58,それぞれの戦い
二頭のドラゴンが、街の上空で分かれた。
一頭が東へ向かった。
もう一頭が街の中心部に向かった。
男のドラゴンだった。
街の建物を翼で薙ぎ払いながら、ゆっくりと進んでいた。
急いでいなかった。
楽しんでいた。
「地上の建物など、紙細工だな」
男が笑いながら言った。
ドラゴンが一棟の建物に尾を叩きつけた。
建物が崩れた。
人々の悲鳴が上がった。
───
東の街道で。
ガルドがレリスの手を引いて走っていた。
アモンがガルドの肩にいた。
後ろから衝撃波が来るたびに、三人が体を低くして走り続けた。
街道の出口が見えてきた。
あと少しだった。
その時。
影が落ちてきた。
上空を見た。
ドラゴンだった。
男の乗るドラゴンが、東の街道の上に来ていた。
男が眼下を見て笑った。
「逃げ惑う者たちを狩るのも面白い」
ドラゴンが翼を振り上げた。
衝撃波が来た。
ガルドがレリスを抱えて飛び退いた。
街道の石畳が砕けた。
ガルドが立ち上がった。
ドラゴンを見た。
大きすぎた。
どう考えても、勝てなかった。
アモンが静かに言った。
「レリスを頼むチュ」
ガルドがアモンを見た。
「お前は」
「行くチュ」
アモンがガルドの肩から飛び降りた。
地面に着地した。
レリスが叫んだ。
「アモン!」
「うるさいチュ」
アモンが少し間を置いた。
「死ぬなよチュ」
それだけ言った。
アモンの体が変わり始めた。
小さなネズミの形が、崩れた。
黒い霧が広がった。
その霧が、凝縮した。
大きくなった。
どんどん大きくなった。
禍々しかった。
翼が生えた。
爪が伸びた。
目がさらに赤く光った。
レリスが息を呑んだ。
「ア、アモン?」
巨大な影が振り返った。
赤い目が二つ、レリスを見た。
「うるさいチュ」
口調だけは変わっていなかった。
影が空に飛び上がった。
ドラゴンに向かった。
───
男が眼下の黒い影を見た。
眉をひそめた。
「なんだ、あれは」
黒い影がドラゴンに飛びかかった。
衝突した。
轟音がした。
ドラゴンが大きく揺れた。
男が驚いた。
「俺のドラゴンが揺れた?」
黒い影がドラゴンの首に爪を立てた。
ドラゴンが叫んだ。
暴れた。
影が離れなかった。
ドラゴンが高度を落とし始めた。
「馬鹿な」
男が魔法を構えた。
光が集まった。
光の魔法だった。
「地上の魔物が我らのドラゴンを」
光が放たれた。
アモンには相性の悪い一撃。
直撃した。
影が吹き飛んだ。
遠くに落ちた。
ドラゴンも大きく高度を落とした。
地面に叩きつけられた。
轟音がした。
地面が揺れた。
男がドラゴンの上で舌打ちをした。
「地上の魔物ごときに」
怒りが顔に出ていた。
───
街道で、レリスがアモンが落ちた方角を見ていた。
「アモン」
小さく呟いた。
ガルドがレリスの肩に手を置いた。
「行くぞ」
「でも、アモンが」
「今は行くしかない」
レリスが唇を噛んだ。
涙が出そうだった。
こぼれなかった。
「アモンは強い」
ガルドが言った。
「死なない。あいつは死なない」
レリスが頷いた。
「うん」
二人が走り出した。
その時、上空から影が落ちてきた。
馬車だった。
馬がいなかった。
空を飛んでいた。
ゆっくりと地面に降り立った。
扉が開いた。
セバチャが降りてきた。
カイトが降りてきた。
ライラが降りてきた。
そして最後に。
黒鎧の存在が降りてきた。
街が、静かになった。
戦っていた兵士たちが止まった。
逃げていた人々が振り返った。
男のドラゴンを相手にしていた魔狩人たちが、固まった。
上空で女が乗るドラゴンが、一瞬だけ動きを止めた。
女が眼下を見た。
眉をひそめた。
「何だ、あれは」
黒鎧は何もしなかった。
ただ、そこに立っていた。
それだけだった。
それだけで、空気が変わった。
男が黒鎧を見た。
