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ヴィア・ノヴァ-Semina Vitae-  作者: トニトルス(tonitrus)


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第11話-広大な砂漠(Desertum Infinītum)

惑星ソルヴァスタに緊急着陸後、間を置かずに周辺の探索が開始された。


艦外へ展開した調査用発掘品と先遣隊の報告は、早い段階で同じ結論を示す。


見渡す限りの砂漠。


それは単なる砂ではなかった。

乾いた金属粉を思わせる粒子が大地を覆い、太陽光を鈍く反射している。


地平線は歪み、空気そのものが熱ではなく圧を帯びていた。


さらに探索範囲が拡大されるにつれ、事実はより明確になる。


この惑星の表層のほぼ全域が、砂漠で構成されていた。


水の痕跡は極めて希薄。

植生の反応はゼロ。

人工構造物の影も確認されない。


「……生命圏の痕跡、ほぼなし。」


探索班の報告は淡々としていたが、その内容は異常そのものだった。


通常の惑星形成モデルでは説明がつかない。


その中で、探索者達は次の判断を下す。


周辺に人間、あるいは知的生命体が存在するかどうかの確認。


生存圏の有無は、この惑星の性質を決定づける最重要事項だった。


「探索範囲を3方向に分割。半径拡大、接触可能性を優先。」


オリヴィエの声が通信回線に落ちる。


誰も冗談を言わない。


ここから先は、発見ではなく遭遇になる可能性が高いと、全員が理解していた。


そして探索隊は、砂漠へと足を踏み入れていく。


ウィア達は世界樹のネイラ、無風のヴェルナと同じ探索隊に編成されていた。


砂に覆われた惑星ソルヴァスタの地表は、どこまでも視界が抜ける乾いた世界だった。


「少年、少女たちよろしく頼む。」


ヴェルナが淡々とした声で告げる。風のように感情の薄い声音だが、その視線は確かに彼らを見ていた。


「よろしく頼むの、子供達よ。」


ネイラは穏やかに笑いながら、まるで大地そのものが語っているような柔らかい声を落とす。


「こちらこそ、よろしくお願いします。」


ウィアが軽く頭を下げると、エラも続いて礼をした。


「ヴェルナさんって風を操るんですよね?」


「そうだな。正確には気象を操る。」


ヴェルナは視線を遠くの砂丘へ向けたまま答える。


「ネイラさんは植物を?」


「そうじゃ。私の言うことを聞いてくれる、可愛い子たちじゃよ。」


砂漠のはずの地表に目を向けながらそう言うネイラの言葉には、不思議な説得力があった。


「前回は不覚にも敗れたが、屋外では無敵だと思いたい。」


ヴェルナがわずかに肩をすくめる。


「そうよのう。あのまんま負けっぱなしは、五羅針として受け入れがたいのう。」


ネイラも静かにうなずいた。


「ですね。」


短いウィアの同意に、その場の空気が少しだけ引き締まる。


五羅針にとっても、前回の敗北は軽いものではなかった。


それぞれがそれぞれの形で、その事実をまだ飲み込みきれていないのが分かる。


「少年、気づいたか?」


ヴェルナの声は低く、風のない砂漠に吸い込まれるように消えた。


「ええ」


ウィアは即答する。


視線はすでに砂の一点に固定されていた。


違和感は音ではなく、地形そのものの呼吸として現れている。


砂が、動いている。


いや、流れているのではない。


地中の何かが、砂を押し流しながら進んでいる。


まるで巨大な魚が砂海を泳ぐように。


次の瞬間、砂丘が裂けた。


爆ぜるように砂が跳ね上がり、影が飛び出す。


乾いた甲殻、砂色に擬態した外殻、鋭く折れ曲がった四肢。


爬虫類に似ているが、明らかに自然の進化ではない形状だった。


捕食のためだけに設計されたような身体。


「来る!」


誰かの声と同時に、地面がさらに波打つ。


砂の下で複数の影が連鎖的に反応した。


「周囲、反応10です。」


エラの声が戦場に重なる。


その声は焦りではない。むしろ確定情報の提示に近い冷静さだった。


「全部、こちらを捕捉しています。」


「だったら――」


カーデンスが一歩踏み出す。


その瞬間、空気が爆ぜた。


「叩き潰す。」


ブーストナックルが起動。


