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カキンオー(課金王)~コミュ障の俺が魔王扱いされ、世界が勝手に震えてる~  作者:


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9/18

9,求人

 夕食の片付けをしながら、ライラはカキンオー様の横顔を見ていた。


 ベッドの端に腰かけて、本を読んでいる。


 先週の買い出しの帰りに、村の子供が読み終わったからと持たせてくれた一冊だ。


 絵本だった。


 動物たちが旅をする、他愛のない話だ。


「面白いですか」


 ライラは聞いた。


 答えが返ってこないのは分かっていた。


 それでも聞いた。


 答えてくれなくてもいい。


 この横顔を見られるだけで、十分だった。


 カキンオーはページをめくった。


 ライラは食器を重ねながら、その手元を眺めた。


 絵本のページに、子供たちが川で遊んでいる絵があった。


 カキンオーがそのページで、少し手を止めた。


 子供の頃のことを、ふと思い出した。


 今ほどひどくはなかった気がする。


 友達と話せていたし、笑えていたし、外で遊んでいた。


 いつからこうなったのかは、よく分からない。


 気がついたら、誰かと話すのが怖くなっていた。


 俺はページを眺めながら、小さく呟いた。


「子供って、いいよな」


 部屋に静かな時間が流れた。


 ライラが動きを止めた。


 食器を持ったまま、固まっていた。


 内容は、よく分からなかった。


 ただ、カキンオー様が言葉を発した。


 自分から、ぽつりと。


 それだけで、ライラの胸がいっぱいになった。


 目に涙が浮かびそうになったのを、ライラはこっそりと堪えた。


 カキンオーはまたページをめくった。


 自分が何かを言ったことには、気づいていないようだった。


───


 翌朝、ライラはセバチャの執務室に向かった。


 扉を開けると、セバチャが机の上に書類を広げていた。


「昨日、カキンオー様が」


 ライラが言いかけた。


 セバチャが顔を上げた。


「言葉を、発されましたか」


 ライラが頷いた。


 セバチャが静かに息を吐いた。


「良いことです」


 二人の間に、短い沈黙があった。


「それで、今日はどのようなご用件ですか」


 ライラが表情を切り替えた。


「人の件です。来訪者は使者か魔狩人ばかりで、雑用には向きません。村で働き手を探せないでしょうか」


 セバチャが頷いた。


「私も同じことを考えていました。問題は給金です」


「今の所持金では厳しいですか」


「現金は余裕があるとは言えません」


 セバチャが書類の一枚を取り出した。


「ただ、倉庫に売っていない魔物の素材が大量にあります。ライラが狩りで集めたものと、城の周辺に落ちていたものです。これを売れば、相応の金になります」


 ライラが頷いた。


「いくらくらいになりますか」


「素材の種類によりますが、まとめて売れば数ヶ月分の給金は出せるかと。少し高めに設定すれば、村からも人が来やすいでしょう」


「高めに設定する理由は」


 セバチャが静かに答えた。


「カキンオー様の格の問題です」


「格、ですか」


「帝国の使者が来て、宗教の使者が来て、ギルドが乗り込んでくる城です。そこで働く者の給金が安ければ、カキンオー様の格に傷がつきます」


 ライラが深く頷いた。


「カキンオー様に見合う城である必要があります。それは給金一つにも表れます」


「分かりました。私が村で聞いてきます」


「くれぐれも」


「穏便に、ですね」


「はい」


「分かっています」


 ライラがにこりと笑って、執務室を出た。


───


 村に着いたライラを、老人が出迎えた。


 以前より、表情が少し柔らかかった。


 完全に打ち解けているわけではない。


 ただ、最初の頃の剥き出しの警戒は、薄れていた。


「また来たか」


「はい。今日は少し、お願いがあって」


 老人が腕を組んだ。


「なんだ」


「城で働いてくれる方を探しています。雑用です。給金は、この辺りの相場より少し高めに出せます」


 老人がしばらく黙っていた。


 村人たちが遠巻きに聞いていた。


 その中から、若い男が一人前に出た。


 二十歳前後だろうか。


 少し痩せていて、目だけが妙に真剣だった。


「俺でも構わないですか」


 ライラが微笑んだ。


