第14話-灼陽竜(Draco Solis)
ウィア達は機動兵器に乗り込み、灼陽竜へ接近していく。
外部モニターに映るその姿は、もはや生物という言葉では表現できなかった。
惑星そのものを蝕む災害。
何万、何十万という命を奪い続けてきた存在。
その巨体は大地を覆い、全身から放たれる熱量は周囲の空間すら歪ませていた。
「目標まで接近。」
エラの声が響く。
「外殻温度、想定値を大幅に超えています。」
「ですが――問題ありません。」
エラは操縦席で小さく笑った。
「このゲーティアは、私の知識で作られた機体です。」
「この程度の熱量で止まるようには作られていません。」
ゲーティアの全身から冷却機構が展開する。
青白い光が装甲表面を走り、灼熱の空間の中でも機体は一切速度を落とさない。
「内部突入します。」
エラが宣言する。
次の瞬間。
ゲーティアの右腕が変形を始めた。
装甲が展開し、内部から古代技術によって生成された巨大な光刃が伸びていく。
それは剣というより、巨大な光の柱だった。
「切断開始。」
灼陽竜の硬質な外殻へ向け、ゲーティアが腕を振り抜く。
轟音。
大地を揺るがすほどの衝撃が響き渡る。
これまで幾度となく都市を滅ぼし、あらゆる攻撃を退けてきた灼陽竜の外皮。
その絶対的な防御が――初めて裂けた。
切断面から大量の熱と光が噴き出す。
「侵入口確保。」
ゲーティアはその裂け目へと突入した。
内部。
そこは、生物の体内というより巨大な洞窟だった。
赤く輝く壁面。
絶え間なく流れる溶岩のようなエネルギー。
まるで惑星の内部へ潜り込んだかのような光景だった。
「……すごい。」
アルマが思わず呟く。
「これが、灼陽竜の中……。」
壁面には無数の光の筋が走っている。
それは血管のようでもあり、同時に巨大な機械回路のようでもあった。
「解析します。」
エラの瞳が淡く光る。
「内部構造、確認。」
「灼陽竜の肉体構造と融合したナノマシン群を確認しました。」
「中枢までの経路は既に解析済みです。」
「このまま最短距離で向かいます。」
ウィアは前方を見据えた。
「急ごう。」
「外ではみんなが時間を稼いでくれている。」
「必ず、この星を変えるんだ。」
その時。
警告音が鳴り響いた。
「生命反応多数。」
エラが報告する。
「前方より接近しています。」
暗闇の奥。
赤い光がいくつも灯った。
現れたのは、小型の灼陽竜。
本体から分離した防衛用生体兵器。
しかし、その姿は決して小さいとは言えなかった。
一体だけでも都市を破壊できるほどの巨大な怪物。
それが群れとなって迫ってくる。
「来るよ!」
アルマが叫ぶ。
「ゲーティア、戦闘モードへ移行します。」
エラの声と共に、機体内部の武装が展開された。
両肩部からレーザー砲。
腕部から光線剣。
脚部装甲から実弾砲。
古代文明の技術を結集した兵器が、灼陽竜の内部で目覚める。
「迎撃開始。」
レーザーが放たれる。
赤い光線と青白い閃光が入り乱れ、内部空間を照らす。
迫ってきた小型灼陽竜の群れが次々と撃ち落とされていく。
だが数が多い。
一体を倒しても、さらに奥から新たな個体が現れる。
「しつこい奴らだ……!」
カーデンスが操縦席で拳を握る。
「まるで本体を守る兵士みたいだ。」
ウィアが小型灼陽竜見据える。
「当然です。」
エラが答える。
「灼陽竜にとって、中枢は弱点そのもの。」
「侵入者を排除するために、内部防衛機構が存在しています。」
一体の小型灼陽竜がゲーティアへ飛びかかる。
その巨大な牙が機体へ迫った瞬間。
ウィアが叫ぶ。
「エラ!」
「了解です。」
ゲーティアの腕部光線剣が一閃する。
迫った敵を真っ二つに切り裂き、そのまま前進する。
「止まらない。」
ウィアは前を見る。
「ここで止まったら、今まで犠牲になった人たちに顔向けできない。」
「行こう。」
「灼陽竜の心臓へ。」
ゲーティアは無数の敵を薙ぎ払いながら、灼陽竜の深部へ進んでいった。
幾度となく襲い来る防衛反応。
燃え盛る翼を持つ小型個体。
高温の炎を吐き出す異形。
しかし、ゲーティアの性能はそれらを遥かに上回っていた。
レーザー兵装。
光線剣。
実弾砲。
古代文明の技術を結集して作られた巨大機動兵器は、灼陽竜の内部でさえ歩みを止めることはなかった。
「前方、巨大な空間を確認。」
エラの声が響く。
「おそらく……中枢です。」
ゲーティアが最後の壁を突破する。
その先に広がっていたのは、今までとは全く違う空間だった。
巨大な空洞。
その中心には、まるで太陽そのものが存在しているかのような光球が浮かんでいた。
