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ヴィア・ノヴァ-Semina Vitae-  作者: トニトルス(tonitrus)


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第15話-毒の惑星(Planeta Veneni)

――世界船《ウィア・ムンディ》


長大な空間跳躍を終えた世界船《ウィア・ムンディ》は、新たな星系へと到達していた。


戦略指令室では、正面いっぱいに投影された巨大な立体映像へ、全員の視線が注がれている。


映し出されていたのは、一つの惑星。


しかし、その姿は今まで訪れたどの星とも違っていた。


惑星全体が、不気味な紫黒色の霧に覆われている。


雲ではない。


大気そのものが毒に侵されているかのような、禍々しい光景だった。


静まり返る指令室の中で、エラが映像へ手を向ける。


「どうやら、あの惑星は毒性物質に覆われているようです。」


淡々とした報告だった。


だが、その内容に室内の空気が一変する。


「……毒?」


ウィアが思わず眉をひそめる。


誰もすぐには言葉を返せない。


重苦しい沈黙が指令室を包み込んだ。


エラは解析結果を表示しながら説明を続ける。


「毒は地表から約五百メートルの高度まで広がっています。」


「通常の生物であれば、生存は極めて困難な環境です。」


全員が息を呑む。


だが、次の報告はさらに彼らを驚かせた。


「しかし――生体反応を確認しました。」


「複数の生命体が、この惑星で生活しています。」


「……え?」


アルマが目を丸くする。


毒の海とも言える世界。


そんな場所に、生きる者がいるというのか。


エラは立体映像を切り替えた。


惑星上に二つの光点が浮かび上がる。


「確認できた拠点は二か所です。」


「一つは、人型をした巨大な移動拠点。」


映像には、大地をゆっくりと歩く人型の巨影が映し出される。


まるで山脈そのものが歩いているかのような圧倒的な存在感だった。


「もう一つは、巨大樹型の固定拠点です。」


画面が切り替わる。


今度は雲を突き抜けるほど巨大な一本の樹。


枝葉は空を覆い、大陸の一部と見間違えるほどの規模を誇っていた。


「…………」


誰も言葉を発せない。


人型の都市。


そして世界樹のような拠点。


常識からかけ離れた光景に、指令室は静かなざわめきに包まれた。


最初に口を開いたのはウィアだった。


「ちなみに……大きさはどれくらいなの?」


エラは迷うことなく答える。


「どちらも全長およそ数十キロメートルです。」


「数十キロぉ!?」


カーデンスが思わず声を張り上げる。


「またかよ……。」


額を押さえ、大きくため息をついた。


「この宇宙の連中、なんで揃いも揃ってこんなにでかいんだ……。」


その一言に、張り詰めていた空気が少しだけ和らぐ。


アルマはなおも惑星の映像を見つめながら、小さく呟いた。


「でも……。」


「こんな毒の中で、どうやって暮らしているんだろう……。」


その疑問に答えられる者はいない。


指令室の全員が、ただ目の前の惑星を見つめていた。


紫黒の毒霧に覆われた未知の世界。


その奥では、一体どんな文明が彼らを待っているのか。


誰にも、まだ想像すらできなかった。


◇


世界船《ウィア・ムンディ》は、毒の惑星を見下ろしながらゆっくりと降下を開始した。


船体各所から重厚な機械音が響き渡り、巨大な推進機関が逆噴射を始める。


眼下には、紫黒色の毒霧が幾重にも渦を巻き、惑星全体を覆い隠していた。


生命を拒むような死の大地。


それでも、その毒の向こうには確かに文明が存在している。


未知の世界を前にしても、船内では慌ただしく準備が進められていた。


格納庫では飛行艇の整備が急ピッチで行われ、探索装備や通信機器、医療資材が次々と積み込まれていく。


これから始まるのは、未知の文明との接触。


武器ではなく、言葉で未来を切り開くための最初の一歩だった。


作戦会議室。


オリヴィエは集まった探索者たちをゆっくりと見渡した。


「やることは前回と同じよ。」


静かな一言で室内の空気が引き締まる。


壁面モニターには二つの拠点が映し出されていた。


一つは、大地を歩く巨大な人型都市。


もう一つは、空へ向かって枝葉を広げる超巨大樹。


「確認できた二つの拠点へ、それぞれ外交使節団を派遣するわ。」


「目的は接触と情報収集。」


「こちらに敵意がないことを伝え、相手を知ることを最優先にして。」


オリヴィエは一人ひとりの顔を見回した。


「決して無理はしないこと。」


その言葉に、一同は静かに頷く。


やがて格納庫には、およそ百名規模の外交使節団が整列した。


探索者。


護衛部隊。


研究者。


医療班。


通訳用AI。


それぞれが異なる役割を担いながら、一つの目的のために集っている。


ウィアたちは、巨大樹の拠点へ向かう部隊へ配属された。


飛行艇へ乗り込む途中、アルマが窓の外を見つめる。


「どんな人たちが住んでるんだろう。」


期待と少しの不安が混じった声だった。


「さあな。」


カーデンスは笑う。


「歓迎してくれりゃいいけどな。」


エラは巨大樹の映像を見つめながら静かに言う。


「植物と共生する文明である可能性が高いです。」


「生態系を重視する文化なのかもしれません。」


ウィアは仲間たちを見回し、小さく笑みを浮かべた。


「考えていても始まらないね。」


「行こう。」


飛行艇のハッチが閉まり、機体がゆっくりと浮かび上がる。


轟音とともに格納庫を飛び出すと、眼前には毒霧を突き抜ける一本の巨大な樹が姿を現した。


