第12話-聖陽教(Cultus Solis Sacri)
世界船へ帰還したウィアたちは、休む間もなく戦略指令室へと向かった。
扉を開けると、そこにはすでに皇帝カエルム、宰相レオニス、総司令ガイウス、総監察官リウィア、そして探索者協会の面々が揃っていた。
室内には、先ほどまでとは違う緊張が漂っている。
全員が大型スクリーンへ視線を向けていた。
「これで全員揃ったわね。」
オリヴィエが一同を見回し、静かに頷く。
「フェリア、お願い。」
「はい。」
フェリアは前へ進み出ると、端末を操作した。
スクリーンに惑星ソルヴァスタの地図が投影される。
広大な砂漠の中に、二つの光点が浮かび上がった。
「今回の探索において、文明の痕跡を二か所確認しました。」
「いずれも、人々が生活していると考えられる居住区域です。」
室内が静まり返る。
フェリアは二つの光点を指し示した。
「一つは、大規模な岩山の地下洞窟。」
「こちらでは生活設備と多数の人影を確認しています。」
フェリアは続ける。
「そして、もう一つ。」
もう片方の光点が拡大される。
「こちらは同時刻に別部隊が発見した反応です。」
「しかし――」
フェリアの指が止まる。
「この反応は、現在も位置を変え続けています。」
一瞬、室内の空気が止まった。
「……移動している?」
誰かが思わず声を漏らす。
フェリアは静かに頷く。
「はい。」
「時速およそ60キロメートル。」
「一定の進路を維持したまま、砂漠を移動し続けています。」
その言葉に、戦略指令室はどよめきに包まれた。
都市が移動する。
その常識外れの報告が、誰もの予想を大きく裏切っていた。
「この発見を受け、ヴィアトラ帝国は両地点へ外交使節団を派遣します。」
フェリアの言葉とともに、スクリーンには二つの進路が表示される。
一つは岩山地下の居住跡。
そしてもう一つは、今なお砂漠を移動し続ける巨大構造体。
「未知の文明との接触は、武力ではなく対話を最優先とします。」
「ただし、安全は保証されません。」
「そのため、十分な護衛戦力を同行させます。」
皇帝も静かに頷いた。
「我らは侵略者ではない。」
「ヴィアトラ帝国の代表として、礼節を尽くして臨め。」
その一言に、室内の空気が引き締まる。
フェリアは資料へ視線を落とした。
「使節団は、一隊につき外交官約10名、行政補助を担う文官約30名。」
「さらに護衛として帝国軍、巡察隊、探索者を合わせ約60名を編成します。」
100名規模に迫る大使節団。
それは単なる調査隊ではなく、一つの国家が未知の文明へ差し向ける正式な外交団だった。
「出発は一週間後。」
「各自、それまでに装備と物資、飛行艇の整備を完了してください。」
会議室のあちこちで緊張した面持ちの者たちが頷く。
未知の惑星。
未知の文明。
誰も、その先に何が待っているのか分からない。
フェリアは最後にウィアたちへ視線を向けた。
「ウィア。」
「はい。」
「あなたたちは、移動中の構造体へ向かってください。」
「飛行艇による先行接触をお願いします。」
一拍置き、フェリアはアルマへ目を向ける。
その表情は副会長としてではなく、一人の姉のものだった。
「……アルマを頼みます。」
ウィアは真っ直ぐ頷く。
「任せてください。」
隣でカーデンスも短く答える。
「ああ。」
その返事を聞いたフェリアは小さく微笑み、再び副会長としての表情へ戻った。
「では、各員解散。」
「一週間後、新たな未知へ向けて出発します。」
会議が終わり、人々はそれぞれ次の任務へ向けて動き始める。
戦略指令室にも、張り詰めていた空気が少しずつ解けていった。
その一角で、エラが静かに中枢AIと向き合っている。
「────」
「──────」
交わされる言葉は、誰にも理解できなかった。
機械音でも、人の言葉でもない。
旋律にも似た、不思議な響き。
まるで膨大な情報そのものを会話へ変換しているようだった。
近くにいたオリヴィエやフェリアでさえ、その意味を読み取ることはできない。
エラだけが時折小さく頷き、何かを確認するように会話を続けている。
その様子を見つめていたウィアは、小さく首を傾げた。
「何を話してるんだろう……。」
だが尋ねようとした、その時だった。
「ウィア。」
聞き慣れた声が背後から響く。
振り返ると、そこにはレクリアとクレスが立っていた。
二人とも探索者として現役復帰を果たしてから、この三か月、一線へ戻るための鍛錬を欠かさなかった。
年齢を感じさせない引き締まった立ち姿からは、長年第一線で戦い続けた歴戦の探索者としての風格が滲み出ている。
「久しぶりに一緒の任務になりそうじゃの。」
クレスが穏やかに笑う。
隣ではレクリアも腕を組みながら口元を緩めた。
「昔ほど無茶はできないがね。」
「それでも、まだ若い連中には負けるつもりはないよ。」
