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ヴィア・ノヴァ-Semina Vitae-  作者: トニトルス(tonitrus)


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第9話-存続する者たち(Manentes)

村での一件から二か月が過ぎた。


空は変わらず青く、果ての都には今日も多くの探索者達が行き交っている。


その中でウィア達もまた依頼を受け、旅を続けていた。


派手な活躍こそない。


だが探索者としての経験は確実に積み重なっている。


少しずつ。


前へ進みながら。


そして今では、そのPTにアルマも加わっていた。


アルマはすっかりエラに懐いていた。


暇さえあれば隣へ飛んでいき、知らない発掘品を見つけては二人で顔を寄せ合っている。


最近では休憩中も一緒にいることが多い。


「私は、やっぱり果実たっぷりのタルトが好きねぇー。」


「私は高効率エネルギーパック7式です。エネルギー変換効率が――」


「へえ! それって美味しいんだ?」


「ありがとうございます。」


楽しそうに会話を続ける二人を見ながら、ウィアは苦笑した。


内容こそ噛み合っているのか怪しいが、傍から見れば仲の良い少女同士が甘味の話で盛り上がっているようにしか見えない。


きっと今も、お気に入りの菓子店や新作スイーツについて語り合っているのだろう。


――しかし実際には、片方が菓子の感想を語り、もう片方がエネルギーパックの性能評価を語っているだけなのだが。


一方でカーデンスとは相変わらずだ。


「カーデンスは、脳筋すぎるよぉ。」


「ちび。」


「誰が、ちびだよぉ。」


そんな言い合いを毎日のように繰り返している。


だが本気で嫌っている訳ではない。


依頼中にアルマが危険な場所へ近付けば、真っ先にカーデンスが止める。


カーデンスが無茶をすれば、アルマが真っ先に文句を言う。


気付けば2人は、助け合う関係になっていた。


アルマが別の星の出身。


その話を詳しく聞くため、ウィア達は探索者協会に呼び出されていた。


会長室の扉が開く。


広い室内の奥では、オリヴィエがいつものように穏やかな笑みを浮かべていた。


その隣にはフェリアが立っている。


氷像のように整った立ち姿。


一切の隙も感情も見せない完璧な秘書然とした姿だった。


……少なくとも表面上は。


だが視線だけは違う。


アルマへ向けられた瞳が僅かに揺れている。


さらに尻尾も落ち着きなく小さく動いていた。


抱き締めたい。


頭を撫でたい。


今すぐ膝の上へ乗せて甘やかしたい。


そんな感情を全力で押し殺しているのが伝わってくる。


「……」


「……」


「……」


ウィア、カーデンス、エラは無言で視線を逸らした。


その件について触れてはいけない。


触れた瞬間、自分たちの命が危険になる。


3人はこれまでの経験で、それを十分理解していた。


しばらくして。


会長室の扉が開いた。


1人。


また1人と探索者が入ってくる。


その瞬間、室内の空気が変わった。


ウィアは思わず息を呑む。


カーデンスも無意識に背筋を伸ばしていた。


一目見ただけで分かる。


歴戦の猛者。


数え切れないほどの死線を越えてきた者達だ。


強い。


そんな一言では到底足りない。


そこにいるだけで圧倒されるほどの存在感を放っていた。


そして何より――。


白氷のフェリアに匹敵する。


ウィア達が知る最高峰の探索者と同格。


その事実だけで異常さが伝わってくる。


「おっ、なんじゃ若者がおるぞ。」


豪快な声が響いた。


「どれどれ。」


隣の男が目を細める。


「ほう、本当に若いのう。」


「最近の若者は元気じゃな。」


「儂らにもあんな時代があったかの。」


「あったのう。」


「何年前じゃったか。」


「さあのう。」


「覚えとらん。」


「儂もじゃ。」


声の主は2人の男性だった。


どちらも筋骨隆々。


全身が鍛え抜かれた鋼のような肉体で覆われている。


「ご老体、子供を威圧するのはよしてください。」


呆れたような声が飛ぶ。


2人の間へ割って入ったのは銀髪の女性だった。


身長はウィアと同じくらい。


細身の体格だが、その瞳には刃のような鋭さが宿っている。


「そうさね、子供をいじめるのはおやめ。」


さらにもう一人の女性が肩を竦めた。


若々しい容姿とは裏腹に、その口調はまるで長い年月を生きた老人のようだった。


「今日はよく来てくれたわね。」


オリヴィエが静かに告げる。


その言葉と共に、ウィアは改めて彼らを見渡した。


この場にいるのは探索者協会が誇る最高戦力。


五羅針《クィンクェ・ドゥクトーレス》。


惑星に名を轟かせる英雄達が、今ここに集結していた。


オリヴィエは先日の赤い柱の出現について説明した。


エラスムス。


そして先史文明《ペレグリニ》。


会長室に集まった探索者達は誰一人として口を挟まない。


普段は豪放な五羅針ですら真剣な表情で耳を傾けていた。


(私が彼らを紹介しましょう。)


不意に脳内へエラの声が響いた。


久しぶりだった。


横を見ると、エラがどこか得意げな表情をしている。


こういう時の彼女は決まって教師になる。


(まずは五羅針筆頭、世界樹のネイラです。)


(鹿人の探索者として活動期間は127年。)


(植物系発掘品の運用において惑星最高峰の技能を有しています。)


(彼女が救った人命は統計上把握不能です。)


(127年?!)


