81,天空へ
カキンオーは部屋を出た。
廊下を歩いた。
セバチャの声が、まだ耳に残っていた。
どちら様でしょうか。
穏やかだった。
丁寧だった。
いつものセバチャだった。
でも、違った。
怒ってくれた方が、よかった。
命令したことを、怒鳴ってくれた方が。
無茶を言うなとか。
勝手なことをするなとか。
何か言ってくれた方が、ずっとよかった。
言葉は出なかった。
いつもそうだ。
全部、こいつらのせいだ。
城門を出た。
ドラゴンが頭を垂れていた。
乗った。
上を見た。
雲の向こうに、天空がある。
ドラゴンが動いた。
───
シルネアがついてきた。
八本の足を器用に動かしながら、空中を移動していた。
「ねえ、聞いてる?」
カキンオーは答えなかった。
「暴力はダメよ」
答えなかった。
「あそこを壊すと封印が解ける可能性があるの」
答えなかった。
「聞いてる?」
ドラゴンが上昇を続けた。
シルネアがついてきた。
「怒る気持ちは分かるわ。でもね」
答えなかった。
「ちゃんと私が怒るから」
答えなかった。
「私の方がうまくやれるわ」
答えなかった。
雲に入った。
視界が白くなった。
シルネアがまだ喋っていた。
───
夜になった。
ドラゴンが飛び続けた。
シルネアがついてきた。
「あなたが暴力を振るいたい気持ちは分かる。でもね、封印が解けたら困るのはあなたも同じよ」
答えなかった。
「聞いてる?」
星が見えた。
雲が下に見えた。
シルネアがまだ喋っていた。
「セバチャのこと、怒ってるのよね」
カキンオーの手が、少し動いた。
シルネアが続けた。
「怒っていいのよ。でも暴力はダメ」
答えなかった。
「私が怒るから。ちゃんと怒るから」
ドラゴンが飛び続けた。
───
朝になった。
シルネアがまだ喋っていた。
「あなたが黙ってるのは分かってる。でも止まってないってことは聞いてるってことよね」
答えなかった。
「ねえ」
答えなかった。
「暴力はダメ」
答えなかった。
「私が怒るから」
しばらくして。
カキンオーが小さく息を吐いた。
シルネアが目を細めた。
「根負けした?」
答えなかった。
シルネアが笑った。
「じゃあ私に任せなさい。暴力はなし。でも行くのはいい」
ドラゴンが飛び続けた。
天空が、近づいていた。
───
天空の大陸が、見えてきた。
白い石造りの建物が並んでいた。
空気が、変わった。
魔力が、濃くなった。
ドラゴンが降り立った。
───
天空の軍人たちが待っていた。
多数だった。
魔法を構えていた。
察知していたのだ。
全員が、前を見ていた。
カキンオーがドラゴンから降りた。
闇の鎧が、纏わりついた。
黒より暗い闇が、全身を覆った。
軍人たちが、動かなかった。
動けなかった。
構えたまま、動けなかった。
一人が後退した。
また一人が後退した。
誰も、前に出なかった。
空気が、重かった。
重すぎた。
そこに。
シルネアが前に出た。
八本の足で、ゆっくりと歩いた。
軍人たちを見渡した。
にこりとした。
「話があるわ」
静かだった。
穏やかだった。
それなのに。
軍人たちの誰も、答えられなかった。




