第18話-突破口(Aditus)
永遠の樹へ帰還したウィアたちを、数え切れないほどの鹿人が出迎えていた。
先ほどまで永遠の樹を覆っていた紫色の毒気は、跡形もなく消え去っている。
澄み渡る青空から柔らかな陽光が差し込み、木々の葉は風に揺れ、色鮮やかな花々が一斉に咲き誇っていた。
浄化された風が優しく頬を撫でる。
その風は、生命そのものの息吹を運んでくるようだった。
「……毒が、本当に消えた。」
誰かが小さく呟く。
その一言をきっかけに、静まり返っていた広場が歓喜に包まれた。
涙を流して抱き合う者。
空へ向かって祈りを捧げる者。
竪琴や笛を奏でる者。
花びらを舞わせながら喜びの舞を踊る者。
長い絶望の時代が終わったのだ。
その光景を見つめながら、ウィアは自然と笑みを浮かべていた。
やがて、人々の間を抜け、大樹守エルシアスがゆっくりと歩み寄る。
その表情には、安堵と感謝、そして未来への希望が宿っていた。
「ウィア。」
「そして、ヴィアトラ帝国の皆様。」
エルシアスは深く息を吸い、静かに頭を垂れる。
「我ら鹿人は、この御恩を決して忘れません。」
「あなた方が命を懸けて示してくださった英雄的献身を。」
「この先、何十年……何百年の時が流れようとも。」
「必ずや、この恩に報いることを誓います。」
その言葉とともに。
周囲にいた鹿人たちも、一人、また一人と膝をついた。
やがて広場を埋め尽くすすべての鹿人が、ウィアたちへ深く頭を垂れる。
それは英雄への礼ではない。
命を救ってくれた恩人への、心からの感謝だった。
「顔を上げてください。」
ウィアは慌てたように両手を振る。
「僕たちは、お礼が欲しくて戦ったわけじゃありません。」
穏やかな笑顔を浮かべながら続ける。
「この星が、また緑でいっぱいになるところを見たかった。」
「それだけなんです。」
その言葉に、エルシアスは静かに微笑んだ。
「……あなたは、本当に不思議なお方だ。」
「だからこそ、多くの者があなたに心を預けるのでしょう。」
ウィアは照れくさそうに頭をかいた。
「今日は祝いの日だ!」
エルシアスが杖を高く掲げる。
「異邦より来た英雄たちの勝利と、新たな生命の始まりを祝おう!」
その瞬間――
「おおおおおっ!!」
歓声が永遠の樹いっぱいに響き渡る。
音楽が鳴り始め、
花びらが舞い、
笑顔があふれた。
長い絶望を乗り越えた者たちの宴が、夜遅くまで続く。
そしてその日。
毒に覆われた惑星シルヴァリスに、希望という名の新たな風が吹き始めたのだった。
◇
宴も終わりに近づき、賑やかだった広間にも静かな余韻が漂い始めていた。
焚き火の炎が揺れ、鹿人たちは歌を口ずさみながら後片付けをしている。
その中で、大樹守エルシアスが静かにウィアのもとへ歩み寄った。
「ウィア。」
穏やかな声だった。
しかし、その表情には宴の喜びとは違う影が差している。
「どうか……もう一つの拠点も調べてはいただけないだろうか。」
エルシアスは毒霧の向こうを見つめる。
「あそこには、かつて我らと共にこの星で生きていた友……『ドワーフ《ストルクトレス》』がいた。」
「だが、毒が星を覆って以来、一度も連絡が取れていない。」
「無事でいてくれればいいのだが……。」
静寂が流れる。
ウィアは仲間たちを見回した。
誰も反対はしない。
皆、小さく頷く。
「もちろん。」
ウィアは迷いなく微笑んだ。
「僕たちが行ってみます。」
その言葉に、エルシアスは深く頭を下げた。
「……感謝する。」
翌朝――。
ウィア達は永遠の樹を後にし、世界船へ帰還した。
しかし待っていたのは束の間の休息ではない。
外交使節団が攻撃を受けた人型移動拠点。
そこで一体、何が起きているのか。