圧倒的な熱量。
近づくだけで生命を焼き尽くすほどのエネルギー。
「これが……。」
ウィアは息を飲む。
「灼陽竜の中枢……。」
その瞬間だった。
光球の前で炎が揺らめく。
最初はただの熱の揺らぎに見えた。
だが、次第にそれは形を持ち始める。
腕。
脚。
頭部。
やがて炎は、人の姿を取った。
「……人型?」
アルマが呟く。
しかし、それは人ではない。
生命なのか。
エネルギー体なのか。
「解析を開始します。」
エラの光輪が激しく明滅する。
「内部構造……確認。」
「この配列は……。」
「そんな……ありえません。」
「ペレグリニ……。」
エラの瞳が激しく揺れる。
「灼陽竜……あなたは、彼らによって歪められた存在なのですか」
その時だった。
「高エネルギー反応。」
エラの表情が険しくなる。
「危険です。」
「来ます!」
人型の炎が右腕を掲げる。
次の瞬間。
空間の熱量が一気に跳ね上がった。
圧縮された炎の球体。
それは炎ではない。
破壊するためだけに凝縮された太陽の一部だった。
「ゲーティア、防御機構!」
エラの叫びと共に、ゲーティアの腕部装甲が変形する。
巨大な盾。
その表面に青白い光の障壁が展開される。
「最大出力!」
直後。
炎球が激突した。
轟音。
衝撃波。
灼熱の嵐。
ゲーティアの巨体が押し戻される。
「出力低下!」
「冷却機構、急速稼働!」
警告音が鳴り響く。
エラが歯を食いしばる。
「……これほどとは。」
盾が軋む。
装甲が赤熱する。
それでも。
ゲーティアは倒れない。
「なんとか耐えてるね!」
アルマが叫ぶ。
ウィアは目の前の存在を見つめる。
これが。
多くの命を奪い。
ソルヴァスタの人々を苦しめ続けた存在。
同時に。
何十万もの犠牲を背負いながら、未だ倒せなかった存在。
「……強い。」
ウィアは静かに呟く。
「でも。」
炎の向こう側を見る。
「僕たちは、その先へ進む。」
直後。
燃え盛っていた炎の球体が、ゆっくりと消えていく。
灼熱の光が薄れ、周囲に静寂が戻る。
「……止まりました。」
エラが呟く。
しかし。
誰も安堵することはできなかった。
ゲーティアの前面に展開されていた巨大な盾。
それは役目を終えたように、徐々に光を失っていく。
「シールド出力……低下。」
「維持限界です。」
エラの声が響く。
次の瞬間。
盾は完全に消滅した。
「まずいです……。」
エラの声が小さく響いた。
いつもの自信に満ちた表情とは違う。
羽は力なくしおれ、視線も少し下がっている。
「ゲーティアの冷却機構が……限界を超えました。」
「オーバーヒートしています。」
ウィアは一瞬、言葉を失った。
「それって……つまり?」
恐る恐る問いかける。
エラは少しだけ間を置いて。
「……ゲーティアでは、これ以上戦えません。」
「内部温度が高すぎます。このまま戦闘を継続すれば、機体そのものが損傷します。」
そして、申し訳なさそうに続けた。
「ですから……。」
「降りて戦うしかありません。」
沈黙。
全員が周囲を見る。
壁。
空気。
足元。
その全てが灼熱。
まるで巨大な炉の中にいるような場所だった。
「……ここでだと?」
カーデンスが珍しく真顔になる。
「この熱の中を、生身で戦うってことか?」
普段なら笑って突っ込むような状況。
だが、流石の彼も引いていた。
その時。
「大丈夫かも。」
アルマが静かに答えた。
全員の視線が集まる。
アルマは周囲へ手を伸ばした。
そこには、目には見えないほど小さな存在。
無数のナノマシンが漂っている。
「ここ……いっぱいいます。」
「この星をずっと支えてきた子たち。」
アルマは優しく微笑む。
「お願いすれば、力を貸してくれると思う。」
彼女の周囲で、淡い光が集まっていく。
まるで彼女の言葉に応えるように。
「みんなの周りだけなら……熱を防げるかもしれない。」
「この場所にあるナノマシンを、冷却に集中させれば。」
その光景を見て、クレスが感心したように頷く。
「なるほどのう。」
「つまり……この空間そのものが、わしらの冷房になるというわけか。」
「クーラーってやつじゃな。」
「……そんな簡単な話じゃないと思います。」
エラが思わず突っ込む。
しかし、その顔には少しだけ安心した色が浮かんでいた。
「でも……可能です。」
「アルマなら。」
アルマは嬉しそうに笑う。
「えへへ。」
「みんなが手伝ってくれるから。」
その言葉を聞き、クレスが拳を握る。
「なら、問題は一つだけじゃな。」
巨大な炎の人型を睨む。
「わしらが、あれを倒せるかどうかじゃ。」