その言葉には、長年積み重ねてきた経験への確かな自信が込められていた。
「どうしたの?」
ウィアが首を傾げると、クレスが豪快に笑った。
「久しぶりに、わしらと手合わせでもせんかと思ってのう。」
「この三か月、鈍った身体を戻すために鍛え直したからのう。」
レクリアは肩を鳴らしながら、不敵な笑みを浮かべる。
「昔みたいに優しくして貰えると思うんじゃないよ。」
その言葉に、ウィアも思わず笑みを浮かべた。
「いいけど……僕ら、結構強くなったよ?」
挑発するようなその一言に、クレスの口元が大きくつり上がる。
「ほう。」
「生意気を言うようになったもんじゃ。」
レクリアも射抜くような鋭い視線を向ける。
「なら、その成長……この目で確かめさせてもらおうか。」
「望むところだよ。」
ウィアが振り返ると、カーデンスは肩を回し、アルマは楽しそうに微笑み、エラは興味深そうに四枚の羽を揺らしていた。
「訓練データを取得します。」
その一言に全員が苦笑する。
やがて一行は、世界船の訓練場へと向かった。
「若者は元気で良いのう。」
「まったくじゃ。若者が元気なことこそ喜びよ。」
ガノンとドルガが顔を見合わせ、愉快そうに笑う。
気づけば、訓練場には五羅針の面々まで見物に訪れていた。
「一生懸命頑張りなさい、子供たち。」
ヴェルナが穏やかな笑みを浮かべながら声援を送る。
「まぁ勝てないじゃろうが、全力を出すんじゃぞ。」
ネイラの口ぶりには気負いも遠慮もない。
そこには互いの実力を知り尽くした者だけが持つ親しみと信頼が滲んでおり、まるでレクリアやクレスとは長年苦楽を共にしてきた旧知の仲であるかのようだった。
「皆さんは二人の事を知ってるんですか?」
ウィアが問いかける。
「ん? なんじゃ。」
「言っておらんのか。」
ドルガとガノンは顔を見合わせ、揃って呆れたように肩を竦める。
「お二方、それはあんまりでは。」
「いやはや、大切な孫にも伝えとらんとはのう。」
ヴェルナとネイラも苦笑を浮かべる。
「いつかは伝えるつもりじゃったわ。」
クレスはそう呟くと、大剣を静かに構えた。
一切の気負いはない。ただ、何気なく剣を地へ向けて振り下ろす。
――瞬間。
轟音と共に凄まじい風圧が爆ぜ、訓練場全体を飲み込んだ。
砂塵は竜巻のように舞い上がり、地面は軋み、周囲の木々は悲鳴を上げるように大きくしなった。
剣先は地面に触れてすらいない。
それでも、放たれた一振りだけで大気そのものが斬り裂かれたかのような衝撃が走る。
「そうさね。いつかは伝えるつもりだったわい。」
続いてレクリアが一歩前へ出る。
杖を軽く握り直した、その瞬間だった。
無数の残像が空間を覆い尽くす。
突き、薙ぎ、払い、返し――幾百という連撃が一瞬にも満たない刹那で繰り出され、杖が通った軌跡だけが白い線となって宙に刻まれていく。
風切り音だけが幾重にも重なり、演武が終わったことにすら誰も気づけなかった。
ウィアも、カーデンスも、アルマも、その動きを目で捉えることは叶わない。
いや、見えていたのは僅かな残像だけ。
3人が理解できたのは、自分たちとは住む世界が違うという事実だけだった。
「わしらは五羅針就任を蹴った二人じゃ。」
「権威なんて性に合わなくてね。」
レクリアとクレスは、まるで大したことではないと言わんばかりに口にする。
その一言に、訓練場の空気が静まり返った。
五羅針――国最強と称される5人。
その座を、自ら拒んだ者が目の前にいる。
「さて、始めるかの。」
クレスが大剣を肩に担ぎ、レクリアは静かに杖を構える。
その瞬間だった。
空気が張り詰める。
二人は微動だにしていない。
それなのに、一切の隙がない。
隙を探そうと視線を巡らせても、どこにも見当たらない。
いや、見つけたと思った瞬間には、それが罠であると本能が告げていた。
放たれる気配だけで肌が粟立ち、息が詰まる。
ウィアも、カーデンスも、その場から一歩たりとも動けなかった。
まるで巨大な猛獣を前にした獲物のように、本能が「動けば終わる」と警鐘を鳴らしていた。
頬を伝った汗が、一滴。
地面へ落ちた、その瞬間だった。
クレスの姿が消えた。
「――っ!」
気づけば、大剣がウィアとカーデンスの眼前まで迫っている。
踏み込みも、振りかぶる動作も見えない。
視界に映った時には、既に斬撃は終わろうとしていた。
避けられない。
そう悟った刹那。
「2人とも!」
アルマが咄嗟に風を巻き起こす。
突風が大剣の軌道をわずかに押し流し、刃は2人の鼻先を掠めて背後の地面へ叩き込まれた。
轟音が響き、土煙が爆ぜる。
「油断しないで!」
「油断なんて……してない!」
ウィアが叫び返す。
分かっている。
それでも体が追いつかない。
「行くぞ!」
カーデンスが地を蹴る。
ブースターが轟音を鳴らし、一気に間合いを詰める。
重く鋭い拳がクレスを捉えた――はずだった。
ガギィンッ!!
