72,予告
フロストスの声が、大陸中に響いた。
低く、重く、空気を震わせた。
それは言葉だった。
「三日後、天空の人間がこの大陸に降る。抗え」
それだけだった。
それだけで、十分だった。
───
ファルネイスの街が、ざわめいた。
市場で声が上がった。
路地で人が走った。
家の窓が次々と閉まった。
天空。
三日後。
繰り返される惨劇。
その言葉が、波紋のように広がっていった。
───
レリスの部屋で。
ミナが窓を閉めた。
「レリス様、中にいてください」
「なに、なにがおきてるの」
「天空の人間が来るそうです」
レリスが固まった。
アモンが枕の上で目を開けた。
耳が、立っていた。
───
ユキナが外から戻ってきた。
顔が引き締まっていた。
「街が混乱してる。復興どころじゃなくなった」
ミナが頷いた。
「カイト様が来ています」
───
カイトが部屋に入ってきた。
「状況は分かってるな」
全員が頷いた。
「俺は帝国に行く」
「帝国に?」
ユキナが聞いた。
「モブテキをほっておけない。天空が帝国に向かう可能性もある」
カイトがユキナを見た。
「お前たちは城に逃げろ」
ユキナが少し間を置いた。
「私は行けない」
「なぜ」
「今更ここを見捨てられない。復興を手伝ってきた人たちがいる」
カイトが黙った。
それから、レリスを見た。
「レリスは城に行け」
レリスは頷かない。
「ともだちいる。ガルドも」
「レリス」
カイトが真っ直ぐ見た。
「お前はここにいても意味がない。城に行け」
レリスがうつむいた。
分かっていた。
戦えない。
足手まといになる。
でも。
レリスはアモンを見た。
アモンが少し間を置いた。
「……この前は油断したチュ」
ぷいと顔を逸らした。
「俺が心配されるとかありえないチュ。楽勝チュ」
「ほんとに?」
「うるさいチュ」
「ほんとに楽勝?」
「うるさいチュ!」
レリスがアモンを見た。
アモンは顔を逸らしたままだった。
耳は立っていた。
「ミナさんは」
「ずっとそばにいます」
ミナが静かに言った。
迷いがなかった。
レリスは小さく息を吸った。
「わかった。ここにいる」
カイトが何か言いかけて、やめた。
「ユキナ、頼む」
「分かってる」
カイトが部屋を出た。
足音が遠ざかった。
部屋が静かになった。
アモンがレリスの隣に来た。
何も言わなかった。
ただ、いた。
───
城では。
セバチャがライラと向き合っていた。
「フロストスの予告が届きました」
ライラが頷いた。
「三日後です」
二人が同時にカキンオーを見た。
カキンオーは作業台の前にいた。
手が止まっていた。
セバチャが一歩前に出た。
「カキンオー様。方針をお聞かせください」
カキンオーは答えなかった。
ファルネイスを考えていた。
レリスがいる。
アモンがいる。
ユキナがいる。
ミナがいる。
カイトは帝国に向かうかもしれない。
「カキンオー様をお守りすることが最優先かと」
セバチャが続けた。
「ここに留まり、城を守る。それが最善です」
「私もそう思います」
ライラが頷いた。
「カキンオー様さえご無事なら」
カキンオーは少し考えた。
それから、口を開いた。
「セバチャは帝国へ」
セバチャが固まった。
「ライラ、代行はファルネイスへ」
ライラが目を見開いた。
「……カキンオー様」
「それでは」
セバチャの声が、珍しく動揺を帯びた。
「カキンオー様がお一人になります。タルドはおりますが、戦力としては」
カキンオーは答えなかった。
指輪に意識を向けた。
引き出した。
闇の鎧が、纏わりついた。
黒より暗い闇が、全身を覆った。
部屋の空気が、変わった。
セバチャが息を飲んだ。
ライラが一歩後ずさった。
二人とも、何も言えなかった。
しばらくして。
カキンオーが静かに言った。
「頼む」
セバチャが深く頭を下げた。
ライラも頭を下げた。
二人とも、黙っていた。
黙っていた。




