74,シルネア
ドルスは口数が少ない。
穢れの魔女に興味があると手を挙げた時、誰もその理由を聞かなかったし、ドルスも言わなかった。
天空の歴史を、ドルスは信じていなかった。
───
お茶が出てきた。
森の中なのに、普通にお茶が出てきた。
シルネアが八本の足でゆったりと座っていた。
「どうぞ」
ドルスとハルが顔を見合わせた。
「毒じゃないわよ」
シルネアが楽しそうに目を細めた。
「毒を盛るなら、もっと手の込んだことをするわ」
ドルスがカップを手に取った。
飲んだ。
うまかった。
ハルも飲んだ。
シルネアがにこにこしていた。
───
「それで」
シルネアが口を開いた。
「天空の人間が私に会いに来るなんて……。何が聞きたいの」
「穢れの王は本当にいたのか」
シルネアが少し止まった。
それから、あっさりと言った。
「いたわよ」
ドルスが固まった。
「本当に」
「ええ」
シルネアがお茶を飲んだ。
「懐かしわね」
「どんな存在だったんだ」
「怖い存在よ」
「それだけか」
「あなたが思ってるより、ずっと怖かった」
シルネアが遠くを見るような目をした。
一瞬だけ。
すぐに戻った。
「次は?」
───
「勇者は本当にいたのか」
シルネアが少し笑った。
「勇者ねえ」
「いたのか、いなかったのか」
「どう思う?」
「俺が聞いている」
「そうね」
シルネアがお茶を一口飲んだ。
「勇者、という言葉が正しいかどうかは分からないけれど」
そこで止まった。
「続きは」
「それだけよ」
ドルスが少し唇を噛んだ。
シルネアがくすくすと笑った。
「難しい顔ね。可愛い」
「からかっているのか」
「ええ、からかってる」
───
「地上は本当に汚染されているのか」
シルネアが目を細めた。
「あなた、今ここにいるじゃない」
ドルスが少し止まった。
「魔力が下がるのは事実だ」
「そうね。でも本当にわずかよ」
「それは汚染のせいではないのか」
「どうかしら」
シルネアがドルスを見た。
「あなた、天空に住んでいて不便に思ったことはない?」
「何が言いたい」
「別に」
シルネアがまたお茶を飲んだ。
「ただの雑談よ」
ドルスが黙った。
シルネアはにこにこしていた。
───
「天空が地上を捨てた本当の理由はなんだ」
シルネアがドルスを見た。
少し間があった。
「聞いてどうするの」
「知りたい」
「知ってどうするの」
「それは」
ドルスが止まった。
シルネアが静かに言った。
「知ることと、理解することは違うわよ」
ドルスが黙った。
ハルも黙っていた。
森が静かだった。
シルネアがカップを置いた。
「もう一杯どう?」
───
夜になった。
焚き火が揺れていた。
シルネアが枝の上にいた。
ドルスが火を見ていた。
「一つだけ教えろ」
「なあに」
「天空の歴史は、正しいのか」
シルネアが少し間を置いた。
それから、静かに言った。
「都合の悪いことは、記録されないものよ」
それだけだった。
それ以上は言わなかった。
焚き火が揺れた。
ドルスは黙って火を見ていた。
ハルも黙っていた。
シルネアは何も言わなかった。
ただ、楽しそうだった。
ハルがドルスを見た。
「もういいだろ」
ドルスがため息をついた。
「ああ」
ハルが立ち上がった。
嬉しそうだった。
「俺はあんたみたいな異形をバラバラにして、中が見たいんだ」
シルネアが目を細めた。
「あら、悪趣味ねえ」
「俺は話には興味がない」
ハルの指先から、細く鋭利な白い魔法が五本、走った。
速かった。
シルネアは動かなかった。
糸が、どこからともなく現れた。
五本の魔法が、あっさりと弾かれた。
そのままズタズタに引き裂かれた。
シルネアがにこりと笑った。
「私と一緒ね」
ハルを見た。
「あなたはどうする?」
ドルスは走って逃げた。
ハルが少し遅れて走った。
シルネアの笑い声が、森に響いた。




