第19話-構造転生(Structura Transmutatio)
――人型拠点内部
ゲーティアが穿った突破口の先には、鋼鉄で造られた広大な内部空間が広がっていた。
格納庫のような広間を埋め尽くすように、無数の機械兵が一斉に起動した。
人型。
虫型。
獣型。
それぞれが赤い単眼を輝かせながら武器を構える。
「こいつらは何じゃ。」
ドルガが戦槌を担ぎながら呟く。
「歓迎にしちゃ、ずいぶん物騒じゃな。」
ガノンが豪快に笑う。
「邪魔するなら吹き飛ばすしかない。」
クレスが大剣を抜き放つ。
「それじゃあ――行くぞ。」
次の瞬間だった。
「速刃大滅」
クレスの姿が消える。
いや、速すぎて見えない。
黒閃だけが幾重にも走り抜け、機械兵たちは何が起きたか理解する間もなく細切れとなって崩れ落ちた。
「邪魔をするでないわ。」
ドルガが戦槌を振り上げる。
「白色矮星」
戦槌が振り下ろされた瞬間、空間が大きく歪む。
超高密度に圧縮された質量が機械兵たちを呑み込み、装甲ごと圧壊させていく。
鋼鉄が悲鳴を上げながら潰れ、残骸だけが床へ積み重なった。
「破壊目標が多いのう!」
ガノンが巨大砲を構える。
「焔爆熱破」
轟音とともに紅蓮の炎が一直線に放たれる。
灼熱の奔流は通路を埋め尽くし、機械兵を次々と飲み込み、赤熱した金属へと変えていった。
数分後。
広間を埋め尽くしていた機械兵は、一体残らず沈黙していた。
辺りには砕け散った鋼鉄と、まだ赤く熱を帯びる残骸だけが転がっている。
「はぁ……年寄ども強すぎるだろ。」
カーデンスが苦笑する。
「経験の差、かな。」
ウィアも肩をすくめた。
「ふふっ、いつか追い越したいね。」
アルマが笑う。
「現在の成長速度では約四十七年後です。訓練負荷を――」
「それは却下!」
ウィアが即座に遮る。
一瞬だけ緊張が和らぎ、一同に笑みがこぼれた。
「さて。」
クレスは大剣を肩へ担ぎ直し、奥へ続く巨大な通路へ視線を向ける。
「これで入口の掃除は終わりじゃ。」
「本番は、この先ということじゃな。」
ガノンが不敵に笑う。
誰も異論はなかった。
一行は警戒を解くことなく、巨大な人型拠点のさらに深部へと歩みを進めるのだった。
◇
機械兵を退けた一行は、そのまま人型拠点のさらに奥へと進んでいく。
やがて重厚な隔壁を抜けると、目の前に巨大な空間が広がった。
「……これは。」
ウィアは思わず息を呑む。
そこには、一つの都市が存在していた。
鋼鉄で築かれた建物が整然と並び、高架道路や工場、広場までもが広がっている。
まるで一つの国が、そのまま巨大な人型拠点の内部へ収められているかのようだった。
しかし――。
人の姿だけが、どこにもない。
通りには朽ちた運搬車両が止まり、店には商品が並んだまま。
食卓には食器が置かれ、住居には家具や生活用品が残されている。
ついさっきまで誰かが暮らしていたような生活の痕跡だけが、静まり返った街を満たしていた。
「ここ……人が住んでたんだよね?」
ウィアが周囲を見渡す。
「はい。生活の痕跡を多数確認しています。」
エラが静かに頷く。
「でも、誰も居ないね。」
アルマが不安そうに呟く。
「まるで突然、全員消えちまったみたいだ。」
カーデンスも眉をひそめた。
不気味な静寂だけが、一行を包み込む。
やがて探索を続ける中で、一台の情報端末を発見する。
「解析します。」
エラは端末へケーブルを接続し、保存データを読み出した。
しばらくして、一つの記録がモニターへ映し出される。
「個人記録――日誌。」
エラが静かに読み上げた。
「毒ガスが惑星を覆った。」
「このままでは生きていけない。」
「防毒マスクだけでは限界がある。」
記録には、日に日に追い詰められていく住民たちの苦悩が綴られていた。
そして最後のページ。
そこだけ文章の雰囲気が変わる。
「……見つけた。」
「この方法なら、皆を救えるかもしれない。」
それだけを残して、記録は途切れていた。
部屋に沈黙が落ちる。
「救う方法を見つけたはずなのに……。」
ウィアは静まり返った街を見渡した。
「どうして、誰も居ないんだ……?」
答えを知る者は、どこにもいなかった。
◇
その時不意に物音がした。
皆が一斉に振り向く。
そこには一人の老『ドワーフ《ストルクトレス》』がいた。
「お前たちは一体。」
そういうと近づいてきた。
「もしや、外から来たのか?」
震えた手を伸ばしてくる。
「頼む。もし幻じゃ無いなら、助けて欲しい。」
そういうと老『ドワーフ《ストルクトレス》』は倒れ込んだ。
◇
彼の名はエリオン。
この都市を治める長――ヴォルクスの実弟だった。
エリオンは静かに息を吐くと、ゆっくりと語り始めた。
「……全ては、毒ガスが惑星を覆った日から始まった。」
その声は重く、どこか諦めを帯びていた。
「最初は皆、防毒マスクを着けて耐え忍んでいた。」
「だが、それでは生き延びることはできても、生き続けることはできん。」
「この都市は資源がなければ動かんからな。」
