第22話-氷の惑星(Planeta Glacialis)
――戦略司令室
空間跳躍を終えた世界船の正面モニターには、一つの惑星が静かに映し出されていた。
そこには青でも緑でもない。
世界そのものが、白銀に凍てついていた。
大地も山脈も海までもが、果てなく続く氷に閉ざされている。
吹き荒れる吹雪は宇宙空間からでも確認できるほど激しく、その冷気は映像越しでさえ寒さを感じさせるほどだった。
戦略司令室は静まり返る。
その沈黙を破ったのはエラだった。
「この惑星は、極寒惑星と判断されます。」
立体映像が切り替わる。
巨大な生命体が映し出された。
真っ白な毛並み。
幾重にも湾曲した巨大な角。
そして、まるで山脈そのものが歩いているかのような巨躯。
「原因は、この巨大生命体です。」
「……羊?」
誰かが思わず呟く。
司令室には困惑が広がった。
「はい。羊です。」
「ですが、通常の羊ではありません。」
エラは淡々と続ける。
「全長は百キロメートル以上。」
「この個体が放出する超低温エネルギーにより、惑星全域が氷結したものと推測されます。」
その説明に室内がどよめいた。
「またデカいやつかよ……。」
カーデンスは頭を抱え、大きくため息を吐く。
「なんで最近の敵って、どいつもこいつも規格外なんだよ。」
「本当だよね。」
アルマも苦笑しながら巨大な羊を見つめた。
「あれ、一歩踏み出すだけで町一つ潰れそう。」
「……旅をする者の……。」
エラは何かを思い出しかけるように口を開く。
しかし、そこで言葉を飲み込んだ。
どこか遠くを見るような瞳。
「エラ?」
ウィアが首を傾げる。
「……いえ、何でもありません。」
微笑みながら答えたものの、その表情にはわずかな迷いが残っていた。
「つまり、この羊をどうにかすれば、この星は救われるってこと?」
ウィアが問い掛ける。
「現時点では、その可能性が最も高いと考えられます。」
エラは頷いた。
「住民の反応は?」
「文明らしき反応はまだ確認できていません。」
「ただし、人工構造物と思われる地点を四か所発見しています。」
モニターには四つの光点が表示される。
「じゃあ決まりね。」
オリヴィエが腕を組みながら口を開いた。
その隣では星守帝カエルムも静かに頷いている。
「探索隊を四班編成。」
「それぞれ別の地点を調査するわ。」
「文明と接触した場合、交戦は厳禁。」
オリヴィエの視線が全員へ向けられる。
「私たちは侵略者じゃない。」
「救うために旅をしているの。」
「それだけは絶対に忘れないこと。」
「了解!」
力強い返事が戦略司令室に響いた。
会議が終わり、人々が席を立ち始める。
その時だった。
「ウィア、ちょっと待ちなさい。」
オリヴィエが声を掛ける。
「はい?」
振り返ったウィア達へ、オリヴィエは少しだけ笑みを浮かべた。
「今日は、もう一つ大事な話があるの。」
そう言うと、一枚の端末を取り出した。
「あなた達の功績を正式に評価したわ。」
「本日付で――」
少し間を置いて宣言する。
「全員、導標へ昇進よ。」
一瞬。
時間が止まったようだった。
「……え?」
ウィアが目を丸くする。
「お、俺もか!?」
カーデンスが思わず身を乗り出した。
「もちろん。」
オリヴィエは笑う。
「特にアンタは二階級特進。」
「嘘だろぉぉぉっ!!」
カーデンスは拳を突き上げ、大声で叫んだ。
「うぉぉぉぉ!!」
その喜びように司令室から笑い声が上がる。
「私も?」
アルマが恐る恐る尋ねる。
「ええ。」
「あなたもよ。」
「エラも。」
「え……私もですか?」
エラは驚いたように自分を指差した。
「当然。」
オリヴィエが優しく頷く。
その瞬間。
四枚のの純白の羽と二枚の黒き羽がぱっと大きく広がった。
嬉しさを隠しきれないように羽ばたき、小さく宙へ浮かび上がる。
「ありがとうございます。」
その笑顔は、どこまでも無邪気だった。
「でも……。」
ウィアが少し照れ臭そうに頭を掻く。
「遺跡を発見した訳でもないし、探索らしい探索は――」
「何を言ってるの。」
オリヴィエが笑って遮った。
「未知へ踏み出すこと。」
「それ自体が探索者の仕事よ。」
「誰も知らない星へ降り立ち。」
「新しい文明と出会い。」
「世界を救うために行動する。」
「そんな探索が他にある?」
その言葉にウィア達は顔を見合わせる。
自然と笑みがこぼれた。
「胸を張りなさい。」
「あなた達は立派な探索者よ。」
その言葉は、誰の胸にも深く刻まれた。
◇
その夜。
船内都市にある食事処平等宣言では、ささやかな昇進祝いが開かれた。
笑い声が響き、料理の香りが広がる。
だがその窓の向こうでは――
白銀の惑星が静かに彼らを待ち続けていた。
その極寒の大地で。
巨大な羊は、なおも眠ることなく世界を凍らせ続けていることを、まだ誰も知らなかった。
◇
世界船は、極寒の惑星へ向けてゆっくりと降下を開始した。
船体各所の逆噴射装置が重々しい轟音を響かせ、巨大な船体を慎重に減速させていく。
