82,天空の大陸
軍人たちが動けないまま、時間が過ぎた。
そこに、一人が歩いてきた。
静かな足音だった。
軍人たちが道を開けた。
自然に、開けた。
白髪の男だった。
ソランだった。
カキンオーを見た。
カキンオーはソランを見た。
何も感じなかった。
ソランが少し止まった。
それから、使いの者に目を向けた。
頷いた。
使いの者が前に出た。
「こちらへどうぞ」
───
通された部屋は広かった。
豪華だった。
長い机があった。
権力者たちが座っていた。
護衛が壁際に並んでいた。
オルデンが上座にいた。
ドルガがその隣にいた。
ソランが端に座った。
シルネアがのそのそと歩いて、空いている椅子に座った。
普通に座った。
カキンオーは立っていた。
シルネアが横目で見た。
「もう、座りなさい」
小声だった。
可愛く怒っていた。
カキンオーが椅子を引いた。
足を組んだ。
頬杖をついた。
ふてくされていた。
オルデンが口を開いた。
「半魔が何のようだ」
シルネアが首を傾けた。
「半魔?」
にこりとした。
「ずいぶん古い呼び名を知っているのね」
オルデンの表情が、わずかに動いた。
「どういう意味かしら?」
静かだった。
穏やかだった。
でも、目が笑っていなかった。
オルデンが口を閉じた。
ドルガも黙った。
しばらくして。
「くっ」
オルデンが小さく言った。
「まあいい。話すことがあるならさっさとして帰れ」
───
シルネアが机の上で手を組んだ。
「二つあるわ」
静かだった。
「一つ。今後、地上に手を出さないこと」
オルデンが鼻を鳴らした。
「地上の管理は我々の義務だ。厄災の王の封印がある」
「二つ目」
シルネアが続けた。
「カキンオーに謝ること」
ドルガが眉を上げた。
「謝る?我々が?地上の魔王に?」
「そうよ」
「笑わせるな」
オルデンが立ち上がった。
「我々が地上の者に頭を下げるなど、あり得ない。我々は天空に住む優れた存在だ。地上は汚染された劣った場所だ。そこに住む者どもに」
「あら」
シルネアが静かに遮った。
にこりとした。
「あなたたち、私が何も知らないと思っているの?」
オルデンが止まった。
「その椅子に、いつまで座っていられるかしら」
部屋が、静まり返った。
オルデンが黙った。
ドルガも黙った。
誰も、何も言わなかった。
シルネアはにこにこしていた。
そこに。
ソランが立ち上がった。
「私が代表して謝ろう」
オルデンが振り返った。
「ソラン様、しかしそのようなことは」
「私が謝る」
静かだった。
有無を言わさなかった。
ソランがカキンオーを見た。
頭を下げた。
「此度のこと、申し訳なかった」
部屋が、また静まり返った。
オルデンとドルガが顔を見合わせた。
長い沈黙があった。
オルデンが渋々立ち上がった。
ドルガも立ち上がった。
二人がカキンオーを見た。
「……此度のこと、遺憾に思う」
おざなりだった。
形だけだった。
ドルガが続けた。
「以上だ」
ソランが頷いた。
「今後、地上に危害を加えるつもりはない。これは私が宣言する」
───
カキンオーは頬杖をついたまま聞いていた。
謝罪があった。
宣言があった。
でも。
モヤモヤしていた。
これで納めるしかないのか。
シルネアを見た。
シルネアが小さく頷いた。
そういうことだった。
カキンオーが小さく息を吐いた。
そこに。
護衛の軍人が前に出た。
大柄だった。
カキンオーを見ていた。
「一つよろしいか」
部屋の空気が変わった。
「そこの魔王はとてつもなくお強いと聞く。一手ご教授願えないか」
部屋がざわめいた。
やってしまえという空気があった。
カキンオーがシルネアを見た。
シルネアが素早く言った。
「その人だけよ」
強く念を押した。
カキンオーが頷いた。
───
広間に移動した。
軍人が構えた。
白い魔法が走った。
一本、二本、十本。
止まらなかった。
連撃だった。
白い光が広間を満たした。
カキンオーが見えなくなった。
さらに。
高密度の太い白い魔法が走った。
轟音が響いた。
光が広がった。
静寂があった。
煙が晴れた。
カキンオーが立っていた。
動いていなかった。
無傷だった。
どうやって倒すか、思案していた。
軍人が息を整えた。
まだ構えていた。
カキンオーが動いた。
一閃。
いや。
目にも止まらなかった。
二閃だった。
軍人の両腕が、吹き飛んだ。
悲鳴が上がった。
軍人が倒れた。
周りの者たちが駆け寄った。
回復魔法をかけ始めた。
血が、ゆっくりと止まり始めた。
カキンオーが歩み寄った。
手をかざした。
回復魔法をかけた。
あっという間に血が止まった。
周りの者たちが息を飲んだ。
「腕を生やす魔法は知らない」
低く、静かに言った。
それだけだった。
シルネアがぼへーっとした顔で言った。
「やりすぎ」
少し間があった。
「まあ、いいか。相手がやりたかったんだから」
部屋に聞こえるように言った。
誰も、何も言えなかった。
「よし、帰ろう」
シルネアが立ち上がった。
カキンオーも立ち上がった。
少し、スッキリしていた。
モヤモヤは、まだあった。
でも、少しだけ。
少しだけ、マシだった。




