65,日常と波紋
朝、城の裏手の広場で。
カイトが右手を上げた。
流れを作った。
右腕に広げた。
肩まで来た。
胸まで広げようとした。
今日は消えなかった。
胸まで広がった。
カイトが目を開けた。
「広がった」
カキンオーが小さく頷いた。
「全身はまだ無理だ」
カキンオーが頷いた。
「まあ、少しずつだな」
カイトが右腕を見た。
薄く光っていた。
「もう一度やる」
カキンオーが頷いた。
───
昼過ぎ、シルネアが来た。
謁見の申請もなく、いきなり城門をノックした。
タルドが出ると、シルネアがにこにこしていた。
「カキンオーに会いたい。久しぶりだから」
「申請を」
「面倒くさい」
「でも」
「面倒くさい」
タルドはセバチャを呼んだ。
セバチャが出てきた。
「どのようなご用件でしょうか」
「色々話したいことがある。天空の件とか」
セバチャが少し間を置いた。
「分かりました。ご案内します」
───
謁見の間で。
シルネアがお茶を飲んでいた。
玉座に黒鎧の存在が座っていた。
「久しぶり」
黒鎧は答えなかった。
「ファルネイス、すごかったね」
答えなかった。
「見てたよ、遠くから」
「またご覧になっていたのですか」
セバチャが静かに口を開いた。
「面白いものは見る」
シルネアがお茶を一口飲んだ。
「あの光から引きずり出したのは、さすがに驚いた」
黒鎧は動かなかった。
「天空の連中も驚いてたんじゃないかな。たぶんだけど」
答えなかった。
「それで、天空の話なんだけど」
シルネアが少し前に乗り出した。
「たまに降りてくる天空の連中から、少し話を聞いたことがある。フロストスからも少し」
「どんな話ですか」
セバチャが聞いた。
「ランクみたいなものがあるらしい。今回来た二人は、あまり上じゃなかったと思う」
セバチャが書き留めた。
「上の方の存在が来たら、もっと厄介かもしれない。まあ、私の予想だけど」
黒鎧は答えなかった。
「ただ」
シルネアが少し笑った。
「すぐには来ないと思う。たぶんね。天空の連中は準備に時間がかかる」
「根拠はありますか」
「1000年生きてきた勘、かな」
セバチャが少し止まった。
「1000年、ですか」
「まあ、そのくらいは生きてる」
シルネアがお茶を飲み干した。
「あまり詳しいことは分からないけど、参考程度に」
立ち上がった。
「あ、それと」
出口で振り返った。
「カイトが戻ってきたんだね。よかった」
黒鎧は答えなかった。
「あの子、ずっと気にしてたから」
シルネアが出ていった。
───
謁見の間に一人残ったカキンオーは、しばらく動かなかった。
上の存在が来るかもしれない。
でも、時間はあるかもしれない。
今のうちに準備しよう。
装備を解除した。
廊下を歩いていると、爆発音がした。
広場の方角だった。
足を速めた。
広場に出ると。
カイトが地面に座っていた。
周囲の地面が黒く焦げていた。
カイトが頭を搔いた。
「暴発した」
カキンオーがカイトを見た。
怪我はなさそうだった。
広場の端の花壇が吹き飛んでいた。
ライラが広場に飛び込んできた。
「何事ですか!」
「魔法が暴発した」
「カキンオー様、ご無事ですか」
カキンオーが頷いた。
「カイト様」
「すみません」
「花壇が」
「すみません」
「私が丹精込めて育てた花壇が」
「本当にすみません」
ライラがカイトを見た。
静かな目だった。
「後で直してください」
「はい」
「全部」
「はい」
ライラが踵を返した。
カキンオーがカイトを見た。
カイトが苦笑いした。
「全身に広げようとしたら制御できなかった」
カキンオーは答えなかった。
まあ、そういうものだ。
小さく頷いた。
「続けていいか」
カキンオーが頷いた。
「花壇から離れてやる」
カイトが立ち上がった。
広場の反対側に移動した。
カキンオーはしばらくそれを見ていた。
それから、地下への石段に向かった。
───
夜、カイトが作業場に顔を出した。
「花壇、直しました」
カキンオーが手を止めた。
「全部植え直しました。ライラさんに確認してもらいました」
カキンオーは答えなかった。
「怖かった。セバチャさんより怖かった」
カキンオーは答えなかった。
まあ、そうだろう。
金属を叩いた。
静かだった。
悪くない一日だった。




