61,後処理
夜が明けていた。
ファルネイスの街は、静かだった。
戦いの後の静けさだった。
建物が崩れていた。
石畳が砕けていた。
外壁の一角が、吹き飛んでいた。
でも、火は消えていた。
人々が少しずつ、街に戻り始めていた。
───
広場に、怪我人が集められていた。
ファルネイスの医師たちが動いていた。
兵士たちが瓦礫を片付けていた。
魔狩人たちが周囲を確認していた。
ユキナが広場の端に座っていた。
医師が傷の手当てをしていた。
右腕に包帯が巻かれた。
左脚も巻かれた。
「動けますか」
「なんとか」
「無理はしないでください」
「はい」
医師が次の怪我人に移った。
ユキナは空を見上げた。
夜明けの空だった。
薄く赤かった。
まだ、あの背中が目に焼き付いていた。
───
路地の奥で。
カイトがアモンを見ていた。
ネズミの姿のままだった。
動いていなかった。
でも、呼吸していた。
「アモン」
アモンが片目を開けた。
「うるさいチュ」
「生きてるな」
「しつこいチュ」
カイトが息を吐いた。
「立てるか」
「しばらく動けないチュ」
「そうか」
カイトがアモンを手のひらに乗せた。
アモンが目を閉じた。
「レリスは?」
「ライラが守った」
「そうチュか」
少し間があった。
「チュ」
アモンがまた目を閉じた。
今度は本当に寝ていた。
カイトはそっと、懐に入れた。
───
広場の隅で。
ライラがレリスを抱きしめていた。
レリスが泣いていた。
声を殺して泣いていた。
「アモンが」
「大丈夫です」
「アモンが吹き飛ばされて」
「大丈夫です。カイト様が見つけました」
「ほんとに?」
「ほんとです」
レリスが顔を上げた。
目が赤かった。
「いきてる?」
「生きています」
レリスがまたライラに顔を埋めた。
しばらくそのままでいた。
ライラがレリスの背中を撫でた。
ガルドが少し離れたところに立っていた。
広場を見回していた。
ライラがガルドを見た。
「ガルド様」
「はい」
「レリスを守ってくださって、ありがとうございました」
ガルドが少し固まった。
「当然のことをしたまでです」
「当然ではありません」
ライラが深く頭を下げた。
「本当に、ありがとうございました」
ガルドが視線を逸らした。
「別に」
レリスがライラから顔を出した。
「ガルド、ありがとう」
「うるさい」
「ありがとう!」
「だから、うるさい」
レリスが少し笑った。
ガルドも、少しだけ口元が緩んだ。
すぐに元に戻した。
───
広場に、人影が現れた。
黒いローブを纏った、痩せた青年だった。
闇の鎧は、もうなかった。
ただの青年だった。
でも、広場の人間が気づき始めた。
兵士が固まった。
魔狩人が後退した。
カキンオーが広場を歩いた。
目的地があるように歩いた。
レリスのところに向かった。
レリスが気づいた。
「おじさん!!」
飛び上がった。
カキンオーの腰に飛びついた。
カキンオーが少しよろけた。
「きてくれた!」
カキンオーは答えなかった。
でも、レリスの頭に手を置いた。
レリスが顔を上げた。
「アモンが、アモンが吹き飛ばされて」
カキンオーが頷いた。
「しってる?」
また頷いた。
「だいじょうぶ?」
小さく頷いた。
レリスが顔を埋めた。
「よかった」
───
カキンオーがレリスから離れた。
広場を見回した。
怪我人が多かった。
カキンオーは指輪に意識を向けた。
回復薬を取り出した。
何本も取り出した。
ライラに渡した。
ライラが頷いた。
すぐに配り始めた。
カキンオーは怪我の重い者を見つけた。
近づいた。
右手をかざした。
回復魔法を流した。
怪我人が目を丸くした。
「な、何を」
カキンオーは答えなかった。
次の怪我人に移った。
また魔法を流した。
また移った。
黙って、黙々と動いた。
広場の人間が、カキンオーを見ていた。
誰も声をかけられなかった。
カキンオーは気にしなかった。
ただ、動いた。
───
ユキナのところに来た。
ユキナが見上げた。
カキンオーが右手をかざした。
回復魔法を流した。
ユキナの傷が、少しずつ塞がっていった。
ユキナが少し目を丸くした。
「ありがとう」
カキンオーは答えなかった。
ユキナがカキンオーを見た。
「さっきの、あれ、あなただよね」
カキンオーは答えなかった。
視線を外した。
次の怪我人に移ろうとした。
「待って」
カキンオーが止まった。
「ありがとう」
もう一度言った。
カキンオーは答えなかった。
小さく、頷いた。
それだけだった。
また歩き出した。
ユキナはその背中を見ていた。
少し笑った。
───
カイトがセバチャの隣に立っていた。
二人でカキンオーの背中を見ていた。
カキンオーが広場を黙々と歩いていた。
怪我人から怪我人へ。
声もかけない。
説明もしない。
ただ、治していた。
「相変わらずだな」
カイトが小さく言った。
「あの方は、ああいう方なのです」
セバチャが静かに答えた。
カイトが頷いた。
「まあ、そうだな」
しばらく二人が黙って見ていた。
カイトが口を開いた。
「なんとかなったな」
「はい」
セバチャが静かに答えた。
「なんとかしてくださいました」
二人がカキンオーの背中を見ていた。
夜明けの空が、だんだん明るくなっていた。
ファルネイスの街が、少しずつ動き始めていた。
───
遠く、天空の大陸で。
女が報告を終えていた。
部屋に一人残った。
窓の外を見た。
地上が、遠く見えた。
手が、まだ震えていた。
神の光が砕かれ掴まれた。
「何者だ、あれは」
小さく呟いた。
誰も答えなかった。




