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ヴィア・ノヴァ-Semina Vitae-  作者: トニトルス(tonitrus)


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第24話-事の顛末(Exitus Rei)

巨大な地下空洞都市は、今日だけは戦場ではなく祭りの会場となっていた。


円形闘技場を囲む観客席は幾重にも連なり、狼人《フォエデラティ》と蜥蜴人《プルデンテス》の歓声が絶え間なく響き渡る。


太鼓が鳴り、角笛が高らかに吹き鳴らされるたび、観客の熱気はさらに高まっていく。


闘技場では、すでに何試合もの熱戦が繰り広げられていた。


狼人《フォエデラティ》は、鋭い爪と強靭な肉体を活かした豪快な打撃戦を得意とする。


獣の本能に従うような荒々しい攻撃は、一撃一撃が観客を熱狂させた。


対する蜥蜴人《プルデンテス》は対照的だった。


相手の動きを冷静に見極め、受け流し、投げ、締め上げる。


合理性を極めた戦い方は、まるで計算し尽くされた戦術そのものだった。


「ガノンさん、大丈夫かな?」


歓声を聞きながら、ウィアが少し心配そうに呟く。


「心配しすぎだろ。」


カーデンスは肩をすくめて笑った。


「ヴィアトラ出身者は惑星環境改善機械群《ナノマシン》のおかげで身体能力そのものが高い。」


「それに忘れたのか?」


「ガノンのじいさん、艦載機用の大砲を担いで戦う化け物だぞ?」


呆れたように言うカーデンスに、ウィアは思わず苦笑する。


「……言われてみれば、とんでもない筋力だったね。」


「だろ?」


カーデンスはニヤリと笑う。


「さて、俺は誰が優勝するか賭けてくる。」


そう言い残すと、人混みの中へ姿を消した。


「もう……いいの?」


「賭け事はあんまり良くないと思うけど。」


アルマが困ったように呟く。


「まあ、お祭りみたいなものだしね。」


「たまには息抜きも必要だよ。」


ウィアが笑って答える。


「ウィアって、カーデンスに甘いよね。」


「そうかな?」


「そうだよ。」


二人は顔を見合わせ、思わず笑い合った。


その時だった。


「アルマ。」


エラが静かに声を掛ける。


「甘い物を売っている屋台を見つけました。」


「一緒に行きましょう。」


「ほんと!?」


アルマの顔がぱっと輝く。


「行く!」


勢いよくエラへ抱きつくと、そのまま腕を引っ張って屋台の並ぶ通りへ駆けていく。


「エラ、大好き!」


「ありがとうございます。」


六枚の羽を嬉しそうにはためかせながら、エラも穏やかに微笑んだ。


そんな二人の後ろ姿を見送り、ウィアは自然と笑みを浮かべる。


「平和って、いいな。」


その小さな呟きは、闘技場を包む歓声に溶けて消えていった。


◇


大会は順調に進んでいく。


一回戦。


二回戦。


三回戦。


ガノンは圧倒していた。


相手の拳を真正面から受け止めると、そのまま豪腕一本で場外まで投げ飛ばす。


蹴りを受けても微動だにせず、逆に一歩踏み込んだだけで相手は吹き飛ぶ。


その圧倒的な膂力に、観客席からどよめきが起こった。


「なんだあの客人は……。」


「あの年で、あの力か!」


「化け物だ……!」


歓声は次第にガノンの名を叫ぶ声へと変わっていく。


「ガノン!」


「ガノン!」


「ガノン!」


ついには会場全体が、その名を連呼していた。


リング中央で腕を組むガノンは、豪快に笑う。


「まだまだじゃ!」


その一言だけで、さらに大歓声が巻き起こった。


観覧席からその様子を見ていたフェンリスは、口元を吊り上げる。


「……ほう。」


「やるじゃねぇか、客人。」


鋭い牙を覗かせながら、不敵に笑う。


「久しぶりに俺が楽しめそうだ。」


狼王フェンリスの黄金の瞳が、静かに闘志を宿した。


