第23話-悲しみの獣(Bestia Doloris)
ウィア達は狼王フェンリスと長老総監セルペンスの案内で、地下都市の奥へと歩いていく。
街には穏やかな空気が流れていた。
子どもたちは広場を元気いっぱいに駆け回り、その笑い声が洞窟の天井へ響く。
露店では焼きたての料理が並び、人々は談笑しながら買い物を楽しんでいた。
狼人も蜥蜴人も、種族の違いを感じさせないほど自然に肩を並べて暮らしている。
これまで訪れた惑星では見られなかった、平穏そのものの光景だった。
「……不思議だ。」
思わずウィアが呟く。
その声を聞いた狼王フェンリスが小さく笑った。
「過酷な惑星なのに、なぜここまで平和なのか……そう思ったか?」
「はい。」
ウィアは素直に頷く。
「それは、セルペンスのおかげだ。」
フェンリスが隣を歩く蜥蜴人へ視線を向ける。
セルペンスは少し困ったように首を横へ振った。
「いえ、大したことではありません。」
「私は数字を見ているだけです。」
穏やかな口調のまま続ける。
「現在の食料生産量。」
「資源の採取量。」
「機械設備の稼働限界。」
「人口増加率。」
「それらを計算し、無理のない範囲で配給量と出生数を調整しているだけです。」
まるで当たり前のことを話すようにセルペンスは言う。
「生産能力には必ず限界があります。」
「限界を超えれば飢餓が起きる。」
「資源を使い過ぎれば未来がなくなる。」
「ならば、限界を超えないよう管理すればいい。」
「……ただ、それだけのことです。」
淡々とした説明だった。
しかし、その言葉の裏には、この都市を何十年、何百年と支えてきた重みが感じられる。
「すごい……。」
アルマが思わず感嘆の声を漏らした。
「だから誰も飢えないんですね。」
エラも納得したように頷く。
フェンリスは誇らしげに笑う。
「我らは戦いを担当し。」
「セルペンスは都市を守る。」
「互いに得意を任せ合っているのさ。」
やがて一行は巨大な扉の前へ辿り着いた。
セルペンスがゆっくりと手をかざす。
重厚な扉は低い音を響かせながら左右へ開いていく。
「さあ、到着しました。」
その先に広がっていたのは――
思わず息を呑むほど巨大な食堂だった。
一本の長大なテーブルではない。
幾列もの大きな卓が規則正しく並び、一度に千人は食事ができるほどの広大な空間が広がっている。
温かな料理の香りが漂い、人々の笑い声が優しく響く。
この地下都市が、単なる避難所ではなく、「故郷」として機能していることを、その光景が何より雄弁に物語っていた。
◇
全員が長大な食卓へと着席する。
色鮮やかな料理が次々と運ばれ、香ばしい肉の匂いと焼きたてのパンの香りが広間いっぱいに広がっていた。
狼人も蜥蜴人も種族の垣根なく席を囲み、あちこちで笑い声が弾けている。
狼王フェンリスはゆっくりと立ち上がり、杯を高く掲げた。
「遠き星より訪れし客人たちに。」
「そして、新たな縁に。」
「乾杯!」
「乾杯!」
無数の杯がぶつかり合い、宴が華やかに幕を開けた。
食事を楽しみながら、ウィア達はこれまでと同じように自分たちの旅について語る。
ヴィアトラ帝国が宇宙を巡る理由。
旅をする者という存在。
そして、自分たちを襲う存続する者たち《マネンテス》の脅威。
フェンリスもセルペンスも、時折質問を挟みながら興味深そうに耳を傾けていた。
一通り話し終えると、今度はフェンリスが静かに口を開く。
「今度は、俺たちの話をしよう。」
賑やかだった食堂が少しだけ静まる。
「ゲートが止まってからもしばらく、この星は平和だったそうだ。」
「もっとも、俺らが生まれる前の話だから、本当かどうかは分からねぇがな。」
フェンリスは苦笑を浮かべた。
「昔、この星には一頭のでっかい羊がいた。」
「人懐っこくてな。」
「子ども達と遊び、荷物を運び、寒い夜には寄り添って眠る。」
「俺たちの祖先にとっては家族みたいな存在だったらしい。」
その穏やかな口調が、少しずつ重くなる。
