77,ファルネイス
ゴルムは陽気だった。
地上に来ると聞いた時も、任務よりファルネイス観光の方が頭にあった。
しかし今、ドラゴンの背から見下ろした街に、想定外のものが待っていた。
───
ライラがレリスの手を引いた。
「走ってください」
「でも」
「走ってください」
有無を言わさなかった。
ミナがレリスの反対側についた。
三人が路地を走った。
レリスが上空を見た。
ドラゴンが見えた。
アモンがレリスの肩から飛び立った。
「アモン!」
「うるさいチュ」
あっという間に小さくなった。
消えた。
「アモンが」
「走ってください」
ライラがレリスの手を引いた。
「でもアモンが」
「アモンさんは大丈夫です」
レリスが前を向いた。
走った。
路地を曲がった。
また曲がった。
街の外れまで来た。
ライラがレリスとミナを建物の影に押し込んだ。
「ここから動かないでください」
ミナが頷いた。
「ライラさんは」
「戻ります」
レリスが袖を掴んだ。
「きをつけて」
ライラが少し止まった。
頷いた。
「はい」
走り出した。
その背中が、路地の角に消えた。
レリスがミナの手を握った。
ミナが握り返した。
二人で、静かに待った。
───
広場に出た。
ラスボス代行が立っていた。
ゴルム組の二人が降り立っていた。
ライラがラスボス代行の隣に並んだ。
ラスボス代行が少し動いた。
ライラが首を横に振った。
「私はユキナのところへ行きます」
ラスボス代行が頷いた。
ライラが走り出した。
───
ゴルムが広場を見渡した。
「思ってたのと違うな」
隣の男が頷いた。
ラスボス代行が立っていた。
動かなかった。
ただ、立っていた。
ゴルムが少し引いた。
「なんだあれ」
「魔王の手下か?」
ゴルムが魔法を構えた。
「まあいい、やるか」
───
二人がかりの魔法がラスボス代行に叩き込まれた。
ラスボス代行が前に出た。
速かった。
強化された体が、動いた。
一人の魔法を弾いた。
もう一人に踏み込んだ。
剣を振った。
男が後退した。
大きく、後退した。
「速い」
ゴルムが舌打ちした。
「遊びはなしだ」
二人が魔法を重ねた。
ラスボス代行が受けた。
弾いた。
押していた。
───
そこで。
ラスボス代行の腕に、細い線が走った。
亀裂だった。
動きが、止まった。
一瞬だけ。
ゴルムが目を細めた。
「今、止まったか」
男が頷いた。
「もう一度同じところを狙え」
二人が同じ場所に魔法を集めた。
ラスボス代行が弾いた。
しかし亀裂が広がった。
動きが鈍った。
ゴルムが笑った。
「そういうことか」
畳み掛けた。
ラスボス代行が後退した。
初めて、後退した。
───
ラスボス代行は立っていた。
亀裂が走っていた。
腕に。
胴に。
動きを止めれば修復される。
分かっていた。
でも止まれなかった。
二人が前に来ていた。
ラスボス代行は踏み込んだ。
亀裂が広がった。
構わなかった。
一人に向かった。
魔法が腕に直撃した。
腕が砕けた。
片腕が、なくなった。
それでも止まらなかった。
剣を振った。
男が吹き飛んだ。
光に包まれた。
消えた。
───
残ったゴルムが魔法を放った。
ラスボス代行の足に直撃した。
亀裂が走った。
足が、砕けた。
バランスが崩れた。
ゴルムが畳み掛けた。
魔法が連続で叩き込まれた。
頭部に亀裂が走った。
広がった。
ラスボス代行は立っているのが精一杯だった。
ゴルムが息を整えた。
「終わりだ」
───
ラスボス代行は動かなかった。
片腕がない。
片足が砕けている。
頭は半分割れている。
グラリと崩れる。
ゴルムは膝に手をつく。
それでも。
地面を叩いた。
片腕で。
片足で。
突っ込んだ。
ゴルムが魔法を構えた。
間に合わなかった。
ラスボス代行がゴルムに激突した。
二人が地面を転がった。
ゴルムが動かなくなった。
光に包まれた。
消えた。
ラスボス代行はうつ伏せに倒れた。
動かなかった。
頭部の亀裂が、静かに修復され始めた。
───
上空では。
残りの二人がドラゴンの背から地上を見下ろしていた。
ニヤニヤしていた。
「下の化け物、終わったか」
「ああ」
「次は俺たちの番だな」
その時。
気配があった。
下からだった。
二人が見下ろした。
何もいなかった。
いや。
いた。
小さなネズミが、空中に浮いていた。
欠伸をしていた。
「なんだ、ネズミか?」
一人が鼻を鳴らした。
その瞬間。
ネズミが、ぼそりと言った。
「六割というところチュ」
黒い霧が噴き出した。
膨れ上がった。
止まらなかった。
どんどん大きくなった。
禍々しかった。
前回より、大きかった。
前回より、暗かった。
二人のドラゴンが鳴いた。
後退した。
ドラゴンが、後退した。
「な」
「なんだこれは」
アモンが二人を見下ろした。
何も言わなかった。
ただ見ていた。
それだけで、空気が変わった。
一人が魔法を構えた。
手が震えていた。
───
アモンが動いた。
速かった。
ドラゴンの首に爪をかけた。
そのまま引き剥がした。
ドラゴンが消えた。
「ドラゴンが」
もう一頭が突っ込んできた。
アモンが尻尾で払った。
吹き飛んだ。
消えた。
二人が魔法を集中させた。
叩き込んだ。
アモンが止まった。
一瞬だけ。
「痛いチュ」
また動いた。
「効いてるじゃないか」
「だから痛いと言ったチュ」
アモンが一人に向かった。
男が魔法の盾を展開した。
アモンが盾に爪をかけた。
砕いた。
男が吹き飛んだ。
光に包まれた。
消えた。
最後の一人が後退した。
魔法を構えた。
手が震えていた。
「化け物め」
アモンは何も言わなかった。
ただ見ていた。
男が魔法を放った。
アモンが黒い靄を吹きかけた。
男が吹き飛んだ。
光に包まれた。
消えた。
静かになった。
アモンが元の大きさに戻った。
欠伸をした。
「まだ、馴染まない」
誰もいなかった。
───
路地の奥で。
ユキナが一人と向き合っていた。
相手は天空の男だった。
魔法を重ねてくる。
ユキナが付与剣で弾いた。
魔法を返した。
男が躱した。
速かった。
ユキナより、速かった。
魔法が肩を掠めた。
よろけた。
男が踏み込んできた。
ユキナが剣を構えた。
間に合わなかった。
吹き飛ばされた。
壁に叩きつけられた。
息が詰まった。
男が歩いてきた。
立ち上がろうとした。
足に力が入らなかった。
また、助けを待つしかないの?
悔しかった。
そこに。
足音が来た。
ライラだった。
男とユキナの間に、すっと立った。
何も言わなかった。
ユキナが息を整えた。
「……助かった、とは言いたくないけど」
ライラが小さく笑った。
「言わなくていいです」
二人が並んで男を見た。
男が二人を見た。
路地に、静寂が落ちた。