拳が振り抜かれるより先に、衝撃が前方へ走る。


砂漠の地面が抉れ、先頭の個体が上空へ吹き飛ぶ。


だが、それは始まりにすぎない。


地中から次の影が跳ね上がる。


3体、5体、さらに増殖するように湧き出す。


「もう、すぐそうやって突っ込む!」


アルマが手を振る。


空気が一瞬だけ凍る音を立てた。


地表が白く染まり、砂ごと敵の脚部が凍結する。


動きが止まったその一瞬。


カーデンスの拳が落ちる。


氷ごと粉砕。


破片が砂嵐のように散る。


「風よ、舞え。」


ヴェルナの声はほとんど囁きだった。


だが次の瞬間、砂漠に線が走る。


見えない刃。


空気が裂けるのではなく、空間そのものが削ぎ落とされていく。


複数体の敵が同時に断ち切られ、動きを止める間もなく崩壊する。


「私の子たちよ。」


ネイラが静かに砂へ触れる。


地面が応答した。


乾いた砂の中から、細い根のような構造が瞬時に伸び、敵の四肢に絡みつく。


抵抗の時間すら与えない。


絡め取られた瞬間、敵の外殻が急速にしぼむ。


水分が奪われていく。


音もなく、崩れる。


砂漠に残るのは、乾いた殻の残骸だけだった。


数十秒。


それで終わった。


だが、静けさは勝利のものではない。


砂漠は再び沈黙している。


しかしその沈黙の奥で、まだ何かが見ている気配だけが残っていた。


「こいつらは一体……。」


ウィアが砂の上に残った残骸を見下ろしながら呟いた。


「爬虫類をベースに、砂漠環境へ適応した種族のようです。」


エラが即座に解析結果を返す。


その声には感情はない。ただ事実だけが積み上げられていく。


「体の至る部分に砂を取り込む吸気口のような構造があり、それを後方から射出することで推進力を得ています。」


「つまり……砂の中を泳ぐために特化してるってことか。」


カーデンスが拳を軽く握りながら言う。


「そう解釈できます。」


エラは淡々と頷いた。


砂漠そのものが生態系の一部になっている異様さだけが、そこに残る。


ヴェルナが周囲を一度見渡した。


「しばし、あの岩場で休憩としようか。」


その一言で、隊列はゆっくりと移動を始める。


岩陰に到達すると、即座に簡易テントが展開される。


風はない。だが空気は乾きすぎて、呼吸するたびに喉がざらつくようだった。


「一旦ここで態勢を整えよう。」


ヴェルナの判断に異論はなかった。


緊張がわずかに緩み、武装の確認や周辺警戒へと意識が移る。


だが――その静けさは長く続かなかった。


「こっちに洞窟があります!」


岩場の外周を確認していた隊員の声が響く。


一瞬で全員の動きが止まる。


テントの布が風もないのにわずかに揺れた気がした。


「洞窟……だと?」


ヴェルナがそちらを見る。


砂漠にぽっかりと開いた暗い穴。


それは自然の侵食というよりも、何かが意図的に空けた空洞のように見えた。


内部からは光が届かないはずなのに、なぜか底知れない圧だけが外へ漏れている。


エラが一瞬だけ沈黙した。


そして、静かに言う。


「……内部に、未登録構造体の反応があります。」


その瞬間、砂漠の空気が変わった。


休息は、終わった。


探索隊は洞窟の奥へ進んでいく。


警戒はしていたが、これといった敵性反応もなく、足音だけが乾いた岩肌に吸い込まれていった。


やがて視界が開ける。


そこは、まるで途中で時間が止まった場所だった。


白骨死体が折り重なるように散らばっている。


20、いや30体ほど。


骨は乾ききっているのに、ところどころに布や装飾品が残っていて、それが逆に生々しさを強調していた。


逃げる途中で倒れた者。


抱きかかえたまま動かなくなった者。


手を伸ばした姿勢のまま崩れた子供の骨もあった。


「遺伝的特徴から鼬人の子供と推定されます。」


エラが淡々と告げる。


だが、その声はいつもよりわずかに間があった。


正確さは変わらないのに、そこに温度だけが欠けていた。


探索隊の誰もすぐには言葉を返せなかった。


ただ、視線だけが骨の一つ一つを追っていく。


――ここで何が起きたのか。


理解するより先に、胸の奥に重いものが沈んでいく。


その中の一体が、まだ形を保った手のまま何かを握っていた。


紙だ。


風化しかけたそれを、カーデンスが慎重に拾い上げる。