大剣の腹が寸分違わず割り込み、拳を真正面から受け止める。
その衝撃だけでカーデンスの体勢が崩れた。
「甘いの。」
クレスは大剣を軽く払う。
たったそれだけで、カーデンスの身体は宙へ弾き飛ばされ、地面を何度も転がった。
「カーデンス!」
ウィアが駆け寄ろうとした、その前へ一つの影が滑り込む。
「私の相手はウィアだね。」
レクリアだった。
杖を軽く構える。
その姿には隙がある。
そう見えた。
「そこだ!」
ウィアは迷わず踏み込む。
しかし。
カンッ! カカカカカカッ!!
目の前が白く弾けた。
杖だ。
一本の杖が、まるで十本にも百本にも増えたかのような速度で打ち込まれてくる。
肩。
脇腹。
手首。
膝。
狙われる場所が一瞬ごとに変わる。
受けても、受けても、防御の上から衝撃が骨まで響いた。
「ぐっ……!」
さらに一歩。
レクリアは距離を詰める。
杖が霞む。
いや、霞んでいるのではない。
速すぎて目が追いついていないのだ。
ウィアは短槍を必死に振るい応戦する。
だが、槍先は空を切るばかり。
その度に杖が肩を、脇腹を、脚を正確に打ち据えていく。
致命傷にはならない。
それでも、一撃ごとに身体の自由が奪われていく。
(強い……!)
汗が頬を伝う。
目の前にいるのは世話になった祖父母。
それなのに、その背中は果てしなく遠かった。
「なんじゃ、随分と情けないのう。」
「そうさね。私たちは、まだ発掘品の能力すら使ってないよ。」
その言葉に、ウィアたちは息を呑む。
今まで見せつけられた圧倒的な実力は、ただの地力。
発掘品の真価は、まだ誰一人目にしていなかった。
「なら、その能力を使ってみろ!」
カーデンスが吼え、左腕のブーストナックルを唸らせながら一直線に突っ込む。
「ふん。」
クレスが大剣をゆっくりと振り上げた、その瞬間だった。
刀身の各所からブースターが展開し、轟音と共に蒼白い噴流を噴き上げる。
空気が震えた。
いや、震えたのは大気だけではない。
大地そのものが悲鳴を上げるように軋み始める。
その剣に宿る圧力は、まるで天から隕石が落ちてくるかのよう。
振り下ろされれば、この訓練場など跡形もなく消え去る。
そう本能が告げていた。
「カーデンス!!」
ウィアはワイヤーを限界まで駆動させ、一瞬で割って入る。
短槍を構え、大剣を真正面から迎え撃つ。
同時にアルマが風を巻き起こし、凄まじい暴風で大剣を押し返す。
激突。
世界が揺れた。
轟音は雷鳴を飲み込み、衝撃波が訓練場を駆け抜ける。
大地は蜘蛛の巣のようにひび割れ、舞い上がった土砂が空を覆い隠す。
ウィアの足は地面へ深く沈み込み、短槍は悲鳴を上げるように軋んだ。
カーデンスは左腕一本で必死に押し支え、全身の筋肉を震わせる。
アルマの風も、大剣の勢いを僅かに削ぐのが精一杯だった。
3人で受け止めてなお、押される。
まるで山が落ちてきたかのような重圧。
いや、それは山ですらない。
隕石の落下を、そのまま剣に宿したような一撃だった。
「エラ。」
ウィアが静かに呼びかける。
「はい」
その声が頭の奥で響いた瞬間――
「ヴィア・ノヴァ。」
銀色の光がウィアの全身を包み込む。
漆黒だった髪は月光を浴びたような銀へと染まり、瞳は燃え盛る炎を思わせる深紅へ変わっていく。
溢れ出した力が足元の大地を震わせ、周囲の空気さえ揺らぎ始めた。
「おお……。」
クレスが僅かに目を細める。
押し込まれていた短槍が、ゆっくりと前へ進む。
一歩。
また一歩。
押し返せるはずのなかった大剣が、確かに後退していく。
ウィアの両腕が軋む。
それでも止まらない。
ヴィア・ノヴァが切り拓くのは、存在しなかったはずの可能性への道。
届かなかった力が届く。
越えられなかった壁を越える。
不可能だった未来が、今この瞬間だけ現実へと書き換えられていく。
「おお、やるもんじゃな。」
クレスは口元を緩める。
その眼には驚きよりも、孫の成長を喜ぶ祖父の色が浮かんでいた。
「次は私の番だね。」
レクリアが静かに杖を掲げる。
ふわりと放たれた杖は、宙で静止した。
次の瞬間。
一本だった杖が二本に。
二本が四本に。
四本が八本へと、まるで分裂するように次々と増殖していく。
瞬く間に数十本もの杖が空を埋め尽くし、訓練場一帯を覆った。
「来るぞ!」
ウィアが叫ぶ。
直後、無数の杖が一斉に降り注いだ。
レクリアは飛来した一本を掴み、ウィアへ打ち込む。
打ち終えた杖を放ると、次の一本がまるで意思を持つように手元へ飛び込む。
薙ぐ。
突く。
払う。
振り下ろす。
攻撃は一瞬たりとも途切れない。
一本を防いだ頃には、すでに次の一撃が眼前へ迫っていた。
「くっ……!」
ウィアは短槍を必死に振るい、連撃を捌き続ける。