◇


――決勝戦


巨大闘技場を埋め尽くした観客たちの歓声が、地鳴りのように響いていた。


「ガノン!」


「ヘルヴァル!」


双方の名を叫ぶ声が幾重にも重なり、空洞都市全体を震わせる。


決勝の舞台に立つのは二人。


五羅針《クィンクェ・ドゥクトーレス》――爆星のガノン。


そして狼王を護る白牙親衛隊《アルビ・デンテス》隊長、ヘルヴァル。


銀白色の体毛を風になびかせたヘルヴァルは、ゆっくりと拳を握る。


「客人……よくぞここまで勝ち上がられた。」


深く頭を下げ、戦士として最大限の敬意を示す。


「だが。」


黄金の瞳が鋭く光る。


「我らにも守るべき誇りがある。」


「優勝だけは譲れん。」


その瞬間だった。


「ォオオオオオオオッ!!」


獣の咆哮が闘技場を揺らす。


爆発的な踏み込み。


地面が砕け、ヘルヴァルの姿が一瞬で消えた。


「速いのう!」


ガノンが目を見開く。


次の瞬間には拳が目前まで迫っていた。


ドォン!!


拳と拳が正面から激突する。


衝撃だけで周囲の砂煙が吹き飛び、観客席まで風圧が押し寄せた。


ヘルヴァルは止まらない。


左。


右。


膝蹴り。


肘打ち。


狼人特有の俊敏さを活かした怒涛の連撃。


まるで暴風そのものだった。


「ぬうっ!」


ガノンも真正面から迎え撃つ。


重い拳が振るわれるたび、空気が爆ぜる。


互いの拳が何度もぶつかり合い、


防ぎ、


逸らし、


受け流し、


打ち返す。


攻防は常人の目では追えない速度へ達していた。


「まだまだぁ!」


ヘルヴァルが低く潜り込む。


そのまま腰を抱え、一気に持ち上げる。


豪快な投げ技。


ガノンの巨体が宙を舞う。


ドゴォォン!!


闘技場が揺れるほどの衝撃。


だが。


「甘いのう!」


倒れながら腕を掴み返し、今度はガノンが一本背負いで投げ返した。


轟音。


二人は転がるように距離を取る。


そして同時に笑った。


「強い……。」


ヘルヴァルが牙を見せる。


「これほどの強者は、狼王様以外では初めてだ。」


「はっはっは!」


ガノンも腹の底から笑う。


「わしもここまで本気で拳を交えるのは久しぶりじゃ!」


歓声がさらに大きくなる。


再び二人は激突した。


拳。


蹴り。


頭突き。


投げ。


組み伏せ。


まるで野生と野生が真正面からぶつかり合うような激闘。


互いの身体には無数の傷が刻まれ、呼吸は荒く、汗が地面を濡らしていく。


それでも。


どちらも一歩も退かない。


「これでぇぇぇぇぇっ!!」


「終わりじゃぁぁぁぁ!!」


二人は最後の力を振り絞る。


右拳。


互いの渾身の一撃が一直線に放たれた。


ドォォォォォン!!!!


二つの拳が同時に相手の顔面を捉える。


衝撃波が闘技場全体を駆け抜けた。


二人の身体が吹き飛び、


そのまま地面へ倒れ込む。


静寂。


観客全員が固唾を飲んで見守る。


先に指が動いた。


「……ぐっ。」


ガノンだった。


膝をつき、


歯を食いしばり、


ゆっくりと立ち上がる。


その瞬間。


「勝者――ガノン!!」


審判の声が響き渡った。


「おおおおおおおおおおおおおお!!」


割れんばかりの歓声。


地響きのような拍手。


勝者を称える声と、敗者を讃える声が一つになって闘技場を包み込む。


倒れたままのヘルヴァルは、悔しそうに笑った。


「……完敗だ。」


「客人殿。」


「貴殿こそ、真の戦士だ。」


ガノンはその手を取り、力強く引き起こす。


「見事な拳じゃ。」


「またいつか、戦おう。」


二人は固く拳を合わせた。


その光景に、観客は再び惜しみない拍手を送った。


◇


「はっはっはっはっ!」


豪快な笑い声が闘技場に響く。


次の瞬間――


ドンッ!!