エリオンは拳を強く握り締める。
「資源を採掘するためには外へ出るしかない。」
「だが、毒の大地へ出れば……帰って来られぬ者が日に日に増えていった。」
静まり返った都市を見渡しながら、彼は続ける。
「兄は必死だった。」
「皆を救う方法を、本気で探していた。」
その言葉には偽りはない。
だからこそ、この先の話がより悲痛に響いた。
「そして兄は、一つの答えへ辿り着いた。」
「人体の機械化だ。」
誰も口を開かなかった。
「肉体を機械へ置き換えれば毒は恐れるに足らない。」
「肺を。」
「腕を。」
「脚を。」
「内臓を。」
「少しずつ……人は機械へと変わっていった。」
エリオンは震える声で続ける。
「最初は希望だった。」
「皆、生きるために望んで機械化を受け入れたんだ。」
しかし――。
「ある日、兄は言った。」
エリオンは苦しげに目を閉じる。
「『この星を支配するには、一人一人が生きるだけでは足りない』と。」
「『都市そのものが一つの生命にならねばならない』と。」
その場の空気が凍りつく。
「生存都市……。」
「この都市は、人が造った都市じゃない。」
「人が都市になったんだ。」
誰も言葉を発せなかった。
エリオンは震える手で床へ触れる。
「この壁も。」
「この床も。」
「この動力炉も。」
「都市を支えている多くの部品は……かつて俺たちと同じ人間だった。」
その告白に、一同は息を呑む。
アルマは口元を押さえ、カーデンスは拳を握り締めた。
エラでさえ、一瞬だけ沈黙する。
「……今では、生き残った者はほんのわずかだ。」
エリオンはウィアを真っ直ぐ見つめる。
その瞳には、最後の希望だけが残っていた。
「お願いだ……。」
「兄を止めてくれ。」
「もうこれ以上、誰も都市の部品になってほしくない。」
そう言って深く頭を下げる。
ウィアは何も迷わなかった。
そっとエリオンの手を握り、力強く頷く。
「大丈夫。」
「僕たちは、そのためにここへ来たんです。」
その一言に、エリオンの瞳から静かに涙がこぼれ落ちた。
◇
エリオンの案内で、一行は生存都市の最深部へと辿り着いた。
無数の配管が壁を這い、低い駆動音が空間全体を震わせている。
やがて、目の前に現れたのは巨大な隔壁だった。
鈍い金属音を響かせながら、ゆっくりと左右へ開いていく。
その先にあったのは――。
部屋いっぱいを占める、巨大な鋼鉄の球体。
無数のケーブルが球体へと接続され、まるで都市そのものと一体化しているかのようだった。
次の瞬間、球体の各所に赤い光が灯る。
低く無機質な声が室内へ響いた。
「……エリオンか。」
「何をしに来た。」
エリオンは一歩前へ出る。
「兄さん。」
「もう終わりにしてくれ。」
「これ以上、人々を都市の部品にしないでくれ。」
しばし沈黙。
そしてヴォルクスは感情の見えない声で答えた。
「終わりにする理由がない。」
「この星は毒に支配された。」
「資源は尽き、人は死に続けた。」
「生き残るためには、都市そのものが一つの生命体になるしかなかった。」
赤い光が静かに脈打つ。
「私は、人々を生かした。」
「その結果が、今のお前の見ている生存都市だ。」
エリオンは首を振る。
「違う……。」
「それは生きてるんじゃない。」
「ただ、都市の部品として使われているだけだ!」
声が震える。
「誰も笑わない。」
「誰も夢を見ない。」
「そんな世界が、本当に兄さんの望んだ未来なのか!」
ヴォルクスは静かに答えた。
「夢では毒は防げん。」
「理想では飢えは満たせん。」
「責任を負う者は、必ず何かを切り捨てなければならない。」
その声には怒りではなく、長年積み重ねた苦悩が滲んでいた。
「お前は責任を負わずに済んだ。」
「だから綺麗事が言える。」
「私は違う。」
「私は、この都市を守る責任を背負った。」
静寂が流れる。
その重苦しい空気を破ったのは、ウィアだった。
「……責任を負うことと、人を道具にすることは違うと思うよ。」
ヴォルクスの赤い光が、ゆっくりとウィアへ向く。
「貴様も理想論を語るか。」
「だったら見せてもらおう。」
「その理想が、この現実を超えられるのかを。」
次の瞬間――
巨大な球体が轟音を響かせながら回転を始めた。
都市全体が震える。
外殻が幾重にも展開し、無数の装甲板がせり出す。
金属同士が噛み合う甲高い音が連続して鳴り響き、球体は急速にその姿を変えていく。
左右には巨大なキャタピラ。
前面には厚い複合装甲。
中央には部屋を貫くほどの巨大主砲。
さらに全身へ数十門もの副砲が展開される。
それは一つの兵器ではない。
部屋そのものが変形した要塞戦車だった。
二十メートルを超える鋼鉄の巨体が地面を震わせながら前進する。
「私は、生存都市管理者ヴォルクス。」
「この都市を守る最後の防壁だ。」
主砲がゆっくりとウィア達へ向けられる。
空気が張り詰める。
ウィアは静かに槍を構えた。
「……行こう。」
人類の未来を巡る戦いが、今始まろうとしていた。