新たな謎を前に、一行は対策会議へと向かうのだった。
◇
世界船――戦略指令室。
巨大な円卓を囲み、帝国の首脳たちが険しい表情で議論を交わしていた。
中央モニターには、人型移動拠点から受けた攻撃記録が映し出されている。
シールド展開。
砲撃回避。
そして、撤退。
外交使節団は無事帰還したものの、最初の接触は完全な失敗に終わっていた。
「外交使節へ攻撃を加えてきた以上、敵対勢力と判断するべきでは?」
帝国軍総司令官ガイウスが口火を切る。
「こちらも武力をもって応じましょう。」
すると、宰相レオニスが静かに首を横へ振った。
「早計です。」
「相手が何故攻撃したのか、まだ何一つ分かっていない。」
「未知の文明同士だ。誤認や誤解という可能性も十分にある。」
「だが、攻撃された事実は変わらん!」
「こちらは外交使節だぞ!」
「だからこそだ。」
レオニスの声が一段低くなる。
「ここで報復すれば、本当に全面戦争になる。」
議場は再びざわめいた。
「では放置するのか?」
「関わる必要はないのでは?」
「もし内部で助けを求めている者がいるなら?」
「それも推測に過ぎん。」
誰も決定打を持たない。
議論は堂々巡りを続けていた。
その時だった。
「静まれ。」
星守帝カエルムの一言で、室内は水を打ったように静まり返る。
カエルムはゆっくりとウィアへ視線を向けた。
「ウィア。」
「其方なら、どうする。」
突然の問い。
だが、ウィアは迷わなかった。
「僕は、内部を確認したいです。」
「攻撃された理由も知りたい。」
「それに……もし『ドワーフ《ストルクトレス》』が残っているなら、助けたい。」
その真っ直ぐな答えに、室内が静まり返る。
カエルムは今度はエラを見る。
「突破は可能か。」
「はい。」
エラは即座に答えた。
「ゲーティアによる一点突破を行えば、侵入成功率は七〇%を超えます。」
立体映像に作戦予測が表示される。
「成功率七〇%……。」
誰かが小さく呟いた。
「陛下。」
レオニスが進み出る。
「危険な作戦であることに変わりはありません。」
「ですが、生存者救助と情報収集という目的であれば、実行する価値はあるかと。」
先ほどまで慎重論だったレオニスも、目的を限定した作戦には理解を示した。
カエルムはゆっくりと頷く。
「よかろう。」
その一言で空気が変わる。
「命ずる。」
全員が姿勢を正した。
「ゲーティアを先鋒とし、人型移動拠点へ侵入。」
「目的は情報収集、生存者の有無の確認、並びに救助。」
「交戦は必要最小限。」
「可能な限り外交的解決を優先せよ。」
「「「はっ!」」」
力強い返答が戦略指令室へ響く。
ウィアは大型モニターに映る巨大な人型拠点を見つめる。
あの内部で、一体何が起きているのか。
その答えを確かめるため、一行は再び出撃の準備を始めた。
◇
格納庫では、百メートル級人型機動兵器が静かに起動を始めていた。
重厚な装甲が噛み合う金属音が響き、全身に金色の光が走る。
巨大な機体が目覚めるたび、床がわずかに震え、格納庫全体に緊張が満ちていく。
出撃準備は、すでに整っていた。
「ウィアよ、今回はわしらも一緒じゃ。」
クレスが穏やかな笑みを浮かべながら声を掛ける。
その隣には、爆星のガノンと星槌のドルガも並んでいた。
三人の表情には、いつもの余裕はない。
その視線の先にあるのは、人型拠点――そして、そこに取り残された同胞たちだった。
「……なんとか助けてやりたいのう。」
ドルガが静かに呟く。
拳は強く握られ、その声には焦りと祈りが滲んでいた。
「同胞なんじゃ……。」
その一言だけで十分だった。
ドワーフ《ストルクトレス》にとって、仲間を見捨てるという選択肢など最初から存在しない。
ガノンは何も言わず、そっとドルガの肩へ手を置く。
