第20話-人へ還る日まで(Donec Homo Redeat)
戦車へと変貌したヴォルクスの巨体が唸りを上げた。
轟々と回転する巨大なキャタピラが火花を散らし、二十メートルを超える鋼鉄の巨体が信じられない速度で駆け出す。
壁を。
天井を。
柱を。
重力など存在しないかのように縦横無尽に走り回る。
その度に鋼鉄の都市が激しく震え、無数の瓦礫が降り注いだ。
「なんじゃ、この化け物は!」
クレスが大剣で受け止める。
激突した瞬間、凄まじい衝撃が全身を駆け抜け、床を数十メートル滑らされた。
「力だけじゃない……速さまで化け物か!」
ヴォルクスの赤い単眼が妖しく輝く。
次の瞬間――
ガガガガガガガガッ!!
左右に並ぶ副砲が一斉に火を噴いた。
弾幕。
それは雨などという生易しいものではない。
鋼鉄そのものが押し寄せる津波だった。
床が抉れ、
壁が砕け、
支柱が粉々に吹き飛ぶ。
「くっ……鬱陶しいのう!」
ドルガが戦槌を盾代わりに弾丸を弾く。
「まったくじゃ!」
ガノンも大砲を盾のように構え、火花を散らしながら耐え続ける。
副砲とはいえ、一発一発が大型生物を吹き飛ばすほどの威力。
被弾すれば致命傷は免れない。
「エラ、防御お願い!」
「任せてください!」
エラの瞳が青白く輝く。
無数の演算式が空中へ浮かび上がった。
「局所防御展開。」
パンッ!!
銃弾が命中する刹那。
透明なシールドが一瞬だけ展開される。
次の瞬間には消える。
必要な場所だけを防ぐ超高精度防御。
まるで未来を見ているかのようだった。
「今です!」
「行くよ!」
ウィアがワイヤーを射出する。
天井。
壁。
柱。
次々とワイヤーを打ち込み、蜘蛛のように空間を駆ける。
残像を幾つも残しながら一気にヴォルクスへ肉薄。
「はああああっ!」
槍が装甲を貫く。
火花が散る。
しかし――
「浅い。」
ヴォルクスの装甲が閉じ、傷口を修復していく。
「再生だと!」
カーデンスが笑う。
「なら壊れるまで殴ればいいだけだ!」
左腕のブーストナックルが唸る。
「おおおおおっ!!」
轟音。
一撃。
二撃。
三撃。
衝撃波だけで床が砕ける。
ヴォルクスの巨体が初めて大きく揺らいだ。
「みんなで、援護するよ!」
アルマが両手を掲げる。
惑星環境改善機械群が周囲へ舞い上がった。
青白い粒子が稲妻へと変わる。
「雷鳴よ、敵を討って!」
轟雷がヴォルクスを直撃した。
無数の電流が機体を這い回り、各部で火花が弾ける。
「ぐっ……!」
ヴォルクスが初めて苦悶の声を漏らす。
「人々を……救うためだ!」
怒号とともに主砲へ光が収束する。
眩い光。
空間そのものが震え始めた。
「まずいです!」
エラが叫ぶ。
「高エネルギー反応急上昇!」
次の瞬間。
ゴォォォォォォォォッ!!
極太の光線が空間を薙ぎ払った。
壁が蒸発する。
天井が崩れる。
溶けた金属が雨となって降り注ぐ。
一同は全力で飛び退いた。
遅れていたなら跡形もなく消し飛んでいただろう。
土煙が立ち込める。
その煙の向こうで、三人の老戦士が静かに前へ出た。
「若い者だけに格好はつけさせん。」
クレスが笑う。
大剣の推進機関が唸りを上げる。
「神魔両断!!」
爆発的な加速。
一閃。
鋼鉄の装甲が紙のように裂けた。
続いてドルガが跳ぶ。
「惑星落とし《アストラル・インパクト》!!」
戦槌が振り下ろされた瞬間。
超高密度の重圧が一点へ収束する。
装甲。
内部骨格。
駆動機関。
すべてが圧潰した。
「最後はワシじゃ!」
ガノンが砲口を向ける。
「対艦爆砕砲!!」
轟ッ!!
白熱した極大の爆炎がヴォルクスを飲み込む。
都市全体が揺れた。
爆風が嵐となり吹き荒れる。
やがて煙が晴れる。
ヴォルクスは動きを止めていた。
全身の装甲は砕け、
内部機関が剥き出しになっている。
それでも赤い光は消えない。
砕けた装甲が蠢き、
なおも再生を始める。
「ここで……負けるわけにはいかない……。」
「ここで倒れれば……今までの犠牲は……。」
「この星で生きるために払った命は……。」
壊れた機械のように同じ言葉を繰り返す。
「終わらせる!」
ウィアとカーデンスが同時に飛び出した。
槍と拳。
二つの必殺が交差する――
その瞬間だった。
「やめてくれ!」
エリオンが二人の前へ飛び出した。
「兄さんを殺さないでくれ!」
止められない。
間に合わない。
ガキィィン!!