ウィアとカーデンスが目を丸くする。


エラは静かに続けた。


(次にドワーフ種、星鎚のドルガ。)


(重力と質量を操る発掘品の使い手です。)


(確認されている最大戦果は大型災害級生物の単独討伐。)


(その一撃は山を砕き、大地の形を変えると記録されています。)


(そして狼人、爆星のガノン。)


(旧文明由来の対艦兵装を個人運用する探索者です。)


(火力評価は協会最強です。)


(彼が戦場へ立てば炎は星の如く降り注ぐと語られています。)


(お次は梟人、無風のヴェルナです。)


(風操作を得意としており。)


(高機動戦闘において五羅針内でも最優秀評価を受けています。)


(彼女の風は雲を裂き、嵐すら従わせると言われています。)


(そして――)


そこで僅かに間を置いた。


(白氷のフェリア。)


(五羅針最年少にして探索者協会副会長。)


(戦闘能力評価は全探索者中最上位。)


(単独戦闘に限定するなら最強候補です。)


(極低温を操る発掘品の使い手。)


(その速度は視認すら困難であり、戦闘が始まった時には既に勝敗が決していると言われています。)


まるで授業を終えた教師のような口調だった。


説明し終えたエラは胸を張る。


光輪もどこか誇らしげに回転していた。


褒められるのを待っている顔だった。


(ありがとう、エラ。)