貴賓席から一つの影が飛び降りた。


着地と同時に闘技場の石畳が砕け、砂煙が舞い上がる。


現れたのは、狼王フェンリス。


鍛え抜かれた肉体から放たれる圧倒的な存在感だけで、会場の空気が一変した。


「ガノン、見事だった。」


フェンリスは真っ直ぐガノンを見据える。


「客人でありながら、ここまで勝ち上がったその力。」


「心から敬意を表そう。」


そう言って拳を胸へ当てた。


そして口元を大きく吊り上げる。


「だからこそ――」


「明日、傷を癒したら俺と戦え!」


その一言で、会場は爆発した。


「おおおおおおおおおお!!」


歓声が空洞都市を揺るがす。


「狼王!狼王!」


「ガノン!」


「最強決定戦だ!」


興奮は最高潮に達していた。


ガノンは腹の底から笑う。


「はっはっは。」


「老骨に鞭を打つことになりそうじゃのう。」


その目には、すでに戦士の炎が宿っていた。


◇


翌日――


昨日以上の観客が闘技場を埋め尽くしていた。


王と英雄。


この一戦を見るために、都市中の者たちが集まっていたのである。


フェンリスは静かに闘技場の中央へ歩み出る。


その表情は昨日までとは違っていた。


獰猛さではない。


純粋な喜び。


「久しぶりだ。」


「全力を出せる相手と巡り会えた。」


嬉しさを隠そうともせず、満面の笑みを浮かべる。


「よろしく頼む。」


狼王は深く頭を下げた。


ガノンも同じように礼を返す。


「こちらこそじゃ。」


審判が腕を振り下ろす。


「始め!!」


その瞬間。


フェンリスの姿が消えた。


「――なっ!?」


観客席からどよめきが起こる。


速い。


昨日戦ったヘルヴァルとは比較にならない。


その速度は、ヴィアトラ帝国でも屈指の実力者である無風のヴェルナや白氷のフェリアに匹敵するほどだった。


ガガガガガガッ!!


拳。


肘。


膝。


蹴り。


暴風雨のような連撃がガノンへ降り注ぐ。


「やりおるのう……。」


ガノンは両腕で受け流しながら思わず笑う。


「これが肉体だけの力とは。」


「恐れ入るわい。」


フェンリスは笑う。


「ははは!」


「どうした、ガノン殿!」


「この程度の速度には付いて来られぬか!」


さらに加速する。


残像が幾重にも重なり、一人のはずのフェンリスが十人いるように見えた。


ガノンは完全に防戦一方へ追い込まれる。


しかし――


「待っておったぞ。」


ドン!!


拳が胸へ突き刺さる。


その瞬間だった。


ガシィッ!!


ガノンの大きな手がフェンリスの腕を掴む。


「攻撃の瞬間なら、必ず動きは止まる。」


「多少の傷など構わん。」


「そこに勝機がある。」


そのまま豪腕で持ち上げた。


「ぬぅっ!?」


フェンリスの身体が宙を舞う。


ブンッ!!


遠心力を乗せ、一回。


二回。


三回。


四回。


勢いは止まらない。


ドゴォン!!


壁へ叩き付ける。


さらに持ち上げる。


ドゴォン!!


地面へ。


ドゴォン!!


再び壁へ。


闘技場そのものが震え、観客席から悲鳴とも歓声ともつかない声が上がった。


「うおおおおお!!」


「やり返した!!」


砂煙の中からフェンリスが立ち上がる。


額から血を流しながらも、その笑みは消えていなかった。


「……最高だ。」


「やはり、お前は強い。」


ガノンも肩で息をしながら笑う。


「お互い様じゃ。」


二人とも全身傷だらけだった。


腕は震え、呼吸は乱れ、それでも立っている。


フェンリスは静かに構えた。


「決めよう。」


「最後の一撃だ。」


その身体が空高く跳ぶ。


天井近くまで跳躍したフェンリスは、その場で高速回転を始めた。


回転。


さらに回転。


遠心力が一点へ集束していく。


「これが――」


「狼王の一撃だ。」


轟ッ!!