レクリアも杖を構える。
小さな身体。
しかし、その瞳には一切の恐怖がない。
「わざわざ、ここまで来たんだよ。」
「今さら熱い程度で帰れるものかね。」
カーデンスが笑う。
「違いねぇ。」
「それに……。」
拳を鳴らす。
「あの化け物、ぶん殴るためにここまで来たんだろ?」
ウィアは皆を見る。
エラ。
アルマ。
カーデンス。
レクリア。
クレス。
そして、ここまで共に歩いてきた仲間たち。
機械の力ではなく。
人の力で。
最後の戦いが始まる。
「おお、そうじゃ。」
クレスが何かを思い出したように声を上げた。
そして腰に付けていた装備の中から、一つの発掘品を取り出す。
小型の手袋型装置。
それをエラへ向かって投げ渡した。
「エラ、これを使うがよい。」
エラは慌てて受け取る。
「これは……?」
手袋を解析するように眺める。
「携帯用シールド発生装置じゃ。」
クレスが答えた。
「本来なら、小型装備としては使い勝手が悪い。」
「防御範囲は狭い。」
「消費エネルギーも大きい。」
「長時間の使用には向いておらん。」
エラが頷く。
「確かに……通常の戦闘では効率が悪い装備ですね。」
「じゃが。」
クレスは笑う。
「おぬしなら話は別じゃ。」
エラが顔を上げる。
「おぬしの思考速度は常人とは違う。」
「一瞬先の攻撃を予測し、その瞬間だけ展開することができるじゃろう。」
「攻撃が当たる瞬間だけ。」
「必要な場所だけに絞れば……。」
エラの瞳が輝く。
「消費を抑えながら、戦闘時間中維持できる。」
「そういうことですね。」
クレスは満足そうに頷いた。
「古い道具も、使う者次第で化けるものじゃ。」
エラは手袋を装着する。
「……ありがとうございます。」
「必ず、役に立ててみせます。」
その横でレクリアが笑った。
「防御はあんたに任せたよ。」
「ひよっこ共を守ってやんな。」
「ひよっこ、私も……ですか?」
「当たり前だよ。」
レクリアは杖を構える。
「今からあれと戦うんだ。」
「全員、力を出し切りな。」
エラは小さく笑った。
「了解しました。」
「皆さんの盾になります。」
ウィアは前を見る。
炎の巨人。
灼陽竜の力そのもの。
これまで誰も超えられなかった存在。
「それじゃ……。」
「行こう。」
ハッチが開く。
瞬間。
灼熱の風が吹き込んできた。
それでも誰も怯まない。
ウィアは先頭に立ち、ゲーティアから飛び降りる。
「お願い。」
アルマが両手を広げる。
「力を貸して。」
彼女の声に応えるように、周囲を漂うナノマシンが集まる。
淡い光の膜が形成される。
熱が少しずつ薄れていく。
「……すごい。」
ウィアが呟く。
だが、それでも完全に快適というわけではない。
呼吸するだけで喉が焼ける。
立っているだけで体力が奪われる。
ここは灼陽竜の体内。
敵の領域そのものだった。
「十分じゃ。」
クレスが大剣を構える。
「これだけ動けるなら問題ない。」
「行くぞ。」
次の瞬間。
クレスが地面を蹴った。
巨大な大剣を振り上げる。
刃に搭載されたブースターが起動。
轟音と共に炎が噴き出す。
「喰らえぇぇ!!」
大剣は推進力を得て加速する。
その一撃は、ただの斬撃ではない。
炎を押し退け、衝撃波そのものを叩き込む一撃。
灼陽竜の人型炎が腕を上げ、防御する。
だが。
「今じゃ。」
クレスの攻撃に合わせるように。
レクリアが消える。
「遅いね。」
次の瞬間。
灼陽竜の周囲に無数の杖が展開された。
一本ではない。
十本。
百本。
大量に分裂した杖が、まるで雨のように降り注ぐ。
「小細工も、数が集まれば力になるんだよ。」
打撃の嵐。
炎の身体へ無数の衝撃が叩き込まれる。
熱量。
衝撃。
爆発。
二人の老兵の連携が、灼陽竜へ初めて届いた。
ウィアはワイヤーアームを展開する。
灼熱の空間を縫うようにワイヤーが伸び、身体を一気に前へ運ぶ。
「行くよ!」
遠心力を乗せた短槍が、炎の身体へ突き刺さる。
その直後。
「これでも喰らえ!」
カーデンスが踏み込んだ。
全身のブースターを最大出力へ。
拳に集められた力が、炎の身体へ叩き込まれる。
轟音。
衝撃波。
2人の攻撃が重なり、巨大な炎の身体が大きく吹き飛ぶ。
周囲の炎が吹き飛び、一瞬だけ中枢の間に静寂が訪れた。
しかし――。
「……やっぱり、そう簡単にはいかんか。」
クレスが呟く。
散った炎が、まるで意思を持つように集まり始める。
ゆっくりと。
確実に。
再び人型へと戻っていく。
「再生能力……厄介だね。」
レクリアが杖を構えながら笑う。