礼を言った瞬間、エラがぱっと表情を明るくした。


光輪を回転させながら宙へ浮かび、その場でくるりと一回転する。


最近分かってきたことだが、エラは褒められるのが好きだった。


しかもかなり分かりやすい。


やがて説明が一段落すると、オリヴィエはゆっくりと指を立てる。


「そして、ここからが本題よ。」


その言葉に室内の空気が僅かに変わった。


「うちの可愛いフェリアちゃんとアルマちゃん。」


「この2人は今から20年前、果ての都の近くに突如現れた『門の開かない遺跡』の前で発見されたの。」


「当時のフェリアちゃんは、まだ赤ん坊だったアルマちゃんを抱いていたわ。」


「2人は別の星系から来たことだけは覚えている。」


「でも、それ以外の記憶はほとんど残っていないの。」


「そして不思議なことに、その遺跡も私たちにとっては正体不明。」


「誰が造ったのか。」


「なぜそこに現れたのか。」


「そもそも本当に星々の盟約《パクトゥム・ステラルム》の遺跡なのか。」


「何一つ分かっていない。」


「まるでフェリアちゃん達と一緒に、どこか別の世界から流れ着いたみたいにね。」


オリヴィエの言葉に視線が集まる。


室内がどよめいた。


それも無理はない。


大停滞期以降、星系間移動に成功したという話など誰も聞いたことがなかった。


「信じられないかもしれないけれど事実よ。」


オリヴィエは肩を竦める。


「そして、誰も見つけられなかった遺跡を開いたウィアちゃん。」


「その中で目覚めたエラちゃん。」


オリヴィエの視線が二人へ向けられた。


「私はね。」


「この四人が揃ったことで、ようやく門を開く条件が整ったんじゃないかと思っているの。」


静寂が落ちる。


門の開かない遺跡。


20年間。


誰も入ることができなかった謎の遺跡。


「だから――」


オリヴィエは笑った。


「探索に行くわよ。」


その一言で空気が変わる。


五羅針の面々は獰猛な笑みを浮かべた。


未知の遺跡。


未知の文明。


そして誰も踏み入れたことのない領域。


探索者にとって、それ以上の誘い文句は存在しない。


こうして探索者協会の最高戦力、五羅針《クィンクェ・ドゥクトーレス》。


そしてウィア達の一行は、閉ざされ続けた『開かずの遺跡』へ向かうことになった。


――数日後。


ウィア達一行は『開かずの遺跡』を訪れていた。


集まったのはウィア、カーデンス、エラ、アルマ。


そして五羅針の面々とオリヴィエ。


これほどの顔ぶれが揃うことなど滅多にない。


だが、それほどまでにこの遺跡は特別だった。


「さて。」


「それじゃあ試してみましょうか。」


オリヴィエの言葉と共に、様々な方法が試される。


壁紋の照合。


発掘品による解析。


物理的な調査。


五羅針ですら持つ知識と経験を総動員した。


しかし――。


遺跡の巨大な扉は沈黙を続けていた。


微動だにしない。


「おかしいわね。」


オリヴィエが腕を組む。


「何か思い当たる節はある?」


視線がウィアへ向けられる。


ウィアはしばらく考え込んだ。


そして、ふと思い出す。


「確か……。」


「あの時は肩を撃ち抜かれて血が付いてました。」


その言葉に周囲の探索者達が顔を見合わせた。


「それかもしれないわね。」


オリヴィエが頷く。


ウィアは腰の短刀を抜いた。


躊躇いなく指先へ刃を当てる。


ぴりりとした痛み。


赤い血が滲み出した。


それを扉へ触れさせる。


ぽたり。


一滴の血が古代の金属へ落ちた。


静寂。


誰も声を発しない。


数秒。


いや、それ以上にも感じられる時間が過ぎる。


反応は無い。


失敗だったのか。


そう思った次の瞬間――。


遺跡全体が淡く輝き始めた。


「反応したぞ。」


誰かが呟く。


扉を覆う紋様が次々と発光し、赤黒い光が走っていく。


長い眠りから目覚めるように。


ずっと閉ざされていた巨大な扉が、ゆっくりと動き始めた。


重々しい音が周囲へ響く。


誰もが息を呑んだ。


そして――。


扉は完全に開かれる。


その先に広がっていたのは闇だった。


光すら飲み込むような深い闇。


未知の世界への入口が、今ついに姿を現した。


一行は遺跡の奥へ進む。


その瞬間だった。


天井や壁面へ埋め込まれていた光源が、一つ、また一つと灯り始める。


まるで長い眠りから目覚めるように。


白銀色の光が通路を照らした。


「反応しておるな。」


ドルガが周囲を見渡す。


一行を歓迎するかのように、遺跡は次々と光を灯していく。


そのおかげで内部の全貌が見えてきた。


巨大だった。


果ての都にあるどの建築物よりも大きい。


天井は遥か頭上にあり、巨大な柱が等間隔に並んでいる。


どこか神殿を思わせる荘厳な造りだった。


さらに驚くべきことに、床そのものが静かに動き始める。


「おお。」


ガノンが目を丸くする。


歩かなくても前へ進んでいく。


どうやら移動を補助する設備らしい。


「ペレグリニ標準移動設備です。」


エラが説明した。


「長距離移動時の負担軽減を目的としていました。」


「便利じゃな。」


ネイラが感心したように笑う。


しばらく進んだ先で、一行は最初の区画へ辿り着いた。


居住区だった。


そこには確かに人々の生活が残されていた。


机。


椅子。


棚。


食器。


壁へ飾られた絵。


そして子供用と思われる遊具。


