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カキンオー(課金王)~コミュ障の俺が魔王扱いされ、世界が勝手に震えてる~  作者:


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10,風呂と雇用

 城に風呂があることに、今まで気づいていなかった。


 いや、正確には気づいていたかもしれない。


 ただ、確認しようとしなかった。


 体を拭くくらいで十分だと思っていたし、そもそも風呂に入るという行為が面倒だった。


 準備して、入って、出て、拭いて、着替えて。


 工程が多い。


 そう思っていた。


「カキンオー様」


 ライラが地下の扉をノックして入ってきた。


 いつもより少し改まった顔をしていた。


「レリスのお風呂の前に、一つお願いがあります」


 俺は本から目を離してライラを見た。


「一番風呂は、家長からと決まっております」


 俺は少し考えた。


 家長。


 つまり俺か。


 風呂か。


 面倒だな。


「お風呂はもうご準備できております」


 ライラが続けた。


 俺は黙っていた。


 ライラが少し間を置いてから言った。


「もしお一人で入るのがご面倒でしたら、私がお背中をお流しします。全身でも」


 俺は立ち上がった。


 それは恥ずかしい。


 それだけは駄目だ。


 ライラが嬉しそうに立ち上がった。


「ご案内します!」


 俺は廊下を歩き出した。


 ライラがついてくる。


 風呂場の前に着いた。


 扉を開けようとした瞬間、ライラも一緒に入ろうとした。


 俺は手のひらをライラに向けた。


 ライラが止まった。


「……一緒には、駄目ですか」


 俺は無言で扉を開けて、中に入った。


 扉を閉めた。


 廊下でライラが小さく「残念です」と言っているのが聞こえた気がしたが、聞こえなかったことにした。


───


 風呂場は、思っていたより立派だった。


 広い。


 石造りの浴槽に、湯気が立ち込めている。


 松明の光が水面に揺れている。


 俺はしばらく浴槽を眺めた。


 ゲームの城に風呂があるとは思っていなかった。


 いや、あって当然か。


 城だし。


 装備を解除して、服を脱いで、浴槽に足を入れた。


 お湯だ。


 ちゃんと温かい。


 ゆっくりと体を沈めた。


 肩まで浸かった。


 お湯が体に染み込んでくるような感覚があった。


 気持ちいい。


 かなり気持ちいい。


 体を拭くだけで済ませていたのが、少し惜しくなった。


 天井を見上げた。


 石造りの天井に、湯気が漂っている。


 静かだった。


 地下の部屋より少し温かい。


 悪くない。


 というか、かなりいい。


 風呂、いいな。


 これまで入らなかったのは何だったんだろう。


 面倒だと思っていたが、入ってしまえば面倒でもなかった。


 俺はしばらくそのまま浸かっていた。


───


 風呂場の外では。


 ライラが扉の前に立って待っていた。


 セバチャが廊下を通りかかり、ライラを見た。


「何をしているんですか」


「カキンオー様がお風呂に入っておられます」


「それは分かりますが」


「お待ちしています」


「扉の前で」


「はい」


 セバチャが静かに息を吐いた。


「少し離れて待ちなさい」


「でも何かあったら」


「何もありません」


 ライラが渋々と一歩後退した。


 一歩だけだった。


 セバチャがもう一度息を吐いた。


───


 風呂から上がった俺が扉を開けると、ライラが扉の目の前に立っていた。


 距離、一歩。


「お疲れ様でした! お加減はいかがですか。温度は丁度よかったですか。長く入りすぎではないですか。お肌の具合は」


 俺は黙って廊下を歩き出した。


 ライラが後ろからついてきながら質問を続けていた。


 全部無視した。


 でも、風呂は良かった。


 また入ろうと思った。


───


 次にレリスが風呂に入った。


 ライラが一緒に入ろうとすると、レリスが全力で抵抗した。


「いや!」


「大丈夫ですよ、怖くありませんよ」


「いや! いや! いや!」


 城の廊下に、レリスの声が響き渡った。


 セバチャが執務室で書類を持ったまま固まった。


 地下では俺が本のページをめくる手を止めた。


 なんの騒ぎだ。


 まあ、なんとかなるだろう。


 ページをめくった。


「レリスさん、お湯は温かいですよ」


「いや!」


「髪を洗いましょう」


「いや!」


「泡がきれいですよ」


「いや!!」


 しばらく廊下に声が響き続けた。


 やがて静かになった。


 少しして、ライラの声が聞こえた。


「とっても綺麗になりましたね」


 レリスが小さく答えた。


「……うん」


 俺はページをめくった。


