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ヴィア・ノヴァ-Semina Vitae-  作者: トニトルス(tonitrus)


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第13話-必要悪(Malum Necessarium)

聖陽皇ソラリス。


彼の務めの多くは、祈ることだった。


日輪聖都ラ・ソル――祈りの間。


高い天井から差し込む陽光が白い石床を照らし、静寂だけが広大な空間を満たしている。


部屋の中央には、古代の発掘品を組み込んだ一枚の石板が据えられていた。


その表面には、淡い光とともに無数の名前が静かに浮かび上がっている。


この都市を存続させるため、命を捧げた者たち。


何万。


何十万。


あるいは、そのさらに先まで。


積み重ねられてきた犠牲者の名は終わることなく、石板をゆっくりと流れ続けていた。


ソラリスはその前へ静かに膝をつく。


老いた指を胸へ当て、ゆっくりと瞳を閉じる。


「……今日もまた、多くの命が我らを生かしてくれました。」


その声は誰へ向けたものでもない。


太陽へ。


そして、この都市の礎となったすべての者たちへ。


「どうか、その魂が安らかでありますように。」


静かな祈りだけが、広い祈りの間へ溶けていく。


ソラリスは一人として名を見過ごさない。


一人として忘れない。


この都市を支える命は、決して数字ではない。


その一つ一つが、かけがえのない人生だった。


だからこそ彼は、今日も祈り続ける。


誰一人欠けることなく。


一方、その頃――。


もう一つの文明の痕跡。


飛行艇の船内には、張り詰めた空気が漂っていた。


通信士が受信した内容へ目を通し、静かに顔を上げる。


「着陸の許可と、親善外交の申し出が受け入れられました。」


その報告に、船内へ安堵の空気がわずかに流れる。


しかし通信士は、表情を曇らせたまま続けた。


「ですが……文章の端々から、こちらへの強い警戒と戸惑いが感じられます。」


「未知の存在として、慎重に対応するとのことです。」


「……そう。」


オリヴィエは窓の外へ視線を向け、小さく息をついた。


「無理もないわね。」


「私たちは、彼らにとって未知そのものなんだもの。」


フェリアも静かに頷く。


「ええ……。」


その声はどこか沈んでいた。


窓の向こうには、巨大な樹海がどこまでも広がっている。


その奥には、自分たちがまだ知らない文明が息づいている。


「でも、私は……。」


フェリアは何かを言いかける。


しかし、その続きを口にすることはなかった。


飛行艇がゆっくりと高度を落とし始めたからだ。


機体がわずかに揺れ、着陸態勢へ移行する。


窓の外には、岩場を切り開いて造られた発着場が姿を現した。


飛行艇は重々しい音を響かせながら、静かに降下していく。


未知との出会いは、もう目前まで迫っていた。


飛行艇の扉が、重い音を立ててゆっくりと開いた。


外から流れ込んできた風は乾いていた。


その先に並んでいたのは、幾重にも隊列を組む武装兵たちだった。


槍や銃を構えた彼らは、一歩たりとも動かない。


歓迎の色はない。


ただ、侵入者を見定めるような鋭い視線だけが、使節団へ注がれていた。


その隊列が静かに左右へ開く。


やがて、一人の女性が姿を現した。


青灰色の毛並みに覆われた、鼬人。


しなやかな体躯に無駄のない装備をまとい、その琥珀色の瞳だけが鋭く使節団を射抜いている。


「……貴様たちは何者だ。」


低く響く声には、隠そうともしない警戒が滲んでいた。


「別星系から来た……そのような世迷言を、誰が信じる。」


彼女は一歩前へ出る。


腰に差した武器へ自然と手が添えられた。


「もし貴様たちが、聖陽教の者なら——」


その眼光がさらに鋭くなる。


「容赦はしない。」


その瞳に宿るのは、単なる敵意ではなかった。


制度に対する怒り。


理不尽に対する怒り。


そして、この世界そのものへの、燃え尽きることのない憤りだった。


「まずは武装を解除してもら――」


女が言いかけた、その瞬間だった。


一つの影が、弾かれたように飛び出した。


「なっ!?」


武装兵たちが一斉に武器を構える。


「止まれ!」


「隊長!」


怒号が飛び交う。


しかし、その影は止まらなかった。


一直線に女へ駆け寄り、そのまま強く抱きつく。


「……シエラ。」


震える声だった。


「シエラ……!」


何度も名前を呼ぶ。


堰を切ったように。


今にも消えてしまいそうな相手を確かめるように。


「よかった……。」


「本当に、よかった……。」


フェリアだった。