だが、防御は間に合っても反撃する隙がまるでない。
その一方で、数本の杖が軌道を変え、カーデンスへと襲い掛かる。
「チッ!」
左腕だけで次々と杖を弾き返すカーデンス。
重い打撃が腕を伝い、衝撃が全身を駆け抜ける。
一本を弾けば、すぐさま別の一本が死角から迫る。
受け流すだけで精一杯だった。
さらに数本の杖がアルマへと殺到する。
「きゃあっ!」
アルマは風を操り杖の軌道を逸らそうとする。
しかし、逸らした先から別の杖が飛来し、休む間もなく追い詰められていく。
3人はそれぞれ別方向から襲い来る猛攻に翻弄され、互いを援護する余裕すらなかった。
それでもレクリアは息一つ乱さない。
まるで舞でも舞うかのような優雅な足運びで杖を持ち替え、3人全員へ寸分違わぬ連撃を浴びせ続ける。
その姿は、一人で戦っているようには到底見えない。
まるで数十人の達人が同時に襲い掛かっているかのようだった。
「カーデンス、アルマ!」
ウィアの声が訓練場に響く。
その合図を待っていたかのように、アルマが両手を掲げた。
「はあぁぁっ!」
暴風が一気に解き放たれる。
訓練場を薙ぎ払う烈風がレクリアへ襲い掛かり、その身体を押し留める。
「今だ!」
ウィアはワイヤーを撃ち出した。
ワイヤーが訓練場の柱へ絡みつき、そのまま身体を大きく振る。
限界まで遠心力を乗せ、一気に加速。
音を置き去りにする勢いでレクリアの側面へ迫る。
同時に、カーデンスも地を砕く勢いで踏み込む。
左腕のブーストナックルが轟音を響かせ、渾身の拳が正面から一直線に突き進む。
前後からの挟撃。
逃げ場はない。
「悪くない連携だね。」
レクリアは静かに微笑んだ。
片手の杖でウィアの短槍を受け流し、もう片方の杖でカーデンスの拳を受け止める。
激しい衝撃が訓練場を震わせる。
それでも3人は止まらない。
アルマの風がさらに勢いを増し、ウィアは遠心力を乗せたまま押し込み、カーデンスも左腕一本に全身の力を込める。
わずかに。
ほんのわずかに、レクリアの足が地面を滑った。
「おや。」
レクリアが感心したように呟く。
次の瞬間だった。
「わしもおるじゃろ。」
クレスの低い声が響く。
轟音。
横薙ぎに振るわれた巨大な大剣が暴風ごと戦場を薙ぎ払った。
空気が爆ぜ、衝撃波が大地を抉る。
「くっ!」
「ぐあぁっ!」
「きゃあっ!」
ウィア、カーデンス、アルマの3人はまとめて吹き飛ばされ、地面を何度も跳ねながら転がる。
3人で作り上げた渾身の連携は、クレスのたった一振りによって、いとも容易く打ち砕かれた。
「ちょっと、そこまでよ!」
鋭い声が訓練場に響き渡る。
オリヴィエだった。
「お二人とも、本当に殺すつもりですか?」
呆れたようにため息をつきながら、クレスとレクリアを睨む。
「そうですよ! シールドも張っていないのに、アルマなんてこんなにボロボロじゃないですか!」
フェリアは慌ててアルマのもとへ駆け寄り、その身体を支える。
「なんじゃ、やりすぎたか?」
「久しぶりに全力で動けたもんだから、つい調子に乗っちまったねぇ。」
クレスとレクリアは顔を見合わせると、悪びれる様子もなく豪快に笑った。
その様子にオリヴィエは額へ手を当て、大きくため息をつく。
「リア婆ちゃんも……クレス爺ちゃんも……強すぎるって……。」
仰向けに倒れたまま、ウィアが息も絶え絶えに呟く。
「ああ……。」
カーデンスも短く答える。
「……だねぇ。」
アルマも力なく笑い、同意した。
3人は大の字になったまま、しばらく指一本動かすことさえできなかった。
訓練場には、3人の荒い息遣いだけが静かに響いている。
そんな姿を見下ろしたクレスは、満足そうに頷いた。
「まだまだ伸びるのう。」
「鍛え甲斐がありそうだね。」
その言葉どおり――。
ウィアたちは出発前日までの一週間、容赦のない特訓を受けることになる。
その日々は、3人にとって忘れられない地獄の一週間となった。
――1週間後。
二つの外交使節団は、それぞれの目的地へ向けて旅立った。
一隊はフェリアが率い、岩場の地下都市へ。
もう一隊はガノンとドルガに率いられ、砂漠を巡る移動構造体へと向かう。
ウィアたちが同行するのは、後者だった。
数日後――。
ウィア達は飛行艇からその景色を見ていた。
「……あれが。」
視界の果てに、巨大な影が浮かんでいた。
砂煙を巻き上げながら進むそれは、まるで一つの山脈が意思を持って歩いているかのようだった。
巨大なピラミッド型の構造物。
その底部から絶え間なく噴き出す推進機構が砂を巻き上げ、巨体をわずかに浮かせながら砂漠を進んでいる。
あまりにも巨大なその姿は、地平線すら覆い隠していた。
「盟約時代の要塞を改修した構造体と思われます。」
エラの声が響く。