まるで天へ届く柱のように聳え立つその姿を見上げながら、ウィアたちは未知なる文明との出会いへ向かって飛び立った。


◇


――巨大樹上空


飛行艇は、巨大な樹の枝葉すれすれを滑るように飛行していた。


眼下には紫黒色の毒霧が雲海のように広がり、その遥か上へ、一本の巨樹が天を貫いている。


幹は山脈にも匹敵するほど太く、枝は都市一つを支えられるほど巨大だった。


葉の一枚一枚が建造物のような大きさを持ち、その表面には蔦や花々が複雑に絡み合っている。


まるで一本の樹ではない。


惑星そのものが育て上げた生命だった。


「……これは、大きいね。」


窓の外を見つめながら、ウィアが思わず息を漏らす。


「毒の層が、あんなに下に見える……。」


アルマも窓へ身を寄せた。


普段なら空を覆うはずの毒霧が、今は遥か眼下に霞んで見える。


それだけ、この巨大樹は高く伸びていた。


「生命反応、多数確認。」


エラの瞳が淡く輝く。


「樹内部、および枝葉各所に反応があります。」


「かなり大きな集落みたいですね。」


その時、操縦席から通信士の声が響いた。


「こちら、ヴィアトラ帝国外交使節団。」


「応答願います。」


「我々は友好的な親善訪問を目的として参りました。」


「着陸許可を求めます。」


通信が何度も送信される。


しかし返答はない。


静寂だけが流れた。


そんな中、アルマは窓の外をじっと見つめていた。


「……ねぇ。」


「この樹、なんだか宇宙船みたい。」


「普通の植物じゃない気がする。」


エラも外部センサーへ視線を向ける。


「その認識は正しいです。」


「内部構造を解析したところ、この樹は宇宙航行機能を備えています。」


「有機生命体で構成された宇宙船です。」


「植物なのに宇宙船になるのかよ。」


カーデンスが目を丸くする。


エラは当たり前のように頷いた。


「はい。」


「有機物を利用した宇宙船は、旅をする者《ペレグリニ》でも理論上は実現可能でした。」


「植物を基盤にしたものも、製作は可能です。」


「……毎回、さらっととんでもないこと言うよね。」


ウィアが苦笑する。


その直後だった。


操縦席の通信装置から電子音が鳴る。


「応答を確認。」


通信士が安堵したように声を上げる。


「着陸許可が下りました!」


飛行艇はゆっくりと高度を下げていく。


巨大な枝の上には、木々と完全に一体化した街並みが広がっていた。


樹木が家となり。


蔦が橋となり。


花々が街路を彩る。


文明と自然が境界なく融合した、美しい都市。


誰も見たことのない世界だった。


「行こう。」


ウィアが静かに呟く。


未知との出会いが、今、始まろうとしていた。


◇


ゆっくりと飛行艇のハッチが開く。


外から吹き込んできたのは、毒の惑星とは思えないほど澄んだ風だった。


花と若葉の香りが混じり合い、どこか心を落ち着かせる優しい空気が満ちている。


飛行艇を降りたウィア達を待っていたのは、頭に美しい鹿角を戴く人々だった。


角には蔦や小さな花が絡みつき、まるで森そのものを身に宿しているような姿である。


「鹿人《シルヴァニ》ですね。」


エラが静かに口を開く。


「植物と心を通わせることができる種族です。」


「芸術や自然との調和を何より重んじる民族として記録されています。」


「へぇ……。」


ウィアは周囲を見回した。


枝葉と完全に一体化した建物。


木漏れ日に照らされる街並み。


そこには人工物と自然の境界がほとんど存在しなかった。


「この巨大樹が街になってるのも、種族の文化なんだろうね。」


その時だった。


集まっていた鹿人たちが左右へ静かに道を開く。


その奥から、一人の老いた鹿人がゆっくりと歩み出てきた。


枝分かれした立派な角。


深い緑を基調とした長衣。


その穏やかな眼差しには、この巨大樹と共に長い年月を生きてきた者だけが持つ威厳が宿っていた。


「……よくぞ参られた。」


静かな声だった。


しかし、その一言だけで周囲の空気が変わる。


「旅人たちよ。」


「ここは永遠の樹《エヴァーデンド》。


「我らは、其方らを歓迎しよう。」


老鹿人はゆっくりと胸へ手を当てる。


「我が名はエルシアス。」


「この永遠の樹《エヴァーデンド》を預かる、大樹守である。」


その言葉が響いた瞬間だった。


ざわり――


巨大樹そのものが、小さく震えた。


枝葉が風もないのに揺れ始める。


色とりどりの花びらが無数に舞い上がり、陽光を受けて淡く輝いた。


どこからともなく笛の音が響く。


続いて竪琴の優しい旋律。


森そのものが歌い始めたかのような、美しい音色だった。


音楽に合わせるように、鹿人《シルヴァニ》たちが静かに舞い始める。


誰もが花冠を頭に戴き、ゆるやかに手を広げる。


足音すら旋律の一部となり、一つひとつの動きが風や木々と調和していた。


それは誰かを楽しませる踊りではない。


森への感謝を捧げ、訪れた客人を生命そのものが迎え入れるための神聖な舞。


ウィア達は思わず見入っていた。


戦いも。


争いも。


この一瞬だけは、存在しないかのようだった。


やがて演奏が静かに終わる。


花びらがゆっくりと地面へ降り積もり、森は再び穏やかな静寂を取り戻した。


エルシアスが柔らかく微笑む。


「さあ、旅人たちよ。」


「どうぞ奥へ。」


「我らが森の家へ、ご案内しよう。」


ウィア達は互いに顔を見合わせ、小さく頷く。


そして、鹿人《シルヴァニ》たちに導かれながら、永遠の樹《エヴァーデンド》の深部へと足を踏み入れた。

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