幾億年年という時間が経過しているとは思えないほど綺麗な状態で保存されている。


まるで住人達が昨日まで暮らしていたかのようだった。


「ここで生活していたのか。」


ウィアは小さく呟く。


未知の超文明。


その実態はもっと神秘的なものだと思っていた。


だが目の前にあるのは生活だった。


誰かが食事をし。


誰かが笑い。


誰かが眠っていた痕跡。


その事実が妙に現実味を帯びていた。


その時だった。


机の上に置かれていた小さな玩具へ、ウィアが何気なく手を伸ばす。


指先が触れる。


瞬間――。


視界が揺らいだ。


「――っ!」


景色が変わる。


笑い声。


楽しそうな声。


走り回る足音。


そこには大勢の子供達がいた。


全員が銀色だった。


銀色の髪。


銀色の瞳。


そして身体の周囲から淡く零れる銀の光。


まるで星そのものが人の姿を取ったかのような存在達。


その中で――。


一人だけ違う子供がいた。


黒髪。


黒い瞳。


銀の光も持たない少年。


それでも周囲の子供達は気にしていない。


笑いながら手を引く。


追いかける。


一緒に遊ぶ。


まるで本当の友達のように。


少年が笑う。


楽しそうに。


本当に楽しそうに。


その光景を見た瞬間――


視界が戻った。


「……っ!」


ウィアは思わず机へ手をつく。


呼吸が乱れる。


「ウィア?」


カーデンスが振り返った。


「大丈夫か?」


「今……。」


ウィアは額を押さえる。


誰かの記憶。


いや。


今まで見た断片とは違う。


あまりにも鮮明だった。


その横でエラが静かに玩具を見つめていた。


彼女が、ほんの僅かだけ目を細める。


「その玩具は教育用娯楽装置です。」


静かな声だった。


「対象年齢は6歳から10歳。」


ウィアはエラの説明を聞きながら、胸の奥に残る温もりを感じていた。


忘れていた故郷を思い出しかけたような。


そんな不思議な感覚だった。


自然区画。


研究施設。


工業区画。


一行は遺跡のさらに奥へ進んでいった。


進む度に、この遺跡が単なる施設ではないことを思い知らされる。


そこには一つの文明そのものが存在していた。


自然区画。


頭上には人工とは思えない青空が広がっていた。


木々は風に揺れ、


小川が流れ、


鳥によく似た生物が空を舞う。


数十億年もの時を経た施設とは到底思えない。


「ほぉ……。」


ネイラが静かに息を吐く。


普段は落ち着いた彼女ですら目を見開いていた。


「遺跡の中に、これほど多様な植物を維持しておるとはのう。」


大樹を思わせる杖で地面へ触れる。


植物達が応えるように葉を揺らした。


「しかも衰えが無い。」


「まるで今も生き続けておる。」


隣ではヴェルナが目を閉じていた。


銀髪が風に揺れる。


「風も本物だ。」


小さく呟く。


「循環している。」


「止まった空気じゃない。」


「自然そのものだ。」


風を操る彼女だからこそ理解できる。


ここに流れる風は機械が作った模倣ではない。


本物の自然だった。


研究施設。


そこには理解不能な装置が無数に並んでいた。


立体映像。


浮遊する記録媒体。


見たこともない金属。


未知の計算装置。


「これ一つだけでも国家予算が吹き飛びそうね。」


オリヴィエが苦笑する。


「国家で済めば良いですが。」


フェリアが真顔で返した。


ドルガも腕を組む。


「技術体系そのものが違う。」


「理解するだけで数千年は必要じゃろうな。」


探索者達ですら圧倒されていた。


工業区画。


巨大な製造設備が果てしなく並んでいる。


船。


機械。


発掘品。


様々な物が製造されていた痕跡が残されていた。


その中をガノンだけが異様に楽しそうに歩き回る。


「おぉ!」


「これは何じゃ!」


「砲か!?」


「兵器か!?」


「もっと大きい砲は無いのか!?」


子供のようだった。


周囲は完全に呆れている。


そして。


一行は最奥部へ辿り着いた。


誰も言葉を失う。


巨大だった。


あまりにも巨大だった。


天井は見えない。


壁も見えない。


まるで山そのものをくり抜いたかのような空間。


その中央には巨大な装置が存在していた。


無数の環。


無数の光。


無数の情報表示。


まるで文明そのものを制御する心臓部。


巨大な制御室だった。


「これは……。」


エラが前へ出る。


その瞬間だった。


轟音と共に施設全体が目覚める。


光。


光。


光。


消えていた照明が一斉に点灯する。


無数の装置が起動する。


そして。


天井から銀色の光が降り注いだ。


光は真っ直ぐエラを包み込む。


羽が輝く。


光輪が回転する。


室内へ機械音声が響き渡った。


『おかえりなさい。』


誰も動けない。


『エラスムス。』


静かな声だった。


だがその言葉には、幾億年もの時を超えた再会の響きがあった。


『起動プロトコル確認。』


『エラスムスとの接続を確認。』


『記憶領域解放を承認。』


『第五階層の解放を承認。』


その瞬間。


エラの身体が大きく震えた。


光輪が激しく明滅する。


四枚の羽が大きく広がる。


膨大な情報。


膨大な記録。


膨大な記憶。


それら全てが雪崩のように流れ込む。


文明の誕生。


銀の種族の誕生。


星系開発。


惑星建造。


人工恒星。


銀河航行。


そして。