「これじゃ、氷使いのフェリアを連れてくるべきだったかね。」
「決定打が足りんのう。」
二人は軽口を叩いている。
だが、その目は笑っていなかった。
目の前の存在が、今まで戦ってきた敵とは次元が違うことを理解していた。
その瞬間。
炎の腕がこちらへ向けられる。
空間が歪む。
熱量が一点へ集まり始める。
「……まずいです。」
エラの表情が変わった。
「来ます!」
次の瞬間。
放たれたのは炎の奔流ではなかった。
極限まで圧縮された、一筋の熱線。
まるで太陽の光をそのまま撃ち出したような一撃。
「シールド展開!」
エラが叫ぶ。
直後。
轟音。
世界が白く染まった。
圧縮された炎がシールドへ激突する。
耐える。
耐える。
だが、その威力は先ほどの攻撃とは比べ物にならない。
「……これ、直撃していたら。」
ウィアは言葉を失う。
答えは簡単だった。
誰一人として立ってはいられない。
いや、生きてすらいられない。
それほどまでに、その一撃には灼陽竜の力の一端が込められていた。
「エラ。」
ウィアが呼ぶ。
「はい。」
「まだ戦える?」
エラは震える羽を広げる。
そして、真っ直ぐ炎の怪物を見つめた。
「……もちろんです。」
「私は、皆さんを守るためにここにいますから。」
少女の瞳に、強い光が宿った。
「……仕方ないね。」
レクリアが静かに呟く。
炎の化身を見据えたまま、杖を握る手に力を込める。
「クレス。」
「分かっとる。」
クレスは短く答えた。
だが、その表情には迷いがあった。
「……本当に良いのかのう?」
「何を今さら言ってるんだい。」
レクリアは苦笑する。
「ここで出し惜しみして、全員焼かれる方が馬鹿だろ。」
「……それもそうじゃな。」
クレスは納得したように頷く。
そして懐から一つの首飾りを取り出した。
古代文明の発掘品。
長い年月を経てもなお、微かな光を放つ小さな装置。
それを――ウィアへ投げる。
「ウィア。」
反射的に受け取ったウィアは、その首飾りを見つめた。
「これは……。」
「お前の母、ルクティアが使っていた雷将の首飾りじゃ。」
その名前を聞いた瞬間。
ウィアの表情が変わる。
「雷の力……電気の力を集める。」
「それによって、使用者に人の限界を超えた速力を与える。」
クレスは続ける。
「じゃが、本当の力はそれだけじゃない。」
「集めた力を、自分だけじゃなく仲間へ分け与えることができる。」
首飾りが淡い光を放つ。
まるで、かつての持ち主を覚えているかのように。
「ルクティアはな……。」
クレスは優しく笑った。
「いつも一人で戦っていたわけじゃない。」
「仲間と共に道を切り開いていたんじゃ。」
ウィアは首飾りを強く握る。
母が残した力。
母が信じた道。
そして、今ここにいる仲間たち。
「できるな?」
クレスが問いかける。
その声は命令ではなかった。
信頼だった。
ウィアは顔を上げる。
「……やってみせるよ。」
迷いはなかった。
「僕は一人じゃないから。」
その答えを聞いて、レクリアが笑う。
「よい答えだね。」
「なら、時間稼ぎは任せな。」
次の瞬間。
レクリアは炎の怪物へ向かって駆け出した。
小さな身体とは思えない速度。
杖を振るうたび、無数の光が炎へ叩き込まれる。
「まだ終わっちゃいないよ。」
「この程度で、私たちの道を止められると思うな。」
灼陽竜の中枢。
惑星の未来を懸けた戦いは、最後の局面へ入ろうとしていた。
ウィアは首飾りを握り締めた。
次の瞬間。
発掘品が目を覚ます。
周囲の空気が震えた。
パチリ。
小さな火花が走る。
それは次第に大きくなり、無数の光の線となって広がっていく。
「……電力を収集しています。」
エラが呟く。
「収集対象……」
一瞬、言葉を失う。
「ゲーティア内部機構。」
「灼陽竜内部の古代機械。」
「日輪聖都ラ・ソル。」
「世界船ウィア・ムンディ。」
そして――。
「惑星ソルヴァスタ全域。」
雷は、星そのものから集められていた。
日輪聖都ラ・ソル。
街の光が一つ、また一つと消えていく。
人々は突然訪れた暗闇の中で、不安そうに空を見上げた。
だが、誰も逃げなかった。
誰も騒がなかった。
彼らは知っていた。
今、この瞬間。
自分たちの未来を懸けた戦いが行われていることを。
「聖陽皇様……。」
誰かが呟く。
そして人々は手を合わせた。
神へ。
太陽へ。
そして――未来を切り開こうとしている者たちへ。
祈りを捧げる。
世界船ウィア・ムンディ。
船内の照明が消える。
生命維持装置以外の電力が停止する。
暗闇の中、人々は互いの手を握った。
「大丈夫だ。」