 まあ、なんとかなったらしい。


───


 翌日、タルドが面接にやってきた。


 城門の前で、少し緊張した様子で立っていた。


 ライラが出迎えた。


「いらっしゃいませ、タルドさん。セバチャがお待ちです」


 タルドが頷いた。


 城の中に入って、廊下を歩いた。


 広かった。


 天井が高かった。


 松明が並んでいた。


 どこからどう見ても魔王の城だった。


 タルドは表情を変えなかった。


 ただ、目だけがあちこちを確認していた。


 応接室に通された。


 セバチャが向かいに座っていた。


「タルドさん、ようこそ。いくつか確認させていただきます」


 タルドが頷いた。


「まず、なぜこの城で働きたいと思ったのですか」


「金が必要です。あとは、ここがどんな場所か気になっていました」


「正直ですね」


 セバチャが書き留めた。


「次に、カキンオー様の噂を聞いたとき、どのような印象を持ちましたか」


 タルドが少し考えた。


「怖いとは思いました。でも、宝箱を置いたり、乗り込んできた連中を生かして帰したりしているという話も聞いて、悪い方ではないのかなとも思いました」


「カキンオー様の沈黙についてはどう思いますか」


「言葉が少ない人は、信用できることが多い気がします」


 セバチャが少し間を置いた。


 羽根ペンが止まった。


 深読みしようとしたが、深読みする必要がない答えだった。


「……なるほど」


 セバチャが続けた。


「業務内容を説明します。食事の準備補助、城内の掃除、荷物の運搬、その他雑用です」


「分かりました」


「通いも可能ですが、距離がありますので使用人部屋を一室用意します。食事も城内で取っていただけます」


「助かります」


「一つだけ、重要なことをお伝えします」


 セバチャが静かに、しかし真剣な声で言った。


「カキンオー様のお世話は、ライラが担当しています。タルドさんはカキンオー様に関わる業務は一切しなくて構いません」


「分かりました」


「いえ、少し補足します」


 セバチャが続けた。


「関わらなくて構いません、というより、関わらない方が無難です」


 タルドが眉をひそめた。


「どういう意味ですか」


 セバチャが静かに言った。


「カキンオー様のお世話に関して、ライラは非常に、その……献身的です」


「献身的」


「はい」


 セバチャが少し言葉を選んだ。


「タルドさんがカキンオー様のお食事を運ぼうとしたり、お部屋の掃除をしようとしたりした場合、ライラが……」


「ライラが、何ですか」


 セバチャが静かに続けた。


「笑顔のまま止めに来ます」


「笑顔で」


「はい」


「それは」


「笑顔です」


 タルドがしばらく考えた。


「つまり」


「命の保証は、できません」


 タルドが固まった。


 セバチャが静かに付け加えた。


「おそらく、悪意はないと思います。ただ、結果として」


「結果として」


「笑顔のまま、取り返しのつかないことになる可能性があります」


 廊下の外から、ライラの明るい声が聞こえた。


「タルドさん、お茶をお持ちしましたよ」


 扉が開いた。


 ライラが笑顔でトレイを持って入ってきた。


 タルドはライラを見た。


 にこにこしていた。


 普通のメイドだった。


 タルドはセバチャを見た。


 セバチャが静かに頷いた。


 タルドはお茶を受け取りながら、静かに心に刻んだ。


 カキンオー様のお世話には、絶対に関わらない。


 絶対に。


───


 その日の夕方、タルドが使用人部屋の確認をしていると、廊下でカキンオーと鉢合わせた。


 カキンオーは本を取りに地下から上がってきたところだった。


 二人が廊下で向かい合った。


 タルドが固まった。


 カキンオーも一瞬止まった。


 タルドはセバチャの言葉を思い出した。


 静かに道を譲れ。


 タルドは壁際に寄って、静かに頭を下げた。


 カキンオーが横を通り過ぎた。


 何も言わなかった。


 タルドが顔を上げると、カキンオーの背中が廊下の奥に消えていくところだった。


 タルドはしばらくその場に立っていた。


 思ったより普通の人だった。


 いや、普通ではないのだろうが。


 なんとなく、やっていける気がした。


───


 地下では。


 俺は本を開いた。


 廊下で見知らぬ男がいた。


 タルドとかいう雇った人間だろう。


 静かに道を譲ってくれた。


 それだけでいい。


 それだけで十分だ。


 本のページをめくった。


 上の階から、レリスの声が聞こえた。


「おふろ、もういちどはいる!」


 ライラが嬉しそうに答えていた。


 静かではなかった。


 でも、まあ、いいか。


 俺はページをめくった。






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