巨大な踵落としが一直線に振り下ろされた。


ガノンは両腕を交差させ、防御の構えを取る。


「受け切る!」


激突。


ドゴォォォォォン!!!!


闘技場が大きく陥没した。


石畳は砕け、巨大なクレーターが生まれる。


「ぐっ……!」


防御ごと押し潰される。


ついにフェンリスの踵がガノンの額を捉えた。


ガノンは静かに膝をつき、そのまま前へ倒れる。


勝負あり。


「勝者――狼王フェンリス!!」


割れんばかりの歓声が響いた。


フェンリスは拳を高く掲げる。


だが、その視線は倒れたガノンへ向いていた。


「ガノン殿……。」


「よくぞ、ここまで俺を追い詰めてくれた。」


その声には、勝者の驕りはない。


ただ、一人の戦士への敬意だけがあった。


フェンリスは観客席へ向き直る。


「皆!」


「この勇敢なる客人へ、最大の敬意を!」


その瞬間、闘技場は再び歓声に包まれた。


「ガノン!!」


「ガノン!!」


「ガノン!!」


割れんばかりの拍手が鳴り響く。


意識を失いながらも最後まで立ち向かった老戦士へ――


この日、空洞都市にいた誰もが惜しみない称賛を送った。


◇


「しかし……本当に強かったのう。」


目を覚ましたガノンは上半身を起こし、豪快に笑った。


「フェンリス殿は、この星最強の戦士じゃ。」


敗北を悔やむ様子はない。


ただ、心の底から好敵手を称える声だった。


フェンリスも嬉しそうに笑みを浮かべる。


「ガノン殿も十分すぎるほど強かった。」


「久しく忘れていた高揚を思い出させてもらった。」


そう言うと、二人は固く拳を合わせた。


戦士同士だからこそ分かり合える、言葉以上の敬意がそこにはあった。


その時だった。


「じいさぁぁぁん!!」


慌ただしい足音とともに、一人の青年が駆け込んでくる。


カーデンスである。


「なんで負けちまったんだよ!」


今にも泣き出しそうな顔でガノンに詰め寄る。


「どうしたの、カーデンス?」


ウィアが首を傾げる。


「俺……。」


カーデンスは肩を落とし、力なく呟いた。


「じいさんが勝つ方に賭けてたんだよ。」


「有り金……全部。」


一瞬の静寂。


そして――


「ぶっ!」


「ぷっ……!」


「あはははは!」


その場にいた全員が一斉に吹き出した。


笑っていないのは、当のカーデンス本人だけである。


「だから言ったでしょ?」


アルマは呆れたように腰へ手を当てる。


「賭け事なんてしちゃ駄目だって。」


「でもよぉ……。」


「まさか、じいさんが負けるなんて思わねぇじゃん……。」


肩を落として項垂れるカーデンス。


アルマは小さくため息をつくと、


コツン。


軽く額を小突いた。


「真面目に働きなさい。」


「いてっ!」


情けない声を上げるカーデンスに、再び笑いが起こる。


フェンリスも腹を抱えて笑い、ガノンも豪快に笑い飛ばした。


闘技場には、先ほどまでの激闘が嘘のような穏やかな空気が流れていた。


その光景を眺めながら、ウィアはふと呟く。


「……こういう日常って、いいね。」


激しい戦いがあり、


笑いがあり、


誰も命を落とすことなく終われた一日。


それが何より幸せなのだと、自然と思えた。


「ええ。」


エラも穏やかに微笑み、小さく頷く。


その笑顔につられるように、仲間たちもまた笑みを浮かべた。


地下都市には今日も笑い声が響き渡り、宴の熱気は夜遅くまで続いていくのだった。

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