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ヴィア・ノヴァ-Semina Vitae-  作者: トニトルス(tonitrus)


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第25話-説得(Persuasio)

ウィアたちは世界船《ウィア・ムンディ》へ連絡を取り、居住地へ不足していた物資を次々と搬入していた。


食料。


医薬品。


防寒資材。


そして、生産設備を維持するための交換部品。


運び込まれる物資を見つめながら、狼人《フォエデラティ》と蜥蜴人《プルデンテス》たちは安堵の表情を浮かべる。


「助かる。」


狼王フェンリスが力強く頷く。


「本当に助かります。」


長老総監セルペンスも深々と頭を下げた。


物資の搬入が一段落したところで、ウィアが静かに口を開く。


「お願いがあるんですが。」


「この居住地で暮らす子供たちの写真を、いただけませんか?」


フェンリスは少し驚いたように眉を上げる。


「写真?」


「何に使うんだ?」


ウィアは迷うことなく答えた。


「説得したいんです。」


「凍眠羊王《ソムヌス・オウィス》を。」


その場が静まり返る。


フェンリスとセルペンスは思わず顔を見合わせた。


「……本気か?」


フェンリスが確認するように尋ねる。


「はい。」


ウィアは真っ直ぐ前を見据えたまま頷く。


「あの羊は、大切な友達を失ってしまった。」


「もし本当にそうなら……。」


「誰かが『もう終わった』って伝えてあげないと、ずっと苦しみ続ける気がするんです。」


その言葉に、セルペンスがふっと笑みを漏らした。


「面白いお方ですね。」


「普通なら倒すことしか考えません。」


「ですが、あなたは話し合おうとする。」


フェンリスも豪快に笑う。


「はっはっは!」


「いいぜ。」


「そこまで言うなら試してみな。」


「写真でも何でも用意してやる。」


「ありがとうございます。」


ウィアは嬉しそうに頭を下げた。


◇


世界船《ウィア・ムンディ》へ帰還したウィアたちは、すぐに戦略指令室で調査結果を報告していた。


他の探索隊は居住地らしき場所を発見できず、目立った成果はなかったという。


報告を聞き終えたオリヴィエは、大きく息を吐く。


「つまり……。」


「あの巨大な羊を説得したいってこと?」


頭を抱えながら問い返す。


「ウィア、あんたねぇ……。」


「星を凍らせるほどの怪物なのよ?」


「はい。」


ウィアは迷いなく頷いた。


その澄んだ瞳には、一切の迷いがない。


「倒さなくても済むなら、その方がいいと思います。」


「苦しんでいるだけなら、助けたいんです。」


オリヴィエはしばらく黙り込んだ。


周囲の指揮官たちも静かに成り行きを見守っている。


やがて、オリヴィエは苦笑した。


「……もう。」


「あんたって子は。」


困ったように笑いながら肩をすくめる。


するとウィアが、穏やかな笑顔で言った。


「オリヴィエさん。」


「惑星級の生命体との交流。」


「それも未知への挑戦ですよね。」


その一言に、オリヴィエは思わず目を見開く。


探索者協会の理念。


未知を恐れず、知ろうとすること。


それを誰よりも理解しているのは、自分自身だった。


「……そうね。」


観念したように小さく笑う。


「その理屈を持ち出されたら反対できないじゃない。」


部屋の空気が少しだけ和らいだ。


オリヴィエは立ち上がり、全員を見渡す。


「説得が成功する保証はない。」


「だからこそ、最悪の場合にも備える。」


「フェリア。」


「よろしく。」


「はい。」


フェリアは力強く頷くと、その場を離れた。


ほどなくして世界船でも屈指の実力者たちへ招集命令が発令される。


説得か、戦闘か。


そのどちらになっても対応できる布陣が、静かに整えられていった。


◇


飛行艇は凍眠羊王《ソムヌス・オウィス》の眼前へと迫る。


全長百キロを超える白き巨獣。


吹雪をまとい眠るように横たわるその姿は、一つの山脈にも見えた。


通信士は拡声器で何度も呼びかける。


「こちらヴィアトラ帝国外交使節団!」


「我々は敵ではありません!」


「どうか話を――」


しかし返答はない。


ただ、静かな吐息だけが世界を凍らせ続けていた。


「やっぱり、直接顔まで行くしかないか。」


ウィアが静かに言う。


「まぁ、仕方ねぇな。」


カーデンスが肩を回した。


「いやいや、仕方なくないでしょ!」


「あの大きさだよ!?」


アルマは百キロの巨体を見上げ、思わず声を上げる。