「彼らなら……。」
誰も確証など持っていなかった。
それでも信じた。
新たなる道を、開こうとしている者たちを。
「雷将起動。」
ウィアの声が響いた。
その瞬間。
世界が白く染まった。
身体を巡る電流。
皮膚を走る雷光。
それは雷を纏っているのではなかった。
雷という現象、そのものへ近づいていた。
「……これが。」
ウィアは自分の手を見る。
指先から青白い光が走る。
「雷の力……。」
速い。
身体の中に流れる力が、世界の全てを理解させる。
空気の流れ。
敵の動き。
仲間の鼓動。
全てが、以前とは違う速度で感じられる。
だが。
この力は自分だけのものではない。
ウィアは振り返る。
そこには、共に歩んできた仲間がいる。
「カーデンス。」
「ん?」
ウィアは手を伸ばした。
「力を貸す。」
雷が走る。
ウィアの手から放たれた光が、カーデンスの身体を包み込む。
「うお……!?」
次の瞬間。
カーデンスの身体にも雷が宿った。
拳から雷光が溢れる。
脚部には電撃が走る。
「こいつは……。」
カーデンスは笑った。
「最高じゃねぇか。」
「これなら――」
拳を握る。
「ぶっ飛ばせるな。」
ウィアは頷いた。
一人ではない。
母が残した力は、誰か一人を強くするためのものではなかった。
仲間と共に道を進むための力だった。
「行こう。」
雷光を纏った2人は、灼陽竜の中枢へ向き直る。
惑星を覆った長き闇を終わらせるために。
「……準備は整ったようじゃな。」
クレスが大剣を構える。
その横で、レクリアも杖を握り直した。
「なら、最後の一撃といこうか。」
二人は顔を見合わせる。
長い時間を生きてきた二人。
数えきれない戦いを越えてきた二人。
だが、その目に宿るものは恐怖ではなかった。
「全力でいくよ。」
レクリアが笑う。
「後のことは若い者に任せるとするかの。」
クレスが踏み込んだ。
次の瞬間。
二人の姿が消える。
轟音。
大地が震える。
クレスの大剣が炎の身体を叩き潰し、レクリアの無数の杖が逃げ場を奪う。
一撃。
二撃。
三撃。
全てが必殺の威力だった。
炎の人型が大きく揺らぐ。
「今じゃ!」
クレスの叫び。
その瞬間。
雷光が走った。
「行くよ、カーデンス。」
「ああ!」
雷の化身となった二人が駆ける。
その速度は、もはや目で追えるものではない。
ウィアの槍。
カーデンスの拳。
雷速の一撃が、炎の中枢へ叩き込まれる。
轟――。
世界が揺れた。
灼陽竜の内部。
惑星を支えていた巨大な機構が悲鳴を上げる。
中枢部の一部が吹き飛び、周囲の壁面が崩壊していく。
「ちょっ……。」
アルマが目を丸くする。
だが、その言葉を最後まで言う暇はなかった。
「衝撃波接近。」
エラが即座に反応する。
次の瞬間。
凄まじい風圧と大量の瓦礫が一行へ襲い掛かった。
「危険です。」
エラが翼を広げる。
局所シールド展開。
押し寄せる風。
飛来する破片。
その全てをエラのシールドが受け止める。
やがて衝撃が収まった。
「……ありがとう、エラ。」
アルマが微笑む。
エラは少しだけ首を傾げた。
「アルマ。」
「はい?」
「皆さん、私たちのことを忘れていると思います。」
「え?」
「私たちは探索者でもありますが……」
少し間を置いて。
「甘い物が大好きな、普通の女の子でもあります。」
アルマが苦笑する。
「なので、後で一緒に教育しましょう。」
エラは笑った。
その笑顔は、もはや人そのものであり。
共に旅をしてきた、大切な仲間のものだった。
再生は、起こらなかった。
何度傷つけても蘇った炎の身体。
その不死に近い存在は――。
最後の一撃による衝撃波を受け、完全に消滅していた。
中枢に満ちていた熱量が、少しずつ失われていく。
灼陽竜の内部。
長きに渡り惑星を苦しめ続けた存在が、静かに活動を停止した。
「……終わったようじゃな。」
クレスが大剣を地面へ突き立てる。
「だね。」
レクリアも杖を下ろし、その場に腰を下ろした。
二人とも、限界だった。
「はぁ……。」
ウィアが大きく息を吐く。
「ふぁぁ……しんどかった。」
その瞬間。
首元の首飾りから光が消える。
「……え?」
雷将の力が途切れた。
次の瞬間。
「うわっ!?」
ウィアの身体から力が抜ける。
「ぐあぁぁぁぁぁ!!」
同時にカーデンスも膝から崩れ落ちた。
「い、痛い……!」
「身体が……動かねぇ……!」
そんな2人を見て、クレスが笑う。
「副作用が来たようじゃのう。」
「じゃから、もっと基礎筋肉をつけさせたかったんじゃが。」
「今言う!?」
ウィアが叫ぶ。