いつも冷静沈着な副会長の面影はない。


その瞳からは大粒の涙が溢れ、肩を震わせながらシエラへしがみついていた。


「な……何だ、貴様は!」


突然の出来事に、シエラは目を見開く。


警戒よりも困惑が勝っていた。


フェリアは涙を拭おうともせず、必死に顔を上げる。


「私です……。」


「フェリアです。」


その言葉に、シエラの表情が止まった。


「……フェリア?」


信じられないものを見るように、その顔を見つめる。


「あ……。」


「本当に……フェリアなのか?」


震える声だった。


「ええ。」


フェリアは何度も頷く。


「生きていました。」


「アルマも……アルマも無事です。」


その一言で、シエラの張り詰めていたものが音を立てて崩れた。


「……そうか。」


小さく呟いた次の瞬間。


今度はシエラがフェリアを力いっぱい抱きしめる。


「生きていてくれたか……。」


その声は掠れ、わずかに震えていた。


長い年月、もう二度と会えないと思っていた者が、今、確かに腕の中にいる。


周囲の兵士たちは武器を構えたまま、その光景をただ呆然と見つめていた。


いつまでも終わりそうにない抱擁を、オリヴィエが控えめな声で遮った。


「感動の再会に水を差すようで申し訳ないけれど……私たちにも話を聞かせてもらえるかしら?」


シエラは名残惜しそうにフェリアから身体を離すと、小さく息を吐いた。


「ああ……すまない。」


その表情から険しさは消え、どこか安堵を滲ませている。


「奥で話そう。」


「この惑星のこと。聖陽教のこと。そして、この階級制度のことも……全部話す。」


そう言ってシエラは踵を返し、一行を拠点の奥へと案内し始めた。


歩みを進めるにつれ、フェリアたちの目に飛び込んでくるのは、想像を超える光景だった。


痩せ細り、力なく壁にもたれかかる子どもたち。


満足な治療も受けられず、包帯を巻いたまま苦しそうに横たわる老人。


乾いた器を抱え、わずかな水を分け合う親子。


粗末な布をつなぎ合わせただけの住居が並び、砂混じりの風が吹くたびに軋んだ音を立てる。


誰もが生きるだけで精一杯だった。


街には活気も笑顔もない。


あるのは、明日を迎えられるかも分からない者たちの、静かな息遣いだけだった。


フェリアは思わず拳を握り締める。


オリヴィエも周囲を見渡し、小さく息を呑む。


「……これが、この星の人たちなのね。」


シエラは足を止めることなく、静かに答えた。


「ああ。」


「ここにいる全員が、聖陽教から『資源になることを拒んだ罪人』と呼ばれている者たちだ。」


その声音には怒りも憎しみもなかった。


あまりにも長い年月を絶望と共に生きてきた者だけが持つ、乾いた静けさだけがあった。


奥へ案内された一行は、広間へと通された。


部屋の中央には大きな円卓が据えられ、その周囲に木製の椅子が等間隔に並べられている。


全員が席へ着くと、しばし静寂が流れた。


やがてシエラが静かに立ち上がり、一同を見回す。


「まずは……先ほどは武器を向けてしまい、申し訳なかった。」


彼女は率直に頭を下げた。


「立場上、ああするしかなかったとはいえ、礼を欠いたことに変わりはない。」


顔を上げたシエラは、改めて名乗る。


「私はシエラ・ヴァイス。」


「第六階級を率いている。」


一拍置き、その視線がフェリアへ向いた。


「そして──フェリアの叔母だ。」


「叔母……。」


オリヴィエが思わず目を丸くする。


「なるほど。それでフェリアが、あんなふうに飛びついたわけね。」


張り詰めていた空気がわずかに和らぎ、部屋には小さな苦笑が広がった。


しかし、その穏やかな空気の奥には、この惑星が抱える深い闇が、なお重く横たわっていた。


「フェリア……あの日、何があったのか教えてくれるか。」


シエラは責めるでも急かすでもなく、姪を気遣うような優しい声音で問いかけた。


フェリアは小さく息を吸い、ゆっくりと頷く。


「あの日は……私たちが資源として処理される日でした。」


部屋の空気が静まり返る。


フェリアは膝の上で両手を重ね、遠い日の記憶を一つずつ辿るように語り始めた。


「私は……どうしてもアルマと離れたくなかったんです。」


「それに……資源にされるのが、怖くて。」


その言葉は震えていた。


あの日の恐怖は、今も心の奥底に焼き付いている。


「だから逃げました。」


「ラ・ソルの中を、ただ夢中で……逃げて、逃げて、逃げ続けました。」


追い掛けてくる足音。


響き渡る怒号。


幼いアルマを抱き締めながら、必死に走った。


「そして、一つの部屋へ迷い込みました。」


「そこには、大きな機械が置かれていたんです。」


何のための装置なのかも分からない。


けれど、追手の足音はすぐそこまで迫っていた。


