第17話-聖なる浄化(Lustratio)
ウィアたち四人に加え、
白氷のフェリア。
無風のヴェルナ。
世界樹のネイラ。
紅嵐のレクリア。
探索者教会最高戦力が、毒の元凶――菌糸巨人討伐へ向かう。
鹿人たちの案内で、巨大樹内部の中枢へと続く道が示された。
「ここから先は……お願いします。」
案内役の鹿人が深く頭を下げる。
「任せてください。」
ウィアは頷き、毒ガスマスクを装着した。
一行は静かに樹の奥へ足を踏み入れる。
内部は巨大な洞窟のようだった。
樹皮の壁には無数の菌糸が這い回り、紫色の胞子が絶え間なく漂っている。
生ぬるい風が吹くたび、鼻を刺すような毒気がマスク越しにも感じられた。
その時だった。
羽音。
這う音。
甲殻が擦れ合う不快な音。
次の瞬間――
巨大な蝶。
人ほどもある百足。
鋼鉄のような針を持つ毒蜂。
無数の毒生物が闇の中から一斉に姿を現した。
蝶が毒鱗粉を撒き散らす。
蜂は濃紫色の毒液を雨のように撃ち放つ。
百足は地面を砕きながら突進してきた。
「やれやれ……我らの邪魔をされては困るな。」
ヴェルナがため息をつき、ゆっくりと右手を掲げる。
「――空鳴」
その瞬間。
ヴェルナの前方の空間がぐにゃりと歪んだ。
次の刹那――
轟ッ!!
超高圧まで圧縮された空気が一気に解放される。
目には見えない衝撃波が一直線に走り、迫っていた毒虫の群れをまとめて吹き飛ばした。
羽は千切れ、甲殻は砕け、大樹の壁へ叩きつけられる。
「毒が……ワシらに効くかのう。」
ネイラは穏やかに微笑みながら杖を床へ突いた。
「生命花粉」
足元から植物が一斉に芽吹く。
蔦が伸び、花々が咲き誇り、黄金色の花粉がふわりと舞い上がる。
その花粉に触れた毒霧は音もなく浄化され、紫色だった空気が澄んでいく。
「白氷領域」
フェリアの静かな声が響いた。
瞬間。
冷気が爆発的に広がる。
床が。
壁が。
天井までもが白銀の氷で覆われ、巨大樹内部は一瞬で氷雪世界へと変貌した。
フェリアは氷上を滑るように駆ける。
その姿は残像すら置き去りにする。
一閃。
二閃。
三閃。
気付けば毒虫たちは細切れとなり、凍ったまま崩れ落ちていた。
「やれやれ……出番がなさそうじゃないか。」
レクリアが肩をすくめ、苦笑する。
「というか、僕たちも出番ないや。」
ウィアは苦笑しながら槍を納めた。
「だな。強すぎんだろ。」
カーデンスも呆れたように笑う。
「お姉ちゃんたち、すごい……。」
アルマは目を輝かせていた。
「これほどの戦闘能力を持つ者は、人類全体を見渡しても数えるほどしか存在しません。」
エラが静かに分析を口にする。
数百――いや、数千にも及ぶ毒虫の群れは。
わずか数十秒で、一匹残らず一掃されていた。
◇
その後も毒生物の群れは幾度となく襲いかかってきた。
だが、そのたびに五羅針が圧倒的な力で蹴散らし、一行の歩みが止まることはない。
そして――
ついに一行は、菌糸巨人潜む最深部へと辿り着いた。
巨大な扉が重々しい音を立てて開く。
その瞬間、濃密な毒気が部屋中から溢れ出した。
薄紫色の霧が渦を巻き、視界を覆う。
やがて、その奥から巨大な影がゆっくりと姿を現した。
菌糸が幾重にも絡み合って形作られた人型の巨人。
全身から胞子を撒き散らしながら立つその姿は、まるで巨大な毒そのものだった。
高さは、およそ三十メートル。
その圧倒的な威容を前に、誰もが息を呑む。
「――仕掛けるよ!」