数え切れない旅路。


何億年にも及ぶペレグリニの記憶が、エラの中へ流れ込んでいく。


あまりの情報量に空間そのものが震えているように見えた。


「エラ!」


ウィアが叫ぶ。


しかしエラは答えない。


瞳を閉じたまま立ち尽くしている。


やがて。


光が収まった。


静寂。


エラはゆっくりと目を開く。


その真紅の瞳には、先ほどまで無かった深い知性と懐かしさが宿っていた。


そして。


巨大な制御装置を見上げながら静かに告げる。


「確認しました。」


誰も息をしない。


エラは続ける。


「本施設は都市管理中枢。」


「そして――」


僅かに間を置く。


「世界船。」


その言葉だけで空気が変わった。


エラはゆっくりと天井の向こうを見上げた。


まるで遥か遠い過去を見るように。


「正式名称。」


「世界への道《ウィア・ムンディ》」


「全長287キロメートル。」


「ペレグリニが建造した文明保護船です。」


室内が静まり返る。


誰も理解できなかった。


理解できる規模を超えていた。


だがエラだけは確信していた。


この遺跡の正体を。


この惑星に隠されていた最後の遺産を。


そして――。


ウィア・ムンディが、今まさに目覚めようとしていることを。


その時だった。


突如、天井から赤い光が降り注いだ。


直後。


施設全体を揺るがす警報音が鳴り響く。


『警告。』


『警告。』


『偽りの宇宙《シムラクルム》由来の空間干渉を確認。』


『危険度――極大。』


『緊急対処プロトコルを推奨。』


赤い警告灯が激しく点滅する。


空間そのものが歪み始めた。


まるで黒い絵の具を垂らしたかのように。


何もない空間が染まっていく。


黒。


黒。


黒。


そして――。


その闇の中から三つの人影が現れた。


誰も顔を認識できない。


影に覆われている。


輪郭すら曖昧だった。


まるで存在そのものが現実へ馴染んでいないかのように。


「マネンテス《存続する者たち》。」


エラが静かに呟く。


その声には明確な警戒が混じっていた。


すると。


影の一体がゆっくりと顔を上げた。


顔は無い。


それでも視線を向けられた気がした。


『エラスムス。』


声が響く。


だが音ではない。


直接脳へ流れ込んでくる。


聞くというより理解させられる感覚だった。


『我らの元へ。』


『シムラクルムは既に完成した。』


『残る欠片はお前だけだ。』


『Via Novaがあれば――』


そこまでだった。


「うるさいわい!」


ガノンが踏み込む。


次の瞬間。


灼熱の爆炎が解き放たれた。


轟音。


世界そのものが揺れる。


紅蓮の炎は津波のように押し寄せ、制御室の遥か先まで飲み込んでいく。


「燃え尽きろ!」


さらに爆発。


爆発。


爆発。


太陽の欠片を叩き込んだかのような火力だった。


しかし。


その炎を突き破るようにドルガが飛び出す。


「ぬぅん!!」


星鎚が振り下ろされる。


空気が潰れる。


重力そのものが一点へ圧縮される。


山を砕くどころではない。


隕石落下にも匹敵する一撃だった。


同時に。


ヴェルナが指を振る。


風が消える。


いや違う。


風が鋭すぎて見えなくなったのだ。


無数の風刃が空間そのものを切り裂きながらマネンテスへ襲いかかる。


さらに。


ネイラが杖を突き立てた。


大地を割って巨大な根が噴き出す。


絡みつく。


締め上げる。


猛毒を流し込む。


都市一つを森へ変えるほどの生命力だった。


そして。


最後にフェリア。


無数の氷槍が出現する。


百。


千。


万。


空を埋め尽くす氷の軍勢。


「穿ちなさい。」


静かな命令。


次の瞬間。


全てが放たれた。


轟音。


衝撃。


閃光。


世界が白く染まる。


それは戦闘ではなかった。


災害だった。


国家一つなら消し飛ぶ。


誰もがそう確信できるほどの破壊だった。


だが――。


黒い影が広がる。


静かに。


あまりにも静かに。


まるで夜が訪れるように。


黒が光を飲み込む。


炎を飲み込む。


重力を飲み込む。


風を飲み込む。


植物を飲み込む。


氷を飲み込む。


全てが消えた。


何も残らなかった。


まるで最初から存在しなかったかのように。


沈黙。


誰も動けない。


その時。


影の一体が告げた。


『脅威評価。』


感情の無い声。


『極小。』


瞬間。


影が揺れた。


それだけだった。


本当にそれだけだった。


次の瞬間には――


ガノンが壁へ叩きつけられていた。


ドルガが床を砕きながら吹き飛ぶ。


ヴェルナが血を吐く。


ネイラのシールドが砕け吹き飛ばされる。


フェリアですら反応できない。


氷壁ごと吹き飛ばされる。


一秒もかからなかった。


探索者協会最高戦力。


五羅針。


その全員が地に伏していた。


圧倒的だった。


戦いですらない。


格が違う。


存在する次元そのものが違っていた。


『エラスムス。』


マネンテスが静かに語りかける。


『この宇宙は救われない。』


『死がある。』


『老いがある。』


『喪失がある。』


『そして、滅びがある。』


『故にシムラクルムが必要なのだ。』


黒い影が一歩前へ出る。


空間が歪む。


存在しているだけで現実そのものを侵食しているようだった。


