11,宝箱と買い出し
依頼は、思ったより手間がかかっていた。
街道沿いの魔物の群れを討伐するだけのはずだったが、群れの規模が報告より大きかった。
三日かかると思っていたのが、五日になっていた。
男は街道脇の茂みを抜けながら、淡々と魔物を片付けていた。
特別なことは何もない。
ただ、時間がかかっているだけだ。
依頼主の商人が、後ろから声をかけてきた。
「あんた、強いな。どこかの騎士団の出か?」
男は答えなかった。
商人が苦笑いして続けた。
「最近この辺、物騒でな。魔物だけじゃなくて人間同士でも揉め事が多い」
「何があった」
「南の沼地の宝箱を巡って、あちこちで諍いが起きてるんだ。黒い城の前に定期的に宝箱が置かれるんだが、中身が規格外でな。それを巡って魔狩人同士が揉めたり、国の兵士が横取りしようとしたり」
男が前を向いたまま聞いていた。
「城の主は何もしないのか」
「何もしないらしい。ただ置くだけで、争いには関知しないみたいだ」
男がまた魔物を一体片付けた。
「死人は出てるか」
「出てる。先週も一人死んだらしい」
男は黙った。
しばらく歩きながら考えた。
この依頼が終わったら、行ってみるか。
終わるのはまだ先になりそうだが。
そう思った。
理由は、うまく言葉にできなかった。
ただ、気になっていた。
ずっと、気になっていた。
───
同じ頃、城の廊下では。
ラスボス代行が、木箱を一つ抱えて城門へ向かっていた。
音もなく。
表情もなく。
ただ、淡々と。
城門を出て、いつもの場所に箱を置いた。
それだけだ。
城門が閉じた。
地下では主人公が本を読んでいた。
廊下に出しておいた箱が消えていることに、気づいていなかった。
───
城の台所では。
ライラがタルドに説明していた。
「今日は一緒に村まで行ってもらいます」
「分かりました」
「素材の販売と食料の買い付けです。今後はタルドさんにも覚えてもらいたいので」
「村なら勝手は分かってます」
ライラが微笑んだ。
「頼りにしています」
タルドは頷いた。
ライラさんの頼りにしていますは、少し重い気がしたが、深く考えないことにした。
───
村への道を、ライラとタルドが並んで歩いた。
タルドが荷物を持ち、ライラが前を歩く。
沼地を抜けると、村の入口が見えてきた。
畑仕事をしていた村人が、二人に気づいた。
ライラを見た瞬間、表情が固くなった。
タルドを見た瞬間、普通に頷いた。
「よう、タルドじゃないか。城で働いてるって聞いたぞ」
「ああ。今日は買い出しの手伝いで」
村人がライラをちらりと見た。
ライラがにこにこしていた。
村人が少し後退した。
「素材の買い取りはゴドのところでいいか」
「ああ、あそこが一番値がいい」
「食料は長老のとこか」
「そうだ」
タルドが頷いた。
ライラがにこにこしたまま一歩前に出た。
村人がまた後退した。
「タルドさん、さすがです」
「地元なんで」
「私が話すより全然スムーズでした」
「それは、まあ」
タルドが少し考えてから言った。
「ライラさんが話すと、みんな少し緊張するので」
「なぜでしょう」
タルドは答えなかった。
答えようがなかった。
───
素材の買い取り屋で、店主が素材を一つ一つ確認していた。
タルドが荷物を広げる。
魔核、牙、爪、鱗。
店主が目を細めた。
「これ、どこで取ってきた」
「城の周辺です」
「南の黒い城か」
「はい」
店主がしばらく素材を眺めた。
それから顔を上げた。
「買い取る。ただし一つ聞いていいか」
「何ですか」
「宝箱の件、城は何か言ってるか」
タルドが首を傾げた。
「宝箱の件、とは」
店主が少し声を落とした。
「最近、宝箱を巡って揉め事が増えてる。魔狩人同士の争い、国の兵士による横取り、宗教絡みの因縁。ここ一週間で、死人も出てる」
タルドが黙った。
ライラが静かに前に出た。
「死人が、出ているんですか」