窓の外に広がるのは、どこまでも続く白銀の世界。
山も森も湖も、すべてが厚い氷と雪に閉ざされていた。
やがて世界船は雪煙を巻き上げながら静かに着陸する。
ゆっくりとハッチが開き、凍てつく風が船内へと流れ込んだ。
肌を刺すような冷気に、誰もが思わず身震いする。
オリヴィエは集まった探索隊を見渡した。
「みんな、十分に注意してね。」
「相手がどんな文明かも、何が潜んでいるのかもまだ分からないわ。」
「無理だけはしないこと。」
その言葉に、一同は力強く頷く。
ほどなくして、一隻、また一隻と飛行艇が白い空へ飛び立っていった。
今回、ウィア達に同行するのは白氷のフェリアと、爆星のガノンである。
飛行艇の中。
「アルマ、今日も可愛い。」
フェリアは満面の笑みを浮かべると、アルマを膝の上へ抱き寄せ、そのまま後ろからぎゅっと抱き締めた。
「もう、お姉ちゃんったら。」
アルマは困ったように笑いながらも、その腕の中で大人しく身を預けている。
「えへへ。」
「寒い日はこうしてるのが一番ね。」
「うん。」
アルマは照れながら頬を膨らませる。
その微笑ましい光景を前に、
ウィア、カーデンス、エラ、そしてガノンの四人は――
誰一人として口を開かなかった。
「……。」
「……。」
「……。」
「……。」
全員が窓の外を見つめる。
「外、真っ白だね。」
何事もなかったようにウィアが呟く。
「ええ。」
「一面の白銀世界ですね。」
エラも静かに頷いた。
「これじゃ、遠くは何も見えねぇな。」
カーデンスが腕を組む。
「うむ。」
「これほどの吹雪では索敵も難儀しそうじゃ。」
ガノンも険しい表情で外を見つめる。
その背後では、
「アルマ、髪さらさら。」
「わっ、ちょっと。」
「可愛い。」
「もぉ……。」
そんなやり取りがいつまでも続いていた。
◇
飛行艇は、エラが示した目的地へゆっくりと近づいていく。
吹雪の中、通信士は何度も送信を繰り返した。
「こちら、ヴィアトラ帝国外交使節団。」
「聞こえていましたら応答願います。」
「我々は友好的な親善訪問を目的として参りました。」
「着陸許可と誘導を要請します。」
数秒の沈黙。
やがて通信機から微かなノイズが流れ――
『……許可する。』
短く、それだけが返ってきた。
同時に吹雪の向こうで一筋の光が灯る。
誘導ビーコンだった。
「返答がありました!」
通信士が安堵したように声を上げる。
白い世界の奥へと、飛行艇はゆっくり進路を変える。
吹雪の先で待つ者たちは、敵か、それとも友か。
未知との遭遇が、静かに幕を開けようとしていた。
◇
地面が低い振動とともにゆっくりと左右へ開いていく。
厚い氷床の下から、巨大な円形の発着場が姿を現した。
「着陸します。」
操縦士の声とともに飛行艇はゆっくりと降下し、静かに接地する。
衝撃はほとんどない。
着陸を確認すると、発着場全体が機械音を響かせながらゆっくりと下降を始めた。
「これ自体がエレベーターなんだね。」
ウィアは周囲を見回しながら感心したように呟く。
「この寒さでは地上で生活するのは困難でしょう。」
フェリアは静かに頷いた。
「地下なら気温も安定します。都市を築くには理にかなっていますね。」
下降するにつれ、外の吹雪は遠ざかり、代わりに岩肌が視界を埋め尽くしていく。
やがて冷たい風も止み、周囲は穏やかな空気へと変わっていった。
◇
発着場はやがて巨大な空洞へと到達した。
「これは……。」
思わずウィアが息を呑む。
洞窟の中には、一つの都市が築かれていた。
巨大な鍾乳石を支柱のように利用し、岩壁には幾重もの建物が連なっている。
無数の橋が空中を行き交い、青白い鉱石が街全体を幻想的に照らしていた。
外は死のような極寒世界。
しかし、その地下には確かな営みが息づいていた。
発着場が静かに停止する。
ゆっくりと飛行艇のハッチが開くと、そこには二つの種族が整然と並び、一行を待っていた。
鋭い牙と獣の耳を持つ狼人。
硬質な鱗と縦長の瞳を持つ蜥蜴人。
互いに異なる姿を持ちながらも、その立ち姿には揺るぎない信頼が感じられる。
エラが一歩前へ出る。
「狼人。」
「群れとの絆を何より重んじ、契約を神聖な誓いとして守る種族です。」
続いて蜥蜴人へ視線を向ける。
「蜥蜴人。」
「冷静かつ合理的な思考を得意とし、長期的な計画と都市運営に優れた種族ですね。」
その時、一人の狼人が前へ歩み出た。
白銀の毛並みと堂々たる体躯。
一歩踏み出すだけで王者の風格を感じさせる。
「我らの居住地へようこそ。」
低く響く声が洞窟内へ広がる。
「我が名は狼王フェンリス。」
続いて、その隣に立つ深緑色の鱗を持つ蜥蜴人が静かに一礼した。
年老いてはいるが、その金色の瞳には鋭い知性が宿っている。
「私は長老総監セルペンス。」
「この地下都市は、我ら二人が共に治めています。」
互いに視線を交わした二人は、同時に穏やかな笑みを浮かべた。
「さあ、どうぞ奥へ。」
未知の地下都市での、新たな出会いが幕を開けた。