『来るのだ。』


『我らの元へ。』


その時だった。


エラの前へ三つの影が立つ。


ウィア。


カーデンス。


アルマ。


誰1人として退かなかった。


「カーデンス。」


「アルマ。」


ウィアが短く呼びかける。


1人が頷く。


次の瞬間。


銀色の光がウィアの身体から溢れ出した。


髪が変わる。


黒から銀へ。


瞳もまた真紅の輝きを帯びる。


ヴィア・ノヴァ。


存在しなかった可能性への道を開く力。


「エラは。」


ウィアが前を見る。


「絶対に渡さない。」


その言葉と同時に飛び出した。


ワイヤーが唸る。


重力制御を受けた光のワイヤーが空間を切り裂きながらマネンテスへ襲いかかる。


カーデンスも続く。


ブーストナックルが轟音を上げる。


圧縮された推進力が拳へ集中する。


一撃ごとに空気が爆ぜた。


さらにアルマ。


緑色の光が舞う。


無数のナノマシンが集まり、


炎となり、


雷となり、


氷となり、


様々な属性へ姿を変えながら攻撃を放つ。


3人の連携は見事だった。


探索者として積み重ねてきた二ヶ月の成果。


誰の目にも明らかだった。


だが――。


届かない。


ワイヤーは影をすり抜ける。


拳は虚空を殴る。


光は闇へ飲み込まれる。


まるで世界そのものが攻撃を拒絶しているかのようだった。


『無意味。』


マネンテスが告げる。


その時。


「おねんねには、ちと早いかのう。」


穏やかな声が響いた。


ネイラだった。


杖を静かに地面へ突き立てる。


瞬間。


床を割って無数の根が広がる。


翠の光。


生命の奔流。


植物達が呼応するように脈動する。


折れた骨が繋がる。


裂けた肉が塞がる。


失われた体力が戻る。


まるで森そのものが五羅針へ生命を分け与えているようだった。


「若い者には、まだ負けられんわい。」


ネイラが笑う。


「まだ隠居する気は無いぞい。」


「そうじゃな。」


ガノンとドルガが立ち上がる。


全身を覆う炎が再び燃え上がる。


「儂らの方が、まだまだ暴れ足りん。」


ドルガは星鎚を担ぎ直した。


「年寄り扱いするには百年早いわい。」


ヴェルナが肩を竦める。


「ご老体3人が元気すぎるんですよ。」


そう言いながら風を纏う。


「付き合うこちらの身にもなってください。」


そしてフェリア。


静かにアルマを見つめる。


「アルマを守らなければなりません。」


その声だけはいつもより少し強かった。


「姉ですから。」


冷たい氷が再び周囲へ広がる。


五羅針。


再起。


誰一人として戦意を失っていなかった。


その光景を見た時だった。


初めて。


本当に初めて。


マネンテスが反応を示した。


『……。』


沈黙。


そして。


『興味深い。』


感情の無いはずの声に、わずかな驚きが混じる。


影がネイラを見る。


『植物による生命再生。』


『ペレグリニ由来ではない。』


『現地文明独自の進化。』


『予測外。』


僅かに間が空く。


『実に興味深い。』


その言葉は称賛にも聞こえた。


そして同時に。


観察対象を見る研究者の視線にも聞こえた。


マネンテスは初めて理解した。


この世界はペレグリニの遺産だけで成り立っているわけではない。


この惑星の生命は。


この宇宙の生命は。


彼らの知らない場所で、今も進化を続けているのだと。


オリヴィエは歯を食いしばっていた。


五羅針が戦っている。


ウィア達も戦っている。


皆が命を懸けている。


それなのに――。


自分だけ何もできない。


身体能力も弱い。


発掘品も使えない。


探索者としての戦闘能力などフェリアの足元にも及ばない。


人々は彼をこう呼ぶ。


『人間機械』。


『蒼の羅針盤』。


あらゆる情報を記憶し、分析し、最適解を導き出す存在。


だが。


今は何も思いつかない。


「っ……!」


唇を噛む。


目の前ではフェリアが吹き飛ばされる。


アルマが傷付く。


ウィアが立ち上がる。


カーデンスが血を流す。


大切な仲間だった。


皆、自分にとって家族のような存在だった。


それなのに。


何もしてやれない。


その時だった。


不意に。


懐かしい声が聞こえた気がした。


『別に戦闘能力なんて無くても良いじゃないか。』


優しい声。


忘れるはずがない。


『君は君にしか出来ない事をすれば良いんだよ。』


オリヴィエの瞳が揺れる。


「……。」


その声は。


アステルだった。


もう二度と会えないはずの親友。


ウィアの父。


「うるさい……。」


オリヴィエは俯く。


「うるさいのよ……。」


声が震える。


「今、傷付いてるのよ。」


「私の大切な仲間が。」


涙が零れた。


「なのに私は何も出来ない。」


「何もしてやれない。」


拳を握る。


「戦えるあんたに、その気持ちが分かる訳ないじゃない……。」


沈黙。


だが声は消えなかった。


『そうかな。』


穏やかな声。


昔と変わらない。


『じゃあ、あれを見てごらん。』


何かを指差した気がした。


オリヴィエは顔を上げる。


マネンテス。


3体のうちの1体。


影。


黒い人影。


何も無い。


何も――。


「……?」


違和感。


ほんの一瞬だけ。


胸元に何かが見えた。


影に隠されている。


だが確かに存在する。


