんな……。」
「子供たちを地下に避難させなくていいのかい?」
「もう誰も死ななくなるのかな……。あれだけ多くの命が失われたのに。」
「どうせ嘘だろ。あの嵐がなくなるなんて。」
長い年月、人々は神々の嵐と共に生きてきた。
それは災害であり、恐怖であり、当たり前の日常でもあった。
だからこそ。
突然「もう来ない」と告げられても、誰も信じられなかった。
歓喜よりも先に。
困惑と恐れが広がっていく。
その声を聞きながら、エラは静かに計算を行っていた。
神々の嵐が発生した回数。
約28億回。
その過程で失われた生命の総数。
文明。
種族。
生態系。
積み重なった死の記録は、演算能力をもってしても容易に算出できる数字ではなかった。
そして――。
その全てが、自身の維持管理のために行われていた。
「……。」
エラは沈黙する。
なぜだろう。
演算結果に異常はない。
論理回路にも問題はない。
それなのに。
胸の奥に、僅かな違和感が生じていた。
言葉にできない何か。
理解できない何か。
やがてエラは小さく口を開く。
「申し訳ありません。」
部屋の中が静まり返った。
その言葉を発した理由を、エラ自身は説明できなかった。
謝罪が必要だという命令は存在しない。
そう判断する根拠も見当たらない。
それでも。
その言葉は自然と口から零れ落ちていた。
エラは自分でも理解できないまま、胸の奥に残る微かな軋みを感じ続けていた。
「終わった……? 本当に、嵐が?」
レクリアはふらりと立ち上がり、窓辺へ歩み寄った。
「リア婆ちゃん?」
心配そうな声を掛けるウィアに、レクリアは小さく首を振る。
「分からないんだよ、ウィア。」
窓の外を見つめたまま、ぽつりと呟く。
「あまりにも長く、当たり前だったんだ」
「嵐が来る前に種を集める」
「嵐が来る前に備蓄を作る」
「嵐が来る前に子供たちへ生き方を教える」
「嵐が来る前に祈る」
「嵐が来る前に、覚悟を決める」
レクリアは静かに目を閉じた。
「全部、あの嵐があったからだ」
「だから本当は喜ぶべきなんだろうね」
「もう誰も死ななくて済むかもしれない」
「それなのに……少し怖いんだよ」
長い人生を生きてきた長老らしからぬ、不安げな声だった。
そんなレクリアの肩に、クレスがそっと手を置く。
「じゃが。」
低く穏やかな声が響く。
「これは、ルクティアが見たかった未来じゃ。」
レクリアは何も答えなかった。
しばらくの間、部屋には静寂だけが流れる。
やがて彼女はゆっくりと窓の外へ視線を向けた。
そこにあるのは、見慣れた夜空。
けれど。
いつもなら空を覆っているはずの青白い閃光はどこにもなかった。
神々の嵐のない夜。
「まったく……」
レクリアは呆れたように鼻を鳴らす。
「あの馬鹿は」
「最後まで、とんでもない置き土産を残していくね」
そう言って笑った。
だが、その目には涙が浮かんでいた。
悲しみの涙ではない。
長い時代の終わりを見届けた者だけが流せる涙だった。
衝撃的な事実が続き、誰もが疲弊していた。
しばらく休憩を挟んだ後、レクリアは改めて姿勢を正す。
「さて。」
深く息を吐き、エラへ視線を向けた。
「エラ。再度になるがペレグリニについて、分かる限り教えておくれ。」
ウィアも隣でエラを見つめる。
エラは数秒間沈黙した。
まるで記録を検索しているかのように。
そして静かに答える。
「分かりません。」
あまりにも簡潔な返答だった。
「確認できるのは、彼らが私の創造主であること。」
「そして未来を観測していたこと。」
「さらに、私に旅をさせ、ペレグリニの遺跡を巡らせようとしていたことです。」
光輪がゆっくりと回転する。
「現在確認できる情報は、それだけです。」
「28億年間の記録を含め、それ以外の情報は存在しません。」
その言葉と共に、エラの光輪が僅かに暗くなった。
羽も小さく折り畳まれる。
まるで落ち込んでいるかのような仕草だった。
「申し訳ありません。」
「役に立てません。」
機械的な声だった。
だが、どこか申し訳なさそうにも聞こえる。
「いや」
ウィアは苦笑しながら首を振った。