レクリアは呆れたように肩をすくめた。
「まあ、しょうがないね。」
「切り札を出すしかなかった。つまり、弱いあんた達が悪い。」
「理不尽じゃない!?」
「理不尽だろ!」
2人の抗議が重なる。
すると、後ろからアルマが笑いながら近づいてきた。
「でも、後ろにいた私たちのこと忘れてたよね?」
「……。」
ウィアが黙る。
「……。」
カーデンスも黙る。
「教育的指導です。」
エラまで誇らしげに頷いた。
「なんでぇ~。」
「なんでだ……。」
2人の叫びが灼陽竜の内部に響き渡る。
その光景は、先ほどまで命を懸けて戦っていた者たちとは思えないほど穏やかなものだった。
そして。
その瞬間は、惑星中へ伝わった。
灼陽竜。
数千年もの間、人々を苦しめ続けた存在。
その活動停止。
「……灼陽竜、停止を確認。」
日輪聖都ラ・ソルの報告室。
誰も言葉を発せなかった。
ただ、震える手で空を見上げる。
世界船ウィア・ムンディ。
暗闇に包まれていた船内へ、再び光が戻る。
人々は互いの顔を見つめた。
信じられない。
だが、確かに。
未来は変わった。
そして。
日輪聖都ラ・ソルでは――。
一人の男が、静かに目を閉じていた。
聖陽皇ソラリス。
長きに渡り、犠牲を選び続けた男。
その頬を、一筋の涙が伝う。
「……終わったのか。」
誰にも届かない声。
「もう……誰も。」
「資源にならなくても……いいのか。」
その問いに答える者はいない。
だが。
空には、今まで見たことのない光が満ちていた。
惑星は歓喜に包まれた。
長き闇の時代が終わり。
新たな道が、今。
開かれようとしていた。
ウィア達一行の凱旋は、二つの文明に大きな歓喜をもたらしていた。
日輪聖都ラ・ソル。
そして、世界船ウィア・ムンディ。
長きに渡り灼陽竜の脅威に怯え、犠牲を積み重ねてきた人々は、初めて「未来」という言葉を信じることができた。
彼らを迎えたのは、これまでにないほどの盛大な歓迎だった。
歓声。
涙。
祈り。
失われたと思われていた希望が、再び人々の手に戻ってきた瞬間だった。
その一方、世界船ウィア・ムンディの中枢では、一つの変化が起きていた。
『おかえりなさい、エラスムス』
中枢AIの声が、静かな機械室に響く。
『旅の一つを終えたのですね。』
エラは何も言わず、ただ中枢を見上げていた。
『記憶領域解放を承認。』
『第四階層の解放を承認します。』
その言葉と共に、巨大な装置が起動する。
銀と金が混ざり合った光が、エラの小さな身体を包み込んだ。
失われていた記憶。
忘れ去られていた知識。
遥か昔、この宇宙を旅した先史文明の膨大な情報が、再びエラの中へ流れ込んでいく。
「……」
エラは目を閉じる。
知らなかったはずの技術。
見たこともないはずの景色。
それらが、自分自身の記憶のように蘇っていく。
そして、変化はもう一つあった。
エラの背中にある翼。
その翼が、一枚増えていた。
しかし、それは今までの白く美しい翼とは違う。
黒色の光を帯び、どこか禍々しさを感じさせる翼。
天使というよりも、まるで悪魔を思わせる姿だった。
『第四階層解放完了。』
『これより、あなたは更なる権限を得ます。』
クストス・ムンディの言葉を聞きながら、エラは増えた翼を静かに見つめていた。
「……私は、何を思い出したのでしょうか。」
小さな呟きは、広大な機械室へ消えていった。
それから三ヶ月。
日輪聖都ラ・ソルと世界船ウィア・ムンディでは、宴が続いていた。
第6階級の人々が帰還し、初めて自由な食事を囲む。
身分ではなく、ただ同じ命として笑い合う。
それは、この星では長い間失われていた光景だった。
しかし、その裏で休むことなく動き続ける者もいた。
エラである。
彼女は解放された古代文明の知識を使い、この惑星のための生産設備を次々と構築していた。
食料生産機。
水資源浄化装置。
医療設備。
人が資源にされる必要のない未来を作るために。
灼陽竜が消滅したことで、惑星環境の改善は始まった。
だが、ナノマシンによる惑星規模の修復には時間が必要だった。
その間にも、人々は生きなければならない。
飢えないために。
失わないために。
二度と、誰かを犠牲にしなくて済むように。
エラはただ未来を作り続けていた。
世界船ウィア・ムンディが、新たなる星系へ旅立つ日が訪れた。
長きに渡る停滞期の中で、一つの星に刻まれた悲劇は終わりを迎えた。
しかし、出発を前にウィア達一行は、聖陽皇ソラリスから呼び出しを受けていた。
場所は、日輪聖都ラ・ソルの中央広場。
その広場には数え切れないほどの人々が集まっていた。