「推定全長100キロメートル、高さ15キロメートル。5層構造を持つ超大型移動要塞です。」
淡々とした説明とは裏腹に、その光景は常識を遥かに超えていた。
一つの都市どころではない。
まるで国そのものが砂漠を歩いているようだった。
しかし――。
「……待って。」
アルマが震える声を漏らす。
「後ろ……。」
要塞のさらに後方。
およそ20キロほど離れた砂煙の向こうに、もう一つの巨大な影があった。
最初は山だと思った。
だが違う。
それは、ゆっくりと首をもたげた。
竜を思わせる巨大な頭部。
鋭く湾曲した角。
砂丘を一跨ぎするたび、大地がかすかに震える。
その巨体は、追跡している移動要塞とほぼ同等の全長を誇っていた。
山が歩いている。
そう表現するしかない異形の怪物が、悠然と移動要塞の後を追っていた。
「……生物?」
誰ともなく漏れたその一言に、答えられる者はいなかった。
エラが言い終える、その刹那だった。
世界が閃いた。
巨大生物の喉奥から放たれた漆黒を裂く極光。
移動要塞の頂に輝く巨大な宝石から解き放たれた純白の閃光。
二条の光は空間そのものを焼き裂きながら一直線に駆け、砂漠の上空で激突した。
――瞬間。
時間が止まったように見えた。
次いで。
世界そのものが爆発した。
轟音。
いや、それは轟音などという生易しいものではない。
天地創生の咆哮を思わせる音が空を引き裂き、大気そのものが悲鳴を上げる。
衝突点では二つの光が互いを喰らい合い、膨大なエネルギーが逃げ場を失って暴れ狂う。
白き雷が幾千、幾万と枝分かれしながら天地を駆け巡り、空は昼夜の区別を失うほどの閃光に包まれた。
衝突点を中心に巨大な光球が生まれる。
一キロ。
十キロ。
二十キロ。
際限なく膨れ上がるそれは、まるで太陽が地上へ降り立ったかのようだった。
熱風が砂漠を焼き払う。
数億トンもの砂が巻き上げられ、天へと伸びる砂の柱となる。
砂丘は跡形もなく吹き飛び、地面は波打ち、地平線の彼方まで亀裂が走った。
衝撃波は輪となって全方位へ広がる。
空気の壁が目に見えるほど圧縮され、その圧力だけで雲は弾け飛び、遥か上空にまで巨大な空白を刻みつけた。
「なっ……!」
飛行艇が悲鳴を上げる。
船体が軋み、装甲が震え、窓ガラスが砕けそうなほど振動する。
ウィアたちは床へ叩きつけられ、それでも身体を固定しなければ船外へ投げ出されそうだった。
光と轟音はなおも終わらない。
互いに一歩も譲らず、二条の極光は押し合い、削り合い、世界を揺るがし続ける。
衝突点から溢れた奔流は天空へ噴き上がり、天を貫く巨大な光の柱となった。
雲海は左右へ引き裂かれ、そのさらに上空まで一直線に貫かれていく。
まるで天と地が一本の光で繋がったかのようだった。
誰一人、声を発することができない。
目の前で起きているのは戦いではない。
文明が生み出した究極の兵器と、神話に語られる災厄が真正面から激突する、世界そのものを賭けた衝突だった。
そして――。
永遠にも思えた拮抗は、不意に終わりを迎える。
二つの光はほぼ同時に砕け散り、数え切れない光の粒となって砂漠一帯へ降り注いだ。
昼の空には星空のような輝きが広がり、静寂だけがゆっくりと世界へ戻ってくる。
その静寂の中、巨大生物はゆっくりと頭を垂れ、まるで力尽きたようにその場へ身を横たえた。
「なんという……破壊力じゃ。」
ガノンは目を輝かせ、先ほどの光景を食い入るように見つめていた。
まるで少年が夢にまで見た光景を目の当たりにしたかのように、興奮を隠そうともしない。
「いやぁ、実に素晴らしいのう。あれほどの出力を実現するとは……。」
感嘆の声は止まらない。
「言っとる場合か。」
隣で腕を組んでいたドルガが、呆れたようにため息をつく。
「すぐに移動要塞へ盟約共通語で通信を送れ。着陸許可の要請と、親善外交の申し入れじゃ。」
「はっ!」
文官たちは慌ただしく通信装置へ駆け寄り、盟約共通語で交信を開始する。
飛行艇には緊張した空気が流れた。
あれほどの兵器を持つ相手だ。
もし敵意を向けられれば、この飛行艇など一瞬で消し飛ぶだろう。
誰もが固唾を呑み、返答を待つ。
やがて通信士が息を呑みながら振り返った。
「返信です!」
「着陸を許可するとのことです。また、親善外交の申し出も受け入れる、と。」
飛行艇の空気がわずかに和らぐ。
しかし、続く通信内容を聞いたドルガの表情は変わらなかった。
「……どうした。」
「返信文の節々から、強い警戒と困惑が感じられます。」
通信士は静かに続ける。
「こちらを敵と断じてはいません。ですが……『未知の存在』として、極めて慎重に対応しようとしているようです。」
ドルガは静かに頷いた。
「当然じゃな。」
つい先ほど、自分たちはあの要塞と互角に撃ち合う怪物を目撃した。