「もう駄目だって……そう思った、その時でした。」


フェリアは静かに目を閉じる。


「あの声が聞こえたんです。」


「とても優しくて、温かい声でした。」


『――旅をしなさい。』


その一言だけは、今でもはっきりと思い出せる。


「次の瞬間、部屋いっぱいに金色の光が溢れて……。」


「気が付くと私は、赤ん坊のアルマを抱いたまま、見たこともない場所に立っていました。」


誰も知らない世界。


頼れる人もいない。


それでもアルマだけは守らなければならない。


その一心で歩き続けた。


「果ての都まで辿り着いたところで、ルクティア様が私たちを保護してくださいました。」


フェリアは穏やかな表情でオリヴィエへ視線を向ける。


「そして、その後はオリヴィエ様に引き取られ……今日まで育てていただきました。」


語り終えた部屋には、しばらく誰も言葉を発することができなかった。


ただフェリアの過去だけが、重く静かに、その場に残り続けていた。


「……そうか。」


シエラは静かに目を閉じ、小さく息を吐いた。


「そんなことが、あったのか。」


フェリアを見つめるその瞳には、深い安堵と、それ以上に拭い切れない後悔が宿っていた。


「守ってやれなくて……すまなかった。」


その一言は、叔母としての懺悔だった。


「私が、もっと早く戦うことを選んでいれば……。」


握り締めた拳が小さく震える。


「お前たちの母……私の姉を失った。」


「そして、お前たちまで失った。」


シエラは俯いたまま、苦しげに言葉を続ける。


「あの時、私は思い知ったんだ。」


「このまま従っていても、誰も救えない。」


静かな声だった。


しかし、その奥には燃え続ける怒りが確かに宿っている。


「だから私は戦うことを選んだ。」


「同じ想いを抱く者を集め、武器を集め、追われた者たちが生き延びられる場所を築いた。」


シエラはゆっくりと顔を上げる。


その瞳には、もう迷いはなかった。


「それが――第6階級だ。」


部屋に重い沈黙が落ちる。


それは反逆組織の成り立ちではない。


誰一人として見捨てたくなかった、一人の女性が選び続けた抵抗の歴史だった。


続けて、シエラは静かに語り始めた。


この惑星ソルヴァスタの歴史。


太陽を絶対とする聖陽教の成り立ち。


そして、人々を5つの階級へ分ける歪な支配体制について。


語られる内容は、あまりにも凄惨だった。


この惑星では、生き延びるために人を「資源」として扱う。


第5階級へ落とされた者は食料へ加工され、その身体から得られる水分さえ都市を維持するための資源として利用される。


それは例外でも秘密でもない。


都市を支えるための「当然の制度」として、何千年もの間、受け継がれてきた。


部屋に重い沈黙が落ちる。


誰も口を開けなかった。


言葉を失うとは、まさにこのことだった。


フェリアは苦しげに視線を伏せ、オリヴィエも静かに拳を握り締める。


目の前で語られているのは、ただの歴史ではない。


この惑星が抱え続けてきた、決して太陽の光が届くことのない闇だった。


「……つらいわね。」


部屋を満たす重苦しい空気の中、オリヴィエが静かに呟いた。


その視線の先には、痩せ細った子どもたちや、満足な治療も受けられない人々の姿が焼き付いている。


しばらく考え込んだあと、オリヴィエは顔を上げた。


「まずは私たちが誠意を示しましょう。」


「食料、水、医療品……それに生活に必要な物資を可能な限り提供するわ。」


彼女はすぐに通信士へ視線を向ける。


「世界船へ連絡。補給物資の搬入準備を始めてちょうだい。」


「はっ!」


通信士は慌ただしく端末へ向かった。


その様子を見ていたフェリアが、少し困ったような表情を浮かべる。


「オリヴィエ様……それは……。」


大量の物資を動かせば、帝国としても決して小さくない負担になる。


しかし、オリヴィエはその言葉を優しく手で制した。


「こんな状況を見て、放っておけるわけないでしょう。」


その声に迷いはなかった。


「困っている人を助けるのに、理由なんて必要ないわ。」


シエラは驚いたように目を見開く。


「……助かる。」


「だが、本当にいいのか?」


オリヴィエは肩をすくめ、小さく笑った。


「こう見えても、それなりに偉い立場なのよ。」


「一時的な支援くらいなら、私の判断で何とかなるわ。」


そして笑みを少しだけ柔らかくする。


「もちろん、これだけで問題が解決するとは思っていない。」


「根本的な解決策は……これから皆で考えましょう。」


その一言に、シエラは静かに頷いた。


「……ありがとう。」


やがて使節団は一斉に動き始める。


世界船との通信が開かれ、食料や飲料水、医療品をはじめとする支援物資の搬送準備が急ピッチで進められていった。