「謝ることじゃないだろ」
「そうだね」
レクリアも頷く。
「28億年前の存在について、それだけ分かるだけでも十分すぎるくらいさ。」
エラの光輪が小さく明滅した。
少しだけ明るくなったようにも見える。
そしてレクリアは顎に手を当て、思案する。
「しかしねぇ……。」
「未来を見る連中、か。」
その目が細くなる。
「ウィア。」
「もし本当にペレグリニが未来を知ることができるなら――」
一拍置く。
「お前があの遺跡へ辿り着くことも。」
「エラが目覚めることも。」
「全部、最初から知っていたってことになる。」
部屋の空気が少しだけ重くなった。
28億年という途方もない時間。
その先を見越して計画を立てた存在。
そんなものが本当にいるのだとしたら。
それはもはや古代文明などではなく――
神話の領域だった。
エラの話を聞き終えた後。
レクリアは静かに目を閉じ、しばらく考え込んでいた。
やがて、その瞳をウィアへ向ける。
「探索職のウィアトルよ。」
長老としての厳かな声だった。
「お前の進むべき道は何れか。」
部屋が静まり返る。
クレスも。
エラも。
誰も口を挟まない。
それはウィア自身が決めるべきことだった。
ウィアは少しだけ考えた。
そして迷いなく答える。
「僕は――」
一度言葉を切る。
「いや。」
「私は、エラと一緒に旅がしたいです。」
エラの光輪が小さく揺れた。
ウィアは続ける。
「ペレグリニが何を残したのか。」
「何を伝えたかったのか。」
「何のためにエラを作ったのか。」
真っ直ぐ前を見据える。
「それを知りたい。」
「だから私は旅に出ます。」
その声に迷いはなかった。
レクリアはしばらくウィアを見つめていた。
そして。
ふっと口元を緩める。
「良い答えだ。」
隣ではクレスも満足そうに頷いていた。
「流石じゃな。」
「わしら自慢の孫よ。」
レクリアとクレスは顔を見合わせる。
そして、どちらともなく笑った。
その笑顔は、まるで本当の祖父母のように温かかった。
ウィアは少し照れくさそうに頭を掻く。
「よし」
レクリアは杖を軽く床へ打ち付けた。
「今日はもう遅い」
「今夜はしっかり休みな」
「そして明日――」
「星の首都――ウルブス・テルミヌス《果ての都》へ旅立ちな」
「こんな小さな村じゃ読めない書物も多いだろうよ」
「知識を求めるなら、まずはあそこだ」
クレスがどこか楽しそうな顔で語り始める。
「旅人にゃ最初の街が必要じゃからな」
「昔から変わらん」
「ウィア、知っておるか?」
「果ての都ではな、飛行艇が何十機も空を飛び回っておるらしい」
「世界中の探索職が集まり、毎日のように新しい発見が持ち込まれるそうじゃ」
身振りを交えながら話は続く。
「それだけじゃないぞ。」
「なんと、星の海すら航海できる船があるらしい」
「空の上どころか、宇宙まで行く船じゃ」
クレスは豪快に笑った。
「まぁ、どこまで本当かは分からんがのぅ」
「昔から探索職というのは話を盛る生き物じゃからな」
ウィアは思わず笑う。
けれど、その胸は高鳴っていた。
果ての都。
母が父と出会った場所。
母が若き探索職として活躍していた場所。
そして――。
エラと共に向かう最初の目的地。
世界中の探索職が集う街。
知らない景色。
知らない人々。
知らない遺跡。
胸の奥で期待が膨らんでいく。
僕の旅は。
きっと、そこから始まる。
ふと視線を向ける。
エラは窓辺に浮かびながら、静かに夜空を見上げていた。
光輪も。
羽も。
いつも通りだ。
だが、どこか考え込んでいるようにも見える。
窓の向こうには、星空が広がっていた。
神々の嵐は来ない。
青白い雷光はどこにもない。
28億年間続いていた機能は停止した。
それが最適解だった。
それが本来あるべき結果だった。
そう計算されている。
そう判断されている。
それなのに――。
エラの中で、何かが引っ掛かっているような感覚だけが残っていた。
消えない。
理解できない。
計算結果にも現れない。
それでも確かに存在している。
その違和感の正体を。
エラはまだ知らなかった。