その大きな掌が、「必ず助ける」という決意を物語っていた。
「助けよう。」
短く、それだけを告げる。
だが、その言葉には何よりも強い覚悟が込められていた。
ウィアも静かに頷く。
「うん。必ず助けよう。」
その言葉に、その場の全員が力強く頷いた。
やがて格納庫中央で、ゲーティアがゆっくりと膝を伸ばし、その巨体を立ち上がらせる。
百メートルを超える鋼鉄の巨人。
エラが作り出した切り札。
都市すら凌ぐその巨躯は、圧倒的な存在感を放っていた。
「全システム正常。」
「飛行形態へ移行します。」
エラが操縦席で淡々と報告する。
次の瞬間、装甲が連続して展開し、巨大な腕部と脚部が折り畳まれていく。
背部ユニットが大きく開き、無数の推進ノズルが青白い光を放った。
百メートルの巨人は、一瞬にして巨大な飛行兵器へと変形する。
格納庫全体に轟音が響き渡った。
「では――行きます。」
エラが操縦桿を押し込む。
凄まじい推力とともにゲーティアは格納庫を飛び出し、毒に覆われた惑星の空へ一直線に加速した。
その機影は、巨大な人型拠点へ向けて迷いなく飛翔していく。
ドワーフ《ストルクトレス》を救うための作戦が、いま始まった。
◇
――巨大人型拠点外壁
その姿は、まさに鋼鉄の巨神だった。
全高十五キロ。
全長は数十キロにも及び、一つの都市どころか山脈すら思わせるほどの巨体が、毒霧の中をゆっくりと歩んでいる。
百メートル級のゲーティアでさえ、その足元では小石のように小さく見えた。
「……でかすぎるだろ。」
カーデンスが思わず息を呑む。
「まるで一つの世界じゃん。」
アルマも圧倒されたように呟いた。
「目標まで残り十五キロ。」
「解析完了。外装甲の一部に構造的脆弱部位を確認しました。」
エラの瞳に無数の情報が流れる。
「そこを突破口とします。」
操縦桿を握る手に力が入る。
「全員、衝撃に備えてください。」
その一言で、機内の空気が張り詰めた。
全員がシートベルトを締め直し、手近なグリップを強く握る。
「防御シールド――最大出力。」
ゲーティアの全身を光の膜が包み込む。
次の瞬間。
巨大人型拠点の各所が赤く輝いた。
「来ます!」
エラが叫ぶ。
無数の砲門が一斉に火を噴いた。
光線。
実体弾。
誘導弾。
雨どころではない。
空そのものを埋め尽くす弾幕が、ゲーティアへと襲い掛かる。
「回避開始。」
エラは迷いなく機体を操る。
百メートル級とは思えない機動で機体を傾け、旋回し、急降下と急上昇を繰り返す。
光線が機体のすぐ横を掠め、爆炎が背後で連鎖する。
回避しきれない砲撃はシールドが受け止める。
防壁に激しい火花が散り、衝撃波が機体全体を揺らした。
「うおっ!」
「すごい揺れる!」
ウィアたちは必死に身体を支える。
しかし、エラの操縦は一切乱れない。
「突破口まで残り三百メートル。」
巨大な外壁が目前まで迫る。
「推進器――最大出力。」
背部スラスターが眩い光を放ち、ゲーティアは一直線に加速した。
「強行突破します!」
轟ッ――!!
音を置き去りにする勢いで、ゲーティアは脆弱部位へ激突する。
鋼鉄の外壁が悲鳴を上げるようにひしゃげ、装甲が内側へ弾け飛んだ。
爆煙と火花を突き破り、ゲーティアはそのまま巨大人型拠点の内部へと突入する。
鋼鉄の巨人の腹部に、エラが牙を突き立てたのだ。
「侵入成功です。」
エラが報告した、その瞬間だった。
拠点内部に、低く不気味な警報が鳴り響く。
『侵入者確認――排除シーケンス起動。』
機械音声が施設全域へ響き渡る。
その直後。
闇に沈んでいた無数の赤い光が、一斉に点灯した。
「……囲まれた。」
ウィアが静かに息を呑む。
次の瞬間、無数の影がゆっくりと立ち上がった。




