53,アルバ学院
アルバ学院は、ファルネイスの丘の上にあった。
白い石造りの建物が、街を見下ろすように建っていた。
正門には紋章が刻まれていた。
レリスは正門の前で立ち止まった。
見上げた。
「おおきい」
「そうチュ」
アモンがレリスの肩で欠伸をした。
ミナが荷物を抱えて隣に立っていた。
「レリス様、行きましょう」
「うん!」
レリスが正門をくぐった。
───
受付で、ミナが書類を提出した。
受付の女性が書類を確認した。
少し止まった。
「レリス様、ですね。一年Aクラスへのご入学を確認しました」
「はい」
受付の女性がレリスを見た。
眼鏡をかけていた。
肩にネズミが乗っていた。
「あの、そのネズミは」
「ともだちです」
受付の女性が少し固まった。
アモンが受付の女性を見た。
「うるさいチュ」
受付の女性が椅子から落ちそうになった。
「し、しゃべった」
ミナが静かに口を開いた。
「特別な事情があります。学校にはお伝えしております」
「は、はい」
受付の女性が震える手で書類に判を押した。
「ど、どうぞ、Aクラスの教室へ」
───
職員室では、すでに教師たちが集まっていた。
レリスが来る前から、話し合っていた。
「カキンオーの城の子どもが来ます」
「魔王の城の?」
「そうです。学院長から通達がありました。粗略に扱うなと」
「それは分かりますが」
「ネズミがいるそうです」
「ネズミ?」
「喋るネズミです」
全員が黙った。
「喋るネズミの対応マニュアルは」
「ありません」
「そうですか」
担任を誰にするか、その場で揉めた。
結局、一番経験豊富な中年の女性教師、エルダが担任になった。
エルダは内心で深くため息をついた。
───
Aクラスの教室に入ると、すでに生徒が何人かいた。
全員がレリスを見た。
レリスが全員を見た。
「こんにちは!」
誰も返事をしなかった。
ひそひそと声が交わされた。
「誰あの子」
「なんか小さくない?」
「Aクラスなのに」
「しかも肩にネズミいるんだけど」
レリスは気にしなかった。
窓際の席に座った。
外の景色を眺めた。
「きれい!」
「うるさいチュ」
アモンが言った。
───
授業が始まった。
エルダ先生が出席を取った。
「レリス」
「はい!」
エルダ先生がレリスを見た。
肩のネズミを見た。
経験豊富な教師としての判断が、素早く働いた。
ここで騒がない。
平静を装う。
何事もないように進める。
「そのネズミは、授業中は静かにしていられますか」
「しずかにするチュ」
エルダ先生の平静が、一瞬だけ崩れた。
すぐに立て直した。
「分かりました。では授業を始めます」
後ろの席の生徒が手を挙げた。
「先生、ネズミが喋りました」
「聞こえていました」
「どういうことですか」
「特別な事情があるのです」
「どんな事情ですか」
「授業を始めます」
エルダ先生が黒板に文字を書き始めた。
手が少し震えていた。
でも、授業は続けた。
さすがだった。
───
昼休み。
レリスが中庭で一人でいると、三人の生徒が近づいてきた。
全員、レリスより年上だった。
七歳から八歳くらいだろうか。
服装が違った。
刺繍の入った上着だった。
「ねえ」
一人が言った。
笑っていた。
笑っているのに、目が笑っていなかった。
「あなた、どこの子?」
「カキンオーのおしろのひと」
「魔王の?」
「おじさんのおしろ」
三人が顔を見合わせた。
また笑った。
「魔王の城の子がなんでAクラスにいるの」
「いれてもらったから」
「誰に頼んだの」
「しらない」
「知らないはずないでしょ」
一人がレリスの眼鏡を指差した。
「その眼鏡、変だね」
「へんじゃない」
「変だよ。そんな眼鏡してる子、他にいないし」
「きれいじゃん」
「変だって言ってるの」
もう一人が続けた。
「どうせお金とコネで入ったんでしょ。Aクラスに平民が入れるはずないから」
「ちがう」
「違わないでしょ」
「ちがうもん」
「証明できないでしょ」
レリスが少し唇を噛んだ。
言い返す言葉が出てこなかった。
三人が笑いながら去ろうとした。
その時。
「おい」
声がした。
低かった。
全員が振り返った。