かすれた文字が、まだ読み取れた。


「新しい生活が始まった。」


そこから先は、希望のような言葉が続いていた。


だが行間は徐々に歪んでいく。


「第5階級として、生きてもいつかは…。」


「だからここへ来た。ここなら、生きられると思った。」


「この場所には機械がある。助けてくれる機械だ。」


少し間が空き、筆跡が乱れる。


「分からない。もう、何が正しいのか。」


筆圧が途切れ途切れになっていく。


「外に出ようとした人が、戻ってこない。」


「助けを呼びに行った人も。」


最後の数行は、ほとんど殴り書きだった。


「機械が、みんなを殺してる。」


「逃げてるのに、逃げられない。」


「音がする。近い。」


「もうすぐ、私のところにも来る。」


そして最後。


インクが途切れたように、文字が終わっていた。


「神様。」


「やっぱり、私たちが間違っていたんですか。」


沈黙が落ちる。


洞窟の中の空気が、さっきよりも冷たく感じられた。


誰かが息を飲む音だけが、やけに大きく響いた。


ウィアは紙から視線を外せなかった。


見ているのに、見たくないものを見続けている感覚だった。


エラは何も言わない。


ただ、白骨と紙の間を一度だけ視線で往復し、それ以上の解析を止めていた。


その沈黙は、いつもの処理の停止ではなく――


理解を拒んだ結果の静止に近かった。


その時だった。


洞窟の奥から、金属が擦れるような乾いた機械音が響いた。


「生体反応、発見。」


声は感情を持たない。だが、どこか処理を終えた当然の結論のように冷たかった。


暗闇の中から、ゆっくりとそれが姿を現す。


四肢は細長く、関節は異様に多い。全身は砂に磨かれた金属で覆われ、両腕の先には回転するドリルが装着されている。


まるで、掘削と殺戮を同じ機能として設計された存在だった。


「苦痛からの解放を推奨します。」


次の瞬間、ドリルが射出される。


空気が裂ける音すら置き去りにして、金属の塊が一直線に殺到した。


「っ!」


ウィアと探索隊は同時に飛び退く。岩壁が抉れ、砂が爆ぜる。


一撃ごとに地形が掘削されていく。戦闘ではない。作業だ。


「お前が……この子たちを?」


ウィアの声は低い。怒りで喉が震えていた。


それは問いではなく、ほとんど断罪だった。


しかしエラの声は揺れない。


「改造が施されてるようですが、盟約時代の鉱石採掘機械と思われます。」


「危険度分類は極低。通常なら任務完了後に自律停止する個体です。」


淡々とした解析。


だがその通常が、今目の前で白骨の山を作っている。


ウィアの目が鋭くなる。


「ふざけるな……!」


ワイヤーアームが展開される。


次の瞬間、光線が空間を裂き、機械へと叩きつけられた。


衝撃。火花。砂塵。


ウィアはそのまま踏み込む。


ワイヤーが絡む。引く。捻る。空間ごと制圧するような動き。


機械は即座に反応し、ドリルを分離させて迎撃へ転じる。


カーデンスが地を蹴る。


「昔の俺を見てるようで気分が悪りぃぜ、お前。」


拳が起動する。


ブーストナックルが唸りを上げ、空気を圧縮して突き出される。


一撃。


機械の胴体が横に吹き飛び、岩壁に叩きつけられる。


だが――砕けない。


「耐久構造、維持。」


即座に立ち上がる。


壊れていないのではない。重要な部位だけを守っているのだ。


アルマは一瞬だけ子供たちを見つめ、唇を噛む。


「……助けられなくてごめんね。」


小さく呟くと、両手を合わせるようにして力を集めた。


次の瞬間、極低温の電荷が空間を走る。


空気が白く弾ける。


「止まってくれないと、この子たちは救われないから。」


電撃が機械の関節部へ集中し、動作を焼き切るように侵食する。


機械の動きが一瞬だけ乱れた。


そこへヴェルナの声が落ちる。


「風よ、断て。」


不可視の刃。


空気が線として走り、機械の関節を精密に切断する。


遅れてネイラが静かに杖を添えた。


「眠りなさい。」


砂の中から植物のような根が伸び、機械の脚部を絡め取る。


拘束ではない。


まるで地面に還すための動きだった。


そしてエラだけが、その戦闘を見ながら静かに言う。


「戦闘ログ更新。」


「当該個体、命令逸脱。自律制御外。」


