84,ファルネイスの学院
レリスが石板を見ていた。
次の試験まで、二週間あった。
「ガルド、これわかる?」
「どれだ」
ガルドが石板を覗いた。
「これは割り算だ」
「わりざん?」
「分けるやつだ」
「わけるってどういうこと」
「六つのりんごを三人で分けたら一人何個だ」
レリスが考えた。
「ふたつ?」
「そうだ」
「わかった!」
「まだ終わってない」
「え」
「次の問題がある」
レリスがしょんぼりした。
少し考えた。
「じゃあ、6個のりんごを100人で分けたら?」
ガルドが止まった。
「そんな問題は出ない」
「でてきたら?」
「出ない」
「でてきたら?」
「出ないと言っている」
「でも、でてきたら困るじゃん」
アモンが欠伸をした。
「ゼロチュ」
「ゼロ?」
「一人に配れないチュ。全員ゼロチュ」
レリスが目を丸くした。
「かわいそう」
「りんごが少ないのが悪いチュ」
「100個あればよかったのに」
「それはもう別の問題チュ」
ガルドが額に手を当てた。
「試験の話をしろ」
「してるよ!」
「してない」
アモンが欠伸をした。
「不器用な教え方チュ」
「うるさい」
「でも分かりやすいチュ」
ガルドが少し止まった。
「……褒めたのか」
「事実を言っただけチュ」
レリスが笑った。
「なかよし」
「違う」
「うるさいチュ」
二人が同時に言った。
───
昼休み、中庭で。
レリスが弁当を食べていた。
ガルドが隣に座っていた。
アモンがレリスの膝の上にいた。
「ガルド、60てんとれると思う?」
「やれば取れる」
「じゃあ100てんは?」
「欲張るな」
「でも60てんとれたら次は70てんでしょ」
「まず60点だ」
「70てんとれたら80てんでしょ」
「まず60点と言っている」
「80てんとれたら90てんでしょ」
「レリス」
「90てんとれたら」
「レリス」
「100てん!」
ガルドが深く息を吐いた。
「まず、60点だ」
レリスが頷いた。
「わかった。60てん、とる」
「最初からそう言え」
アモンが口を開いた。
「100点は無理チュ」
「なんで!」
「お前のレベルで100点は高望みチュ」
「ひどい!」
「事実チュ」
「ガルドもそう思う?」
ガルドが少し間を置いた。
「……60点を取ってから考えろ」
「にごした!」
「にごしてない」
アモンが欠伸をした。
「にごしたチュ」
「うるさい」
レリスが笑った。
───
放課後。
ガルドが一人で歩いていた。
街の外れに向かった。
古い建物の前で立ち止まった。
扉を開けた。
───
中は薄暗かった。
男が一人、椅子に座っていた。
ザガンだった。
顔に傷があった。
目が鋭かった。
ガルドが入ってきても、振り返らなかった。
窓の外を見ていた。
「遅い」
低い声だった。
「申し訳ありません」
「報告しろ」
ガルドが前に立った。
「レリスは元気です。試験は51点でした」
「それで?」
「留年ラインは50点以下です。ぎりぎり超えました」
「それで?」
「次は60点を目指すと言っています」
ザガンがようやく振り返った。
ガルドを見た。
「お前が教えているのか」
「はい」
「なぜ」
ガルドが少し止まった。
「……頼まれたので」
「誰に」
「レリスに」
ザガンが少し間を置いた。
「友人関係に問題はないか」
「ありません」
「天空の件は」
「レリスは安全な場所にいました。ミナという女性がついていました。アモンという魔物も戦力になりました」
「アモンか」
ザガンが立ち上がった。
ガルドより背が高かった。
「あの魔物を信用しているのか」
「レリスのそばにいます」
「それは答えになっていない」
ガルドが少し止まった。
「……信用しています」
ザガンが鋭い目でガルドを見た。
しばらくして。
「まあいい」
窓の外に視線を戻した。
「引き続き頼む」
「はい」
ガルドが扉に向かった。
そこで、ザガンが静かに言った。
「51点か」
独り言だった。
ガルドが少し止まった。
振り返らなかった。
「頑張ったんだろうな」
ザガンの声が、少し低くなっていた。
ガルドは何も言わなかった。
扉を閉めた。
───
帰り道。
ガルドが空を見た。
夕暮れだった。
南の方角に、城があるはずだった。
レリスはまだ城に帰りたいと思っているだろう。
でも今は、ここで頑張っている。
ガルドは前を向いた。
歩いた。
───
宿舎に戻ると。
レリスが石板を広げていた。
アモンが枕の上にいた。
「ガルド! わるざんもっとおしえて!」
「今日はもう遅い、それに割り算だ」
「わりざん、すこしだけ!」
「明日だ」
「えー、でもこれわかんないんだもん」
「どれだ」
ガルドが石板を覗いた。
「これは」
少し止まった。
「……明日教える」
「わかんないの?」
「明日だ」
アモンが目を細めた。
「わかんないチュ」
「うるさい」
「わかんないんだ!」
「明日だと言っている」
レリスが笑った。
「おやすみ、ガルド」
「……おやすみ」
ガルドが扉を閉めた。
廊下を歩いた。
静かだった。
悪くなかった。