反逆組織《第六階級》とヴィアトラ帝国。


その協力は、一人の少女を救った再会から、惑星の未来を変える第一歩へと静かに動き始めていた。


一週間後――。


外交使節団は世界船へ帰還した。


戦略指令室には、星守帝カエルムをはじめ、オリヴィエ、レオニス、ガイウス、リウィア、そして帝国中枢の面々が集まっている。


フェリアは静かに報告を始めた。


惑星ソルヴァスタの歴史。


太陽を絶対とする聖陽教。


盟約時代の生物兵器が変異した灼陽竜《ドラコ・ソーリス》。


人を資源として扱う階級制度。


そして、その制度へ抗う第6階級の存在。


報告が進むにつれ、室内の空気は重く沈んでいく。


誰一人として口を開こうとはしなかった。


特に、人を食料と水資源として利用してきた歴史を聞いた時には、多くの者が言葉を失っていた。


やがて、長い沈黙を破るように、カエルムが静かに口を開く。


「……食人の歴史、か。」


低く落ち着いた声が、静まり返った室内へ響く。


「無論、決して望ましいことではない。」


そう前置きした上で、彼はゆっくりと皆を見渡した。


「だが。」


「もし、それを選ばなければ民が滅びる状況だったとしたら。」


「我らは、本当にそれを拒めると言い切れるのだろうか。」


誰も答えられなかった。


飢えることなく暮らしてきたヴィアトラ帝国。


大集約により発掘品に守られた国。


飢える事の無い水と食料に恵まれた世界。


そんな自分たちが、極限まで追い詰められた者たちを、一方的に裁く資格があるのか。


その問いは、誰の胸にも重く突き刺さる。


部屋を満たすのは、重苦しい沈黙だけだった。


それは聖陽教への同情でも肯定でもない。


極限状態に置かれた文明が選ばざるを得なかった歴史と、それをどう受け止めるべきか――誰も答えを見つけられずにいる沈黙だった。


「皇帝陛下。」


張り詰めた静寂を破ったのは、ウィアだった。


戦略指令室にいた全員の視線が、一斉に彼へ集まる。


「どうか、私たちに聖陽皇ソラリス様と直接お話しする機会をいただけませんか。」


室内がざわめいた。


「……問答を望むということか。」


宰相レオニスが静かに問い返す。


その眼差しは鋭い。


「それが、国家を代表する外交行為であることを理解した上での発言かね。」


ウィアは一歩も退かなかった。


「はい。」


短く、しかし迷いなく答える。


「私は、知りたいのです。」


「なぜ、あの制度が生まれたのか。」


「なぜ、人を資源にしなければならなかったのか。」


「そして、それを今も続けている理由を。」


その声に怒りはなかった。


あるのは、純粋な疑問だった。


「私は、それを知らないまま否定したくありません。」


「もちろん、人を食べることを受け入れられるわけではありません。」


「でも、彼らも最初からそうだったわけじゃない。」


「何か理由があったはずです。」


「その理由を知らずに、『間違っている』とだけ言うのは違うと思うんです。」


指令室は再び静まり返る。


レオニスはしばらく無言のままウィアを見つめていた。


やがて、小さく息を吐く。


「……君らしい答えだ。」


しかし、その表情はなお厳しかった。


「だが、相手は一つの国家であり、一つの宗教を束ねる最高指導者だ。」


「感情だけで臨めば、この外交は容易く破綻する。」


「その覚悟はあるのだね。」


「あります。」


ウィアは真っ直ぐ頷いた。


「分かり合えるとは限りません。」


「それでも、まずは話を聞きたいんです。」


その言葉を聞いた皇帝カエルムは、ゆっくりと右手を上げた。


「レオニス。」


宰相は静かに口を閉ざす。


皇帝は穏やかな笑みを浮かべながらウィアを見つめた。


「よい。」


「この旅の中心にいるのは君たちだ。」


「君たちが見て、考え、答えを探すことに意味がある。」


一拍置き、静かに続ける。


「聖陽皇ソラリス殿には、こちらから正式に会談を申し入れよう。」


「問答の場は、我らヴィアトラ帝国が責任を持って整える。」


「ありがとうございます。」


ウィアは深く頭を下げた。


その姿を見つめながら、皇帝は小さく目を細める。


(知ろうとする者だけが、未来を変えられる。)


その言葉は、誰にも聞こえないほど静かだった。


数日後――。


日輪聖都ラ・ソルとヴィアトラ帝国を結ぶ映像通信が開始された。


巨大な端末の向こうには、聖陽皇ソラリスをはじめとする高位神官たちが静かに並び、その威厳ある姿が映し出されている。


一方、世界船《ウィア・ムンディ》の戦略指令室には、星守帝カエルムをはじめ、宰相レオニス、総司令ガイウス、総監察官リウィア、探索者協会の幹部たち、そしてウィアたち一行が席についていた。


