7,謁見申請
ゲームのような世界でも、やっぱりゲームはやりたくなるんだな。
やりたいなゲーム。
そういえばあいつどうしてるかな。
あの頃の俺の毎日は病室にあった。
唯一の逃げ場がゲームだった。
ほとんどの時間をソロで過ごした。
誰かと話さなくていい。
誰かに気を遣わなくていい。
黙って狩りをして、黙って強くなっていく時間が、一番楽だった。
そんなある日のことを、ふと思い出した。
確率の低いガチャで、赤のマルドールを二枚引き当てた日だ。
アカマル、と呼ばれていた当時最強の鎧だ。
嬉しかった。
だが、同じものが二枚あっても意味がない。
どうせなら黒のデンストラー、クロデンも欲しかった。
そう思いながらソロで狩りを続けていたら、見知らぬプレイヤーに話しかけられた。
「アカマルじゃないか。当てたのか、いいなー」
俺は驚いた。
見ず知らずの相手に話しかけられることなど、滅多にないことだった。
だが、その一言が嬉しかった。
普段は発しない言葉が、自然と出てきた。
「君も、クロデン当てたの?」
「おう、いいだろう。だけど二本は要らねえよな。売ればいい値段つくだろうけど」
俺は内心で飛び上がった。
まさか、自分と同じかぶり。
交換すれば、お互いに得だ。
だが、そのことを伝える言葉が出てこない。
するとそいつが言った。
「ソロなら一緒に狩りに行くか」
俺は頷いた。
一緒に狩りをしながら、俺はどう伝えようかずっと考えていた。
そしてふと、気がついた。
アカマルをもう一つ、手に持って見せればいい。
そいつが目を丸くした。
「え、もしかしてかぶりか? なんだよ、交換しようぜ。価値は同じくらいだよな」
俺は頷いた。
交換した。
言葉は、ほとんど要らなかった。
その日、初めて誰かと一緒に狩りをして、初めて誰かとアイテムを交換した。
友達、というには大げさな話だ。
ただ、言葉がほとんど要らなかったあの時間は、悪くなかった。
───
ファルネイス共和国の片隅にあるバイサーヤ教の神殿では。
上級神官たちが円卓を囲んでいた。
議題は二つ。
南の魔王への対応。
そして、勇者の件だ。
上級神官の一人、ドリスが苦い顔で口を開いた。
「勇者の件から確認します。現状報告を」
若い神官が立ち上がった。
「我々が禁忌の魔法で召喚した勇者は、役目を断りました。現在、帝国領内で独自に活動しています」
「断った理由は」
「勇者とかやらねえ、と」
沈黙があった。
「以上です」
また沈黙があった。
ドリスが深く息を吐いた。
「街では何と呼ばれている」
「勇者と呼ばれています」
円卓に重い空気が流れた。
「我々が正式に召喚した勇者が、我々の手を離れて勝手に勇者をやっている、と」
「そうなります」
ドリスが額に手を当てた。
「全く、今更どの面を下げて来るつもりか」
誰も答えなかった。
「勇者の件は一旦置きましょう」
別の上級神官が口を開いた。
「南の魔王への対応が急務です。帝国とギルドがすでに動いています。我々が遅れを取るわけにはいかない」
ドリスが頷いた。
「使者を送る。ただし礼を尽くせ。正式に謁見を申請しろ」
「謁見の申請ができるのですか」
「できるらしい」
ドリスが苦々しく言った。
「魔王の城に謁見申請制度があるとは思ってもみなかったが、ないよりはいい」
───
数日後、城門の前に二人の人物が立っていた。
バイサーヤ教の正装を纏った中年の神官と、その従者だ。
神官はしばらく城門を眺めてから、静かにノックした。
城門が開いた。
ライラが現れた。
「いらっしゃいませ」
神官が深く頭を下げた。
「バイサーヤ教より参りました。カキンオー様への謁見をお願いしたく」
「本日はいかがですか」
神官が少し安堵した表情を浮かべた。
「本日、ですか」
「はい。ご主人様のご都合を確認してまいります。少々お待ちください」
───
地下では。
俺は本を読んでいた。
ノックの音がした。
「カキンオー様、バイサーヤ教より謁見の申請が参りました」
セバチャだった。
「正式な手順を踏んで参られました。本日の謁見、いかがなさいますか」
俺は本を閉じた。
正式な手順か。
申請制にした甲斐があった。
俺は立ち上がった。