「だが、ある日。」
「その羊が一番懐いていた子どもが事故で死んだ。」
広間が静まり返った。
「……それ以来だ。」
「あいつは狂った。」
フェンリスは静かに視線を落とす。
「星を凍らせ。」
「吹雪を呼び。」
「誰も近づけなくなった。」
セルペンスが話を引き継ぐ。
「現在では、あの存在は凍眠羊王と呼ばれています。」
「もちろん、大昔から語り継がれた伝承です。」
「史実かどうかは分かりません。」
「ですが、この都市では代々受け継がれてきた話なのです。」
セルペンスは穏やかに微笑んだ。
ウィアは静かに料理へ視線を落とす。
「……もし、その話が本当なら。」
誰も言葉を挟まない。
「友達を失った悲しみから、今も抜け出せないってことですよね。」
「ずっと、一人で苦しみ続けてるのかもしれない。」
その一言に、
フェンリスとセルペンスは思わず顔を見合わせた。
「お前……。」
フェンリスが苦笑する。
「そんな見方をした奴は初めてだ。」
セルペンスも小さく笑った。
「普通は危険な怪物として語りますからね。」
「あなたは少し変わっています。」
ウィアは照れくさそうに笑う。
「でも……。」
「もし助けられるなら、助けたいじゃないですか。」
その言葉に、二人は何も返さなかった。
ただ静かに頷くだけだった。
やがてフェンリスが大きく笑い、杯を掲げる。
「難しい話はここまでだ!」
「今日は宴だ!」
「食って飲んで楽しもうじゃねぇか!」
その一声で広間は再び笑顔と歓声に包まれる。
だが、その賑わいの裏で――
ウィアの胸には一つの想いが芽生えていた。
凍眠羊王は、本当に討つべき相手なのだろうか。
その疑問は、静かに心へと刻まれていった。
◇
宴も中盤を過ぎ、料理の皿が空になり始めた頃だった。
狼王フェンリスがゆっくりと立ち上がる。
その瞬間、広間は自然と静まり返った。
フェンリスは大きく息を吸い込み、豪快な笑みを浮かべる。
「さあ!」
「ここからが本日のメインディッシュだ!」
その一声が食堂中に響き渡る。
「格闘大会を開催する!!」
「おおおおおおっ!!」
歓声が一斉に爆発した。
狼人たちは机を叩き、蜥蜴人たちも興味深そうに拍手を送る。
広間は一気に熱気に包まれた。
フェンリスは腕を組みながら説明を続ける。
「ルールは簡単だ。」
「武器の使用は禁止。」
「鎧も道具もなし。」
「己の肉体だけで競い合う。」
「力も技も、すべてをぶつけ合う純粋な勝負だ。」
拳を握り締めると、その筋肉が大きく盛り上がる。
「これが俺たち狼人に代々伝わる祭りさ。」
「もちろん、客人も参加自由だ。」
「腕に覚えがあるなら、ぜひ挑戦してくれ。」
ウィア達は互いに顔を見合わせた。
「どうする?」
ウィアが小声で尋ねる。
「僕は遠慮しておこうかな。」
「俺も武器がないと調子狂うしな。」
カーデンスが肩をすくめる。
アルマも苦笑しながら首を横に振った。
「私も応援かな。」
エラも静かに頷く。
その時だった。
「わしが出よう。」
低く響く声が広間に通る。
全員の視線が一斉に集まった。
爆星のガノンである。
狼人である彼は、どこか嬉しそうに笑っていた。
「まさか、同胞と拳を交えられるとはな。」
その言葉に狼人たちから歓声が上がる。
「おおっ!」
「客人が出るぞ!」
「しかも狼人だ!」
フェンリスは目を輝かせながら歩み寄る。
「ははっ!」
「アンタが出てくれるのか!」
「そりゃ面白ぇ!」
豪快に笑うと、自らの胸を拳で叩いた。
「優勝者には――」
「この俺に挑戦する権利を与える!」
その宣言に会場の熱気は最高潮へ達する。
「誰でもいい!」
「俺のところまで勝ち上がって来い!」
鋭い犬歯を見せて笑う狼王フェンリス。
その姿は、一国の王というよりも、一人の戦士そのものだった。
そしてガノンもまた、不敵な笑みを浮かべる。
「久しぶりに、本気で暴れられそうじゃのう。」
その一言に、会場はさらに大きな歓声へと包まれた。