さらに、この会談には第6階級の首領シエラも同席している。


両文明の未来を左右する会談が、静かに幕を開けた。


「本日は、このような場を設けていただき、誠にありがとうございます。」


映像越しに、聖陽皇ソラリスが穏やかに一礼する。


「通信による外交ではありますが、こうして再びお話しできることを嬉しく思います。」


カエルムもまた穏やかに頷いた。


「こちらこそ、お忙しい中ご応対いただき感謝いたします。」


「本日は、一つお伺いしたいことがあり、この場を設けさせていただきました。」


そう告げると、カエルムは静かに視線を隣へ向ける。


「ウィア。」


名を呼ばれたウィアは、一歩前へ進み出た。


若き探索者の姿を見たソラリスは、わずかに目を細める。


「あなたが、お話しくださるのですかな。」


「はい。」


ウィアは真っ直ぐにソラリスを見つめ返した。


「君は……確か、外交使節団にいた若き探索者だったね。」


映像の向こうで、聖陽皇ソラリスは穏やかな眼差しをウィアへ向けた。


「はい。ウィアと申します。」


ウィアは一礼すると、真っ直ぐソラリスを見つめる。


「聖陽皇ソラリス様。」


「一つ、お聞きしたいことがあります。」


ソラリスは静かに頷いた。


「何でしょう。」


ウィアは小さく息を吸う。


「なぜ……人を資源とするのでしょうか。」


その一言が、会談の空気を一変させた。


戦略指令室にも、ラ・ソルの神殿にも、重い沈黙が流れる。


誰も口を開かない。


ソラリスはしばらくウィアを見つめたまま、静かに目を閉じた。


やがて、かすかに微笑む。


「……随分と真っ直ぐな問いを投げかけてくれる。」


その声音は咎めるものではなかった。


まるで幼い子どもの疑問を受け止める祖父のような、どこまでも穏やかな響きだった。


「では、私からも一つ尋ねてもよろしいかな。」


「その問いは、私を裁くためのものですか。」


「それとも、理解するためのものですか。」


「理解したいです。」


ウィアは静かに答えた。


「……でも、理解できるかどうかは分かりません。」


その一言に、ソラリスは小さく目を細めた。


「そうですか。」


穏やかな返答だった。


ウィアは胸の前で拳を握り締める。


「それでも、お聞きしたいんです。」


「なぜ、人を資源にしたのでしょうか。」


「人が亡くなれば、誰かが悲しみます。」


「それが病であっても、事故であっても……。」


「資源として命を奪われた人にも、家族がいたはずです。」


「愛する人がいたはずです。」


「そのたびに、多くの悲しみが生まれてきた。」


ウィアは言葉を選ぶように、一つひとつ噛み締めながら続ける。


「……ほかに、道はなかったのでしょうか。」


通信室に静寂が落ちる。


誰も口を挟まない。


ソラリスは長く目を閉じていた。


やがて、小さく息をつく。


「若い頃の私は……。」


穏やかな声だった。


「灼陽竜を討つため、幾度となく討伐隊を率いました。」


「挑み。」


「敗れ。」


「また挑み。」


「そして、また敗れました。」


「そのたびに、多くの者が命を落としました。」


「何万……。」


「何十万……。」


「数えることすら、できないほどに。」


ソラリスは、自らの手を静かに見つめる。


「私は、あの者たちに『必ず未来を切り開く』と約束しました。」


「ですが、救えなかった。」


「私は……どうすれば良かったのでしょう。」


初めて、その声がかすかに震えた。


「今も、その答えは見つかっておりません。」


「命を捧げてくれた者たちへ。」


「私は、未だ何一つ答えを返せていないのです。」


ソラリスの答えに、室内は重い沈黙へ包まれた。