金属が激しくぶつかる。
エリオンの前に立ちはだかったのは――
ヴォルクスだった。
傷だらけの巨体が、弟を庇っていた。
「……なぜだ。」
ヴォルクスが震える声で問う。
「なぜ……私を庇う。」
エリオンは涙を流しながら笑った。
「だって兄さんは……ずっと一人で苦しんできた。」
「俺は何も背負ってやれなかった。」
「だから今度は一緒に背負う。」
「どんな姿になっても……兄さんは兄さんだから。」
静寂。
戦場から音が消える。
その沈黙を破ったのはウィアだった。
「ヴォルクスさん。」
「もう毒は止まりました。」
「元凶の、菌糸巨人は倒しました。」
「この星は、もう一度緑を取り戻せます。」
ヴォルクスの赤い瞳が揺れる。
「……そうか。」
長い沈黙。
そして、静かな声が漏れた。
「ならば……私が積み上げた犠牲は……もう必要ないのだな。」
エリオンが強く頷く。
「兄さん。」
「今度は俺がこの都市を守る。」
「必ず、人に戻す方法も見つける。」
「だから……もう休んでくれ。」
『管理者権限をエリオンへ移譲します。』
無機質な機械音声が響く。
赤い光が静かに消えていく。
それ以上、ヴォルクスが言葉を発することはなかった。
まるで長い使命を終え、ようやく安らかな眠りについたかのように。
◇
戦いを終えたウィア達は、エリオンの案内で都市の奥深くへと足を進めていた。
幾重もの隔壁を抜け、錆び付いた扉がゆっくりと開く。
その先に広がっていた光景を見た瞬間、一同は息を呑んだ。
薄暗い空間に、簡素な寝床が幾重にも並べられている。
そこには、およそ千人もの『ドワーフ《ストルクトレス》』が身を寄せ合うように暮らしていた。
痩せ細った体。
包帯を巻かれた腕。
義肢のまま動かなくなった者。
幼い子どもを抱きしめ、不安そうにこちらを見る母親。
誰もが疲れ切った表情を浮かべ、それでも生きることだけは諦めていなかった。
その光景に、誰一人として言葉を発することができない。
重苦しい沈黙だけが空間を支配する。
「……これは。」
カーデンスが目を伏せた。
「ひどい……。」
アルマは目を潤ませ、小さく呟いた。
エリオンは申し訳なさそうに視線を落とす。
「これが……今、生き残っている同胞の全てだ。」
「食料も、薬も、すべてが足りない。」
「兄に見つかれば、都市の部品へ組み込まれる。」
「だから皆、こうして息を潜めて生きてきた。」
その声は震えていた。
長として彼らを守れなかった悔しさ。
弟として兄を止められなかった後悔。
様々な感情が滲んでいた。
ウィアは静かに頷く。
「エラ。」
「はい。」
「すぐ世界船へ連絡を。」
「医療班、救援物資、食料、水……運べるものは全部お願い。」
「了解しました。」
エラの天使の輪が明滅し、瞳が淡く輝く。
数秒後、世界船との通信が確立される。
『こちら世界船。救援要請を確認しました。』
『医療班、補給部隊を直ちに出撃させます。』
その報告を聞いた瞬間。
張り詰めていた空気が少しだけ緩んだ。
やがて何処からともなく、輸送艇のエンジン音が響き始める。
次々と降ろされる食料、水、医薬品。
白衣の医療班が駆け寄り、傷病者の治療を始める。
泣きながらパンを抱きしめる子ども。
水を飲んで安堵の涙を流す老人。
誰かが「助かった」と呟く。
その小さな一言は、静かに周囲へ広がっていった。
エリオンはその光景を見つめながら、深く頭を下げる。
「……何から何まで、本当にすまない。」
ウィアは首を横に振った。
「謝らないでください。」
「僕たちは、そのために来たんですから。」
その言葉に、エリオンはようやく小さく笑った。
しかし、その笑顔の奥には、まだ消えない影があった。
都市と融合した者たち。
眠り続ける兄、ヴォルクス。
そして、この星に残された深い傷跡。
救えた命は確かにあった。
だが、本当の意味でこの惑星が救われる日は――まだ、遠かった。