小さな徽章。


バッジ。


次の瞬間には消えていた。


幻だったかもしれない。


それでも。


オリヴィエは目を細める。


見る。


見る。


見る。


記憶を掘り返す。


どこで見た。


いつ知った。


何だった。


バッジ。


徽章。


アステル。


古い資料。


失われた記録。


遺跡調査報告書。


アステルと過ごした日々。


アステルの話した夢物語。


断片。


断片。


断片。


そして――。


声が聞こえた。


『君なら分かるはずだ。』


『オリヴィエ。』


その瞬間。


全てが繋がった。


「まさか……。」


オリヴィエが目を見開く。


あり得ない。


そんなはずがない。


だが。


もしそうなら。


「テネブロース……?」


その名を口にした瞬間だった。


世界が止まった。


黒い光が広がる。


マネンテス全員が動きを止める。


五羅針も。


ウィア達も。


誰もが息を呑む。


空気が変わった。


明らかに。


今までとは違う。


『なぜ。』


マネンテスが呟く。


初めてだった。


そこに感情があった。


『なぜその名を知っている。』


声が揺れている。


『貴様は何者だ。』


『何を知っている。』


混乱。


動揺。


困惑。


今まで完璧だった存在に初めて亀裂が入る。


オリヴィエは確信した。


当たりだ。


蒼の羅針盤は正解へ辿り着いた。


そして静かに笑う。


「あら。」


いつもの調子で。


涙を拭いながら。


「じゃあ質問を変えましょうか。」


マネンテスが沈黙する。


オリヴィエは真っ直ぐ見据えた。


「アステルをご存知かしら?」


その瞬間。


黒い影が揺らいだ。


明確に。


誰の目にも分かるほど。


マネンテスは動揺していた。


それは初めて見せる、


人間らしい反応だった。


「アステル……アステルだと。」


テネブロースと呼ばれたマネンテスの声が揺れた。


先ほどまで絶対者のようだった存在が、一歩前へ出る。


「奴は……今どこにいる。」


「どこへ行った。」


その声には焦りが混じっていた。


まるで長い年月探し続けた何かを見つけた者のように。


だが――。


その時だった。


エラが静かに前へ出る。


四枚の羽がゆっくりと広がった。


「ペレグリニ。」


静かな声が響く。


「マネンテス。」


誰も動かない。


誰も言葉を発しない。


「世界船《ウィア・ムンディ》。」


「その存在意義を理解しました。」


エラの紅色の瞳が細められる。


そこには喜びではなく。


深い悲しみがあった。


「真なる所有者エラスムスが命じます。」


エラは天へ手を伸ばした。


「中枢AI《クストス・ムンディ》。」


「――世界を守りなさい。」


その瞬間。


轟音が響いた。


世界そのものが震えたかのようだった。


巨大制御室の壁面が一斉に発光する。


床が。


天井が。


通路が。


都市が。


遺跡全体が目覚めていく。


いや違う。


これは遺跡ではない。


眠り続けていた船だった。


世界を運ぶための船。


文明を守るための船。


世界船《ウィア・ムンディ》。


『命令受諾。』


機械音声が響く。


『最終防衛プロトコル起動。』


『偽りの宇宙《シムラクルム》領域干渉を確認。』


『対抗処置開始。』


その瞬間。


艦内を満たす銀色の光が爆発的に広がった。


『馬鹿な。』


テネブロースが初めて動揺を見せる。


『シムラクルムの領域干渉を――』


『押し返しているだと。』


黒い影が揺らぐ。


今まで絶対だった力が崩されていく。


『エラスムス……!』


怒り。


焦燥。


執着。


様々な感情が混じった声だった。


『必ず手に入れるぞ。』


『我らマネンテスの悲願のため。』


『必ずだ。』


その身体が徐々に薄れていく。


光によって存在を維持できなくなっているのだ。


やがて3体の影は完全に消滅した。


静寂。


だが終わりではなかった。


エラから放たれた光はなお広がり続ける。


艦内を満たし。


遺跡を包み。


果ての都を包み。


惑星ヴィアトラ全土へ広がっていく。


海を越え。


山脈を越え。


光は惑星そのものを優しく包み込んだ。


誰も知らない。


誰も理解できない。


だがその光は確かに全てを抱きしめていた。


ヴィアトラに住む53万人全てが光に包まれる。


驚く者。


祈る者。


空を見上げる者。


その全員が一瞬で姿を消した。


次に人々が目を開けた時。


そこは見知らぬ場所だった。


広大な街。


果ての見えない通路。


人工の空。


巨大な都市。


誰もが混乱する。


何が起きたのか分からない。


だが。


一つだけ確かなことがあった。


外の景色が見えるのだ。


壁だと思っていた場所が透き通る。


その向こうには。


無数の星々が輝いていた。


漆黒の宇宙。


果てなき星の海。


誰かが息を呑む。


「宇宙……。」


その呟きが広がっていく。


ヴィアトラはもうそこには無かった。


彼らの故郷は遥か彼方に小さく輝いている。


まるで夜空の一つの星のように。


『中枢AI《クストス・ムンディ》より全乗員へ通達します。』


機械音声が響く。


どこまでも穏やかな声だった。


『世界船《ウィア・ムンディ》はこれより長距離空間跳躍を実施します。』


『跳躍開始まで十秒。』