最初に飛び出したのはレクリアだった。
道中で戦えなかった鬱憤を晴らすように、一気に間合いを詰める。
手にした杖が空中で幾本にも分裂した。
「はああああッ!」
暴風雨のような連続打撃が菌糸巨人へ叩き込まれる。
鈍い衝撃音が何度も部屋へ響いた。
「遅れられねぇな!」
カーデンスも獰猛に笑う。
左腕のブーストナックルが唸りを上げ、眩い噴射炎を吹き上げた。
「ぶっ飛べぇぇぇッ!」
轟音。
凄まじい拳撃が巨人の腹部へ突き刺さり、その巨体を大きくのけ反らせる。
「みんな、血の気が多いよ。」
ウィアは苦笑しながらも壁へワイヤーを撃ち込んだ。
身体が宙へ跳ね上がる。
勢いをそのまま槍へ乗せ、
「はぁっ!」
一直線に胸部へ突き刺した。
「でも、それだけこの星を助けたいって思ってるんだよね!」
アルマが優しく微笑む。
両手を前へ突き出すと、惑星環境改善機械群が光を帯びた。
瞬く間に巨大な炎が生まれ、菌糸を焼き尽くしていく。
「グオオオオオオオッ!!」
菌糸巨人が耳をつんざく咆哮を上げた。
その吐息と共に、濃密な毒霧が周囲へ噴き出す。
「こいつ……呼吸するだけで毒を撒き散らしているのか。」
ヴェルナが眉をひそめる。
「厄介な相手じゃのう。」
ネイラも表情を引き締めた。
次の瞬間。
巨人が腕を振り下ろす。
大量の菌糸が地面へ降り注いだ。
「来ます!」
フェリアが叫ぶ。
落ちた菌糸は瞬く間に成長し、
無数の槍となって床から一斉に突き上がる。
鋭い菌糸の槍が迷路のように乱立し、一行を貫こうと襲いかかった。
激しい攻防が続く。
幾度も斬り裂き、
幾度も焼き払い、
幾度も砕き続けた末――
ついに菌糸巨人の膝が崩れた。
巨体がゆっくりと傾き、
轟音とともに大地へ倒れ伏す。
「……やったかのう?」
レクリアが肩で息をしながら呟く。
その時だった。
倒れた巨体が、不気味に脈動する。
「……なっ?」
裂けた胴体が独りでに蠢き始めた。
左右に分かれた肉体は、それぞれが新たな身体を形成していく。
菌糸は絡み合い、
膨れ上がり、
やがて――
二体の菌糸巨人が、ゆっくりと立ち上がった。
部屋の空気が一気に張り詰める。
「……増えた、だと?」
誰かが思わず息を呑んだ。
戦いは、まだ始まったばかりだった。
◇
菌糸巨人は、倒しても倒しても終わらなかった。
一体が崩れる。
その肉体は蠢き、裂け、増殖し――
二体。
四体。
八体。
そして。
十六体。
巨大な菌糸の怪物が、一斉に咆哮を上げる。
空気が震え、吐き出された毒霧が戦場を紫色に染め上げた。
「十六体か……さすがに骨が折れるのう。」
ネイラが苦笑する。
それでも、その瞳に焦りはない。
「エラ、弱点は?」
ウィアが叫ぶ。
エラの天使の輪が明滅し、超高速で分析を開始する。
「解析完了。」
「再生には莫大な生体エネルギーを消費しています。」
「分裂回数にも限界があります。」
「このまま攻撃を続ければ、再生能力は必ず枯渇します。」
「つまり――」
「力押しってことか。」
カーデンスが豪快に笑う。
「なら話は早ぇ!!」
左腕のブーストナックルが轟音を上げる。
推進器が限界まで噴射し、爆発的な加速と共に飛び出した。
「うおおおおおおおッ!!」
拳が巨人の胸部へ炸裂。
衝撃だけで菌糸が四方八方へ吹き飛ぶ。
「もう、本当に脳筋なんだからぁ!」
アルマは苦笑しながら両手を掲げた。
惑星環境改善機械群が彼女の周囲へ展開される。
「燃えちゃえ!」
轟ッ!!