その静寂を破ったのは、シエラだった。


「安全な場所にいる人間なら、何とでも言えるさ。」


その声には、長年押し殺してきた憎しみが滲んでいた。


「資源にされるのは、いつだって下の者だ。」


「あんたの命が選ばれることはない。」


「私の姉も、仲間も……皆、資源にされた。」


「死ぬために生かされ、最後は誰かの食料になった。」


シエラは拳を震わせる。


「その一方で、あんたは聖陽皇として安全な場所から命を選び続けた。」


「……どんな気分だった。」


「人を資源にすることは。」


その言葉は責めるというより、積み重ねられた数千年分の怨嗟だった。


誰も口を挟めない。


その時だった。


「……私は、元第5階級の者ですよ。」


穏やかな声が、静かに響く。


シエラの肩がわずかに震えた。


ソラリスは目を伏せたまま続ける。


「私も資源となる側の人間でした。」


「だからこそ、その恐怖も、その絶望も知っています。」


ゆっくりと顔を上げる。


その瞳に宿っていたのは怒りではない。


長い年月を生きた者だけが持つ、消えることのない悲しみだった。


「気持ちが分かる、とは申しません。」


「あなたが私を憎む理由も理解できます。」


「ですが……。」


ソラリスは静かに息を吐く。


「私は一度たりとも、人を数字として見たことはありません。」


「資源となった者の名は、今も一人残らず記録されています。」


「毎日、その名を読み上げ、祈りを捧げています。」


「忘れないために。」


「……機械のように犠牲を選んでいた、とお思いですか。」


その問いに、責める響きはなかった。


あるのは、自分自身へ向け続けた後悔だけだった。


シエラは口を開きかける。


だが、言葉が出ない。


怒りは消えていない。


それでも、目の前の老人もまた、苦しみ続けてきたことだけは理解してしまった。


室内には、重く長い沈黙だけが流れていた。


「……では。」


ウィアが静かに口を開く。


「灼陽竜が倒され、惑星環境さえ改善できれば――。」


「その制度は、終わらせられるのですか。」


ソラリスは息を呑んだ。


「……何を、おっしゃるのです。」


穏やかな表情が初めて崩れる。


「灼陽竜を倒す、と?」


「先ほど申し上げたでしょう。」


「何万、何十万という命を失ってなお、我々には届かなかった存在なのです。」


声がわずかに震えていた。


「さらに惑星環境を改善するなど……。」


信じられない。


いや、信じてはいけない。


数千年積み重ねてきた現実が、その言葉を拒んでいた。


しかし――。


「倒します。」


ウィアは迷いなく答える。


「必ず。」


静かな宣言だった。


だが、その声には揺るぎない確信があった。


「エラ」


「はい」


エラが一歩前へ出る。


「灼陽竜の胸部に存在する火炎袋。」


「あれは高出力の光線を放つ器官であると同時に、惑星環境改造用ナノマシンの貯蔵庫です。」


ソラリスの表情が変わる。


エラは続けた。


「アルマの能力により、灼陽竜の器官を推定できました。」


「内部へ侵入し、中枢機関を破壊。」


「その後、ナノマシンの制御権を奪取します。」


「奪還したナノマシンを用いて、惑星環境の修復を開始します。」


「えへへ。」


名前を出されたアルマが照れくさそうに笑う。


その笑顔だけは、この重苦しい空気の中で不思議なほど明るかった。


「つまり――。」


カーデンスが拳を握る。


「俺たちがあいつをぶっ飛ばして。」


力強く拳を突き出す。


「この星を、もう一度緑に戻す。」


誰も笑わなかった。


荒唐無稽な話のはずなのに。


4人の瞳には、一片の迷いもなかったからだ。


ソラリスは言葉を失う。


倒す。