大きな男の子が立っていた。
九歳くらいだろうか。
体が大きかった。
腕が太かった。
「ガルドさん」
三人の一人が顔色を変えた。
ガルドが三人を見た。
特に何も言わなかった。
ただ見ていた。
三人が足早に去っていった。
ガルドがレリスを見た。
レリスがガルドを見た。
少し間があった。
ガルドが踵を返した。
「ま、待って!」
レリスが駆け寄った。
「ありがとう! なまえは?」
「ガルド」
「ガルド! おぼえた! レリスです!」
「知ってる」
「しってるの? なんで?」
「……まあ、色々」
ガルドが歩き出した。
レリスがついていった。
あ、そうだ。
ユキナがいってた。
男の子が話しかけてきたら友達になりたいんだよって。
違うって言っても照れてるだけだって。
「ガルド、てれなくていいよ!」
ガルドが止まった。
「何が」
「ともだちになりたいんでしょ」
「違う」
「てれてるんでしょ」
「照れてない」
「正直になっていいよ」
「正直に言ってる」
「ほんとは?」
「全部違う」
レリスがじっとガルドを見た。
「ともだちになりたいって、いってみて」
「言わない」
「いえる?」
「言わない」
「てれてる」
「照れてない」
アモンが欠伸をした。
「長いチュ」
ガルドが深く息を吸った。
「友達にはならない」
レリスがしょんぼりした。
「でも」
ガルドが少し間を置いた。
「話なら、たまに聞く。暇な時なら」
レリスが顔を上げた。
「ともだち」
「違う」
「おんなじ」
「違う」
ガルドが歩き出した。
今度は少しだけ遅かった。
レリスが隣に並んだ。
にこにこしていた。
ガルドが前を向いたまま言った。
「笑うな」
「てれてるの?」
「照れてない」
アモンが欠伸をした。
「不器用チュ」
「うるさい」
レリスが笑った。
ガルドはまた黙って歩いた。
足が、また少し遅くなった。
───
その夜、ミナが用意した部屋で、レリスは手紙を書いた。
ライラへ。
がっこうはじまりました。
おおきいです。
ともだちができそうなひとがいます。
ガルドというひとです。
ともだちじゃないといいますが、たぶんともだちです。
ユキナのいうとおりでした。
たのしいです。
アモンもおとなしくしています。
たべものはおいしいです。
ライラのごはんのほうがおいしいけど。
つぎはおじさんにかきます。
レリスより。
レリスは手紙を折った。
もう一枚、紙を取り出した。
おじさんへ。
がっこうはじまりました。
すごいです。
ともだちもいます。
こわいひとはいません。
へいきです。
べんきょうはむずかしいです。
でもへいきです。
アモンはもんくをいいます。
へいきです。
みんなレリスのことをみてきます。
でもへいきです。
はやくかえりたいとはおもっていません。
レリスより。
レリスは手紙を折った。
窓の外を見た。
ファルネイスの夜景が広がっていた。
綺麗だった。
でも、城の夜とは違う景色だった。
レリスは布団に入った。
目を閉じた。
「へいきです」と三回書いた。
全部本当のことだった。
たぶん。
───
数日後、城に手紙が届いた。
タルドが受け取った。
ライラに渡した。
「レリスからです」
ライラが受け取った。
封を開けた。
読んだ。
目が赤くなった。
笑っていた。
「タルドさん」
「はい」
「カキンオー様への手紙もあります。届けてもらえますか」
「はい」
ライラが少し止まった。
「ユキナのいうとおりでした、と書いてあります」
「何のことですか」
「分かりません」
ライラが少し黙った。
「……後でユキナさんに聞きます」
───
地下の扉をタルドがノックした。
「カキンオー様、レリスからお手紙です」
返事がないまま扉が開いた。
タルドが手紙を差し出した。
カキンオーが受け取った。
開いた。
読んだ。
へいきです、が三回あった。
カキンオーは手紙を折った。
本棚の、カイトの手紙の隣に挟んだ。
作業台に向かった。
金属を叩いた。
静かだった。
へいきです、か。
まあ、そうだろう。
あいつは強い。
そう思った。
思ったが、もう一度手紙を取り出した。
また読んだ。
また本棚に挟んだ。
金属を叩き続けた。
静かだった。