そして相手から見れば、自分たちもまた、空から現れた正体不明の飛行艇。
互いにとって、相手は未知だった。
だからこそ、この外交は一つの言葉、一つの振る舞いが未来を左右する。
飛行艇は速度を落とし、ゆっくりと巨大な移動要塞へ向かって降下を始めた。
飛行艇が静かに着陸し、重々しい音を立てて扉が開いた。
熱を帯びた砂漠の風が吹き込み、その先には、幾重もの白い法衣が整然と並んでいた。
数百人にも及ぶ神官たち。
純白の法衣には金糸で太陽の紋章が刺繍され、全員が胸元へ杖を抱くようにして立っている。
その後方には、都市の住民たちが固唾を呑んで見守っていた。
彼らの瞳には歓喜ではなく、畏怖と警戒が宿っている。
つい先ほど、移動要塞と互角に撃ち合った怪物を目の当たりにしたばかりだ。
そして、その要塞へ降り立った見知らぬ飛行艇。
彼らにとって、ウィアたちは未知そのものだった。
静寂が辺りを包む。
やがて、中央の道がゆっくりと開かれ、一人の老神官が厳かな足取りで前へ進み出た。
胸には黄金に輝く大きな太陽の聖印。
他の神官たちとは一線を画す、豪奢な法衣がその地位を物語っていた。
老神官は両手で杖を掲げ、ゆっくりと胸の前へ捧げ持つ。
「遠き空より訪れし、ヴィアトラ帝国の使節団よ。」
その朗々とした声は広場全体へ響き渡る。
「我らは聖陽教。」
「太陽の御加護の下、日輪都市ラ・ソルは、諸君らを歓迎する。」
老神官が静かに杖を地面へ突いた。
――コン。
その澄んだ音を合図に、数百人の神官たちが一斉に杖を掲げる。
そして。
コンッ。
コンッ。
コンッ。
規則正しい音が広場中へ波紋のように広がっていく。
まるで祈りそのものが形となったような杖音は一切の乱れなく重なり、厳粛な旋律となって砂漠の空へ響き渡った。
後方の信徒たちは胸に手を当て、一斉に頭を垂れる。
誰一人として声を発しない。
歓迎の言葉すら祈りへと変える――それが聖陽教における、最上級の賓客を迎える儀式だった。
そこに集う多くの神官たちは、人間とは明らかに異なる特徴を持っていた。
風に揺れる長い耳。
どこか気品を感じさせる立ち姿と、悠久の時を生きてきた者だけが纏う静かな威厳。
「あれって……エルフ?」
ウィアが小声で尋ねる。
「そうですね。」
エラは頷いた。
「あの耳の長さから見て、間違いありません。」
「正式な呼称は『アエテルニ』。」
「長い寿命を生かして歴史を語り継ぐ種族であり、『歴史の継承者』とも呼ばれています。文字よりも口承文化が発達しているのが特徴です。」
「へえ……どのくらい長生きなんだ?」
興味津々に尋ねるウィアへ、エラはさらりと答えた。
「個体差はありますが、一万年ほど生きるとされています。」
「……マジかよ。」
思わずカーデンスが目を見開く。
「ふぇ~……そんなに生きるんだぁ。」
アルマも驚きを隠せず、神官たちをまじまじと見つめた。
「私たち人類の歴史を何度も見届けてきた存在……ということになりますね。」
エラが静かに付け加えると、ウィアたちは改めて神官たちへ視線を向けた。
そこに立つ者たちは、ただ耳が長いだけではない。
まるで歴史そのものが、人の姿を取ってそこに立っているかのような存在感を放っていた。
「こちらへどうぞ。聖陽皇ソラリス様がお待ちです。」
神官に案内され、使節団は巨大なピラミッドの頂を目指して歩き始めた。
階段の両脇には、黄金の太陽円盤を象った巨大な彫刻が等間隔に並び、その中央には真紅の宝石が埋め込まれている。
柱には放射状に広がる光や、渦巻く砂嵐、天空へ降り注ぐ陽光が精巧な浮き彫りとして刻まれ、壁という壁は太陽を讃える紋様で埋め尽くされていた。
高い天井には幾重もの円環が重なり合い、その中心には巨大な黄金の太陽が輝いている。
窓から差し込む陽光は白い石壁に反射し、神殿全体を神々しい金色へと染め上げていた。
通路には静かな香が焚かれ、神官たちは胸元へ手を当てながら、祈るように歩みを進めていく。
「……すごい。」
ウィアは思わず足を止めた。
「見渡す限り、太陽ばっかりだ。」
「ここまで徹底しているとはな。」
カーデンスも周囲を見回し、小さく息を漏らす。
アルマも目を輝かせながら壁の彫刻を見つめていた。
「きれい……。まるで太陽の中を歩いてるみたい。」
エラも静かに周囲を見渡す。
「……私の記録には存在しない建築様式です。」
その言葉に、一行は改めて、自分たちが未知の文明へ足を踏み入れたことを実感するのだった。
やがて使節団は、一枚の大きな扉の前へと案内された。
重厚な扉がゆっくりと開く。
その先には、長い耳と雪のような白髪、胸元まで伸びた白い髭を蓄えた老齢の男性が静かに佇んでいた。