灼陽竜を。


あれほどの犠牲を払い、それでも誰一人届かなかった存在を。


この若者たちが。


――できるはずがない。


積み重ねてきた常識が、そう囁く。


だが。


胸の奥では、別の声が聞こえていた。


もし、本当に叶うのなら。


もう誰も資源にならなくていい。


もう誰も飢えなくていい。


もう、子どもたちが死ぬ必要もない。


その未来が、ほんの僅かでも存在するのなら。


私は――。


信じてみたい。


「……良いでしょう。」


ソラリスは静かに目を閉じ、一度だけ深く息を吐いた。


そして再びウィアを見据える。


その眼差しには、もはや迷いはなかった。


「ウィアよ。」


「灼陽竜を討ち果たし、この惑星へ再び緑を取り戻してみせなさい。」


一拍置いて、静かに続ける。


「その時、この制度は終わります。」


「そして私もまた、その責任から逃げることはありません。」


「達成された暁には、私はいかなる裁きも受け入れましょう。」


その言葉に虚勢はない。


数千年、一つの文明を背負い続けてきた為政者としての覚悟だけがあった。


室内は静まり返る。


誰も、その決意の重さを軽々しく受け止めることはできなかった。


そこからのヴィアトラ帝国と日輪聖都ラ・ソルの動きは、驚くほど早かった。


ラ・ソルは長年守り続けてきた防御用発掘品で灼陽竜の光線を受け止める。


その隙にウィアたちが接近。


五羅針が灼陽竜の動きを封じ込め、その間にウィア、カーデンス、アルマ、エラ、そしてレクリアとクレスが体内へ侵入し、中枢部を破壊する。


作戦は決まった。


あとは、そのための準備だけだった。


出発を目前に控え、ウィアたちは世界船の発着場へ集まっていた。


「ふふ。」


珍しく、エラが少しだけ胸を張る。


「今回の作戦のために用意しました。」


次の瞬間。


発着場全体が低い振動とともに唸り始めた。


ゴゴゴゴゴ……。


巨大な床がゆっくりと下降していく。


しばらくして。


暗闇の底から、一つの巨影が姿を現した。


金色の装甲。


人の姿を思わせる巨大な躯体。


背部には飛行艇にも見える巨大な主翼が折り畳まれ、全身の各部には無数の推進器が並んでいる。


その巨体が完全に姿を現した瞬間、発着場の空気が震えた。


「マキナ・ロリカの設計思想を参考に、中枢AI《クストス・ムンディ》が新たに建造しました。」


エラがどこか誇らしげに説明する。


「全長100メートル。」


「飛行艇への可変機能を備えた機動兵器――《ゲーティア》です。」


言い終えたエラは、ほんの少し胸を張る。


四枚の羽も、どことなく嬉しそうに揺れていた。


「……で、でけぇ。」


カーデンスが思わず息を呑む。


「すごい……!」


アルマは瞳を輝かせながら巨人を見上げた。


「いつの間にこんなものを……。」


ウィアははっとする。


「まさか……あの時。」


戦略指令室で、エラが中枢AI《クストス・ムンディ》と誰にも分からない言葉で会話を交わしていた光景が脳裏をよぎる。


「あの時から、これを作ってたんだ。」


「はい。」


エラは小さく頷く。


「ありがとう、エラ。」


ウィアが笑う。


「助かったよ。」


「本当にすごい!」


アルマも嬉しそうに微笑む。


褒められたエラは目を丸くすると、照れ隠しをするようにその場でくるりと一回転した。


さらにもう一回。


気づけば発着場の上空を嬉しそうにくるくると飛び回っている。


その姿に、一同から思わず笑みがこぼれた。


「準備はできたかの……って。」


クレスが言葉を失う。


「なんじゃ、これは。」


「ふふ。」


レクリアも思わず笑う。


「随分と、とんでもない兵器を用意したものだね。」