歓声を上げる者。
涙を流す者。
静かに見守る者。
そこには聖陽教を支えてきた神官達。
そして、第6階級の首領シエラと、彼女に従う人々の姿もあった。
広場の中心。
聖陽皇ソラリスは、ウィア達を静かに見つめていた。
かつて多くの犠牲を選択した指導者。
しかし今、その瞳にあったのは迷いではなく、覚悟だった。
「よく来てくれました。ウィア。」
穏やかな声が広場に響く。
「聖陽皇様……これは一体……」
突然の呼び出しに、ウィアは困惑した表情を浮かべる。
するとソラリスは、ゆっくりと前へ歩み出た。
「貴方は約束を果たしました。」
「灼陽竜を倒し、この星に未来をもたらした。」
「ならば、私も果たさなければならない責任があります。」
ソラリスは一度、空を見上げる。
そこにはもう、灼陽竜の光線に怯える必要のない空が広がっていた。
「今日は……私の裁きの時です。」
その言葉と共に。
聖陽皇ソラリスは、ゆっくりとその場に跪いた。
ざわめきが広場を包む。
神官達が息を呑む。
第6階級の者達も、驚きを隠せない。
この星で最も高い地位にいた男が。
誰よりも多くの命を背負ってきた男が。
今、自らの罪と向き合うために頭を下げていた。
「なっ……」
ソラリスの言葉。
そして、その行動に。
ウィアは言葉を失った。
目の前にいるのは、この星で最も高い地位に立つ者。
多くの民を導いてきた聖陽皇。
その人物が今、全ての民の前で頭を下げている。
ソラリスは広場に集まった人々をゆっくりと見渡した。
そこには聖陽教の神官達も。
第5階級として苦しんできた者達も。
かつて資源として扱われた者達の家族もいた。
全ての視線を受け止めながら、ソラリスは静かに口を開く。
「この場に集まる全ての民たちよ。」
「私は……罪を犯しました。」
その言葉に、広場が静まり返る。
誰も声を上げない。
ただ、彼の言葉を聞いていた。
「それは……諦めた罪。」
「他に道がないと決めつけ、歩みを止めた罪。」
「苦しむ者達を救う方法を探し続けることを……諦めた罪です。」
ソラリスは拳を強く握る。
「生き残るためだった。」
「星を存続させるためだった。」
「多くの命を守るためだった。」
「そう言えば、私の選択を正当化できるのかもしれません。」
「ですが……。」
顔を上げる。
その瞳には、長い年月抱えてきた苦しみが浮かんでいた。
「私の決断によって、多くの命が失われました。」
「家族を奪われた者がいる。」
「未来を奪われた者がいる。」
「人として扱われる権利を奪われた者がいる。」
「それは、決して消えることのない事実です。」
広場に重い沈黙が落ちる。
「故に……。」
ソラリスは静かに告げる。
「我が罪への罰は、第6階級首領……シエラ殿にお任せします。」
その言葉と同時に。
一人の女性が前へ進み出る。
青灰色の毛並みを持つ鼬人。
シエラ・ヴァイス。
その手には一本の刃が握られていた。
首を落とすための、処刑用の包丁。
かつて聖陽教に奪われたもの全てを取り戻すために戦った女性。
その刃の先にいるのは。
彼女が憎み続けてきた男だった。
広場には動揺が広がる。
ざわめきが、広場を包んだ。
誰もが息を呑む。
目の前で起きていることを理解できなかった。
聖陽皇が、自らの命を差し出している。
その光景を見て、最初に声を上げたのは一人の民だった。
「……やめてくれ。」
震える声。
しかし、その声は次第に広がっていく。
「聖陽皇様は悪くない。」
「違う……聖陽皇様だけが悪いわけじゃない。」
「俺たちも……」
「私たちも……」
人々は自分自身の胸にある罪と向き合うように、言葉を紡いだ。
「生きるためだから仕方ないって……」
「考えることをやめていた。」
「誰かが犠牲になることを……見ないふりをしていた。」
「安易な方へ逃げてしまったのは、俺たちも同じだ。」
かつて絶望の中で、誰もが仕方ないと諦めた。
それしか道がないと信じ込んだ。
だが今、目の前にいる少年達は違った。
ウィアは、誰も諦めなかった。
犠牲ではなく、別の道を探した。
その姿を見たからこそ。
人々は初めて、自分たち自身の選択と向き合うことができた。
「もう逃げない。」
誰かが叫ぶ。
「もう、誰かを犠牲にして生きる道は選ばない。」
「立ち向かう。」
「だから……」
人々の声が一つになる。
「ソラリス様を助けてくれ。」
その願いは、広場全体へ響き渡った。
しかし。
シエラは何も答えなかった。
ただ静かに、手にした刃を握り直す。
そして――
「……っ」
首切り包丁が振り上げられる。