「ああ。宝箱の中身が規格外だからな。みんな必死になる」
ライラの笑顔が、少しだけ変わった。
笑顔のままだった。
しかし、何かが違った。
「カキンオー様の宝箱で、人が死んでいると」
店主が頷いた。
ライラが静かに言った。
「分かりました。ご報告ありがとうございます」
タルドがライラを見た。
ライラはもうにこにこしていなかった。
正確には、笑顔はあった。
ただ、目が笑っていなかった。
タルドは初めて、ライラが怖いと思った。
───
帰り道、ライラは無言だった。
タルドも何も言わなかった。
城に戻ると、ライラがすぐにセバチャの執務室に向かった。
「宝箱の件で、外で死人が出ています」
セバチャが顔を上げた。
「把握しています」
「なぜ報告しなかったのですか」
「カキンオー様のご判断を仰ぐべきか、まだ検討中でした」
ライラが静かに言った。
「カキンオー様にご報告します」
「ライラ」
セバチャが立ち上がった。
「カキンオー様を煩わせることになります。それが本当に必要かどうか」
「カキンオー様の宝箱が原因で人が死んでいます」
ライラの声は穏やかだった。
「カキンオー様が知らないまま、それが続くのは違います」
セバチャが静かに息を吐いた。
「……分かりました」
───
地下の扉がノックされた。
返事がないまま扉が開く。
ライラが入ってきた。
いつもと少し雰囲気が違った。
「カキンオー様、ご報告があります」
俺は本を閉じた。
「宝箱の件で、外で争いが起きています。死人も出ているとのことです」
俺は少し黙った。
宝箱。
廊下に出しておいたやつだ。
それを巡って人が死んでいる。
俺は何もしていない。
ただ廊下に出しておいただけだ。
それでも、関係がないとは言えないか。
ライラが静かに待っていた。
俺はしばらく天井を見た。
どうするか。
考えていると、ゲームの頃のことを思い出した。
あの頃も宝箱を置いていた。
でも外に無造作に置いていたわけじゃない。
城に乗り込んできたプレイヤーにだけ渡していた。
ボス戦をやった者だけだ。
だいたい生きて帰れるし。
そうすればいい。
城に来て、戦って、生きて帰った者に渡す。
それなら外で争いにはならない。
なぜ最初からそうしなかったのかと思ったが、まあ、この世界に来たばかりで勝手が分からなかった。
俺は小さく頷いた。
ライラが頷き返した。
「セバチャに伝えます」
「待て」
ライラが止まった。
俺は立ち上がった。
指輪から紙と炭を取り出した。
簡単に書いた。
「ボス戦後のみ」
それだけだ。
ライラに渡した。
ライラが紙を見た。
目が輝いた。
「カキンオー様が、お手紙を……!」
手紙じゃない。
メモだ。
俺は地下に戻った。
───
執務室では。
ライラからメモを受け取ったセバチャが、それをじっと眺めていた。
「ボス戦後のみ」
ひと言のみだ。
セバチャは静かに考えた。
城に乗り込んできた者にだけ宝箱を渡す。
つまり、カキンオー様は城を戦場として正式に機能させるおつもりなのだ。
来る者は拒まず、戦った者には報いる。
しかし無造作に恵みを与えることはしない。
ただの慈悲ではなく、試練と報酬の構造を作られているのだ。
セバチャは羽根ペンを走らせた。
城への挑戦者に対するルールを、外に周知させる必要がある。
そして宝箱の品質を段階的に設定すれば、より多くの者が城を目指すようになる。
やがてこの城は、大陸中の強者が集まる場所になるだろう。
そしてその頂点に、カキンオー様が座っておられる。
なんと深謀遠慮な御方か。
一切合切が、全力でズレていた。
───
地下では。
俺は本を開いた。
少し気が楽になった気がした。
ゲームの頃と同じにすれば、だいたいうまくいく。
本のページをめくった。
静かだった。
あとは、ラスボス代行が外に勝手に置くのをやめてもらえばいいのだが。
どう伝えるか。
まあ、セバチャがなんとかするだろう。
俺はページをめくった。