「ですが、それ以外に意思を伝える方法は見当たりません。」


エラが冷静に答えた。


飛行艇のハッチが開く。


瞬間、凍てつく暴風雪が機内へ吹き込んできた。


「行こう。」


ウィア達は雪原へ飛び降りる。


その瞬間だった。


『氷雪毛兵《ラーナ・グラキエス》』


頭の奥へ直接響くような声。


次の瞬間。


凍眠羊王《ソムヌス・オウィス》の純白の毛並みが、ざわりと波打った。


一本。


また一本。


毛が抜け落ちる。


だが地面へ落ちる途中で膨れ上がり、一頭、また一頭と白い羊へ変貌していく。


十。


百。


千。


万。


いや――。


地平線を埋め尽くすほどの大群。


吹雪の中から無限に現れる羊の軍勢が、一斉にウィア達へ突撃した。


「数が異常です!」


エラが即座に解析を行う。


「推定……数百万以上。」


「はぁ!? 冗談だろ!」


カーデンスが思わず叫ぶ。


雪原が震えた。


数百万の蹄が一斉に地を踏み鳴らす轟音。


まるで白い津波だった。


「我らの出番ですね。」


無風のヴェルナが一歩前へ出る。


「ウィア殿らは本体へ向かえ。」


「ここは我らが抑える。」


フェリアが静かに剣を抜いた。


「白氷領域《フリゴル》」


世界が凍りつく。


巨大な氷柱が無数に隆起し、雪原全体を氷の要塞へと変えていく。


「空鳴《ソニトゥス》」


ヴェルナが指を鳴らした瞬間。


前方数キロに渡る空間そのものが爆ぜた。


圧縮された大気が連鎖爆発を起こし、数万の羊が一瞬で吹き飛ぶ。


「ようやく暴れられるのう!」


紅嵐のレクリアは杖を分裂させる。


「無限嵐撃《プロケラ》!」


暴風のような連撃。


分裂した杖が嵐となり、羊の群れを次々と粉砕していく。


「植物よ、我らを助けよ。」


世界樹のネイラが杖を掲げた。


「星樹領域《ワールド・ツリー》」


氷雪の大地を突き破り、巨大な樹木が次々と芽吹く。


枝が何万もの羊を拘束し、花粉が仲間達の体力を絶えず回復していく。


「爆ぜよ!」


爆星のガノンが巨大砲を構えた。


「焔爆熱破《アルドル》!」


灼熱の奔流。


白銀世界を真紅の炎が貫き、一直線に羊の大軍を蒸発させる。


だが。


倒しても倒しても。


凍眠羊王の毛は尽きることなく抜け落ち、新たな羊が生まれてくる。


「きりがない!」


アルマが叫ぶ。


「だからこそ急ぐんです!」


フェリアが氷剣を振るう。


「ウィア!」


巨大な氷の階段が空へと伸びる。


羊王の頭部まで一直線に続く道。


「行って!」


ウィアは頷く。


「みんな、お願いします!」


「任せろ!」


五羅針たちは笑った。


彼らが数百万の羊を食い止める間に。


ウィア、アルマ、カーデンス、エラの四人は、巨大な氷の階段を駆け上がる。


目指すは――


凍眠羊王《ソムヌス・オウィス》の頭部。


眠り続ける王へ、言葉を届けるために。


◇


「この階段……いつまで続くのぉ……。」


アルマが肩で息をしながら弱音を漏らす。


吹雪が容赦なく体力を奪い、足元の氷も滑りやすい。


「もう少しだ。」


ウィアはそう答えながら、ふと下を見下ろした。


眼下では、白い大地が戦場と化している。


押し寄せる無数の羊。


それを迎え撃つ探索者たち。


轟音。


爆炎。


暴風。


巨大な氷柱が立ち上がり、炎が雪原を焼き、衝撃波が大気を震わせる。


まるで天変地異そのものだった。


だが、それでも羊の群れは尽きない。


「でも、急がないと……!」


アルマが焦った声を上げる。


「このままでは、いずれ数で押し切られます。」


エラが冷静に現状を分析する。


「五羅針の皆さんでも無限には戦えません。」


その一言に、全員の表情が引き締まった。


「はぁ……はぁ……。」


アルマの足が止まる。


「もう……限界……。」


その瞬間だった。


「悪い。」


カーデンスがアルマをひょいと抱き上げる。


「きゃっ!」


突然のことにアルマは目を丸くした。


「ちょ、ちょっとカーデンス!」


「急いでる。」


それだけ言うと、カーデンスはアルマを抱えたまま氷の階段を駆け出した。


「少しくらい我慢しろ。」


普段の軽口とは違う、真剣な声。


その横顔を見たアルマは、文句を言いかけた口を閉じる。


しばらく黙っていたが、小さく頬を染め、


「……馬鹿。」


とだけ呟いた。


その声は吹雪にさらわれ、カーデンスの耳には届かなかった。


四人は足を止めることなく、巨大な凍眠羊王《ソムヌス・オウィス》の頭部を目指して駆け続けた。

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