誰も言葉を発しない。


53万人。


全ての人々が星の海を見つめていた。


『十。』


『九。』


『八。』


ウィアはエラを見る。


エラもまた星々を見つめていた。


その瞳にはどこか懐かしさが宿っている。


『三。』


『二。』


『一。』


『空間跳躍開始。』


宇宙が歪む。


星々が線となる。


そして。


世界船《ウィア・ムンディ》は新たな星系へ向けて旅立った。


人類史上、誰も見たことのない星々を目指して。


その時だった。


艦内に淡い光が広がる。


空中へ無数の光粒子が集まり、一人の女性の姿を形作った。


黒い髪。


黒い瞳。


優しい微笑み。


ウィアの心臓が跳ねる。


「ウィア。」


懐かしい声だった。


「私のウィア。」


映像の女性は優しく微笑んでいる。


ずっと会いたかった人。


もう二度と会えないと思っていた人。


「か、母さん……?」


掠れた声が漏れる。


ルクティアはまるで目の前にいるかのように微笑んだ。


「貴方がこれを見ているということは。」


「私はもう、この世にはいないのね。」


その言葉だけで胸が締め付けられる。


「ごめんなさい。」


「もっと一緒にいてあげたかった。」


「もっと色んな景色を見せてあげたかった。」


「もっと沢山お話したかった。」


ルクティアは少しだけ目を伏せる。


「本当に、ごめんなさい。」


気付けば。


ウィアの頬を涙が伝っていた。


止めようとしても止まらない。


「でもね。」


ルクティアは顔を上げる。


「貴方には知らなければならないことがあるの。」


「お父さん――アステルのことよ。」


静かに語り始める。


「私達は、村から逃げるカーデンスを追っていたわ。」


「その途中で銀色の霧に包まれたの。」


「そして突然、見たこともない機械達に襲われた。」


当時の恐怖を思い出したのか、僅かに表情が曇る。


「強かった。」


「私達では到底勝てないほどに。」


「その時、お父さんが私を庇ったの。」


「致命傷だったわ。」


ルクティアの声が震える。


「もう助からない。」


「そう思った。」


静かな沈黙。


「でも、その直後。」


「霧が晴れたの。」


「そして私達は見知らぬ遺跡の中にいた。」


「お父さんが何度も話してくれた場所。」


「子供の頃を過ごしたという場所。」


ルクティアは小さく笑った。


「私はずっと作り話だと思っていたわ。」


「星の海を旅した銀色の人々。」


「不思議な文明。」


「優しい家族。」


「全部夢物語だと思っていた。」


そして。


「でも本当だった。」


その一言は重かった。


「お父さんは、その遺跡で亡くなった。」


ウィアの拳が震える。


「私は諦められなかった。」


「どうしても。」


「どうしてもお父さんを失いたくなかった。」


涙を堪えるように一度目を閉じる。


「だから私は、お父さんを遺跡の中にあった装置へ入れたの。」


「何か奇跡が起きるかもしれないと思って。」


「本当に、それだけだった。」


そして。


ルクティアはウィアを真っ直ぐ見つめた。


「すると、お父さんの身体が光になったの。」


「少しずつ。」


「少しずつ分解されていった。」


「私は怖かった。」


「何をしてしまったのか分からなかった。」


「でも。」


そこでルクティアは微笑む。


涙を浮かべながら。


「その光の中から。」


「一人の赤ちゃんが現れた。」


ウィアの呼吸が止まる。


「それが貴方よ。」


静かな声だった。


「ウィア」


「貴方はお父さんの息子。」


「そして。」


「お父さんが、もう一度この世界に生まれてきた姿でもある。」


艦内が静まり返る。


誰も言葉を発しない。


「真実を隠していてごめんなさい。」


「貴方を騙したかったわけじゃないの。」


「ただ。」


「母さんは怖かった。」


「貴方を失うのが怖かった。」


「だから言えなかった。」


ルクティアは泣きそうな顔で笑う。


ウィアが幼い頃、何度も見た顔だった。


「でもね。」


「後悔はしてないわ。」


「だって。」


「貴方は私の自慢の息子だから。」


ウィアの視界が滲む。


何も見えない。


何も言えない。


「愛してるわ。」


ルクティアは優しく微笑んだ。


「あの日からずっと。」


「これからもずっと。」


「愛してる。」


光が薄れていく。


映像が消え始める。


「母さん……!」


ウィアが手を伸ばす。


届かない。


それでも伸ばす。


ルクティアは最後まで優しく微笑んでいた。


「――生きて。」


その一言だけを残して。


映像は静かに消えた。


残されたのは。


母の愛だけだった。


窓の向こうには無数の星々が輝いていた。


故郷は遥か彼方。


母ももういない。


父の真実を知った今でも、自分が何者なのかはまだ分からない。


それでも。


胸の奥には確かな想いが残っていた。


まだ見ぬ世界を見たい。


まだ知らない道を歩きたい。


その願いだけは変わらない。


ウィアは静かに前を向く。


その隣には仲間達がいた。


そしてエラがいた。


世界船《ウィア・ムンディ》は星の海を進む。


新たな物語へ向かって。


誰も知らない未来へ向かって。


――道を往く者の旅は、ここから再び始まる。

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