初めて、表情が固まった。
「南の魔王か」
黒鎧は答えなかった。
ただ立っていた。
カイトが黒鎧の隣から前に出た。
「ライラはレリスのところへ」
ライラは走り出した。
カイトが剣を抜いた。
黒鎧も、ゆっくりと前に出た。
男が黒鎧を見ながら、小さく笑った。
───
レリスのところにライラが走り込んできた。
「レリス」
「ライラ!!」
レリスが走り寄った。
ライラがレリスを抱きしめた。
しっかりと。
「無事ね」
「うん!」
ライラがレリスを離した。
周囲を確認した。
それからガルドを見た。
「守ってくださったのですね。ありがとうございます」
ガルドが少し固まった。
「あなたも、魔王の城の人か」
「はい」
「強いのか」
ライラが微笑んだ。
「さあ、どうでしょう」
目が笑っていなかった。
ガルドは何も言えなかった。
───
アモンが落ちた路地で。
カイトが走り込んだ。
黒い霧が漂っていた。
その中に、小さな影があった。
アモンだった。
ネズミの姿に戻っていた。
動いていなかった。
カイトが近づいた。
「アモン」
アモンが片目を開けた。
「うるさいチュ」
生きていた。
カイトが息を吐いた。
「立てるか」
「無理チュ」
カイトがアモンを懐にしまった。
路地の入口から、男が歩いてきた。
ドラゴンから降りた男だった。
カイトを見た。
「お前も仲間か」
「そうだ」
「我らのドラゴンを落としたのは、そいつだな」
男が手に光を集め始めた。
「ならばお前も同罪だ」
カイトが剣を抜いた。
二本。
「やってみろ」
男が笑った。
「地上の人間が剣で立ち向かうとは。滑稽だな」
「滑稽でいい」
カイトが構えた。
男の魔力が膨れ上がった。
カイトはそれを感じながら、足を踏ん張った。
勝てるかどうかは分からない。
でも、時間は稼げるかもしれない。
そこにセバチャが路地に入ってきた。
男を見た。
静かに言った。
「お相手します」
男が振り返った。
老紳士が一人、立っていた。
「地上の老人が何をしに来た」
セバチャが微笑んだ。
「カキンオー様の執事です」
男が少し止まった。
セバチャが続けた。
「カキンオー様の城の者に手を出すということは」
セバチャの目が、細くなった。
「どういうことか、お教えいたします」
男の顔から、笑みが消えた。
───
街の西側では。
ユキナが外壁の上に立っていた。
女のドラゴンが街に迫っていた。
外壁の兵士たちが魔法を放っていた。
魔狩人たちが剣を構えていた。
全員、弾き飛ばされていた。
ドラゴンの鱗に、何も効かなかった。
ユキナが右手を上げた。
カキンオーからもらった剣を構えた。
左手に魔法を集め始めた。
赤から白へ。
白から青白へ。
前回より、大きかった。
全力だった。
女がユキナを見た。
初めて表情が動いた。
わずかに眉をひそめた。
「地上の人間がこれほどの魔法を」
ユキナが放った。
極大の炎が、ドラゴンに直撃した。
轟音がした。
ドラゴンが叫んだ。
高度を落とした。
翼に火がついた。
ドラゴンが地面に叩きつけられた。
地面が大きく揺れた。
砂埃が舞い上がった。
───
砂埃が晴れた。
女がドラゴンの上に立っていた。
ドラゴンは動かなくなっていた。
女が自分のドラゴンを見た。
それから、ユキナを見た。
初めて、感情が顔に出た。
怒りだった。
「地上の、人間が」
女の周囲に魔力が集まり始めた。
壁に近い兵士たちが吹き飛んだ。
魔狩人たちが後退した。
「我らのドラゴンを」
ユキナが剣を構えた。
息が上がっていた。
全力の魔法を一発放った後だった。
魔力が残り少なかった。
でも、退かなかった。
「よくもやってくれた」
女の声が低くなった。
「同じことを、百倍にして返してやる」
ユキナが息を吐いた。
剣の刃が光っていた。
「どうぞ」
戦いが、激化した。