金と白を基調とした豪奢な法衣を身にまとい、その姿はまるで太陽の威光を体現した聖職者そのものだった。
「遠き世界より、よくぞ参られた。」
穏やかな声でありながら、不思議と人を従わせる威厳がある。
「私は聖陽皇ソラリス。」
「どうか、其方たちのことを聞かせていただきたい。」
その言葉に、使節団は一礼し、会食の席へと着いた。
黄金の器には、この砂漠の惑星で育まれた果実や香辛料を用いた色鮮やかな料理が並び、外交は終始穏やかな雰囲気の中で進められていく。
ヴィアトラ帝国の歴史。
先史文明の存在。
襲撃者。
そして、故郷へ帰るため旅を続けていること。
ただし、旅の中核を担うエラの存在だけは伏せられたままだった。
一方、聖陽教側もまた、自らの歴史を静かに語り始める。
ゲート停止からおよそ1000年後、この惑星ソルヴァスタでは異変が起きた。
惑星全域の気温は徐々に上昇し、緑豊かだった惑星は砂漠へ、生物の生存すら困難な灼熱の大地へと変貌していく。
やがて、盟約時代に惑星環境を改造するため造られた生物兵器が暴走した。
幾度もの変異を経て、それは巨大灼熱生物――灼陽竜となる。
都市は次々と襲われ、多くの文明は砂の海へと呑まれていった。
生き残ったのは、太陽の加護を信じて築かれたこの日輪都市ラ・ソルのみ。
「何度も討伐隊を送りました。」
ソラリスは静かに目を伏せる。
「ですが、そのたびに返り討ちに遭いました。」
その言葉には、幾千年にも及ぶ絶望と無力感が滲んでいた。
話を聞きながら、ウィアはふと仲間たちへ目を向ける。
エラは興味深そうに耳を傾け、ときおり何かを考えるように瞳を伏せている。
一方、カーデンスは料理を一口食べただけで手を止め、どこか居心地悪そうに皿を見つめていた。
「……口に合わねぇな。」
苦笑交じりに呟くその横で、アルマは一度も料理へ手を伸ばしていなかった。
ただ静かに席へ座り、顔色もどこか優れない。
「アルマ?」
ウィアが心配そうに声を掛ける。
「……う、うん。大丈夫。」
そう笑顔を作ろうとするものの、その声には力がなく、頬もどこか青ざめていた。
外交の場がひと段落すると、ウィアたちは監視役の神官を伴うことを条件に、日輪都市ラ・ソルの見学を許可された。
体調の優れないアルマは船で休ませることになり、カーデンスが付き添う。
「無理しないでね。」
ウィアが心配そうに声を掛けると、アルマは少しだけ笑って頷いた。
「うん……行ってらっしゃい。」
そうしてウィアとエラは神官の案内を受け、街へと降り立つ。
白い石造りの建物が並び、その間を金色の布が風に揺れる。
市場には香辛料や果実が並び、人々の祈りの声が遠くから聞こえてくる。
しかし、街の人々の視線は自然とウィアたちへ集まっていた。
「あれが異世界の者たち……。」
「本当に人間なのか?」
「災いを呼ぶ者ではないだろうな……。」
囁き声があちこちから聞こえてくる。
その瞳に宿るのは好奇心ではない。
未知に対する恐れと警戒だった。
ウィアは小さく息を吐く。
「……仕方ないよね。」
「僕たちだって逆の立場なら、きっと同じ顔をしてた。」
その時だった。
「きゃあっ!」
甲高い悲鳴が街に響く。
続いて、小さな子どもの泣き声が聞こえてきた。
人々が一斉に視線を向ける。
その先へ、数人の護衛を従えた一人の老人が静かに歩み出た。
聖陽皇ソラリスだった。
騒ぎにも動じることなく、ゆっくりと子どものもとへ歩み寄っていく。
その姿に、周囲の人々は自然と道を開けていた。
「どうしました?」
聖陽皇ソラリスは、少女と目線を合わせるようにゆっくりと膝をついた。
その声は威厳ある君主のものではなく、祖父が孫へ語りかけるような優しさに満ちている。
「転んでしまったのですかな?」
少女は涙を浮かべながら、小さく頷いた。
「……いたい。」
ソラリスは穏やかに微笑み、擦りむいた膝へそっと手を添える。
すると、その掌から柔らかな金色の光が溢れ出した。
陽だまりのように温かな光は傷口を優しく包み込み、みるみるうちに傷は塞がっていく。
少女は驚いたように自分の膝を見つめ、何度も触れて確かめた。
「……なおってる。」
その瞳は涙から笑顔へと変わる。
「聖陽皇様、ありがとうございます!」
少女がお辞儀をすると、ソラリスは優しく頭を撫でた。
「元気が一番ですよ。」
その慈愛に満ちた笑みに、少女は嬉しそうに駆けていく。
その様子を見守っていた人々から、自然と歓声が上がった。
「さすがは聖陽皇様!」
「太陽の御加護を授かりし御方だ!」
「我らを照らす太陽そのもの!」
誰からともなく称賛の声が上がり、それは瞬く間に広場全体へ広がっていく。
人々は胸へ手を当て、敬意を込めて頭を垂れた。
ただ敬われているのではない。
人々は心から、この老人を信じていた。