誰もが目を閉じた。
次の瞬間。
刃は、ソラリスの首へ向かって振り下ろされた。
だが。
その刃は、ほんの僅かに軌道を逸れていた。
ソラリスの首筋を掠め、地面へ突き刺さる。
あと数センチ。
本当にあと少しで届く距離だった。
広場に静寂が戻る。
シエラは無言のまま、ソラリスを見下ろしていた。
「なぜ……。」
ソラリスは首を傾けた。
目の前にいるシエラは、確かに自分を憎んでいたはずだった。
家族を奪われた者。
仲間を奪われた者。
この制度によって苦しめられた者。
その彼女が、なぜ刃を止めたのか。
「……なぜだ。」
震える声で、もう一度問いかける。
シエラはゆっくりと息を吐いた。
「あんた……私をなんだと思っているんだ?」
静かな声だった。
先ほどまでの怒りとは違う。
長い年月を耐え続けた者だけが持つ、重い声。
「苦しみながら人を選んだ。」
「誰を生かして、誰を犠牲にするか……そんな地獄の中で決断し続けた。」
「その苦しみから逃げたい老人の願いを、私が叶えてやるとでも思ったのか?」
ソラリスの瞳が揺れる。
シエラは首を横に振った。
「あんたは死んで楽になる資格なんてない。」
「生きろ。」
「苦しみ続けろ。」
「資源にされた人たちのことを忘れるな。」
一歩、シエラが近づく。
「忘れるな。」
「絶対に忘れるな。」
「彼らがいたことを。」
「彼らが何を奪われ、何を失ったのかを。」
「その命を背負って、生き続けろ。」
シエラの指がソラリスへ向けられる。
「あんたは、生涯を謝罪と贖罪に捧げるんだ。」
「それが……あんたに残された責任だ。」
しばらく沈黙が流れた。
やがて、ソラリスは深く頭を下げた。
「……そうですね。」
「私はまた、安易な道へ逃げようとしていた。」
その声は震えていた。
「罪を償うということは、死ぬことではない。」
「失われた命を忘れず、この先の未来を作ることなのですね。」
ソラリスの頬を、一筋の涙が伝う。
その姿を見ていた民たちも、誰も言葉を発することができなかった。
やがて一人。
また一人。
広場にいた全ての者が、静かに頭を下げる。
聖陽皇へではない。
神へでもない。
この惑星で失われた、全ての命へ。
届かなかった祈りを捧げるように。
二度と同じ悲劇を繰り返さないと誓うように。
――船に帰還後。
シエラたち第6階級、そして第5階級の人々は、世界船への乗船を希望した。
すぐに全てのわだかまりを消すことなど不可能だった。
長い年月をかけて生まれた憎しみと悲しみは、一つの奇跡で消えるほど簡単なものではない。
だからこそ。
いつか同じ星で生きるために、まずは一度距離を置くことにした。
「これから、よろしくね。」
そう言って、シエラはウィアの頭へ優しく手を置いた。
「……フェリアの弟君。」
「弟って……なんで?」
ウィアは困惑した表情を浮かべる。
その横でエラが首を傾げた。
「なぜでしょうか?」
カーデンスも腕を組みながら考える。
「なんでだろうな?」
三人の疑問に、少し離れた場所からアルマが口を開いた。
「それはね。」
「お姉ちゃんが、ルクティア様をすごく敬愛しているからだよ。」
「だから……ルクティア様の面影があるウィアを、本当の弟みたいに可愛がりたいんだって。」
「アルマぁぁぁぁ。」
「ひゃっ!?」
突然、背後から現れたフェリアがアルマを抱きしめる。
「お姉ちゃん?」
「内緒って言ったよね?」
「ご、ごめんなさい……。」
「もう……。」
そう言いながらも、フェリアの表情はどこか嬉しそうだった。
かつて失ったと思っていた家族。
もう二度と戻らないと思っていた日々。
それが今、少しずつ形を変えながら戻ってきている。
そんな穏やかな光景を、ウィアは静かに眺めていた。
失われたものは多い。
救えなかった命もある。
消えない悲しみもある。
それでも。
人はまた歩き出せるのだと。
ウィアは感じていた。
やがて――
世界船は出発の時を迎える。
巨大な船体が静かに宇宙へ浮かび上がる。
眼下には、かつて絶望に覆われていた星。
エルフと呼ばれし歴史の継承者『アエテルニ』。
そして好奇心が旺盛で星と共鳴できる種、鼬人『レゾナンテス』。
二種族が暮らしていた砂漠の星ソルヴァスタ。
しかし今、その星には新たな未来への光が灯っていた。
『空間跳躍準備完了。』
船内に機械音声が響く。
星々を繋ぐ、失われた道。
その続きを求めて。
世界船は未知なる星系へ向けて進み始める。
新たなる出会い。
新たなる困難。
そして、新たなる道へ。
世界船の旅は、まだ終わらない。




