54,それぞれの選択
朝、ライラとユキナが廊下の窓際に並んでいた。
最近、二人でこうして話すことが増えていた。
敵対でも友好でもない。
でも、確かに何かが変わっていた。
「ライラさん」
「はい」
「カキンオーさんと、もっと仲良くなりたいんだけど」
ライラが窓の外を見た。
「どうすればいいと思う?」
「難しいですね」
「地下に行っても扉が開かないし」
「はい」
「廊下でたまにすれ違っても、逃げるし」
「はい」
「声かけたら返事しないし」
「はい」
「でも、目は合うんだよね」
ライラが少し間を置いた。
「目が合うのは、気にしているからだと思います」
「気にしてるなら話してくれればいいのに」
「カキンオー様はそういう方ではないので」
ユキナが少し黙った。
「変わらないね」
「そうですね」
「私が変わらないといけないのかな」
ライラが窓の外を見たまま答えた。
「どういう意味ですか」
「このままじゃ、何も変わらない気がして」
ライラが少し動いた。
「ユキナさん」
「うん」
「カキンオー様が扉を開けないのは、あなたが嫌いだからではないと思います」
「そうなのかな」
二人が沈黙した。
沼地の水面が陽の光を受けて揺れていた。
「私ね」
ユキナが言った。
「このままここにいても、カキンオーさんとの距離は縮まらないと思う」
「そうですか」
「なんか、足りないものがある気がして」
「足りないもの」
「うまく言えないけど。私はカキンオーさんのことを知ってるつもりでいたけど、違ったのかも」
ライラが少し首を傾げた。
「だから、少し旅に出ようかと思う」
ライラが振り返った。
「旅、ですか」
「自分磨きというか。この世界を知りたい。そしたら少しは、まともに話せる気がして」
ライラがユキナをじっと見た。
「本当にそれだけですか」
「どういう意味」
「逃げではないですか」
ユキナが少し止まった。
それから笑った。
「半分はそうかもね」
「半分は」
「半分は本当に行きたい。この世界、面白そうだから」
ライラが少し間を置いた。
「そうですか」
「ライラさんは、止めない?」
「止める理由がありません」
「そうだよね」
「ただ」
ライラが静かに続けた。
「気をつけてください」
ユキナが少し目を丸くした。
「ライラさんが心配してくれるの?」
「カキンオー様が心配されると思うので」
「カキンオーさんが?」
「たぶん」
ユキナが少し笑った。
「そうかな」
「そうだと思います」
二人がまた窓の外を見た。
しばらく並んで立っていた。
───
翌日、ユキナはセバチャに別れを告げた。
「旅に出ます」
「そうですか」
「いつ戻るかは分かりません」
「承知しました」
セバチャが静かに続けた。
「護衛はいりますか」
「いらない」
「地図は」
「もらえると助かります」
セバチャが地図を取り出した。
主要な街道と、危険な地域に印がついていた。
「ありがとう」
「ユキナ様」
セバチャが少し間を置いた。
「カキンオー様のことは、気長にどうぞ」
ユキナが少し止まった。
「セバチャさんも、心配してくれるんだ」
「カキンオー様の城の者として、必要なことを申し上げただけです」
ユキナが笑った。
「そうだね」
───
地下の扉をユキナがノックした。
返事がなかった。
「カキンオーさん、旅に出ます」
沈黙があった。
「しばらく会えないけど」
また沈黙があった。
「元気でいてください」
扉が、少し開いた。
カキンオーが顔を出した。
ユキナを見た。
ユキナがカキンオーを見た。
少し間があった。
カキンオーが腕を引いた。
剣を一本、差し出した。
ユキナが固まった。
付与剣だった。
刃に薄く光るものが宿っていた。
「これ、私に?」
カキンオーは答えなかった。
「くれるの?」
答えなかった。
「ありがとう」
ユキナが剣を受け取った。
扉が閉まった。
素早く閉まった。
ユキナはしばらく扉を見ていた。
それから、剣を見た。
それから、また扉を見た。
小さく笑った。
「相変わらずだな、田中君」
石段を上がっていった。
───
城門の前で、ライラが見送った。
「お気をつけて」
「ありがとう。ライラさん」
「はい」
「カキンオーさんのこと、よろしく」
ライラが微笑んだ。
「それは言われなくても」
「そうだね」
ユキナが荷物を担いだ。
「またね」
「またいつでも」
ユキナが歩き出した。
街道を北へ向かった。
振り返らなかった。
ライラはその背中を見送った。
笑顔だった。
今度は、目も笑っていた。
───
地下では。
カキンオーが作業台に向かっていた。
静かだった。
また静かになった。
まあ、いいか。
金属を叩いた。
少しだけ、扉の方を見た。
また金属を叩いた。
───
同じ頃、西の山脈に向かう街道で。
カイトは歩いていた。
山脈が近づいていた。
白い峰が、空に突き刺さるように聳えていた。
街道沿いの村が、だんだん少なくなっていた。
最後の村で、老人に声をかけられた。
「山脈に行くのか」
「調べたいことがある」
「やめておけ。最近、山の奥が騒がしい」
「フロストスか」
老人が少し目を細めた。
「それだけじゃないかもしれない。鳥が逃げている。魔物も逃げている。山の方から、何か来る気がする」
カイトが山脈を見た。
「ありがとう」
「生きて帰れよ」
カイトが歩き出した。
山脈が、どんどん大きくなっていった。
───
山脈の麓まで来た時、カイトは足を止めた。
空気が変わっていた。
冷たかった。
フロストスのテリトリーに近い。
カイトが山脈を見上げた。
雪に覆われた白い峰が続いていた。
その時だった。
上空で、何かが動いた。
雲の中から、影が現れた。
大きかった。
フロストスより、大きかった。
翼を広げた影が、二つあった。
どちらも巨大だった。
どちらも、ゆっくりと降下していた。
カイトは動かなかった。
目を細めた。
影の上に、人が乗っていた。
カイトが息を呑んだ。
二つの影が、山脈の斜面に向かって降りてきた。
地面が揺れた。
雪が舞い上がった。
カイトは茂みに身を隠した。
息を殺した。