一拍。


「ですが――」


わずかに間が空く。


「この機械は、まだ止められます。」


その言葉の瞬間、ウィアの目がさらに鋭くなる。


怒りは変わらない。


だがそこに、終わらせる意思が重なった。


「なら止める。」


短く、強く。


砂の洞窟の奥で、掘削機械は再び起動音を上げる。


だがもう、それは作業音ではなかった。


戦争音に変わっていた。


「いい加減、眠れ。」


ウィアの声は低く、冷たかった。


次の瞬間、短槍が閃く。


重力を断ち切るような一撃が機械の関節部へ叩き込まれ、空間そのものが軋んだ。


同時にカーデンスが踏み込む。


「お前、うざったいんだよ。」


ブーストユニットが最大出力で噴き上がり、拳が光の残像を引く。


一撃。


二撃。


空気が破裂し、砂が吹き飛び、洞窟全体が悲鳴を上げるように震えた。


機械は最後の抵抗としてドリルを展開しかけるが、その動きは途中で止まる。


制御系が焼き切れたように、動作が崩壊していく。


「……停止。」


エラの声が静かに落ちる。


やがて機械は、ただの鉄塊へと戻った。


沈黙。


洞窟の中に、戦闘の余韻だけが残る。


ウィアはしばらくその場を見下ろしていたが、やがて短槍を収めた。


怒りはまだ消えていない。


それでも、もう向ける先はない。


「こんな事しても…。」


誰に言うでもない言葉が落ちる。


カーデンスも拳を下ろし、荒い呼吸を整えた。


「クソ機械が……」


吐き捨てるように言いながらも、その声にはもう敵意だけではなく疲労が混じっていた。


アルマはゆっくりと視線を落とす。


「……間に合わなかったんだよね、きっと。」


その一言が、空気を変えた。


エラは何も言わない。


ただ、停止した機械と白骨の間に視線を移し、しばらく動かなかった。


やがて探索隊は、静かに動き始める。


散らばった白骨を一つずつ集める者。


壊れた装飾品を拾う者。


誰も多くは語らない。


言葉にすれば崩れてしまうものが、そこにあった。


「……お墓を作りましょう。」


エラがそう言った。


反対する者はいなかった。


洞窟の外へ出た一行は、砂の中に小さな区画を作る。


風はない。


それでも、砂はどこか優しく積もっていくように見えた。


名前も知らない子供たちのための、即席の墓標。


ただそれだけのはずなのに、その場には妙な静けさがあった。


まるで、この惑星そのものが一瞬だけ黙祷しているようだった。


砂の墓標の前に、静寂が落ちていた。


誰もすぐには動けなかった。


白骨を並べ終えたあとも、その場には言葉にならない重さだけが残っている。


その時だった。


通信端末が短く震える。


「……通信?」


カーデンスが眉をひそめる。


次の瞬間、空間投影が立ち上がった。


映し出されたのはオリヴィエだった。


いつも通り軽い調子――のはずなのに、その表情には珍しく緊張が混じっている。


「タイミング、悪かったかしら。」


その一言から、ただ事ではないと全員が察する。


ウィアが顔を上げる。


「何かあったんですか?」


オリヴィエは一拍置いてから、静かに告げた。


「文明の痕跡が見つかったの。」


空気が変わる。


砂漠の熱も、洞窟の冷たさも、一瞬だけ遠のく。


「あなた達とは……別の隊が同時に発見したの。」


一瞬の沈黙。


ネイラが目を細める。


「ほう……つまり二つ痕跡があるって事かのう。」


ヴェルナは空を一度見上げるようにして息を吐いた。


「厄介だな。別集団と言うことか。」


エラが短く言う。


「調査しましょう。」


その間にも、オリヴィエの声は続く。


「だから一度戻って、隊を再編成するわ。」


少しだけ間を置いて、彼は付け加えた。


「これは命令よ。」


通信が切れる。


静寂が戻る。


だがさっきまでの静寂とは違う。


それは終わりではなく、次の始まりの前触れだった。


ウィアは砂の墓を一度だけ見下ろし、短く息を吐いた。


「……行こう。」


その声に、誰も反対はしなかった。


探索隊はゆっくりと身を翻す。


砂の惑星に残された白骨の静けさだけが、しばらくその場に置き去りにされた。

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