55,天空より
茂みの中で、カイトは息を殺していた。
二頭のドラゴンが、山脈の斜面に降り立っていた。
巨大だった。
フロストスより、一回り大きかった。
鱗の色が違った。
フロストスは白銀だったが、こちらは深い青だった。
翼を畳む動きが、統制されていた。
野生の動きではなかった。
訓練されている。
カイトはそう感じた。
二頭のドラゴンの背から、人が降りてきた。
二人だった。
装束が違った。
地上の人間とは明らかに異なる衣装だった。
光沢のある白い布に、金の刺繍が入っていた。
一人は四十代くらいの男だった。
短く刈り込んだ髪に、鋭い目をしていた。
もう一人は三十代くらいの女だった。
長い髪を後ろにまとめていた。
表情が薄かった。
二人とも、表情が薄かった。
男が周囲を見回した。
山脈の雪原を眺めた。
それから、はっきりと言った。
「穢れた場所だ」
女が頷いた。
「ええ、ですがこれが地上なんですね」
男は鼻を鳴らした。
───
少し離れた岩陰で、フロストスが身を縮めていた。
巨大なアイスドラゴンが、身を縮めていた。
二人の人間を見て、目を逸らした。
男が岩陰を見た。
「フロストス」
フロストスが動いた。
渋々、二人の前に出てきた。
「報告しろ。何があった」
フロストスが低く唸った。
男が続けた。
「南に、何かいるようだな」
フロストスが少し動いた。
「新しい魔王がいると」
女が口を開いた。
「フロストスを吹き飛ばした、と」
男が少し笑った。
笑ったが、目が笑っていなかった。
「フロストスが吹き飛ばされた。それは本当か」
フロストスが唸った。
肯定だった。
男がまた笑った。
「情けない。何百年も地上にいて、地上の魔物に吹き飛ばされるとは」
フロストスが唸った。
今度は抗議の唸りだった。
男が無視した。
「まあいい。どうせ地上の魔物だ。我々が相手にするまでもないが」
女が続けた。
「攻撃許可は出ています。抵抗勢力への」
「そうだな」
男が南の方角を眺めた。
「その魔王、すぐに片付けてもいいが」
「そうですね」
「その前に、少し知らしめなければな」
「知らしめる、というのは」
「地上の人間どもに、我らの力を見せてやろう。久しぶりに降りてきたんだ。せっかくだから楽しまないとな」
女が少し頷いた。
「人の多いところがいいですね」
「北東に大きな街があったな。確か」
「ファルネイスという名前だったかと」
「そこに行くか」
女が少し間を置いた。
「ただ、少し休みましょう。長く飛んで疲れました」
「そうだな。急ぐこともない。地上の魔物など、いつでも片付けられる」
男が岩に腰を下ろした。
女も腰を下ろした。
二頭のドラゴンが静かに翼を畳んだ。
山脈に、静寂が戻った。
───
茂みの中で、カイトは二人の会話を聞いていた。
ファルネイス。
大陸北東の大きな街だ。
人が多い。
そこに天空の連中が向かう。
カイトは二人を見た。
ドラゴンを見た。
フロストスより一回り大きい。
二頭いる。
乗っている人間の魔力が、遠目でも分かるほど異常だった。
勝てない。
正面からは絶対に勝てない。
カイトは静かに茂みの中を後退した。
足音を立てないように。
息を殺したまま。
二人が休んでいる間に、距離を取った。
山脈の麓まで戻った。
あの城のある方角を見た。
遠く、沼地の向こうに、黒い城がある。
あいつに知らせなければならない。
ファルネイスのことも、天空の連中のことも。
あいつなら、何とかできるかもしれない。
いや、あいつしかいない。
カイトは走り出した。
城へ。
全力で走った。