――3日後。


灼熱の砂漠を、一体の巨人が飛翔していた。


全長100メートル。


飛行形態へと変形した機動兵器《ゲーティア》は、轟音を響かせながら灼陽竜を追跡している。


その機内では、ウィアたちが静かに前方を見据えていた。


誰一人、無駄口を叩く者はいない。


決戦の時が、刻一刻と近づいていた。


その遥か下方。


砂煙を巻き上げながら、日輪聖都ラ・ソルが進む。


これまで三千年以上、灼陽竜から逃れ続けてきた移動都市。


その都市が今、自ら灼陽竜へ向かっていた。


「目標に高エネルギー反応。」


エラの冷静な声が機内へ響く。


「灼陽竜、光線攻撃を開始します。」


次の瞬間。


灼陽竜の胸部が灼熱の赤に染まり、膨大な光が収束していく。


世界が震える。


そして。


天地を貫く極光が、一直線に日輪聖都ラ・ソルへ放たれた。


「《ヘリオスの冠》――起動!」


ラ・ソルの頂から、眩い黄金の光が天へ昇る。


それは太陽へ祈りを捧げるように天高く伸びると、無数の光の帯となって降り注いだ。


黄金の光は都市全体を優しく包み込み、巨大な光の結界を形成する。


まるで太陽そのものが、ラ・ソルを抱きしめているかのようだった。


次の瞬間。


灼陽竜の光線が結界へ激突する。


轟音。


衝撃で砂漠が大きく揺れ、砂の海が津波のように巻き上がる。


だが――。


黄金の結界は揺らぐことなく、その一撃を受け止めた。


膨大な熱量は四方へと拡散し、光の粒となって砂漠へ降り注ぐ。


「次は我らの出番じゃな。」


ガノンの声と同時に、五羅針がゲーティアのハッチから一斉に飛び出した。


灼熱の空を切り裂き、それぞれが定められた位置へ散開する。


「風よ――覆え。」


ヴェルナが静かに手を掲げる。


その瞬間、大気そのものがうねり始めた。


轟音とともに渦を巻いた風は、やがて全長100キロを超える超巨大竜巻となって灼陽竜を包み込む。


暴風は鱗を削り、巨体の自由を少しずつ奪っていった。


「私の子らよ……どうか、この子を縛っておくれ。」


続いてネイラが祈るように囁く。


乾ききった大地を突き破り、無数の巨木と蔓が爆発的な勢いで芽吹いた。


植物たちは灼陽竜の四肢へと絡みつき、棘から放たれる麻痺毒がゆっくりと巨体を蝕んでいく。


「では、行くかの。」


ガノンが大砲を肩に担ぎ、口元を吊り上げる。


「うむ。」


ドルガが短く頷いた。


「お二人とも、無理はなさらないでください!」


フェリアの声を背に受け、二人は同時に地を蹴る。


まずガノンの方が火を噴いた。


巨大な炎は奔流となって灼陽竜の脚部を包み込み、灼熱の爆炎が周囲一帯を焼き払う。


続くドルガは重力と質量を一気に圧縮し、大槌を叩き込んだ。


大地が砕け、隕石衝突にも等しい衝撃波が巨体を揺るがす。


そしてフェリアが静かに小刀を掲げる。


戦場を支配する様に周辺の温度が一瞬で奪われた。


冷気の塊が空いっぱいに広がり、無数の氷槍が雨のように降り注ぐ。


鋭い氷は灼陽竜の全身へ突き刺さり、その動きをさらに鈍らせていった。


「最後は僕たちだね。」


ウィアは仲間たち一人ひとりの顔を見渡した。


誰も恐れを隠そうとはしない。


それでも、その瞳には確かな覚悟が宿っていた。


「――行こう。」


短い言葉に、全員が力強く頷く。


ゲーティアが静かに加速する。


拘束された灼陽竜の巨体へ向かって、その鋼鉄の翼は一直線に飛翔した。


目指すは、灼陽竜の内部。


中枢を破壊し、この星を縛り続けた運命を終わらせるために。


そして――。


惑星ソルヴァスタを覆い続けた闇を、この手で払うために。

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