指輪に意識を向けた。
装備が展開していく。
黒鎧が纏わりつき、兜が頭を覆い、マントが広がる。
セバチャが深く頭を下げた。
「御意のままに」
───
謁見の間。
バイサーヤ教の神官、ミルドは玉座を前にして立っていた。
これまで様々な権力者に謁見してきた。
王族も、貴族も、教皇も。
しかし今日は、少し違う緊張があった。
扉が開いた。
黒鎧の存在が、静かに入ってきた。
松明の光の中を、音もなく歩いてくる。
玉座に腰を下ろした。
ミルドは深く頭を下げた。
「バイサーヤ教上級神官、ミルドと申します。本日はお時間をいただきありがとうございます」
玉座は沈黙していた。
ミルドは続けた。
「カキンオー様の御名は、我々の耳にも届いております。南の地にお城を構えられ、数々の奇跡を」
「うむ」
低く静かな声が、謁見の間に落ちた。
ミルドが少し詰まった。
「は、はい。我々バイサーヤ教は、カキンオー様と友好的な関係を築きたいと考えております。また、先日我々が勇者を召喚いたしまして、その者がカキンオー様のお力になれればと」
玉座の存在が、静かに腕を組んだ。
「今更だな」
ミルドが固まった。
短い。
たった一言だ。
しかしその一言が、謁見の間に重く沈んだ。
ミルドは続けようとした。
「あ、いえ、その、勇者はまだ若く、これから」
玉座の存在が、ゆっくりと立ち上がった。
一歩、前に出た。
「笑止」
ミルドの言葉が止まった。
玉座の存在がもう一歩前に出た。
「わかっているな?」
低く、静かな声だった。
何が、とは言わない。
何をわかっているのか、具体的には何も言っていない。
しかしミルドには、なぜかすべてを見透かされている気がした。
ミルドは深く頭を下げた。
「……はい」
玉座の存在が踵を返した。
「セバチャ」
「はい」
「後は任せる」
セバチャが深く頭を下げた。
「御意のままに」
───
廊下を歩きながら、俺は少し考えた。
うむ、今更だな、笑止、わかっているな。
今日は四つ出た。
勇者の件は、まあ、そういう気分だっただけだ。
今更感があったので。
最後の「わかっているな」は我ながら良かった。
何もわかってないけど。
恥ずかしいけど、悪くなかった。
地下に戻ろう。
───
謁見の間では。
セバチャがミルドの向かいに静かに腰を下ろした。
「カキンオー様は、今おっしゃったことがすべてです」
ミルドがまだ少し震えながら頷いた。
「一つだけ確認させてください」
「はい」
「カキンオー様は、勇者の件を今更とおっしゃいました。つまり、すでにご存知だったということでしょうか」
セバチャが静かに答えた。
「カキンオー様は、すべてをご存知です」
ミルドが息を呑んだ。
「我々がお伝えしていないことも」
「はい」
「では、勇者の現状も」
「当然かと」
ミルドが深く頭を下げた。
───
城の二階では。
セバチャが報告書を書いていた。
本日、バイサーヤ教より初の正式謁見申請があった。
カキンオー様は謁見において、勇者の件に「今更だな」と一言発された。
セバチャはそこで一度ペンを止めた。
今更、とはどういう意味か。
勇者がすでにカキンオー様の把握内にあるということか。
あるいは、バイサーヤ教が勇者を使って接近しようとしたことへの牽制か。
セバチャは静かに考えた。
勇者は現在、帝国で独自に活動している。
バイサーヤ教の手を離れた、制御できない存在だ。
カキンオー様はそれを、あえて「今更」と一言で切り捨てられた。
つまり。
カキンオー様は、勇者の動向をすでに把握された上で、バイサーヤ教に釘を刺されたのだ。
勇者を使って我々に近づくな、と。
そしてもし、カキンオー様と勇者がすでに何らかの繋がりをお持ちだとすれば。
魔王と勇者が、同じ側にいるとすれば。
大陸の勢力図が、根底から変わる。
セバチャは震える手で羽根ペンを走らせた。
なんと深謀遠慮な御方か。
一切合切が、全力でズレていた。
───
地下では。
俺は本の続きを読んでいた。
勇者が役目を断ったのは、まあ、よく分かる。
俺だって誰かに役目を押し付けられたら断りたい。
断れなかったけど。
本のページをめくった。
静かだった。