巨大な火柱が渦を巻き、菌糸の群れを飲み込んだ。
焼かれた菌糸が黒い灰となって舞い散る。
しかし。
焼け焦げた身体から再び菌糸が伸び、新たな肉体を形作っていく。
「再生が速い!」
アルマが息を呑む。
「なら、再生する暇すら与えなければよい。」
ヴェルナが一歩前へ出る。
静かに右手を振る。
「――真空断。」
空間が裂けた。
目に見えない真空の刃が幾百、幾千と放たれる。
ズバァァァァッ!!
巨人たちの身体が次々と輪切りになり、大地へ崩れ落ちた。
「やるしかないのう。」
ネイラが杖を掲げる。
「――星樹領域。」
轟隆。
大地を突き破って世界樹の根が伸びる。
無数の蔦が戦場を覆い尽くした。
味方の身体へ生命力が流れ込む。
傷が塞がる。
疲労が消える。
逆に巨人たちは巨大な根に絡め取られ、その動きを封じられていく。
「フェリア!」
レクリアが合図を送る。
「はい。」
二人は同時に駆け出した。
「――氷槍乱舞!!」
フェリアが剣を振るう。
白銀の粒子が集まり、
数百、数千もの氷槍が空を埋め尽くした。
豪雨のような氷槍が巨人たちへ降り注ぐ。
身体を貫き、
地面へ縫い付け、
再生を阻害する。
「――無限嵐撃!!」
レクリアの杖が消えた。
否。
速すぎて見えない。
残像だけが何十本、何百本と現れ、
暴風のような連撃が巨人を打ち砕く。
ドドドドドドドドドドドドッ!!
衝撃だけで菌糸が吹き飛び、肉体が粉々になっていく。
「エラ。」
ウィアが静かに呼ぶ。
「了解。」
エラが頷く。
「新たなる道。」
世界が変わる。
ウィアの視界に幾筋もの光の軌跡が浮かび上がった。
最短。
最速。
最効率。
勝利へ至る一本の道。
ワイヤーが壁へ撃ち込まれる。
天井。
柱。
巨人の身体。
無数のワイヤーを足場に、ウィアは空中を縦横無尽に駆けた。
「はぁぁぁぁぁぁッ!!」
槍が閃く。
一撃。
二撃。
十撃。
百撃。
まるで流星群のように、銀色の軌跡だけが戦場へ刻まれていく。
巨人は一体、
また一体と崩れ落ち、
ついに再生を始めなくなった。
「限界が来ました!」
エラが叫ぶ。
「再生エネルギーの枯渇を確認!」
「今です!」
「行くぞォォォォォ!!」
最後の一体へ、
全員が同時に飛び込んだ。
拳。
槍。
炎。
氷。
風。
植物。
杖。
七人の攻撃が、一点へ集中する。
轟ォォォォォォォォンッ!!
閃光が弾けた。
菌糸巨人の巨体は、
断末魔の咆哮を響かせながら崩壊していく。
菌糸は灰となり、
毒霧は風に溶け、
静寂だけが残った。
「……終わった。」
ウィアがゆっくりと槍を下ろす。
「これで、この星も少しは良くなるかな。」
エラは崩れ落ちた菌糸を見つめ、小さく呟く。
「この生物もまた……旅をする者によって生み出された被害者なのかもしれません。」
その声には、敵を倒した喜びではなく、失われた命への哀悼が滲んでいた。
「さあ、報告に戻ろう。」
レクリアが杖を握る。
誰もが頷き、一行は静かに踵を返した。
長きにわたり毒を吐き続けていた巨大樹が、まるで安堵したかのように静かに風へ葉を揺らしていた。