「エラ、今のって……。」
ウィアが驚いたまま問いかける。
エラは少女の傷口へ視線を向け、静かに答えた。
「発掘品による外傷修復技術です。」
「あの光は傷の再生を促進する医療用発掘品によるものと推測されます。」
「じゃあ、奇跡じゃなくて……。」
「技術です。」
エラは迷いなく言い切った。
「ただし、その技術を人々の前で『奇跡』として示すことで、宗教的な象徴性と神聖性が生まれます。」
「結果として、人々の信仰はより強固になり、聖陽皇の権威も高まります。」
ウィアは歓声を上げる人々を見渡す。
誰一人として、それを技術だとは思っていない。
人々にとっては、あれこそが太陽の奇跡なのだ。
「……でも。」
ウィアは静かに呟いた。
「たとえ技術だったとしても、あの子を笑顔にしたのは本当だよね。」
エラは群衆の中心で微笑むソラリスを見つめ、わずかに頷いた。
「はい。その結果に偽りはありません。」
その時だった。
「……どこが優しいんだ。」
低く、それでいてよく通る声が広場に響いた。
声の主は見えない。
しかし、その一言だけで広場の空気は一変した。
ざわめきが恐怖へと変わる。
「まさか……第6階級だ!」
「逃げろ!」
「早く避難しろ!」
人々は悲鳴を上げながら、一斉にその場から逃げ始めた。
先ほどまで聖陽皇を称えていた歓声は消え失せ、広場は混乱に包まれる。
護衛たちは即座に聖陽皇ソラリスを囲み、安全な場所へと誘導していく。
「こちらへ!」
監視役の神官に促され、ウィアとエラも避難を始めた。
走りながら、ウィアは神官へ問い掛ける。
「あの、第6階級って何なんですか?」
神官は険しい表情のまま答えた。
「……我ら聖陽教へ反旗を翻す反逆組織です。」
「反逆組織?」
「日輪都市ラ・ソルには、本来五つの階級しか存在しません。」
神官は指を折りながら説明する。
「聖陽皇様と高位神官が属する第1階級。」
「聖陽教の神官と関係者が属する第2階級。」
「都市を支える技術者たちの第3階級。」
「そして大多数の市民が属する第4階級。」
「最後に、第5階級。」
神官は何の迷いもなく続ける。
「彼らは、この都市を維持するための資源です。」
「資源……?」
ウィアは思わず聞き返した。
神官は不思議そうに首を傾げる。
「ええ、文字通りの意味ですよ。」
「彼らは食料として加工され、また貴重な水資源としても利用されます。」
「都市を存続させるために欠かせない存在です。」
その声音には罪悪感も躊躇もない。
ただ当たり前のことを説明しているだけだった。
「そして、その制度に反旗を翻し、自らは資源ではないと主張する者たちがいます。」
「それが、自らを『第6階級』と名乗る反逆者たちです。」
神官は淡々と言い切る。
「先ほど皆様を歓迎する席でお出しした料理にも、第5階級が使われていました。」
「お口に合いましたでしょうか。」
その一言で、時間が止まった。
「…………え。」
ウィアの思考が白く染まる。
料理。
さっき食べた料理。
口の中に残る味が、一瞬で別のものへと変わる。
胃の奥が激しく痙攣した。
「うっ……。」
視界が揺れる。
耳鳴りがする。
膝から力が抜け、その場へ崩れ落ちた。
「ウィア!」
エラが咄嗟に身体を支える。
しかしウィアの意識は、そのまま暗闇へと沈んでいった。
一方その頃。
飛行艇の中では、アルマとカーデンスだけが静かな時間を過ごしていた。
窓の向こうには、黄金色に染まる日輪都市ラ・ソルが広がっている。
だが、その美しさとは裏腹に、飛行艇の中は重苦しい沈黙に包まれていた。
「……あれ。」
アルマが震える声で呟く。
「あの料理……。」
言葉が喉につかえ、それ以上続かない。
唇を震わせながら、それでも絞り出す。
「……人だった。」
静寂。
カーデンスは目を閉じ、小さく頷いた。
「ああ。」
短い返事だった。
否定はしない。
最初の一口で、彼も気付いていた。
だから、それ以上口へ運ぶことはなかった。
「なんで……。」
アルマの瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちる。
「なんで、こんなことが……できるの。」
誰へ向けた問いでもなかった。
ただ、あまりにも残酷な現実が胸を締め付ける。
カーデンスは拳を固く握り締める。
その表情には怒りも悲しみも浮かんでいない。
ただ、静かな決意だけが宿っていた。
飛行艇の窓の外では、太陽の光を浴びた日輪都市ラ・ソルが、まるで何事もないかのように輝いている。
その美しい景色の下には、決して光の届かない闇が広がっていた。
惑星ソルヴァスタ。
日輪都市ラ・ソル。
その歪んだ真実は、静かに、そして確実にウィアたちの旅へ深い影を落としていくのだった。




