83,帰還
天空は険悪だった。
軍人の怒りが、まだ漂っていた。
仲間の両腕を切られた。
回復魔法はかけてやった。
腕は生えない。
それでも怒りは消えない。
視線が、背中に刺さるようだった。
カキンオーは前を向いていた。
ドラゴンが雲を抜けた。
地上が見えてきた。
シルネアが横を飛んでいた。
何も言わなかった。
珍しかった。
───
城が見えてきた。
城門の前に、人影があった。
ライラだった。
動かなかった。
ただ、立っていた。
ずっと、立っていたのだろう。
ドラゴンが降り立った。
カキンオーが降りた。
ライラが深く頭を下げた。
「お帰りなさいませ」
声が、少し震えていた。
シルネアがライラを見た。
それから、カキンオーを見た。
「勝手をしないんだよ」
静かだった。
「めっだよ」
それだけ言って、空に上がっていった。
あっという間に小さくなった。
消えた。
ライラが顔を上げた。
目が赤かった。
カキンオーは黙っていた。
───
城の中に入った。
ライラが動いた。
気づいたら着替えさせられていた。
装備で変えられるのだが。
拒否できなかった。
次にご飯が出てきた。
食べさせられた。
うまかった。
風呂の用意が整えられた。
ここは断固、一人で入った。
唯一、断固として守った。
───
お茶タイムになった。
カキンオーが椅子に座っていた。
ライラが立って給仕をしていた。
座ればとも思った。
黙っていた。
しばらくして。
ライラが口を開いた。
「セバチャは」
静かだった。
「立派に仕事をしたんです」
カキンオーは答えなかった。
「お褒めになってくださればいいのです」
一拍置いた。
「そのような危険を冒すことを、望んでいるわけではありません」
カキンオーは天井を見た。
答えは、出なかった。
言葉も、出なかった。
ライラが静かにお茶を注いだ。
湯気が上がった。
それだけだった。
───
翌朝。
セバチャが報告書を持ってきた。
深々と頭を下げた。
「カキンオー様。ご報告がございます」
カキンオーが頷いた。
「此度の天空への御訪問についてでございますが」
セバチャが報告書を広げた。
「カキンオー様が天空に乗り込まれたことで、天空側は深刻な動揺を抱えております。これは大陸の安全保障において、極めて有利な状況を生み出しております」
カキンオーは黙って聞いていた。
「さらに、天空の権力者に謝罪させたことで、カキンオー様の威信は天空においても確立されました。これはすなわち」
セバチャが一拍置いた。
「天空をも含めた世界全体の支配が、完成に近づいているということでございます」
カキンオーは天井を見た。
違う。
「深謀遠慮の極みでございます」
セバチャが深く頭を下げた。
一拍置いた。
それから。
セバチャがもう一度報告書を見た。
「……いや」
静かに言った。
「そうだろうか」
カキンオーが少し動いた。
セバチャが報告書を見つめていた。
「カキンオー様が天空に乗り込まれた。それは事実でございます。しかし」
セバチャが眉をひそめた。
「天空には多数の軍人がおります。カキンオー様は無事でございましたが、もし万が一のことがあれば」
ペンを走らせた。
「今後の天空の動きが読めません。報復の可能性があります。カキンオー様の御身が心配でございます。警備を強化すべきではないでしょうか。いや、そもそもカキンオー様が城を離れることを、何らかの形で制限することを検討すべきではないでしょうか」
書き続けた。
「城門の強化。周辺の魔物の配置換え。万が一の際の避難経路の確保」
どんどん書いた。
カキンオーは天井を見ていた。
違う方向にズレていた。
でも。
まあ、いいか。
───
夜、カイトと二人になった。
広間だった。
静かだった。
カイトが壁に背をもたれて座っていた。
カキンオーも座っていた。
しばらく、何も言わなかった。
カイトが口を開いた。
「セバチャさん、仕事は完璧だな」
カキンオーが頷いた。
「記憶はないのに、執事の仕事は全部できる」
また頷いた。
「変なもんだな」
カキンオーは答えなかった。
カイトが少し間を置いた。
「戻らないのかな、記憶」
カキンオーは答えなかった。
答えられなかった。
分からなかった。
カイトが天井を見た。
「セバチャさんらしいよな」
静かだった。
「消えても、ちゃんと戻ってきて、また執事やってる」
カキンオーは天井を見た。
そうだな、と思った。
言葉は、出なかった。
広間が、静かだった。
悪くなかった。




