63,日常
そういえば忘れていた。
カイトは懐に手を入れた。
いなかった。
布に小さな穴が開いていた。
カイトが穴を眺めた。
しばらく眺めた。
セバチャが廊下を通りかかった。
「どうされましたか」
「アモンがいない」
セバチャが少し止まった。
「懐から脱走しました」
「そうですか」
「いつ抜け出したのか全く分からなかった」
セバチャが穴を見た。
「レリス様のところへ戻ったのでしょう」
「動けないって言ってたのに」
「レリス様が心配だったのでしょう」
カイトが苦笑いした。
「あいつらしいな」
「まあ、うるさいチュと否定するでしょうが」
二人が少し笑った。
───
城の作業場で。
カキンオーが鍛冶を再開していた。
金属を叩いた。
久しぶりの感触だった。
ファルネイスに行って、戦って、帰ってきた。
色々あった。
でも、今は静かだった。
金属を叩いた。
悪くなかった。
───
執務室で。
セバチャが報告書を書いていた。
今回の件をまとめていた。
天空の大陸から二名が来た。
ランク3の男と、ランク2の女。
男はラスボス代行、カイト、セバチャによって撃退。
女はカキンオー様によって圧倒され撤退。
光から引きずり出した。
セバチャはそこで一度ペンを止めた。
あのとてつもない光から、引きずり出した。
おそらく転移魔法。
それを、無効化した。
つまり。
天空の者が逃げようとしても、カキンオー様は捕まえることができる。
天空の者は、逃げ場がない。
そしてカキンオー様は、その力を見せた。
わざと見せた。
次に来る者への、警告として。
なんと計算された御方か。
さらに。
ラスボス代行が片腕をなくした。
我らをかばって。
なぜラスボス代行がかばったのか。
恐らく、カキンオー様が命じたのだ。
あの一撃を受けることで、天空の者に「カキンオー様が傷ついた」と思わせる。
実際には無傷。
しかし、天空の者は「カキンオー様にはダメージを与えられる」と思い込む。
情報が歪む、混乱する。
その隙を突く。
全て計算の上だったのだ。
なんと深謀遠慮な御方か。
セバチャは震える手で報告書の末尾に書き添えた。
一切合切が、全力でズレていた。
───
謁見の間では。
ラスボス代行が玉座に座っていた。
片腕がなかった。
でも、座っていた。
カイトが廊下から覗いた。
「すごいな、あれ」
「城にいれば回復します」
セバチャが後ろから言った。
「どのくらいかかるんですか」
「さあ。ラスボス代行に聞いたことがないので」
「聞けるんですか」
「聞いたことがないので分かりません」
カイトが少し考えた。
「まあ、いいか」
扉を閉めた。
───
ファルネイスでは。
朝、レリスが目を覚ました。
枕元に何かがいた。
アモンだった。
小さなネズミが、枕の端に寝ていた。
目を閉じていた。
レリスが飛び起きた。
「アモン!!」
「うるさいチュ」
「かえってきた!!」
「うるさいチュ」
「よかった!!」
「うるさいチュ」
レリスがアモンを両手で包もうとした。
「さわるなチュ。まだ本調子じゃないチュ」
「じゃあなんでここにいるの」
アモンが少し間を置いた。
「なんとなくチュ」
「しんぱい?」
「違うチュ」
「うそだ」
「違うチュ」
「ありがとう、アモン」
アモンが欠伸をした。
「うるさいチュ」
でも、レリスの手のひらに乗った。
レリスが嬉しそうにした。
「もうたたかわないで」
「命令するなチュ」
「むりしないで」
「うるさいチュ」
レリスが窓の外を見た。
ファルネイスの朝の空が広がっていた。
「がっこう、いこ」
「勝手にしろチュ」
アモンがレリスの肩に移った。
いつもの場所だった。
───
学院への道で。
ユキナがレリスの隣を歩いていた。
「アモン、戻ってたんだね」
「うん!」
「よかった」
「うるさいチュ」
ユキナが苦笑いした。
「相変わらずだね」
「うるさいチュ」
レリスがユキナを見上げた。
「ゆきな、ここにいてくれてありがとう」
「復興の手伝いもあるから」
「それだけ?」
ユキナが少し止まった。
「レリスも心配だからアモンもね」
「うるさいチュ」
レリスが笑った。
ユキナも笑った。
アモンが欠伸をした。
───
学院の中庭で。
ガルドがレリスを見つけた。
レリスが走り寄った。
「ガルド!」
「ああ」
「アモンかえってきた!」
「そうか」
ガルドがアモンを見た。
アモンがガルドを見た。
「元気そうチュ」
「まあな」
「よかったチュ」
ガルドが少し止まった。
アモンが「よかった」と言った。
珍しかった。
「お前、昨日と少し違うな」
「そうチュか」
「なんか、丸くなった気がする」
「失礼なチュ」
レリスが二人を交互に見た。
「なかよくなった?」
「なってない」
「なってないチュ」
二人が同時に言った。
レリスが笑った。
「なってる」
ガルドが視線を逸らした。
アモンが欠伸をした。
中庭に朝の光が差し込んでいた。
───
城の地下では。
カキンオーが金属を叩いていた。
静かだった。
カイトが城にいた。
ラスボス代行が回復中だった。
レリスはファルネイスにいた。
ユキナもファルネイスにいた。
アモンはたぶんレリスのところに戻った。
まあ、いいか。
金属を叩いた。
静かだった。
悪くなかった。