「もちろんです。お名前を聞かせてください」


「タルドといいます」


「タルドさん。なぜ働きたいと思ったんですか」


 タルドが少し考えてから答えた。


「金が必要なのと、あの城がどんな場所か気になって」


 正直な答えだった。


 ライラが深く頷いた。


「分かりました。セバチャに話を通してきます。後日、改めてご連絡します」


 老人が低い声で言った。


「タルド」


「はい」


「何かあったらすぐ戻ってこい」


 タルドが頷いた。


 ライラは深々と頭を下げた。



───


 帰り道、ライラは沼地を歩いていた。


 タルドの件をセバチャに伝えれば、話が進む。


 そう思いながら歩いていると、茂みの奥で何かが動いた。


 立ち止まった。


 魔物ではない。


 もっと小さい。


 茂みをかき分けると、女の子が座っていた。


 五歳くらいだろうか。


 泥だらけで、膝を抱えていた。


 髪も服も、ひどく汚れている。


 ライラは周囲を見回した。


 沼地の中ほどだ。


 村からも、街道からも遠い。


 なぜこんな場所に。


 人の気配は、どこにもなかった。


 ライラは女の子に声をかけた。


「一人ですか」


 女の子が小さく頷いた。


「お父さんとお母さんは」


 女の子が首を振った。


 目が赤かった。


 ずっと泣いていたのかもしれない。


 このまま放置すれば、夜になる前に魔物に見つかる。


 ライラは一瞬だけ考えた。


 急いで戻らなければならない。


 タルドの件も伝えなければならない。


 踵を返しかけた瞬間、昨夜の言葉が蘇った。


 子供って、いいよな。


 ライラは立ち止まった。


 振り返った。


 女の子がライラをじっと見ていた。


「一緒に来ますか」


 女の子が少し考えてから、立ち上がった。


 ライラが手を差し伸べると、小さな手が握り返してきた。


 泥だらけで、冷たかった。


「城に行きましょう。温かいものを食べましょう」


 女の子が小さく頷いた。


───


 城に戻ったライラを、セバチャが出迎えた。


 その後ろに女の子がいるのを見て、セバチャが目を細めた。


「それは」


「沼地の中ほどで見つけました。一人でいました」


「親は」


「いませんでした。どこから来たのかも分かりません」


 セバチャが女の子を眺めた。


 女の子がセバチャを見上げた。


 セバチャが静かに口を開いた。


「お名前は」


 女の子が小さな声で答えた。


「レリス」


「レリスさん。親御さんのことは分かりますか」


 レリスが首を振った。


 セバチャが頷いた。


「分かりました。今夜はここにいなさい。明日から親御さんのことを調べます」


 ライラがレリスの手を引いて、中へ入った。


───


 城の廊下でライラがレリスに夕食を食べさせていると、地下から上がってきたカキンオーと鉢合わせた。


 カキンオーが廊下に出てきたのは、本を取りに行こうとしたからだった。


 別に理由はない。


 ただ、廊下の先にライラがいて、その隣に小さな女の子がいた。


 女の子がカキンオーを見た。


 カキンオーもレリスを見た。


 泥だらけだった。


 髪も服も顔も、ひどく汚れている。


 スープを食べながら、大きな目でこちらをじっと見ていた。


 ライラが慌てて立ち上がった。


「カキンオー様、こちらは沼地で保護した子で」


 カキンオーはレリスを見たまま、少し考えた。


 汚れている。


 かなり汚れている。


 風呂が必要だな。


 それだけ思った。


 ライラに視線を向けた。


 ライラが頷いた。


「まず、きれいにしませんと」


 カキンオーが何かを言ったわけではない。


 ただ視線を向けただけだ。


 それでもライラには伝わった。


 カキンオーは踵を返して地下への石段を降りていった。


 レリスがその背中をじっと見ていた。


「だれ」


 小さな声で聞いた。


 ライラが微笑んだ。


「ご主人様です」


 レリスが少し考えてから、またスープを飲んだ。


───


 地下では。


 俺は本の続きを読んでいた。


 城に子供がいる。


 しかも汚れていた。


 風呂、あったか?


 確認したことはないが、城の設備としてあるだろうか?


 まあ、ライラがなんとかするだろう。


 本のページをめくった。


 静かだった。



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